第21話 伝説の芳香
花瓶、燭台、魔獣の彫刻多くの壺、絵画と皿、食器と香水。
椅子には魔獣の革が張られている。
はるか南方の運河に潜む
その魔獣は、水辺の獲物をうず潮で引き込む力を使うという。
そんな珍しい調度品に溢れた、ギルドの広間。
王族の庇護下にある、伝説の芳香———王都民からも信頼される大ギルドである。
そこに男の怒声が響いた。
「なぁんという―――有り様かあ、こらあっ!」
男は部下からの報告を聞いて歯ぎしりを繰り返している。
背丈は普通だが、頬が膨らんでいるために子供じみた印象もある、壮年の男。
室内では、もっとも年長であった。
瞳だけがギラギラと主張高い。
「申し訳ございません! ロヴローさまぁああああ~~~!」
言いながら、語尾が調子外れになる同ギルド所属の男達。
鼻が紅潮し、顎ががくんと揺れる。
上司の衣服から、強烈な香りが放たれているのだ。
我らが上司は、元々豪商で鳴らした男だったという。
魔獣由来のものも扱い、商いを営んでいた。
この世界には様々な生態を持つ魔獣が存在する。
それらのうちのいくつかが強烈だったために、いつしか彼自身が魔物染みた臭気を纏うようになった。
纏うもの細工の質から、壮年の男は幹部だということを示している。
彼は部下からの報告に怒り狂っている。
腹の出た、肥えた男は耐え難いという様子で聴いていた。
ギルドの作戦がつぶされたという報告を―――。
曰く、変な男がやってきた―――そんな話だ。
変な男、妙な男、
火属性の魔導士である。手を振れば瞬時に火炎が発動した。見たことのない衣服を着ていた。若造である。大声で罵る。突然ぐずり、泣き出す。
はっ、どこまで正確なんだか、貴様らの報告が。
「本当なんです」
くそ、厄介なことになった。
最近ギルドに入ってきた新入りの中に、やたらと威勢のいい、やかましい女がいるとは聞いていたが。
まあそれだけならば大変結構な話なのだが、揉め事を起こし、悪い評判を言い出すだのと喚いた。
部下たちは街道で、あと一歩のところまで新入りを追いかけておきながら、取り逃がしてしまったらしい。
何なのだ、あの問題児は―――いや、親になどなった気はないが。
男は扉近くに控えていた女性に声を投げる。
「おい! 今夜の会食! あれの準備はどうなっている?」
「はい、滞りなく進んでおります」
大食は、この世界では一種の文化であり、長い間、尊敬を集めてきた。
人類史全体で見れば、「飢えたことがありません」と示す身体の状態は極めて健全であり、たくさん食べることは富裕階級だけに許される道楽だった。
生物学的に見て、完全勝利である。
ゆえに現代日本の俳優の肉体美のように賛美されている。
町娘の親などは嫁ぎ先として熱視線を送る。
また縁起もよい。
様々な伝説が溢れる世界だが、天国だろうが地上の楽園だろうが、そこには美食美酒が欠かせない存在だ。
総じて部下たちはロヴローを基本的に尊敬しているのだった。
外見を見ただけでも、いつかあのようになりたい、あんな暮らしぶりをしたいと願い、信仰にも近い想いでギルドに入ってきた者たち。
それが今、片膝をつき、幹部の膝を眺めるものである。
「もう一度、
「ふん……」
部下どもの話は半信半疑で聞いていた不機嫌幹部。
彼らの実力は万全なものではない―――。比較的新入りである、情報の信頼性もだ。
自分自身で追いかけたわけではないのですべてが信じられない。
彼は人間不信に陥りし者であった。
だが、いずれもある程度の
おおむね嘘ではないらしい。
跳ねっかえりの女剣士を、手助けした男が、実際いるのだろう。
しかも他ギルドからやってきた輩としては、不自然だ。
見ない顔だったらしい。
話は聞いたが、結局は正体不明。
しかしいくらでも作戦は考えなおせる。
不確定要素の火属性が入ったとて、装備、魔道具によっては優位にも運べるだろう―――。
ロヴローは窓を眺める。
そろそろ王都にも近づきつつあるはずだ。
「ミキ……。お前の方こそ信じられないぞ……あの小娘」
―――――――――
馬車は走っていた。
否、走らなければならない状況にある。
次の町へと赴くモエルたちの、その道中は波乱に満ちている。
今、まさに魔獣に襲われている最中である。
モエルが馬車の荷台で手をかざすと、ドッジボールほどの火球が現れる。
触れれば火傷と激痛のそれに、全身で飛び掛かってくるものがいた。
モエルの手のひらに、興奮に任せて飛び込んできたそれ。
放物線染みた軌道だ。
腹に触れる。
指につるりとした毛並みが触れるのを感じた。
「ギャワう!」
高音で叫んで、牙をむきだしたままはじけ飛ぶ狼。
そのまま、木の影や草陰に落ちていく。
それがまた、続く。
「全方位から来るぞ!? なんなんだよ―――こいつら!」
モエルは忙しい。
モエルが、ドッジボールを投げるかのような動きで、火球を狼にぶつける。
吹っ飛んだ黒い狼が仲間の狼とぶつかった。
何回か火球を投げていたが、揺れるボートの上で投球を強いられるかのようで、命中率は低かった。
だんだんと闘い方を調整し、跳ね飛んできた狼を炎の手のひらで弾き返すのが一番安定するということに落ち着いた。
戦うというか、これも逃亡劇ではある―――今度は魔獣から逃げるのかよ―――モエルは嘆息する間もなく、次を弾く。
小型の爆風で、馬車から離れた位置に落とす流れだ。
「次の町はまだ着かない、のかよ! ミキ―――でえい!」
炎が獣に衝突し、手にも衝突する。
馬車は速力を弱めていないので、色々と余裕がない。
もちろん足場はがたがたと揺れるので、電車でつり革なしに立っているような状況である。
それでいて、三百六十度、全方位から狼が飛びかかってくる可能性はある。
次の瞬間にも身動きが取れないほどに絡まれる可能性はある。
この狼たち―――正確には、魔法の力を持つ、知らない種の魔狼だが―――馬車に積んだ、わずかな食糧を狙ってやってきている。
こうして飛び跳ねているらしい。
草むらから出てくる奴らは、トビウオってこんな感じなのかな、と思わせる動きで飛んできた。
「匂いがわかるからね」
「ちゃんとジップロックして保存しとけよ!」
無対策で森に、敵地に突っ込んでいることにはツッコミを入れざるを得ないモエルである。
違和感があった———普通の狼と違う気がする。もっとも、モエルも間近で狼を観察した経験はないのだったが。
足の動きが、動きで走っている感じがしない。
妙な感じだ。
「風を使って移動を加速するのよ」
剣で打突している。
流石のミキも緊張気味だ。
「はあ……?魔獣ってやつか!」
「弾空狼だね、この森は薄暗いから、夜行性の彼らも遠慮なく」
「ほォら、お前ら火だぞ!怖いだろ!襲い掛かってくんな!」
けものは基本的に炎を怖がる。
異世界でもそれは有る程度通用するが―――動きが読めねえ!
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『魔獣』
厳密にはこの世界のすべての生き物は魔獣である。
体内に心臓、肺と同じように魔力生成の器官も持ち、それを活動に利用する獣、鳥、魚———生きものの数々。
それらは魔力によって人間の常識とはかけ離れた行動をする。
全ての魔獣が、目視可能なレベルの魔法を使いこなすわけではない。
炎や、水を放つものがいる一方、何も放出しない魔獣もまた、侮れない。
体内活動に魔力を割くことで、信じがたいほどに巨大化する傾向や、長寿命などがある。
特に人間に害をもたらす、危険なものを有害魔獣として指定。
町営、城営のギルドは討伐対象に挙げている。
火のブレスを吐く
また、この世界に存在する『魔王』は、多くの魔獣を自分の兵のように操ることが出来る。
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