第23話 野営 2


 モエルは、三人の中で最初に眠ったようだった―――かなりの熟睡だ。

 日中の活動量が多かったし、明日も馬車で走らなければならない。

 モエルの身体が、休息を求めたのだろう。

 現代日本での活動とは一線を画した体験であった。


 かくして、ミキとミナモ、二人の時間。

 話し合いが始まった。

 それは思いのほか長くなったが、大半はモエルの前で話したことと内容が同程度だった。

 だがこの状況で話さねばならないことはある。

 モエルの処遇についてである。


「さて……と、それでどうする?これから」


 いずれ別れる。

 それはある信用できるかの相談。


モエルあいつと一緒にいられる?」


「……『地の果ての人』、は王都の元に速やかに誘導しなければならないよ」


 ミナモのこれまでの行動———特にモエルに関しては、ミナモの自身の意見ではない。

 王族が関係してまで定められた法律であった。

 彼を特別扱いすること―――。


 モエルは、簡単にまとめると王都の―――王族の保護に入る。

 その権利がある。

 この世界のことを知らぬ客人、『地の果ての人』———その力は大きく、王家もコントロールしようとしている。

 彼はまだわかっていないだろうが、地の果ての人はこの世界の魔法則を無視していく存在だ。


「あんまり野放しにしておくと国民にとってもよくないとあっては、当然よね」


 正直言ってあの男、善人には見えないわ―――と、ミキ。

 それが昨日今日見ていてだした結論らしい。

 いや例え善い部分があったとしても……まあとにかくいい加減なのよ、と女剣士。


「ん……」


 ミナモも考えこむ。

 まあ付き合いが昨日今日の男、ましてや常識を―――この世界の断りを無視する存在である。

 疑うのも仕方がない。

 ミナモの父は商人だが、を作ることを禁じている。

 娘にヘンな虫がつかないという心もあるのかもしれないが、仕事上でもそうだ。

 

 話の流れによっては、今の職を失う。

 勘弁してほしい話である。

 トラブルメーカーは。


 ただしかし、それだけでもなかった。


「……モエルくんのおかげで、今こうしているわけでもあるし」


伝説の芳香ギルドのことを―――言っているんなら、それは違うわよ。 私だけでもやれたわ」


 ミキは言い返したが、それも定かではない。

 味方を守りながらの戦闘行為に、自信がないというか、絶対はない―――。

 まあミナモも結構な食わせモノ的な性格キャラをしていることを、ミキは知っている。

 襲われれば反撃が出来る人間ではある。 

 

 それはそれとして、まだ問題はあった。

 追手の心配はある。

 だが二人のうち、特にミキは問題にしていない。

 

 ミキも、伝説の芳香に所属していた以上、相手の追走ルートは想定してある。

 ミナモもまた、相手側に周知されないように気を払った。

 弾空狼の危険性を、わざわざ選んででも通ったルート。

 魔獣討伐を扱うギルドの人間はおろか、あらゆる人間とも出会わなかった。



「けっきょく追手は心配せずに寝てもいいかな? つまりそのう―――本当に巻いたと言っていいのかい?」


 そろそろ何か起こる、というような不安を消しきれないミナモだった。

 もちろん、モエルが服装を変え、こちらの世界に完全になじんでいるようにしか見えないなど、昨夜よりブラッシュアップを施したが―――。

 ステルスなムーブは意味を為しているといえよう。

 作戦は、小手先は色々と作って、取り組んだ。


 不安というよりも、こうなるとむしろ、期待みたいなもの―――、追いかけてくる何者か、の。

 だがそれはない、とミキ。

 追いかけてくるようなレベルの者は―――と。

 ミキは言葉を濁した。


「そもそも、今日の魔獣を相手に出来る人間すら少ないわね」


 組織の腐敗。

 戦闘能力の低下。

 ミキが考えるギルドの問題点である。

 彼女は時折、剣の柄に触れつつ耳を澄ましていた。


「……追手が来ないわ、そういうギルドよ」


 ミナモは話の端々から、ミキが所属していたギルドのことを察する。

 かつては、伝説———まさしくそうだった。

 名前負けしないほどの名声を誇った、存在だった。

 しかし、話を聞く限り、そこまでひどい状態になっているのか。

 ミキはすべてをべらべら話すようなことをしなかったが……。


「……手掛かりは、父のことはほとんどわからないわ。共に戦った仲間もとっくに抜けて離れた、これも本当のようね」


 ミナモはそのギルドの変化についてはよくわからない。

 内部までは秘匿されている。

 商人のこと以外は疎いのだ。

 もちろん、商人の中には魔獣関連を取り扱う者もいるので、噂話というか、大まかな雰囲気は聞こえてくる。


「ミキ、キミの話はわかる。けれどもう、あの頃じゃない。 『魔王の時代』じゃあない」


 街に攻め入ってくる大量の魔獣を撃退するような時代は、終わっている。

 ゆえに、ミキの話曰く―――弱体化しているギルドは、自然な話とも言えた。

 ミナモからすれば疑問だった。

 二人は、完全に同調してはいない。


 ミキはやりすぎではないか、というような心境のミナモ。

 ボクが出会ってきたどの商人だって、ミキには勝てないさ。

 それほどの鍛え方をしているのに。

これ以上何をどうするのさ―――と、いう気持ちを持っていた。

ミナモはそう思ったり、口に出してはいる。

 それでミキの態度は軟化したりなど、しない―――そんな状態。


「ぐうう……!」


 ふいに、男の寝言が聞こえた。

 ミキとミナモは、その声に視線を向ける。

 ぼそぼそと、森に向かってしゃべっているようだ。


「なあ、アツコ……頼む……むっから……よォ」


 苦しむ男の声は、それだけで。

 あとは芋虫のように寝返りを打った。

 女二人は見つめ合う。


「ミナモ、あいつ……今の」


「女の名前だよ……思い出しているんだね、可哀想に」


 あの様子では、きっと悪夢に近い性質だろう。

 まだやっているのか、というような心境になった。

 夢の中でさえも女性と親しくなれなかったのならば、さて、そんな男には。

 翌朝には、なんと声を掛けようか。


「故郷にいたころ、ひどい仕打ちを受けたみたいなようだねえ」


「あいつが勝手に喚いているだけじゃないの……」


 ミキの顔がほころんだのを見て、ミナモも笑ってしまう。


「ほくそ笑んでいるのよ」


 ええい、口の減らない―――。

 なんだかんだと言って面倒見はある二人である、しかし。

 それでも一つの事実として、今の台詞は笑ってしまった、とミキは言う。


「ミナモ、どうやらあいつ、私たちのことを何とも思っていないようよ―――アツコ、だったかしら?」


 手のひらを天に向ける女剣士。

 別の世界の女に思いを馳せようとする―――顔も何も思い浮かばないが。

 ミナモも、いちおう同調し、笑っておくのみ。


「……はは」


 モエルへの対応についてに入る。

 実際のところ、自分たちは、誰かを手助けしている暇などない。

 王都にたどり着いても複数の助力があって、やっと今回の逃亡は成功の可能性が見つかった。

 さらには、モエルをギルドのことに巻き込むつもりもなかった。

 事件と言ってもいいことだし。

 まあ、ああやって真っ先に攻撃したのがモエルくんだから、もう手の施しようはないけれど。



 ミキはあからさまにモエルを、そしてもしかしたら男というものを疑う傾向にある。

 それでもギルドから見捨てられた身、立場など同等なのだ。

 呉越同舟か。


「ゴエツ……」


 ミキが両眉を寄せて黙る。


「ああ、まあなんだろうね、面倒くさい集まりってことさ。そんなパーティだね」


 昔いた場所の言葉が出てしまう。

 出てしまうミナモだったし、いや……もしかしたら、忘れたくないのかもね。


「モエルは―――しかるべきところに送り届けたら、そのまま、お別れしましょう」


 ミキは改めて意思表明した。

 もしや、王都にいたころにそういう意思決定をしてきたのか?

 ミナモも同調する。


「……ボクとしては、そこまではきっちりするさ」



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