第4話 不審なおっさん


 謎の男に話しかけられた燃絵流もえる

 彼は困惑していた。

 どうせこの辺りをうろつくホームレスの類だろうなあ―――と、おおまかな当たりを付ける。

 ……居たっけかな、この近所に、そんな連中。

 疑う、そしていぶかしむ燃絵流。

 実際のところ不審者なのだから仕方がない。


 燃絵流と、見知らぬ老人———というほどでも無いか。

 良い歳したおっさんといった様子だ。

 雰囲気、佇まいを確認しつつベンチに座った。

 

 明度の加減のせいで燃絵流から姿は良く見えない。

 顔の大半が闇に隠されている視点だ。

 街灯に照らされてるのみだが、風貌は地味というか、小汚い。

 手に握り持っているのは酒かと思われる。

 やはりあまり金は持っていなさそうな感じである。

 不審なおっさん―――。

 どうでもいいけど。

 

 しばし、見つめ合う。

 というより燃絵流が不審な視線を向けたのみだ。

 うるさい、今話しかけられたくないしお客様に対して親切な対応を出来るはずがない。

 そんな余裕のある人間に見えるのか、俺が。


 しっ、しっと手だけをスナップさせる燃絵流だった。

 隣に座った謎の男のことはあまり考えられなかった。


 はあ。

 また、職場にはいかないといけない。

 女に平手打ちをされた翌日であろうとも―――。

 そういうあたりは通常の人類と同じ、いや、かなり格好のつかない部類だ。

 そして職場の人間は嬉々として慰めパーティなどを開催、提案するだろう。

 慰めるといいながら皆、笑顔だ、きっとそうに決まっている。

 連中は自分に酔っているのだ。

 人に親切にしようという道徳を皮としてかぶり、内心、おもしろそうだと信じ切っている。

 燃絵流がその、経緯を話せばの話だが。

 取り留めのないと想像が頭の中でぐるぐる、渦を巻いていた。


「———なんで」


 なんで俺だけ……こうなんだ。

 手のひらに、炎を出現させる。


「どうかしたかい、兄ちゃんよ」


 聞いてくる不審なおっさん、放っておきたいが。

 ちらり、自分の炎を見る。

 時折、やってしまう癖であった。

 暗がりのベンチでこうやっていれば、通りがかった人からは、仕事終わりの一服の最中なのだろうくらいにしか思われず、気にも留められない。

 なお、燃絵流は煙草をやらない。


 なんとなく落ち着くだけだ。

 自分の能力ちからを眺めていると。

 自分の匂いを嗅いでいる時と同じような感覚、だろうか。

 トラックが道を揺らしながら走っていく。

 燃絵流の体まで振動は伝わった。

 このベンチから、坂があるので少しばかり町が見下ろせる。


「ていうかおかしくねえか? おっちゃんよ」


「んん?」


 ちょいと聞いてくれ、と燃絵流は息をついた。

 座ったまま地面を睨み、年長者に対し愚痴を吐露する。


「俺は今日、手料理ふるまってやろうとしたんだ、で、はやくやれって言うから持っていってよう―――あいつ、あいつ――おっちゃん、あの女見た?」


「遠目から見てたよ、ああ―――女の子だったか、やはりな」


その程度の認識か、と燃絵流は安心した。


「ひどいんだぜ、ガスコンロのほうがマシってよぉ」


「それはそれは」


 男は笑い声こそあげなかったが、何故か満足げだ。


「どうしてこんなことに……炒飯作ってあげたのに、そうだ、料理作ってあげたのに……あと仕事シフト変わってあげようかなって……この俺の親切っぷりはどうだよ」


「良いと思うよ、熱い心意気だねえ」


 世界は寒い、世間は寒い。

 火属性能力者にとって。

 なお仕事に関しては結局オーケーしてない。

 最後まで渋っていた。


「なるほどキミの居場所は、ないんじゃあないかってなるだろうね―――この世界には」


 男は年配らしい柔らかい口調だが、なかなかに攻めることを言う―――と。

 燃絵流は思った。

 だが反論する気力は沸かなかった。

 まだ頬が痛いし。

 男は続ける。


「その火を、どうする―――野に放ってみるつもりかい?」


 燃絵流はうつむいたまま、手のひらの赤を眺める。

 心ここに在らずな、瞳。

 瞳に映った灯りが揺らめいている。


「しない、そんなことはしないさ、でも、でも……」


 しなかったらどうなるんだろう。

 いい事なんて何もない。

 燃絵流は最初から燃やされているような心境であった。

 ……誰から?

 あの女から、それや、世間一般の全ての人から。


 孤独である。

 大勢の人に囲まれてはいても、隣に火属性能力者がいてくれたことはない。

 いてくれたらなあ、大きく変わっただろうに―――なにかが。

 何かを変えたいと思っていた。 


「おう、おっちゃんよぉ……、なんでこんな力を持ったのかわからないんだ」


「ふむ」


 役に立とうと思う、人の役に立とうと―――。

 そう思ったことがありはするが。

 今日だって炒飯チャーハンをガス無しで燃やしたが。

 しかし今の世の中に適応するには様々な……なんだ、ハードルがある気がする。

 燃絵流と一般人の視線は違う。

 本人はそう思っている。


「なんで能力を持っているのか……それがわかんねーけど俺はこうなんだ」


明確な回答を出されていない、新人類出現の世の中。

仮説は千は出されている。

だが科学者や評論家の笑顔や興奮した表情は、どこか遠い世界に思えてならない燃絵流だった。


「今の能力者出現の事件……事件っていうのもアレだけどねェ? とにかく問題に関して、明確な答えを世の中は提示していない。人類の突然変異であると科学者は定義づけている。まぁ、人類の形状変化自体は前例があるからねえ。

 大昔と比べてさ、脳容量の大きさに関してもそうであるし、硬いものを嚙み切らなければならなかった時代は歯が強く、親知らずも抜かれることもなく、完全に咬合歯として機能しなければならなかった」


 やけに喋る男だった。

 だが燃絵流にとってはそこまで珍しくもない。

 俺に近づいてくる不審者は。

 能力持ちの人間に興味を持つ野次馬やじうまじみた性質の類だ。

 珍しいといえば珍しいが、これまでの人生で目にしたことはあるし、絡まれたこともあった。

 あるいはただの馬鹿か。

 探せば見つかる類の人種だ。


 困惑の火属性能力者。

 女に見捨てられた男を笑っていたいなら、他をあたってくれ。

 燃絵流は舌打ちをする代わりに、手のひらの炎が倍の大きさになった、なってしまった。


「悪いがおっさんよ―――俺は今あんまりそういうノリじゃあない。気分が悪い、俺は悪くない。そう、悪くないんだ、くそう、あいつのせいだ、もっと雑談してくれ、俺の記憶からあの女を消せ」


 ふふ、どっちだよ―――と謎の男は笑った。

 薄暗いなかなので、シルエットだけで動いている。

 話してほしいのか黙って欲しいのか。

 燃絵流にもよくわからない。


 しばし沈黙して、その、公園に住み着き衣食住をこなしていそうな男は、息を吸った。

 その声から、ふざけた調子が消えた。


「わたしは―――何故なぜキミに能力があるのかを知っている」


 口を半開きでうなだれていた火属性能力者は、地面の蟻の巣を探すのを中断した。

 ゆっくりと顔を上げる。

 どういうつもりでやってるのか。

 野次馬根性にしてはしつこいなあ。

 いや、何時の時代もああいったパパラッチはストーカーの達人であるのか。

 そういえば昨今は能力を持った芸能人などもテレビ露出が増えてきたのだった。

 能力者に逃げ場などない。


「おっちゃんよぉ……何を考えて俺に近づく?」


 その時だ、地鳴りのような振動が起きた。

 そして、公園の真ん中には現れる。

 見上げるほど巨大な―――アレは、何だ、暗くてすべては見えない。

 だが本当の脅威はベンチで座っている隣の男かもしれなかった。


「キミが強ければ助かる―――それだけのことよ」


 それだけを言って、男はワンカップ酒の封をねじ開けた。

 キャップ帽で見えにくいが、口元が笑んでいる。

 何やってんだ、何をやったんだ。

 立ち上がって、なおもふらつく足。

 振動が身体に記憶されたように、揺れる。


 ちぃ、なんてことだ。

 燃絵流は部分的に理解する。

 全ては理解できない。

 だが、この男……何かの能力者だ!

 俺と同じ!


 巨大生物が動く―――、一歩、燃絵流に向かって踏み出した。



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