第16話 この町で生きるには
リンジガは、石の道に商売が集まる活気づいた町でありモエルにとっては行き交うそのすべてが新鮮だった。
町の住民の着るものひとつを取っても、誰一人として日本にはいなさそうな風貌風体で、見飽きることはない。
時代でいうならば、昔に戻った、という現象になるのだろうが……。
しかし我々は逃亡中の身(?)だ―――あまり身を乗り出さないほうがいいだろう。
車で走行することを全く考えられていない通りをぐねぐねと進んでいくうち、目的地に着いた。
ミナモの家———、というよりも勤め先らしかった。
働くような年齢だろうか、せいぜいアルバイト―――と感じたモエルだったが、そうか令和日本の常識は、ここでは非常識である。
そんな町の裏路地で、馬車は停まっていた。
石作りの、倉庫のような建物に来ている。
日本でもたまにこう、庭にこんなものはあるな、と回想する。
不規則に自然の石を積み上げたような絵面―――ガーデニングというには変か。
もっと古流なものである。
ぽつり、たたずむのはモエル。
入室は許されず、心細そうに突っ立っている。
暗い夜道―――というほどではないが、たいして広くもない大通りから横に通れば、影の中だ。
この世界で、例えば夜間に街灯が輝くことはない。
そこに毛布のような
ミキは腕組みして仁王立ちしていた。
外套の内側に剣を忍ばせているというか、いつでも抜ける体勢を取っていることを除けばなければ、同年代のやかましい女であった。
……
「私はね―――借りは作らないわ!」
胸の前で腕を組み、ミキは声を張った。
偉そうにしている。
威勢のいい人間なのはもうわかっている。
張ったその胸元をなんとなく眺めるモエル。
それは性差を意識するような視線とは、異なるものだった。
防具のその、前衛的な外観に目を引かれる。
胸や腹の前に、とりあえずフライパンを張り付けているように見える。
……まあフライパンは言い過ぎか。
鉄板か、それよりは薄いかも。
それが時折、どうしても気になるだけであった。
あれで剣や槍を弾こうというのだ―――そういう機能だというのはわかるけれど。
当たり前のようにそこに佇むミキに、目を引かれてしまう。
テレビでパリコレクションが流れた時など、ワンチャン写り込んできそう―――くらいのファッションに好奇心旺盛なところはあった。
それだけである―――モエルの女嫌いは本物である、そのことはファッションではない。
元々、決して女好きではない。
男とも色々な付き合いはあった。
なおトラブルには好かれる模様だ。
しばらくは石垣のごとき倉庫壁を眺めるモエル。
石は色合いが異なり、のっぺり一面的でなくバラバラなので飽きなかった。
女剣士は質問を投げかける。
「そんなに珍しいの?」
壁が珍しいか、と。
「まあ―――俺ん
素直に返す。
本当にこの町が初めてなのね、とミキ。
彼女のことをジロジロ見ていたことは気になっただろうか。
まあ俺が装備の防御についてとやかく言えるわけもなく、ただ観察するのみだったけれど。
ここまで既視感の無い世界に行くと、やはり落ち着かないな。
景色は美しいと思ったんだが。
「さあ、お待たせだよ、モエルくん!」
ミナモの声は、大きく呼びかけるときでもどこか平坦な印象をモエルに与えた。
「ボクのような生活っていうか、界隈だと色々とね……こういったお古を、押し付けられるのさ」
ささ、遠慮なく!
とミナモは荷物を持ってくる。
そんなこんなで、装備(モエル用)が支給される
受け取ると両腕に重さが伝わる―――少し錆の匂いがした。
うん、金属部に泥を擦ったようなものがある。
触れると冷たく指に主張してきた。
ミキの着ているものよりは古いだろう……。
「あげるよ、もちろん
それを着てみると少しぶかぶかだが。
ええと、
これでのちのち、固定していけばいいのか。
今日使うことはないし。
「ギルドの追手に備えるにしても、これからの生活にしても、使い道は色々さ」
「すまないな……こんなに、色々用意してもらってよ」
不承不精、頭を掻いて地面を見るモエル。
自分で何とかするつもりだったが、町について帰宅……というか自分の店に戻ることのできたミナモは、極めて親切だった。
「モエル、何とかって、どうするのよ」
「どうするって、だから……バイトとかをしてだなぁ……!」
今後の展望は
とにかくどう生きていくか。
まあ、五体満足、健康でこの世界に立っていることは確かである。
「私はね!借りは作らないわ!」
もう一度声を張り上げ、同じようなことを言ったミキ。
やたらと主張するライバルのような雰囲気を放っている。
とにかく防具についての話を進めていくらしい。
「これがあれば、町で普通にいるぶんには目立たないでしょうし、
「ああ……まあ」
モエルはイマイチなリアクションであった。
ここまで輸送してくれたのも、こうやって魔獣討伐にも使えるという防具を見繕ってくれたのも、ミナモの方なのだが……。
当のミナモは愛想よく笑顔を浮かべるのである。
故郷でもこんな光景はあったよなあ、と目を細めるモエルだった。
親切に懇切丁寧に、手数を増やした者はなんかこう……目立たない、目立とうとしない。
無欠勤だった頃の自分を思い出す。
と言っても一昨日だとか、びっくりするような最近の話であるが。
ともかくとしてミキに関しての性格評価は駄々下がりである。
高飛車な性質の女には既視感があるのだった。
既視感はあったが警戒感もある。
本来は「細かいことは気にしねえ」タイプだったがモエルだが、平手打ちで考えを改めたらしい。
「服のことは、すこしばかり父に話して何とかしてもらうから―――ああ、防具よりそっちの方が先だったかなあ」
ははは、と笑いだすミナモ。
このなんでも出してくれる感じ、親戚のおばさんに近いのではないか。
そう思ったモエルだったが、ここで大通りの明るい方に足音を聞いた。
同じくに朗らかな笑顔の男性が歩いてきた。
「おお、キミがモエルくんだね」
ミナモの父親というその人の御厚意で、その日の宿を確保することが出来たモエルだった。
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