第22話 野営

 馬車に乗って、獣道を移動するモエルたちの一行。

 獣が飛び跳ねる道中であったため文字通りのありさまである。

 その魔獣だという狼の牙が、腹に刺さっている。

 そう見えたが、痛みはない。

 

 腹の防具にへばりつく、黒い毛の獣。勢いは風を切るような勢いに見えたが、その重さは枕程度に思えた。


「う……!」


 モエルは剥けた赤い歯茎に目を奪われたが、すぐに弾空狼はいなくなった。

 馬車がガコンと振動、あっさり滑るように馬車後方へ飛んでいく。


 いささかひやりとした―――、今日一番のキズになりそうだった。

 流石に野生動物は目で追いきれないかもしれない。

 訓練が必要だ。

 やがて走り続けると、その日は群れを振り切ることが出来た。



 ―――――


 その日の晩、狼が出なくなってしばらくたった。

 ここまでくれば大丈夫だという地点まで到着、ということで三人は夕飯の支度していた。

 一晩は野営になる。


 火おこしはもちろんモエルの担当である。

 人差し指ゆらりと動かすだけで焚き火を水増ししつつ、今日の感想を口にする。

 魔獣と出会ったのは初めてということになる。


「防具さあ、意味あったわ」


「うん?」


 ミナモが不思議そうな顔で聞き返してきたので、モエルは腹を見せた。

 ミナモが新調してくれた防具———じゃねえ、新しくはない。

 おんぼろで古くて、無料でくれた初期装備だ。

 意味があってよかったよ、とミナモも微笑む。


 ミキがその時、森から戻ってきた。


「おぉーー、本当にやってきた」


「なによ、コツはあるわ、教えてほしい?欲しいの?」


「いや……」


 ミキは鳥の首を握り持って、差し出してきた。

 バケツ位のサイズはある―――飛べるやつか?本当にそれ。


 モエルは鳥を殺せる女を見たのは初めてなのだ。

 それが今夜の夕飯らしい。

 剣を持っているとはいえ、よく捕まえることが出来たな。


「しかし、今日は火を起こせたし、助かるよ」


「うん?」


 野宿って言うのは焚火をするのが通常ではないか。

 行ってから考えるモエル……この世界ではライターがない。

 大変だ、なるほど大変だ。

 木とヒモでキュルキュルと、アレする縄文時代のアレを思い浮かべる。

 少し弓矢か、それに似ている。

 ……そんな装備で、人々は魔獣討伐などで森や山にはしっかりとでかけなければならない。

 そういう世界らしい。



「いやあ、厳密に言えば火を起こす魔道具は色々あるよ、しかし―――まあこのところそれどころじゃなかったからね、ミキは」


「そうね」


 もとより、肉と言えば干し肉を少しかじる程度の暮らしぶりだった。

 今は、鍋で煮込んでいる。

 シチューにはならない、まあ鶏肉と菜類の煮込みである。


 少しごつごつした鍋だ、まあ、精度は低いのだろう―――家具店で並んではいない。

 こういったワイルドなものを眺めているとニヤけてしまう。

 嬉しいのは、男子心であった。


「ありがとうね、あったかいよ」


 ミナモがいつものように言った。

 この口調が、女剣士ミキは少し苦手である。

 不可解さがある。

 ミナモのことは良く知るが、真似できる気がしない。

 あまりにも抑揚がなく、緊張感をそがれる。

 ……一応、追手が来ても文句が言えない状況なのよ?

 それはわかってるわよね。


 とはいえ自分も、確かに保存のきく食事で逃亡やその他もろもろの行動をカバーする日々であった。

 だから温かなスープは、これと、昨日のミナモの家庭で、くらい。

 久しぶりだ。

 ミキは、モエルの方を見た―――空気の変化には過敏な剣士である。

 気配があからさまに変わる。


 モエルは、目を丸くし、軽量皿を持った停止していた。

 まじまじと女商人を睨んでいる。

 そして少し経ち―――、再び動き出す。


「いや、これはチョロすぎんだろ俺……馬鹿かよ」


 ぶつぶつと呟いて首を振っている。

 ミキには何のことだかわからないが、思えば出会った当初から目立つ男だった。

 地の果ての人、は容姿などが幼い傾向にあると聞くが。

 そこに好意などは湧かないミキである。

 ただ、焚き火が燈に映る瞳を細めた。


「……ヘンな男」




 ――――――――――――――――——————————————

――――――――――—————————————————————




 モエルが、火から少し離れた位置で毛布をかぶっている。

 横になる前から、強烈な眠気に襲われていた。

 唇はほとんど動かさないまでも、呟く。


「そんな……ことを、言葉を」


 飯の時に―――ありがとうか。


 あの頃、俺に日本で、言った奴なんて……いただろうか。 

 そんなことで、という意識はある。

 ただ言っただけだ。

 ただの言葉ではあるけれど。

 記憶の中を探し回りながら、意識が落ちていく―――。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る