第12話 はじまりのゆめ
『ダメよ、あんな子たちと一緒に遊んだりなんかしちゃ。さ、レッスンに行くわよ』
『お前は由緒ある陰宮家の娘なのだから、低俗な子とつるむんじゃない。それよりも今日の勉強は進んでいるのか?』
暗い空間に一か所にだけスポットライトが当たりそこだけは明るい場所。
そこに少女がひとり膝を抱えながら俯いており、少女の前に彼女の両親であろう人物が立つ。
そして出るのは子を思いやる言葉……ではなく、自分たちの見栄のため。
両親にとって少女は自分たちの都合の良い、家のための道具という位置づけだった。
『はい、わかりました。おとうさま、おかあさま……』
俯いたまま少女は機械的に呟く。
小学校に入学した当初、友達になろうと笑いかけてくれた子が居た。その子はそれが原因で家のほうに苦情が入れられた。結果、少女を避けるようになってしまった。
そんなことがあったことを知らない子が、少女が行ってみたいと思っていた駄菓子屋さんい連れて行ってくれた。
塾があったというのに黙って休んだ結果、両親に叱られ、部屋から出してもらえず、ようやく出してもらえた時にはその子は両親とともに遠くに引っ越していってしまっていた。少女の父親の会社にその子の父親は勤めていたため、理不尽な支所送りを受けたのだ。
初めて行った駄菓子屋は面白かった。店先に座っていたお婆さんが笑いかけて、面白いお菓子を食べたりした。……お婆さんの駄菓子屋の土地一帯が何処かの企業に買われてしまい、新しい商業施設を造るために更地となっていた。
すべて少女が原因だった。優しくしてくれた子が居なくなり、楽しいと思った場所は失われた。
結果、少女を周囲は遠巻きに見るようになり、毛嫌いするようになった。
すると両親は夏休みを目前に『こんな所に娘は置いておけない』と憤慨して、土地を引っ越すこととなった。
誰も知らない土地、自分を知らないでいる小学校、新しい自分になれるかも知れない。
そんなことを一瞬だけ思った少女だが、すぐに諦めた。
(わたしと関わったら、何も良いことなんてないんです……。だから、誰とも関わりません……)
だから少女は自らの心を閉ざし、周囲に関わることを止めた。
陽気な子が居たら羨ましいと思いながらも睨み、楽しそうに笑っているグループを見つけてしまうと睨みつけてしまっていた。
そんなことをしていると転校してきたばかりであった少女はとっつきにくい少女という認識をされるようになっていた。
けれど少女にはこの状況はこれで良いと思っていた。自分が関わらなければ誰も傷つくことはないと……。
なのに、そんな少女に彼女はある日から声をかけてきた。
「こんにちわ! アタシ、火祭ホムラっていうんだ。よろしくね!」
「そうですか……」
「えっと、キミは……陰宮ソラで良いん、だよね?」
「そうです。ですが、わたしに関わらないでください……では」
チャーミングポイントの八重歯が見えるくらいに元気のよい笑顔で彼女、ホムラは少女――元の世界にいたころのソラに話しかけてきた。
長い髪をポニーテールにし、男の子と同じように元気よく外を駆け回るからか日焼け気味の肌、ノースリーブのシャツに短めのジーパンという恰好の彼女は周囲が距離を置いていたというを気にせずにソラへと話しかけた。
けれどソラは誰とも関わりたくなかったためにまともに話をせずに、軽く返事をして彼女から視線を外すと彼女から離れるように去っていった。
これがソラとホムラのファーストコンタクト。
『何でもっと点数が上がらないんだ。陰宮の人間として恥ずかしい……』
『ほら、あなたならもっと出来るでしょ? 出来ないなんて、ああ恥ずかしい』
ほんの少しわからない問題があった。それが原因で父親が望む点数を満たすことができなかった。
習っているバレエですこし難しいレッスンがあった。それが出来ずに母親は呆れかえっていた。
それに対してソラは反抗なんて出来なかった。
「ごめんなさい、おとうさま。もっと勉強をがんばります。ごめんなさい、おかあさま。もっとレッスンにうちこみます……」
クラスでは一番の点数だった。学年では10本指に入る点数だと自信を持って言える。
バレエも周りも講師もお世辞抜きで上手だと言ってくれた。足の指に血豆が出来てしまったときもあった。それほど頑張っている。
けれど両親は恥ずかしがった。呆れかえった。
ソラは両親が笑った顔など見たことがない。何時も彼女に向けるのは叱咤する表情や失望を臭わせる表情。
だから彼女は無意識に追い求めていた。縋っていた。両親に褒められたい、捨てられたくない。自分が原因で周りの人を巻きこみたくない。と……。
幼い彼女がそう思い、出来ることとして……勉強に励み、様々な稽古のレッスンを頑張った。そして周りと壁を作り続けた。
「ねーソラー、アタシたちと遊ぼうよ! 近くの公園でサッカーとかしてさ!」
「ごめんなさい、興味がないので失礼します」
「ソーラー、クレープ食べに行こうよクレープ!」
「……興味ありません」
「ソ――」
「ちょっとホムラ! 掃除当番なの忘れてるわよ!」
「あ、ごめんごめんナギサ!」
「ソラソラ! ソウが新しいゲーム買ったんだって! 一緒に遊びに行こうよ!」
「………………」
なのに、彼女――火祭ホムラだけは積極的にソラへと話しかけようとしているのだがソラはそれを無視し、誘いを断り続けた。
それでもめげずにホムラはソラを誘い続けていた。
だからか、ソラは無意識ながらも彼女を視界で追うようになってしまいうと彼女は四人のグループのリーダー格であることが分かった。
彼女らは騒がしい四人組として学内では有名であった。
だけど基本的に誰からも嫌われていないという、恵まれた存在。
(わたしと……ぜんぜん違う)
そんな彼女たちにソラは心のどこかで嫉妬してしまった。
だからまた同じようにホムラが声をかけてきたとき、彼女は辛く当たった。
「ソラ、今日こそはいっしょに――「いい加減にしてください!」――あ」
「わたしはイヤなんです! いい加減、構わないでください! 邪魔なんです!!」
「あ……、ご、ごめん。で、でもね、そんな風にイライラしてたら、体に悪いよ? たまには一緒に遊んだり……」
「よけいなお世話です! わたしは、ひとりで十分ですから!」
ソラの怒鳴り声にビクッとしたホムラであったが、それでも遊ぼうと誘う。
そんな彼女の差し伸べてきた手をソラは振り払った。
(これでいい、これで良いんです)
ソラの脳裏に怒鳴った瞬間に見たホムラの顔が浮かび、胸が締め付けられる思いがしたけれど……大丈夫であると自分に言い聞かせる。
けれど、どういうわけか涙が出ていた。
『最近、ロクでもない連中と遊んでいると聞いたがどうなんだ?』
『アナタは陰宮の娘なのよ。だからちゃんとした人たちと交流しなさい。ああ、そうだわ。この子に見合う子を用意しましょう』
『ああ、それが良い。だったら用意しようじゃないか』
「おとうさま、おかあさま、それは……」
『『何か文句でも?』』
「……ありま、せん」
そうしてソラには両親によってちゃんとした人たちが宛がわれた。
けれどその人たちのほとんどはソラに対して友情など感じても居ないし、友達だなんて思っていない。ただたんに親に、陰宮の家の者と親しくなれるチャンスだという理由だけでいっしょに居るだけであった。
『ソラさん、いっしょに帰りましょう』
(ああ、面倒くさい。こんな陰気臭い子と仲良くなんてなりたくないわ)
『ソラさま、今度わたくしたち音楽を聴きに行こうと思いますの。一緒にいかがですか?』
(どうせ来ないのでしょう? まあ、来たとしても話の輪には入れないでしょうけどね)
ニコニコと微笑む彼女たちの心がそう言っているようにソラは感じていた。
そんな宛がわれたちゃんとした人たちは、両親が用意した学校内での首環なのだ。
お前は自分たちの言うことを聞いていればいい。そう言っているように彼女は感じていた。
(イヤだ。イヤだ。イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!)
「ご、ごめんなさい。ちょっと、トイレに行ってきます」
『あら、そうですの? それではお待ちしておりますわ』
胸の中を蠢くナニカに耐え切れず、ソラはトイレに逃げ込む。
それを、ちゃんとした人たちは見送ると……ソラが見えなくなると同時に逃げるように立ち去っていった彼女のことを嘲笑しながら去っていく。
そして翌日になると待っていると言っていたのに居なくなった理由として「家から用事を言い渡されました」とありもしない嘘を彼女たちは告げながら謝罪するのだ。
それが分かっているからソラは苦しかった。
あんなものは友達なんかじゃなかった。
(苦しい、苦しい……! なんで、なんでわたしだけ? わたしだけ、こんなめにあうんですか? わたしだって、本当は友達といっしょに笑いたいです。遊びたいです。それも、おとうさまたちが選んだ友達なんかじゃない、わたしがいっしょに居たいって思うほんとうの友達といっしょに!!)
「う――ぐす……っ、っく……」
この感情はなんて言えば良いのかわからない。けれど、苦しくて悲しくて辛かった。
|心の中がぐちゃぐちゃで、頭の中もぐちゃぐちゃしていた。《みじめだ。ああ、ほんとうにみじめだ。》
だから誰にも知られないトイレでひとりで泣くのが当たり前になっていた。
部屋の中でも本当の自分を出せない。だから、ここが彼女にとって本当の自分を――
――コンコン。
「――――っっ!!」
「ソラ、大丈夫?」
聞こえたノックの音にビクリと体が震えるソラへと心配そうなホムラの声が聞こえる。
これまでの出来事を彼女は見ていた。だからホムラはソラを心配してトイレまで追ってきたのだ。
けれどこれは悪手だった。
「……なんですか? こんなところまで来て、また遊ぼうとか言うんですか?」
「そうだけど、そうじゃない。そうじゃないよ! だってソラ、友達だって言ってる子たちといっしょに居ても、すっごく苦しそうなんだよ? ソラは自分の表情を見ていないの? 今にも泣きそうにしてるんだよ? それなのに構わないなんてアタシには無理だよ!」
聞こえてくるのは本当に心配しているという声。けれど心を閉ざしているソラの心には響かない。
そんな中、ドアの向こうから新しい声が聞こえた。
『ホムラ! ヤルキナイナーが出たドラ! みんなは先に行ったドラよ!』
「えっ! こんなときに……! アタシ行かなくちゃいけないけど、ソラのことを心配してるのは本当だからね!! それじゃ!」
(今の声、誰だろう……。けど、足音も何も聞こえなかった……よね?)
「――え?」
頭の片隅に浮かんだ疑問。その瞬間、カチリと時が止まった気がした。
何かが起きた気がしたのはわかった。けれど、それが何なのか、ソラには分からない。
分からないから不安になりながら彼女はトイレから出ると、恐る恐るトイレの窓から空を見上げる。
すると、茜色となりかけていたはずの空は灰色となっていた。そして、ゆっくりと動いているはずの雲も止まっている。
「え、何ですか、これ? ……え? なん、ですか、これ?」
初めて見る現象に戸惑いながら、不安げにトイレから出ると……校内の景色も完全に灰色となっていた。
昇降口に向かうと、帰ろうとしてる生徒たちがピタリと動きを止めているのがソラの視界に映った。けれどそれを見て冗談ではないと理解できた。
何故なら、生徒たちのポーズは様々で靴を履き替えようとしている最中であったため片足を上げている子も居れば、しゃがんで靴を交換している子も居る。
冗談であるなら、片足を上げている子は脚を上げているのが限界でプルプルさせるに違いないのだから……。
(わたし、何に巻き込まれてるんですか? だれか、誰か動いている人は居ないのですか?!)
奇妙な空間に放り出されてしまったら同じような存在を求めるのは当たり前のことだろう。
焦るようにソラは校舎から出るとさらに恐怖した。
空中で停止しているボール、ジャンプしたまま止まった少年、止まる車、どう見ても白黒の写真の中の風景のように思えてしまう。
それが怖くてソラは必死に走る。誰か動いている者が居ないのかを探して必死に走る。
そして彼女は見た。
灰色の街を壊すべく暴れる巨大な黒い怪物。それに対して戦う少女たちを。
赤の少女、青の少女、緑の少女、黄の少女。
彼女たちが自分よりも遥かに巨大な黒い怪物を殴り、蹴り、攻撃を受けとめる姿を彼女は見た。
「え……、誰ですか、あれは。それに、あっちは、なに?」
「はああああっ! 行くよ、アクア、ウインド、グランド!!」
「わかりましたわ!」「オッケー」「りょーかいや!」
そして彼女は聴いた。
――火の歌を。
――水の歌を。
――風の歌を。
――地の歌を。
奏でられるのは統一感などまったくないと思われるメロディと歌声。
けれどそれらは混ざり合い、心を揺さぶった。
そのメロディに巨大な黒い怪物は癒されるように穏やかな表情となり、少しずつ白色へと変化していく。
『ヤルキナイナー……』
奏でられるメロディが終わりを迎えたころには黒い怪物はだいぶ白くなり、引き終わったときには完全に白色となった人型はゆっくりと消えていくのがソラには見えた。
それを見届けた少女たちは地上へと降り立つと、互いの雄姿を称えるべく手を打ち合う。
「やったね!」「やりましたわ!」「やったねー」「やったで!」
『くそっ! ヒールエレメンツめ! 覚えておれ!! ――――ん?』
苛立ちを孕んだ声に気づき、ソラが声のしたほうを向くと忌々しそうに少女たちを睨みつける男が空中に立っており、ソラの視線に気づきそちらを見て一瞬笑みを浮かべながら消え去っていった。
そして見られたソラはゾクリとした寒気を覚えていると、世界に色が戻った。
(なん、ですか今の……。怖かった。すごく、怖かった……)
見られた。それが恐ろしく、ソラはその場でしゃがみこみ震えていた。
そんな彼女へと近づく人物が居た。
「えっと、大丈夫? ――え」
「火祭、さん?」
顔を上げた瞬間、近づいた人物――ホムラが呆けた声を漏らす。
同じようにソラも話しかけてきた人物がホムラであることに気づき、戸惑った声を口にした。
何故ならあの周囲で少女が怪物と戦っていた際に近くにいたのは少女たちだけだった。
同じようにホムラも戸惑った。当たり前だ。ストレス空間が発生したとき、ソラは小学校のトイレに籠っていた。なのにここに居たのだから。
「何で、ソラがここに……」
「あの怪物と戦っていたの……、火祭さん……たち?」
「え、見てた……の? え、なんで?」
ポツリと零した言葉にホムラたちは驚いた表情を浮かべた。
こうして、ソラはヒールエレメンツという存在を知った。
そして、その正体がホムラたちであることを知ってしまった。
そこから普通の人よりも遥かに大きなストレスを抱えていたソラは、強力なヤルキナイナーを生み出した。
そんな彼女を助けるべくホムラたちは頑張り、友達になろうと手を伸ばした。
ソラはその手を握り、彼女たちから貰った勇気を胸に、立ち上がった。
そしてソラも癒霊少女となり――。
●
――ピピピ、ピピピ。
「ん、んん……っ、あふ……。おふぁようごじゃます……」
耳に届くアラーム音、その音に目を覚ましたソラはゆっくりと体を起こす。
ぼんやりとしたまま周囲を見渡すと、星空家の自室。
「んん~~~~っ、あふっ」
両腕を上へと伸ばし、強張った筋肉を伸ばしながら軽く体を動かす。
(懐かしい夢を見ました。……ホムラたち、元気にしていますよね?)
「……今頃、どうしていますか?」
もう会えないと思われる親友へとソラは静かに問いかける。
けれどその返事は帰ってくることは無いだろう。
それは彼女にも分かっていることだった。だから彼女は親友たちは元気にしていると考えながら、起きるのだった。
だがそれから数日後、彼女はその想いを砕かれることとなるのだが……今はまだ知らない。
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