第3話

陛下が手で払う真似をすると、謁見室の中にいた側近たちは外に出て行った。

だが、それでも数名が残っている。


あぁ、これじゃまずいな。

そう思って、「女官長も外に出してください」とお願いを追加する。


陛下は私の声は無かったかのように無表情でもう一度手を払う真似をする。

どうやら手で払う回数で誰を残すかという指示をしているようだ。


「陛下、わたくしもですか!?」


なぜと言った顔でここに残ろうとした女官長に、

陛下は無表情なままあっさりと

「王太子と王太子妃に届けてほしいものがあったのを思い出した。」と言い出す。

本当にそんな用事があったのか、今思いついたのかわからないが、

それでも女官長は出ていくのを渋った。


「それは後から参りますわ。」


「…今すぐだ。」


「え?」


「今すぐ、と言ったのが聞こえなかったのか?」


「はい!」


あきらかに不機嫌になった声の陛下に念を押され、さすがに女官長は出て行った。

忌々しいといった感じで私を睨みつけていくのは忘れなかったようだが…。


広い謁見室には陛下と立場上離れることのできない近衛騎士隊長と、もう一人。

侍従長でもある医師のレンキン先生。

このかたは高齢である陛下のために常時そばに居る。


とりあえず、この二人は大丈夫だと息を吐いた。


「さて…ソフィア。お前がめずらしくこのようなことを言い出すのだから、

 何か問題があったということなのだろう?

 何があった?」


「何があったというか、問題しかありません。」


「どういうことだ?」


「まずは…見てください。」


抱き上げられていたのを降ろしてもらって、その場でドレスを勢いよく脱ぐ。

ぶかぶかのドレスの下からあらわれたのは折れそうなほど限界まで細くなった手足。

浮き上がっているあばらぼねに膨らんだ腹部。

身体中にあざがあり、肌はカサカサ。

どうみても栄養失調な上に虐待を受けている身体だ。


三人が息をのんで目を見張った。

どうしてこうなるまで誰も気が付かなかったというのだ。

少なくとも月に一度は会っているのに、毎回同じドレスなことに気が付かないのか。

ドレスの中はわからなくても、銀髪なのにパサついて白髪のようになっている髪。

青い目が落ちくぼむほどにやせ細って、顔色が悪いことを見ていないのか。

ここまで放置されていたとは、あきれてものが言えないほどだ。


「…どういうことだ…レンキン、ソフィアを診てくれ!」


「っは、はい!」


レンキン先生が痛ましいものを見るように診察し始める。

背中を見た瞬間、はっという声が漏れた。

そこには大きなあざがあるはずだから。


「…ソフィア様、この背中のあざはどうしました?」


「廊下を歩いていたら侍女に突き飛ばされて、踏まれました。」


「なんということを!」


あざの個所や状態をカルテに書き込んで、終わるとドレスを着させてくれる。

痛くないように丁寧に着替えさせてくれるあたり、とても優しいおじいちゃん先生だと思う。


きっと本当に私の状況を知らなかったんだ。

だって、レンキン先生は陛下のそばから離れない。

噂話を陛下のそばでするような愚か者はいないから、聞くこともないだろうし。

それは近衛騎士隊長のオイゲンも同じだろうと思う。



「何があったのか…説明、できるか?」


「説明するのは簡単ですが、証明できません。」


「何?どういうことだ?」


「ですから、私が置かれている状況は説明できます。

 ですが、証明するのは難しいので、監視をつけて欲しいのです。」


「監視を?お前に?」


「ええ。できるかぎり他の者には見えないように監視を。」


陛下がつけた監視だとわかっていたら、誰も手を出してこない。

それをわかったのか、陛下が深く息をはいてうなずいた。


「わかった…だが、監視をつける前に説明してくれ。

 何が起きている?」


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