第17話 賑やか、ミナモの晩御飯


「モエルくん……? ああ、モエルくんだね―――今日は随分世話になったな。うちの子が」


 ミナモの父はてかてかと光る額をして、上機嫌だった。

 食卓に置いた灯りを受けていてオレンジ色な笑顔である。

 こっそり七福神に混じっていても、まあ誰も気づかない、みたいな縁起の良さそうな顔立ちをしていた。

 すごく金が集まってきそうな風体ふうていというか、風水か―――?こういうのは。



 ともあれ、ミナモのご家庭の皆さんと共に過ごす夕飯時であった。

 ミナモ父は温厚そうな人だったが、その声は、ミナモと似ても似つかなかった。

 ただ友好的なのは感じられた。


「きゃっ、きゃっ」


 鳴き声のようなものを上げたのは幼子で、ミナモ母がスープを一口ずつ飲ませようとしている。

 懸命に、首の動きをコントロールしようとしている。

 それとは別件も。

 小学生くらいの、歳だろうか―――男の子も三人いて、賑やかなものだった。

 ……いや、しかし小学校がこの世界にあるかどうか、微妙なところではある。

 学校?の原型と呼べるものは、古代の四大文明時代からあったらしいが。

 法律や決まりが存在したならば、そこに何らかを教わる場所があるに違いない。

 歴史の常である。


 ミナモ父は、娘らを救ったというモエルの活躍に対してシンプルに感謝をしていた。

 ……活躍って。

 だからだろうか、食卓に並んだ皿は多く、豪勢なのは。

 モエルは一応、旅人の炎の魔導士であり、娘を助けに入った者———のような扱いを受けつつある。

 かなり美化されてはいるが、大きな声で違うんですとは言わないモエルだった。


「まあ、ハイ……」


 全部おれがやりました。

 そういうことですかね、と言った方が世間体は良いのだろうが、モエルはあいまいに言葉を濁す。

 やりづらい。

 おい、おい……どういうことだよ。

 なまじ、座って黙々とパンをかじっているミキの方が親近感が持てた。

 彼女は目をつぶっている。


 モエルもまた、それまでスープに浸して何とか柔らかくしてみたパンを、持ったまま表情に迷いが出る。

 全体として嚙み切りにくい触感だ。

 フランスパンに近いのだが、現代日本の食事よりは固い……噛みきりにくい印象だ。まあ当たり前か。

 図らずして、最近の食品は進化していたんだなあということを思い知るモエルであった。

 

 それはともかくとして。

 側頭に手を当て、少し首をかしげる。

 昼間のことについてか……。


 もう少し話す、解説はしておくか。

 ミナモを助けるつもりだとか、そういうことはなかったが、この誤解?を解くのが難しい。

 まぁたまた、謙遜しちゃって。

 ヒーローですねえ、と笑うミナモ母。

 本当に、鳴き声のような子供たちの声を聞いて、ほぼほぼ、その日は賑やかだった。

 モエルも、自分よりはるかにうるさい人間がいると戸惑うのみだったが―――。


「もしもあのギルド……伝説のなんちゃらから助けてもらたんだと思ったんなら、もうどうでもいいから忘れてくれ、俺はもう、いい―――」


 ギルドの話を出したことで、少しばかり真顔になるミナモ父だった。

 ミキの方を振り返る。


「ミキさん、こんなことを言いたくはないが、伝説の芳香、ギルドあそことはもう、問題をおこさないほうがいいんじゃあ―――」


「父さん……」


 ミナモが低く呼びかけたその時だった。

 一番冷たい声を放つ、ミキ。

「ミキちゃん、危ないことはほどほどにしなさぁ」


 母親も、幼子を膝に乗せつつ、微笑む。

 困り顔で。


「私は、許せないことがあるだけです」


 怒鳴りこそしなかったものの、なんというか―――迷いのない雰囲気に満ちていた。

 無暗にギルドと剣を交えるなど、そんなことをしていない。

 それが女剣士の言い分らしい。


「父のギルドを、あんなふうに悪用されては―――!」


 場がすぅっと静まり返る。

 ミキは、瞳が不安げに揺れ、とても不機嫌そうな表情だった。

 父のギルド、と言ったか。

 ミキの父の方が?


「ああ―――キミのお父さんのことは、そうだね……わかるよ」



 ともかく、腕利き剣士であるあなたも、そしてミナモも危険な目に合わないように注意してくれ、とそんな話で終わっていく。

 ミナモもミキも、それぞれに事情があるようだが、この世界に来たばかりの俺が一番困っているという、そんな自負はあるモエル。

 なにも威張りはしないが。

 威張れはしないが。


 話は収まり、やがてミナモの弟分、妹分たちもわやわやと騒ぎ始め、晩餐は続いていく。

 モエルにとっては、賑やかで目移りする光景だった。


 ミナモの商人ルートならば、ギルドの追手にもわからないという公算こうさんが高かった。

 あの噛ませ犬染みた者らは、なんだかんだでミキのことだけを血眼ちまなこに追っている。

 そしてミキの知り合いに過ぎない、ミナモの顔は知っているかどうかも疑わしいとのことである。



 なるほど、こうしてのんびりしていても何とかなるっていうことか。

 昼間の事件を思い返せば、コートのような布で、口元や体型を隠しているようだった気もする。

 ミキとミナモは引き続き、旅を続ける……ではなく王都に向かって報告とやらをするらしい。

 見ればボソボソと、ミナモが父親の耳の近く、手で隠しながらの会話をしていた。

 父親は頷いている。




「———ああ、やっぱり足らなくなった!」


 鍋の近くでミナモ母が困り声をあげた。


「ああ、ちょっとそれくらいなら俺が」


 赤ん坊を持ちながら薪をくべることなど大変そうだ。

 っていうか難易度高い、大道芸かい、と内心ツッコみつつ―――モエルは隣に立ち並んでいた。

 手をかざすと、鍋の下でくすぶっていた炎が、赤く生き返る。


 母も子供たちも、ほほぉ―――、と口を開けて見ていた。

 魔導士はこの世界に存在すると聞いているモエル。

 ギルドには決して珍しくないそうな。

 だがこの商業関係の家庭は、間近で炎を操ったところを初めて見る?

 ―――のかもしれない。


「別に大したことじゃなくて……寝れる部屋、場所だけをください……それ以外はもう、何もいらないんで俺……そんで結構です。 出せる金はちょっと持ってるけど、俺のこのカネ、この国では使えないだろうし……」


 照れくさくなったモエルは、自分でも余計なことと思える言葉をつらつら並べる。

 目がうようよと泳いでいた。

 困ると、火属性のくせに目が水泳を始めるのである。


「モエっちゃあ!」


 男の子が、モエルの腰の高さに現れる。

 んん、何をする?

 呆気にとられるモエル。

 短髪、石頭っぽいガキんちょといった具合だが、幼さゆえの愛らしさを持っていた。

 まだミナモ姉さんには、似ていないね。


「モエっちゃ! もういっかい!」


「見せて! ぶぉーーお!」


 ミナモちび達は、どうやら俺のことを言ってるらしい……と理解したモエル。

 危ないから火の近くでは見てるだけにせよ。

 な?と言いながらも、指を薪の方に向けていった。

 鍋の底にあった炎が、太く活きる。


 ミキとミナモはその様子を眺めていた。

 彼女らから映るモエルもまた、何も知らない子供のような困り顔だった。


 せっかくのことだから、と、ミナモ母はあれもこれも、食糧庫から出してしまう。

 そうしてその晩、モエルはちょっと気持ち悪くなるくらいの量を、御馳走になるのだった。





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