第5話 試験


 別に特殊なトレーニングを積んだわけでもなく、身体に発熱の機構を移植手術されたわけでもなく、能力に目覚めた男、火曜日燃絵流。

 女とくだらない口喧嘩に終始する日常を送るかと思いきや、奇妙なホームレスふうの男に出会ったことで燃絵流の精神は乱される。


「わたしは―――何故なぜキミに能力があるのかを知っている」

 

 男は何か含みのある喋りをした―――自分に対して、なにかを企んだ様子だった。

 直後、目の前に謎の巨大生物が出現。

 何が起こっているのか。

 この小汚いおっさんは何を思って自分に接近してきた―――?



 ―――————————————―――————————————―――————————————————————————————————————————



 彼に対して振るわれた怪物の腕。

 それこそレールの最高高度から駆け降りるジェットコースターの如き勢いで、振り下ろされた。

 巨大生物の攻撃に、容赦のなさが存在し燃絵流は確かな恐怖を覚えた。


 化け物染みた、攻撃。

 実際その通りで、他に言い表しようがないことなので、仕方がない―――。

 燃絵流は公園を駆ける。


 走る、走る。

 気性が烈火のごとく荒い、あの女を追いかけた時よりも、さらに勢いよく駆けていく。 

 真横を通り過ぎる巨大な腕を見やりながら、燃絵流は衝撃のみで身体が浮いた気がした。

 トラックがすぐそばを通り抜けた時のようだ。

 いや、それよりも風圧が強いと思われる。

 身体が、強張る……! 


「ぬぐっ………!」


 いまだ混乱のさなかだが、どうにかして回避しないといけない燃絵流。

 敵の腕は、見切れないような速度ではない。

 勢いのまま飛び跳ねれば、二度、三度、躱すことは出来た。

 ただ、振り回すたびに燃絵流が揺れる、揺さぶられる―――。


 風圧。


 怪物にとって矮小な男の意思は関係なようである。襲っているんだもんな―――襲われたなら、対応しないとな。


「だあぁ―――もぉう!!」


 文句を垂れながらも、調理用の炎とは違う規模の炎を炎を生み出した。

 それを両手のひらの先に、松明のように。

 燃絵流はここで一応ではあるが、臨戦態勢である。

 酒を飲み観戦を気取っていた男は、目を細める。

 ———お手並み拝見、といった冷静な眼だ。


 自分の手で照明を発生させたことで、怪物の姿が、文字通り明るみになった。

 顎をここまで上げるか、というほどに見上げる燃絵流。

 敵―――おそらく敵、は巨大だ。

 色合いは闇夜なので黒々仕組みあるが、木目もくめの強い風貌。

 岩場のようでもあり、しかし木目もくめ

 木の魔物の、ツリーフォークに近い印象だが。

 見た目よりも巨大デカさが問題だ。

 デカすぎて奴の顔は見えない。

 松ぼっくりのような顎だけが見える。


「なんだこりゃあ―――なぁっ―――なんなんだ!?」


 燃絵流の脳内で高速回転する思考。

 能力者なのはわかるが、しかしそれにしたって、どういう能力なんだ?



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ―――そう、そうだ。

 いやあサッカー観戦よりもこっちの方が好きだなあ、と小汚い壮年の男はにやける。

 能力者の『試験』はこれだからやめられない。

 ……おっと、自分の趣味でやっているわけではないのだ。

 ちゃんとは果たすさ。

 

「さあ、さあ―――!」


 どうする?

 燃絵流くんよ。

 どうする、どうするね。

 見せてくれ、見せてみろ。

 どう工夫してこれを突破する。

 これを突破できないのなら―――では到底通用はしないよ。


 男は名乗っていないはずの若造の名を知っていた。

 ベンチに座って優雅に酒盛りの構えである。


 意識を口元の酒から観戦に戻すと、ついさっきまで地面を睨んでいた男は、こちらに向かって全力疾走していた。

 歯を食いしばるような表情で、腕を前後に振りつつ。

 あのいい加減な性格の若者が、こちらに突っ込んでくる。

目ン玉をひん剥いた顔面でもって、試合中のスライディングのような仕草になり―――!


「だああああ―――ッ!?」


 ホームレススタイルは、慌ててベンチから飛び退る。

 手には酒だったので、モロに腹で地を滑った。

 燃絵流も同様、無様に転がり土が削れる音がした。

 彼がこちらに走ってきたことで、怪物の剛速球な腕もベンチを半分破壊した。

 残骸が巻き上がり、近くの木の枝が折れて宙を飛んでいく。


「こら!わたしを巻き込むな!」


「はあん? へぇええ!? マジふざけんなよ!? それは何でだ、てめえ? コレなんか、この、———コレ!」


 ぶおん、と巨大生物の腕が頭の上をからぶっていく。

 高速道路の真ん中で停車しているような、そんな速度的光景である。

 車線を越えれば間違いなく"死"に直撃だ。


「コレだよ! なんか知らないが、巨大生物コレに巻き込んでいるのはアンタ、おっちゃんじゃあないのかよ!」


 ビシィッ―――っと指さす燃絵流。

 ホームレスを脅している青年のようにも見えるが、彼もまた死から逃げ回っている最中だ。

 滅茶苦茶にテンパっている。

 公園の設備に破壊が起きている。

 なんかの番組によるドッキリという線は消えつつあるのだ。


 闇夜で暴れる巨大生物と同じように、この見知らぬ壮年の男もまた、怪物なのだと燃絵流は察していた。

 しかも目的はわからない、と来たものだ。

 攻撃してきたというよりも、殺しに来たのか―――?

 そういぶかしむのも無理はない。

 腹ばいの小汚い男は叫ぶ。


「はは! こいつに勝ったら、キミに話をしよう!」


 呆気に取られている燃絵流の前で、彼は叫んだ。


 「キミは役に立たない。 ね! ―――キミの力が役に立つ世界に渡ってくれるかどうか! わたしの望みはそこにある!」


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