第18話 カエリタイ(ホムラ視点)
Side:火祭ホムラ
昔は良かった。……そんな風に思うのは何度目だろうか。
小学校の頃は周りに友達がいた。バカをしていても周りは笑って誤魔化してくれた。
テストの点数が悪くっても、笑顔が良かったら可愛いとか元気って思われてた。
そしてそれ以上に正義の味方になって、悪いやつらを退治するという使命感にも燃えていた。
だけど、戦いが終わり……仲良くなれた友達がいなくなり、それでも成長していった。
すると勉強ができたほうが良いと周囲は考え出していった。
……それに乗れなかった。
テストも悪かった。先生にテストの点を怒られるたび、周りがバカにしてた。友達だった子たちがクスクスと陰で笑っていた。
元気で走り回っていた姿を野猿みたいだと言っていた。
そんな風に言われるたびに徐々に、取り柄だった元気が失われて行く気がした。
幼馴染の子が中学校の進学の際に親の勧めで他県にある私立の中学校に行った。
中学の3年間に一度も会うことが無かった。
お母さん同士が会ったりしているみたいで、近況は聞いているけど……その度に自分が比較されるようになってしまった。
同じ中学に進学したインドア派なのんびり屋が、イジメに遭って引きこもった。
クラスが違うからそんな風になっていたことを知らなかった。
知ったときにはもうアタシの声も届かなかった。
商売人の娘だって自信満々に言ってた子が両親の商売の失敗で行方をくらました。
思えばこの一件から皮切りだったと思うし、住んでいた家に色々な張り紙がされているのが怖かった。
仲が良いと思っていた商店街の人たちの口から酷いことを言われるのが辛かった。
みんなが居たから笑えた。楽しかった。
それなのに今は散り散りになって……残ったのは、嗤われてバカにされるだけの人生。
比較されるだけで、才能なんてもう見えない……何もない人生。
「かえりたい……。かえりたいよ……」
呟くように何度も口にするのが、何時の間にか口癖になっていた。
ナギサ……、ソウ……、チホ……、会いたいよ……。
ソラ……、ソラには、もう……会えない、よね?
きっと天国で会えるかも知れないけど、自殺なんてしたら絶対に会えないから死ぬことはない。
それに死ぬのは……こわい。
……そして、サラマにも会いたい。
ヤミー団長を倒してしばらくして、サラマや他の精霊たちはアタシたちをずっと見守っているって言って精霊界に帰っていった。
小学生のころは離れていても精霊界でアタシたちを見てくれているって信じてた。だけど、それはもう信じられない。直接会いたい。会って、元気出せって励ましてもらいたい。
見守っているなんて信じられない。曖昧な言葉なんか欲しくない。
『ホムラ、お前は強い子ドラ。その元気な笑顔があれば、なんだってできるドラ。だからその笑顔を絶やさずに頑張っていってほしいドラ』
別れ際にサラマはアタシに言った。
だけど、その言葉ももう信じることなんて出来ない。
「サラマ……アタシ、もう笑えないよ……」
グスグスと嗚咽を吐きながら家に帰る。でも、家に帰ってもお母さんは勉強勉強しか言わない。勉強をしようとしても何をすればいいのか分からないし、やりたいって思えない。
そんな風に考えると、アタシの居場所なんてどこにもない。ないんだって思えてしまう……。
家に近づくにつれて重くなっていくように感じる荷物。帰りたくない。
だけど避難する場所なんてどこにもないから、帰るしかない……。
沈む気持ちと体を引きずるように一歩進んだ瞬間、世界が変わった。
「…………え」
茜色に染まっていた街並みから色が抜けてモノクロームに変化する。
この景色に覚えがあった。
「なん、で……。ストレス空間……? ヤミー団長を倒したから、ストレス歌劇団は解散、したんじゃないの?」
起きるはずがない光景に戸惑いを覚えながら、周囲を見渡していると声が響いてきた。
『レディィィスエェェェェンドジェンドルメェェェェン!! 10年ぶりのストレス歌劇団の開演でございます!!』
「っ!? この声、ピエロ……!?」
聞こえてきた声、それはストレス歌劇団の幹部であるピエロの声だった。
ピエロ。ピエロ・デ・ストレース。
名前のごとくピエロの格好をした敵で、主にアタシたちをバカにするような言動を口にしたトリッキーな動きをする相手だった。最後の戦いでは倒す直前に逃げられてしまい、どうすることも出来ずにいた相手。
「どこ! ピエロ! 出てこい!!」
『ここに居ますはかつてこの世界を救った癒霊少女! その名をヒールフレア!』
――ワアアアアアァァァァァァ!
スポットライトが当たるみたいに上空から光が当たり、アタシを照らす。
さらにはお囃子のように歓声が響き渡るけれども、嬉しい気持ちなんてまったく無かった。
というよりもバカにされているようで気分が悪い。
『世界を救った癒霊少女たち。彼女たちのその後の人生は華やかでしょうか? 答えは否! 否否否! ソォんなわけはありませんデシタ! ヒールアクアは休むことがない勉強づけの日々! ヒールウインドはイジメを苦に引きこもり! ヒールグランドは両親とともにホームレス! そして彼女らのリーダーであったヒールフレアは子供のころに褒められていた太陽のごとき笑顔は今では浮かべることなど出来ず、悪い頭を理由に周りからはバカにされる日々!』
「…………っ」
『アァ、アァ、なんて愉快! 愉快なんでしょうか! 世界を救った正義の味方の少女たち!! けれど彼女戦いなんて誰も知らない、気づかない! 何も知らない人たちが彼女たちに向けるのは勉強ができないおバカさん、勉強しか出来ない不愛想、引きこもりのゲームオタク、汚らしいホームレスという嘲笑! 見下されるだけの存在! 子供のままで良いと言われたことを信じた結果、何時までも子供でいるんだという周りからの呆れた視線!』
腹が立つ歓声であった声はクスクスという嘲笑に変わり始める。
ただの効果音。だけど今のアタシにはつらい。
「…………めて……」
『大好きな母親からは家に帰れば勉強しなさい! 他の子は頑張っているのよ! 何で頭が悪いの! もっと大人になりなさい。そんな自分を諫めるような言葉ばかり!』
「や……めて……」
『彼女は呟きました! 『ナギサに会いたい』と、だけど会ったらきっと変わっていない自分自身に呆れあれるに違いない! もしくはそんな笑いも出来ない彼女を失望する!』
『ホムラ……、どうしてまだ子供みたいなんですか? はぁ、私たちはもう大人なんですよ』
『ホムラ、あなたの元気な笑顔が好きだったのに……』
「やだ! やめて、やめてよぉ!!」
周囲に響くようにナギサの声を模した声が響く。
聞きたくなくて両手で耳を塞ぐけど、頭の中にじかに響いてくる。
『彼女は呟きました! 『ソウに会いたい』と、けれど彼女は忘れているのです! 暗い部屋の中で彼女から拒絶の反応しか来ないことを彼女は忘れているのです! 付き合いが悪いなどの些細な理由でイジメられ、引きこもったころに会いに行ったころのことを!!』
『いや! やめて、やめて……! ……ホム、ラ? ――ひっ! ごめん、ごめんなさい! ごめんなさい! やだ、やだ来ないで! 来ないでぇぇぇぇっ!!』
アタシが会いに言った瞬間、ソウは怯えていた。
怖くないからと頭を撫でようとしただけなのに、彼女は部屋の隅に縮こまって怯えた目でアタシを見てた。……アタシを友達と思わっていないと思ってしまったんだ。
そんな彼女から逃げるようにアタシはソウの家から逃げるように帰った。
「やめ、て……やめ、てよ……」
ボロボロと涙がこぼれてくる。
イジメられていたことに気づけなかった。助けることができなかった。後悔の涙。
友達じゃない、敵だという視線。拒絶されたことに対する悲しみの涙。
『何かできたのではないか、どうにかしないと! そう思っても彼女のこれはただの偽善! 自己満足! そうすることで彼女は自分に酔いしれたかった! ホムラはやっぱり頼りになる。そう思われたくて!!』
グサグサと心に剣が突き立てられるように胸が痛み、何も見たくない。聞きたくない。そう思いながら目を閉じ、耳を塞ぐ。
けれどなおもピエロの演説は響く。
『彼女は呟きました! 『チホに会いたい』と、会いたいデスか? ボサボサになってしまっているくすんだ金髪、ボロボロの肌、異臭を放つ衣類、荒んだ瞳となり誰も信じることなどなくなった彼女のことを!』
『ホムラはええよな。色んなことを言われてるけど……温かい家がある。あったかい食事がある。あったかい寝床やお風呂がある……。うちにはもう何もないんや、それともホムラがうちにお金をくれるんか? だったらくれよ。うちのために、借金してお金をくれ。
ここにチホは居ない。それなのに、まるで本当に居るように彼女の声と思う大人びた声が届き……ツンとした異臭が、鼻を突く。
シャンプーがされていない犬のような臭い。嗅ぎ慣れない臭いにむせ返りそうになる。
「ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめんなさい……!」
『ホムラ』
『ホムラ』
『ホムラ』
謝ることしか出来ない。会いたいと思っていたはずなのに、居なくなって欲しいと思ってしまう。
助けて、誰か。誰か助けてよ……!
「サラマ……たすけて、助けてよ!」
『彼女は精霊を呼びました! けれど精霊は見守るだけ! 少女たちが苦しんでいるのに見ているだけ! ああなんて愉快、嗤える喜劇でしょう! 今だってきっと、自分で乗り越えてくれると言っておきながら助けには来ないのです!!』
サラマに助けに来てほしい。そう思っているのにピエロの声が、すんなり落ちてしまった。
そう、だ……。何で、何でサラマは助けてくれないの?
アタシは助けてほしかったんだよ? 助けてって言ってたのに、なんで来てくれないの?
ドロドロとした感情が心の中に満たされていく。
心がガラスのようにピシピシとヒビ割れているような気がした。
「そっか……、サラマ……たすけて、くれないんだ……」
『当たり前デス。精霊は純粋な者にのみ助けるのです。ああしかし、彼女は純粋ではありません! 徐々に徐々に心は黒くなりました。だから助けてくれないのです!』
「アハ、アハハ……そっか、そっか。そうだったんだ……」
ナニカガコワレタ。
ほんの少しでも燃えていた心の赤い火が、消えてしまった。
そんな気がした瞬間、空間を壊すようにしてサラマが現れた。
『ようやく来れたドラ! ホムラ、遅くなってごめんドラ! ピエロが現れるなんて予想外だったドラ!』
「サラマ……」
現れたサラマを見た瞬間、黒い火が心の中に灯った。
ああ、そうだったんだ。だから、精霊は子供を癒霊少女に選んでたんだ……。
『大丈夫ドラかホムラ! はやく変身してピエロを倒すドラ!!』
「…………うん、いいよ」
必死に叫ぶサラマだけど、それも演技だよね。
だったら、アタシもサラマを使ってあげる。
ジュクジュクと心の中に燃える黒い火がささやく声に従い、口を開く。
「ダークエレメンタルフュージョン……、メタモルフォーゼ……」
『っ!? ホ、ホムラ! ダメドラ! そんなのダメドラ!! キミはそんな子じゃないドラ!! だから――』
「うるさい」
瞬間、アタシから伸びた黒い火がサラマへと伸びると驚いた表情を浮かべ、サラマが叫ぶ。
そんな子って何? アタシはもうすべてが嫌なの。この世界なんて、いらない。
いえにもかえりたくない、なにもいらない。
あたしも、いらない。
黒い火がサラマを包みこむように燃え、火の檻はアタシの中へとサラマを招く。
10年ぶりの精霊を受け入れる感覚。けれど、燃え上がるのは勇気や正義といった正しい心の火なんかじゃない。
あるのは嫉妬、羞恥、絶望、怨み、後悔といった黒くドロドロとした火。
ジュクジュク、ジュクジュクとサラマが抵抗するように燃やしていた赤い火が、アタシの心を満たす黒い火に包まれていく。
サラマが心の中で必死に叫ぶけど、アタシにはもう届かない。
しかたないよね。だって、何度も助けてって言ったのに、助けてくれなかったのはサラマだもん。
内側から燃えてくる黒い火に包まれながら、アタシの体は変身を始めた。
だけど、この辺りからもう記憶は曖昧になっていた。
きっとアタシは自分なんてもう要らないと思ったから、黒い火で心が焼かれてアタシという存在を灰にしてしまったんだと思う。
微かに覚えているのは……火のように赤色だった髪は灰のように白色になって、最近運動なんてしていなかったから白くなってしまった肌はコーヒーをぶちまけたように浅黒い肌になったということだけ。
そして――、
「世界を闇の火で燃やすため、邪霊少女ダークフレア。絶望とともに堕ちました」
アタシなのに、アタシじゃない声。聞こえてくるダークフレアという名前が、この姿なんだ。
そう思っているとアタシの心は黒い火によって焼かれて降り続ける灰に埋もれて……考えることも無くなっていく。
アタシという心が沈んで、操り人形のように立っているアタシはピエロを仲間と思ったみたいで歩きだす。
……きっと、黒い火が心の中で燃え上がってしまったアタシはあのころ散々戦っていたヤルキナイナーと同じ、ヤミー団長やストレス歌劇団と同じ存在だったんだ。
それに気づいた瞬間、完全にアタシはすべてを手放した。
●
起きているのか寝ているのかもわからない感覚。
あれからどれだけ時間が経ったのだろう? 1か月? 2か月? 半年? それとも一年?
分からないし知りたくもない。
ピエロはダークフレアをひと通り働かせると、異空間に閉じ込めた。
人形のように与えられた仕事だけをする。それに同じように堕ちたみんなもいる。
みんないっしょだ。いっしょなんだ。
こうなっちゃったけど、みんな……いっしょだよ。
けど、ああ、だけど……なんだか物足りない。
アタシはこんなことをしたかったのかな……?
わからない。わからない……。
そう思いながら黒い火が炎のように燃え上がるのを見ていると、黒一色だった世界に青い空が広がった。
そら、あおい、そら……。
……違う、青い火で黒い炎がかき消されているんだ。
――ぜったい、絶対に、助けます!
声が聞こえた。誰か分からない声。
だけど、懐かしく感じるし……、胸が高鳴った。
この声は、だれ? アタシなんて助けられるような人間じゃない。
だから放っておいて……。
そんなアタシの気持ちなんてわからないのか、声は響き……歌が聞こえた。
空をきれいな青空にする歌声、メロディ。
この歌、覚えがある……。どこで? いつ……?
「…………あ」
おもい、だした。
この歌が何なのかを。誰が歌っているのかを。
なんで? もう、いないんじゃなかったの……?
なんで、なんで、アタシを助けようとするの。
答えてよ……。
「…………ソラ」
呟いた瞬間、黒い炎がかき消され……アタシの心の中を眩いまでの青空が照らしていた。
だけど、今のアタシにはこの眩しさが……つらかった。
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