第19話 帰るべき場所

 エアーたちが話し合いをしているころ、ソラは眠るホムラの手を握りしめながら椅子に座っていた。

 そんな握りしめられていた手に彼女の指先からピクッとした震えが手の甲に感じ、ソラは不安そうに声をかける。


「ホムラ、ホムラ……?」

「………………ん……、ここ……は……?」


 ゆっくりと開かれた目蓋、そしてどこか焦点の合わない瞳でメディカルルームの天井を見上げながらホムラはポツリとかすれた声を漏らす。

 その声を聞きながら、安堵したソラは目に涙を溜めはじめた。


「よかっ、よかった……! 目を、覚ましたのですね?」

「…………だ、れ?」

「あ、え……っと、そ、そうです……よね。あの……わたしは」

(そ、そうでした。わたしとホムラが会うのは10年ぶりですし、ホムラもわたしも成長しています。それに、わたしもだいぶ見た目も変わりました……よね? と、特にお胸が……)


 ソラの声に天井を見上げていたホムラの視線が彼女のほうへと向き、訪ねるような声が漏れる。

 そんな彼女を見て、誰か分からない相手が目に涙を浮かべながら自分を見ている様子に戸惑っているだろうと彼女は理解し、どう説明するべきか悩みつつ話すための言葉を選びはじめる。

 けれど、彼女とどう話せば良いのか考えが纏まらず……言葉にならない。


 そんな見知らぬ女性ソラの様子をホムラはベッドに寝ころんだまま、ぼんやりしと見ていた。……が、不意に目の前の女性がうっすらとしか覚えていない記憶の中にある居なくなってしまった少女と重なって見えた。

 あの少女は自分のせいで厳格で自分たちのことしか考えていない両親によって友達になってしまった子が両親ともども酷い目に遭うからと、絶対に周りと関わるつもりが無いと周りを突き放してツンツンとした態度を取り誰とも関わらないように心の中に壁を作っていた。

 その後、自分たちの仲間になってからはこれまでの態度が何だったのかという風に子供らしい表情を取るようになったけれど、これまでの態度で周りとどうやって接したら良いのか分からず周りの子と話そうとしつつもあんな態度を取っていた結果自分は嫌われているのではないかと考えてしまって話しかけられなかった不器用な少女の姿と重なって見えた。


(……そんなわけない。だってソラはアタシたちの代わりに死体も残さずに居なくなってしまったんだ。……けど、そうであってほしい)


 そう思いながら、ホムラは少女の名前を口にする。


「…………ソ、ラ……?」

「っ!! は、はい、わたし、です! ソラ、です! 会いたかった。ホムラ! 記憶を失ってからもぼんやりと覚えていたあなたに、ずっと、ずっと会いたかったです……!!」


 溜めていた涙を流しながら、ソラは握りしめる彼女の手へと自身の顔を近づけてその指先に額を当てる。

 指先に当たるソラの額の温かさに、目の前の彼女が現実であってこれは夢でないと理解したのか、ホムラの目からも涙が零れ……枕へと零れ落ちていく。


「生きて、たんだね……」

「はい、はい……っ!」


 ホムラの言葉に、涙を流しながら顔を上げたソラは微笑みを向ける。

 そんな彼女の微笑みをホムラは静かに見ていた。だが……、目覚めきっていないからかまだ思考が定まっていないようだった。

 だけど、それでも、ホムラが目を覚ましてくれたこと。ホムラが生きていたということを喜んでくれているソラの微笑みに対して、ホムラは自分が胸を張って自慢できるような自分でないと思えてしまっていた。

 どうして、そんな考えが浮かんでしまったのかは分からない。

 けれど、それを考えるよりも先に体力の限界を迎えたようでホムラの意識は再び沈みはじめたのかゆっくりとまぶたが落ち始める。だが、眠るギリギリのところで堪えていた。

 そんなウトウトし始めているホムラの様子に気づいたソラは優しく彼女に声をかける。


「ホムラ? ……今は休んでください。わたしが見ていますから」

「ゃ……」

(だって……こんど、目を覚まして、ソラがいなかったら……やだ)


 ソラの言葉に対してホムラは小さい子供のように首をちいさく横に振り、捨てられた子犬のような瞳で彼女を見る。

 もしかしたら……これは夢で、今度目が覚めるとそこにソラは居ないかも知れない。そんな思いがあり彼女は眠れずにいた。

 そんな彼女の想いを知ってか知らずか、ソラは優しく首を振ってから微笑む。


「大丈夫ですホムラ。わたしはどこにも行きませんから、今はゆっくり休んでください」

「やく、そく…………」

「はい、約束です。わたしはホムラのそばに居ます。……~~♪ ~~~~♪」


 すこしでも気持ちよく眠れるように、そう思いながらソラは小さくハミングを歌う。

 単調なメロディながらも紡がれるのは、彼女が知る子守歌。

 耳に溶け込んでくるメロディにホムラの目蓋はゆっくりと閉じられていき、少しするとすぅ……すぅ……と小さな寝息が聞こえはじめた。


「~~♪ ……おやすみなさい、ホムラ。わたしはもう居なくなりませんからね」


 眠りについたホムラを見ながら、ソラは優しく微笑む。

 その姿はまるで慈愛に満ちた聖母のように見えた。

 そんなソラへと目を閉じていたサラマが目を開け、話しかける。


『……ソラ、ちょっといいドラか?』

「サラマ、どうしたのですか? 何か問題でも――」

『いや、……いまはキミは喋らないでほしいドラ。言葉に頷くだけで頼むドラ』

(? どうしたのでしょう? でも眠っているホムラを起こさないようにする配慮でしょうか……)


 意味深な言葉に首を傾げながらもソラは頷くと、サラマはソラにある事実と……ひとつのお願いをした。

 それを頷きながら聞いていたソラだったが、その表情はサラマの語った事実によって徐々に曇りはじめ……心配そうにサラマを見てから眠っているホムラへと視線を移し、そのときには今にも泣きそうな顔をしていた。


『……頼めるドラか?』

(……わかり、ました。けど、サラマはそれで……いいのですか?)

『ありがとう。キミには辛い役割を押し付けると思うけれど、よろしく頼むドラ』


 泣きそうな顔でサラマのお願いに頷き、ソラは静かに眠っているホムラを見る。

 その表情にはいろいろと聞きたいことがあるようにも感じられたが……、一度だけ目を閉じて首を横に軽く振ってからすぐに優しいほほえみを向けた。


(……そう、ですよね。今は、ホムラを助けることが出来たことを喜びましょう。きっと時間が解決してくれるはずです)

「だから、言いたくなったら言ってくださいね……。ひとりで抱え込まないでください、ホムラ」


 眠る彼女に聞こえないように、小さくソラは呟いた。


 ●


 ――ピピピ、ピピピ。


 ――朝、目覚ましのアラームが少しだけ鳴った瞬間に、手が伸びてアラームを停止させる。

 それから少しだけ布団の中でもぞもぞと動き、ゆっくりと上半身が起こされた。


「ん、んんぅ……、おはようございましゅ……」


 上半身を起こしたまま、寝惚け眼でボーっとしていたソラであったが、ゆっくりと頭が動きはじめると強張った筋肉をほぐすように両手の指を絡めて、うんと呟きながら背を伸ばすと右から左と上半身を動かす。

 それを終えてベッドから出ると部屋から出て、キッチンに向かう。

 キッチンに入るとハンドソープを出してから手を洗い、事前にタイマーをセットしていた炊飯器に近づきフタを開く。

 フタを開けると中から焚きたてご飯特有の香りと、炊きあがってから初めてフタを開いた者だけが聞くことができる独特の音が耳に届いた。


「うん、今日も良い感じに炊けています」


 炊き具合に満足しながら、しゃもじをご飯に入れると上下を入れ替えるようにかき混ぜ、少し口に入れて味見をして再びフタを閉める。

 そして脱衣所にある洗面台に向かい、泡立てた洗顔料で顔を洗いふんわりとしたタオルで濡れた顔を優しく拭っていると背後に気配を感じた。

 振り返ると目をしょぼしょぼさせながら、半分寝ぼけた状態で目元をパジャマの袖で擦るホムラが立っていた。


「ふぁ~あぁ……、おふぁよ~、ソラ~……」

「おはようございますホムラ。大丈夫ですか?」

「だいじょーぶだいじょーぶー……すやぁ……」

「って、寝てるじゃないですか!?」

「すやぁ、すやぁ……」

「寝ながら返事をしちゃってます!?」

「ドヤァ」


 今にも鼻提灯を作りそうな勢いで目を閉じていたホムラであったが、ソラのツッコミに対して目を閉じながらドヤ顔をしながら腰に手を当てる。

 そんな彼女の様子を呆れながらソラは見ながら、諭すように言う。


「初めは寝ぼけてたみたいですけど、もう起きていますよね?」

「えへへ~」

「まったく……、ホムラも顔を洗ったら着替えてきてくださいね。それと洗濯物があったらカゴに入れてください。帰ったら洗濯しますから」

「わかったよ。それじゃあ、またあとでね!」


 洗面台から離れるようにホムラと交代して部屋へと戻り、パジャマを脱いで制服へと着替える。

 制服に着替え終えると軽く身だしなみを整え、キッチンへと戻って朝食を作りはじめる。

 本日の朝食は炊きたてご飯とお味噌汁。おかずには焼きたての卵焼きとキャベツとキュウリの浅漬けというシンプルな献立。

 それをササッと作り終えてリビングにあるダイニングテーブルに置いていくと、制服に着替えを終えたホムラが入ってきた。


「お待たせソラ! ん~、いい匂い!」

「ちょうどいま出来上がったところですよホムラ。よかったら先に食べててください」

「ううん、ソラが席に着くまで待ってるよ」

「わかりました。ちょっと待っててくださいね」


 席に着きながらホムラが言い、それに頷き料理を並べ終えるとソラも席に座る。

 そしてどちらともなく「いただきます」と言って食事ははじまった。

 初めは静かに食事をしていた二人だが、ある程度食べてから……おもむろにソラがホムラに問いかけた。


「えっと、ホムラ……学校はどうですか?」

「ん? 楽しいよ。だってソラがいるから!」

「そうですか……。授業内容とか大丈夫ですか? 分からないところとかあります?」

「…………ノ、ノーコメントで……。で、でも前の世界とよく似た授業の内容だから混乱することはないよ!」

「そうなのですか? でも社会や歴史の授業などは混乱しませんか? わたしの場合はそう言うことはありませんでしたけど」

「あー……、うん。混乱するね。だって、アタシたちの世界の歴史上の人物とすこしだけ名前が違ってたりするし、国と国が争う大規模な世界戦争とかは無かった代わりに異世界からの侵略者との戦争とかで複数のヒーローが居たり、巨大ロボに乗って戦ってたとか……ね」

「あはは、そういうところはすごく違和感ありますよね……」


 まるで思春期の娘と会話する父親のような会話であるが、正直な話ソラもホムラにどんな会話をしたら良いのか困っているようだった。

 けれども少しだけ話題に出来る所は出来るようで少なからず花を咲かせていた。


 メディカルルームで眠るホムラの手を握りしめた日から少し時間が流れた。

 数日間の療養のお陰である程度の体力が回復し、ホムラは日常生活に支障がないほどになっていた。

 これなら特に問題はないと判断されるとホムラは、エアーとナギとナミを交えた話し合いの結果、ナギとナミの協力によってこの世界での戸籍が作られ、ソラたちと同じ高校への入学手続きも行われた。

 ちなみに名前は『火祭ホムラ』のままであるが、戸籍上では地球家に引き取られた養子とされることとなった。

 そして彼女が暮らすことになる場所はソラの家、つまりは星空家だった。

 ソラの両親、海外赴任をしている星空夫妻にはナギとナミがちょっとした理由で養子を引き取ることとなり、空いている部屋がある星空家に住まわせてもらえないかという話が通され、心優しい夫妻は快く了承した。

 ……というよりも、隣の家には頼れる幼馴染がいるとしても可愛くて純粋な娘をひとりきりで生活させるのは不安だと思っていたからか、渡りに船と言わんばかりにこれからも暮らして構わないと言われていた。


「まあ、色々と勉強するのが一番ですよね。わたしも一緒に頑張りますから頑張りましょうね!」

「う、うん、ワカッタヨー……」

『――づいてのニュースです』


 彼女の言葉に反論できないと判断したようでホムラはがっくりと項垂れていると、突然テレビがついてニュースが流れ始めた。

 そんなテレビのニュースを聞きながら、ソラは首を動かして視線をソファーの前に置かれたテーブルへと向けると彼女と同じようにホムラもそちらを向く。


「おはようございます、エアー。サラマも。ご飯食べますか?」

「おはようサラマ。エアーもおはよう!」

『おはようッピ、ソラ、ホムラ。今日も元気に学校に行くッピよ。ご飯は置いておいたら食べるッピ』

『おはようドラ、ホムラ……。ソラ、今日も彼女をお願いするドラ。それとごはんは激辛ふりかけごはんを所望するドラ』

『サラマ、キミのチョイスが本当奇妙なチョイスッピね』

『ほっとくドラ』

「はい、わかりました」

「ソラ? アタシが全然頼りないって思ってるのかな?」

「あ、あはは……、そんなわけないじゃないですか……」


 エアーとサラマに返事をするソラに、ホムラは眉を寄せながらぷぅと頬を膨らませる。

 けれど、サラマにとってホムラは放っておけない可愛らしい少女なのだ。

 そんな風に食事をしていた二人であるが、そろそろ時間だったらしく玄関から声がかけられた。


『おーい、ソラー。ホムラさーん、そろそろ学校に行かないと遅れるぜー』

「あ、もうこんな時間なんですね。そろそろ行きましょうかホムラ」

「りょーかい! それじゃあ、頑張っていきますかー!」


 リクの声にニュース番組の上に表示されている時刻を見るとそろそろ家から出かけないといけない時間だということにソラが気づく。

 それをホムラへと言うと、敬礼っぽいポーズをしてから隣の空いている席の上に置かれた通学カバンを掴み立ち上がる。

 そんな彼女に食器を洗っておきたいので先に出てほしいとソラが告げると、わかったと告げてホムラはリビングを出ていく。


『おはよー、リクさん、カイさん、ハナさん』

『おっす、ホムラさん』

『おはようございます、火祭さん』

『おはよ~、ホムラさん』


 玄関から聞こえるリクたちに声をかけるホムラの声を聞きながら、ソラは食べ終わった食器を流し台の中へと入れると棚から木製の平皿を2枚用意し、それぞれにごはんを盛りつけると片方にはパッケージが完全に危険物としか言いようがない真っ赤な激辛ふりかけをふりかけ、もう片方には長年親しまれている優しい味わいの卵味のふりかけをふりかけた。

 そしてそれを先ほどまで自分たちが食べていたダイニングテーブルの上に置くとのそのそとサラマが近づき、ふりかけごはんを食べはじめる。

 続いてソファー前のテーブルでリモコンを突いてテレビをつけていたエアーも羽ばたきダイニングテーブルへと降り立つ。


『ありがとうドラ、ん~……この辛さがたまらんドラ!』

『ありがとうッピ、ん? 何だッピソラ、ボクが卵味のふりかけごはんを食べるのは変ッピか?』

「いえ、何も言っていませんよ? 見た目は鳥だなと思っただけですから」

『そうッピ。見た目は鳥だッピ』


 置かれたごはんをサラマとエアーがモソモソと食べはじめるのを見ながら、ソラは返事をする。

 しかしその表情は浮かない。


(……また、気づきませんでしたね)


 テレビがついたとき、彼女はソファー前のテーブルでテレビをつけたエアーに声をかけた。

 そして同じようにホムラもそこに居るサラマへと声をかけていた。しかし……サラマはホムラの前、

 けれど彼女はそれに気づかず、ソラの視線でサラマたちはそこに居るのだと判断して声をかけていた。そしてエアーたちがしている会話に対して、当たり障りのない言葉やソラが返事をしたときにはあまり混ざらないように、または時折は自分が話題にされているといった感じに返事をしていた。

 目を覚ましてから、ホムラは精霊を見れなくなってしまっていた。

 けれど、ソラに……ともに戦った癒霊少女である仲間には知られたくないと、ホムラはサラマたち精霊を見えているフリをすることを選んだ。

 そしてメディカルルームで目を覚ましたホムラが自分を見ることができないということに気づいていたサラマは、あの日ソラに自分たちが見えている風な反応をするホムラに対してそれを指摘しないでほしいとお願いした。

 だからソラはそれを受け入れ、彼女がその事実を自ら言うことを待つことを信じることにした。

 ホムラが精霊を見えていないことを知られることを恐怖しているのは気づいていた。

 だからソラは願う。


「…………どうか、ホムラが……。いえ、ホムラを信じましょう。たとえどんな形に落ち着くことになったとしても、わたしの彼女の親友なのですから」


 願いかけた想いを振り払い、ソラは手早く食器を洗い終えるとカバンを手に取り玄関まで向かって、靴を履いて外に出る。

 外には地球家の三兄妹とホムラが待っており、家から出てきたソラを見た。


「おっすソラ、おはよう」

「おはようございます、ソラさん」

「おはよ~、ソラちゃん」

「おはようございます、リクくん、カイくん、ハナちゃん」

「もー、遅いよソラ! ほら、はやく行こうよ!」

「……はい、そうですね」


 朝の挨拶をする三人にソラが返事を返し、遅れたことにホムラが頬を膨らませる。

 そんな彼女に微笑みながら、家の鍵を閉めてから歩きだす。

 歩きだしたソラへとホムラは依存するかのように寄り添い、楽しそうにニコニコと笑顔を浮かべながら歩く。それをソラは仕方ないなぁといった表情を向けて微笑む。

 こうして、ソラの一日が始まるのだった……。



 ……To be continued next time.

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幼馴染はスーパーヒーロー。そしてわたしは……。 清水裕 @Yutaka_Shimizu

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