第9話 ヒールスカイ、参上です!
「ん、んん……っ、ぁ、あのまま寝ちゃいましたか……」
『おはようソラ、よく寝ていたッピね』
「おはようございますエアー」
しょぼしょぼする目をこすりながら、ソラは体を伸ばす。
昨日の夜、ある程度の時間まで新しい衣装の考え、エアーにそのイメージを込めていく作業をしていったのだが、疲れていたようでいつの間にか眠ってしまっていたようだった。
テーブルの上を見ると幾つかのカラーペンと衣装のデザインが描かれた紙が散らばっていた。
……絵の腕はお察しのものだが、描かないよりも描いたほうがイメージが付きやすいのだろう。
『とりあえずはあれで良いッピか?』
「はい、動きやすく、今のわたしに合う衣装と思いましたので……あれで行こうと思います」
『だったら機会を待つッピ――んん??』
エアーの言葉にソラは頷き、彼女の言葉にエアーは口を開こうとするけれど何かに気づいたようで向こうを見る。
釣られてソラも見たけれど……何か違和感を感じるのがわかった。
「……なんですかこれ?」
『ストレス空間が発生していないッピ。けど……これって、ヤルキナイナー? いや、ウルサイナーッピか? けど、何か違う気がするッピ??』
「ですよね。第一、世界が止まっていませんし」
エアーと会話をおこないながら、ソラは外を見る。
視線の先で飛んでいるスズメが電線に止まるのが見えた。
これはどう見てもストレス空間が発生した様子はなかった。けれど、嫌な予感がソラの胸の中で渦巻く。
「そういえば、リクくんたちはどうしていますか? なんだか隣は静かですけど……」
『この世界のヒーローだったら、ソラが寝ている間に出かけていったッピよ。敵が現れたって慌ててたッピ』
「――って、それを早く言ってください!!」
ウルヴァッド帝国の襲来、それを知ってソラは慌てて立ち上がろうとする……が、すぐにピタリと止まる。
当りまえだ。彼女は自分がどんな存在化を思い出した。けれど、彼女はこの世界のヒーローではない。だからソラは向かうことを躊躇った。
『ソラが行っても意味がないと思うッピよ。敵はストレス歌劇団じゃないし、ウルサイナーでもないッピ。だからソラは待っているのが一番ッピよ』
「それはそう、ですが……。で、でも、そ……そうです! ちょっと近くで見るだけ、いい……ですよね?」
『まあ、ソラが行きたいならボクは別に良いッピよ』
「ありがとうございますエアー。では行きましょう!」
呆れた様子のエアーだったけれど、一方でソラは嬉しそうに微笑む。
ただの杞憂であれば良いのだが、彼女は自らの予感に従って外へと向かう。
目指す場所はソラたちが感じたウルサイナーの気配がした方向だ!
●
時間はすこし前に戻る。
朝食を終え、今日はどんなことをしようかと考えていた地球家の三兄妹だったがブレスレットが鳴り響いた瞬間、表情を引き締めた。
「ったく、休日なんだから向こうも休んでくれよ」
「そうですね。僕も今日はゆっくりしたかったんですよ?」
「あ~もう、今日もソラちゃんと遊びたかったのに~!」
「三人とも、頼んだよ」
「了解!」「わかりました」「オッケ~!」
首を鳴らしながら立ち上がるリク、メガネの位置を直すカイ、頬を膨らませるハナ。
そんな子供たちに声をかけるナギ。
それに子供たちは応え、家からシークレットベースに転移するとウルヴァッド帝国の怪人が現れた地点へのワープを行うための準備をする。
だが、敵の反応が何処であったのかを調べ、彼らはギョッとした。
「ウ、ウルヴァッドのやつらが現れたのは、ここからすぐ近くの商業区画だって!?」
「うっそぉ!? 昨日行ったんだけど!?」
「そんなバカなことがありますか!? ここには奴らを入れさせないバリアである『オーゾーン』が張られているはずなのに!!」
「とにかく戸惑うのは後だ! とっとと向かおうぜ!!」
対ウルヴァッド帝国用バリア『オーゾーン』、それはウルヴァッド帝国が放つ特有の波長を防御するためのバリアであり特定の市や主要都市に設置されている装置。
その中にはウルヴァッド帝国が入り込むことが出来ないため、主要都市や特定の市はウルヴァッド帝国を恐れる者たちにとっては楽園であった。
だというのにその楽園が壊され、ウルヴァッド帝国の魔の手がこの街にも押し寄せてくることになる。それが分かっているから、リクは戸惑う二人を焚きつけて急いで現場まで向かうのだった。
この日は何時も通りの休日だった。
商業区画では数多くの人たちが休日を満喫しており、カップルがイチャイチャし、家族が楽しそうに笑っている。そんないつも通りの休日だった。
それが壊されたのは一瞬であった。
『『ウルヴァッド! ウルヴァッド!!』』
「えっ!? ウ、ウルヴァッド帝国!? な、なんで!!」
「う、うわああああああっ!?」
「うわ~ん、パパァ、ママァッ!!」
「アーススリー! 助けてくれ、アーススリーーッ!!」
突如、空間が開くとそこから10体のウルヴァッド兵が現れたのだ。
現れたウルヴァッド兵たちは商業区画の様々な店舗に向けて持っていた銃で攻撃をする。
ババババンと炸裂音がし、周囲の建物が音を立てて崩れていく。
その衝撃が周囲に伝染しさらに悲鳴は増していき、負の感情が高まる。
あるカップルの男性は彼女を置いて我先に逃げていき、ある家族は逃げる際に離れてしまった子供を必死に探そうと声をあげる。
また一方では正義のヒーローに助けを求める声が上がっていく。
それをピエロは仮面の下で笑みを浮かべながら上空から見ていた。
『あぁ、アア、ああっ! なんと、なんと心地よい悲鳴でショウか! まさに悲鳴のオーケストラですネェ!!』
指揮を知らない指揮者がタクトを振るうようにピエロは腕を振り、悲鳴のメロディを堪能する。
けれど、その音楽を邪魔する者が現れた。
「どぅりゃあ!!」
「せいっ!!」
「とりゃ~~!」
『『ウルヴァッド!?』』
現れた三人の男女によって、数体のウルヴァッド兵が蹴り飛ばされる。
しかし混乱の最中のため、上空から見下ろすピエロ以外に誰もその様子には気づかない。
『オヤァ? ははぁ、なるほどナルホド。彼らが変身前ですカァ』
「そこまでだウルヴァイ帝国!」
「これ以上の狼藉は許しません!」
「あたしたちが許さないんだから~!」
怒った様子のリク、カイ、ハナの三人は拳を握りながらウルヴァッド兵を睨みつける。
そんな彼らを見ながら、ピエロはゆっくりと地上に降り立つ。
『ワタクシのコンサートにヨォこそ、アーススリーのみなさん!』
「っ!? お前は!」
「たしか、ピエロと名乗っていましたよね……?」
「どういうこと!? 敵はウルヴァッド兵なのに、何で……」
『フフフ、考えることは……ヒトツしかないじゃないですカァ!』
「だろうな……」
ピエロの挨拶を見ながら全員が驚いた様子を見せる。けれどその可能性はないとは判断していなかったようで、すぐに戸惑いからは脱却していた。
けれど不思議な力を持っている敵がウルヴァイ帝国に協力をしたという事実に何とも言えない表情を浮かべながらピエロとウルヴァッド兵を見る。
「とにかく、ウルヴァッド兵を倒さないと街への被害が広がる!」
「そうですね!」
「だね~。それじゃあ、行くよ~!!」
『『ウルヴァッド! ウルヴァッド!』』
蹴り飛ばされていたウルヴァッド兵も起き上がり、一斉に銃を構えるのを見ながら両腕を大きく広げる。
銃から弾が放たれる中で、広げた両腕を前に向けてブレスレットの飾りを叩く。
直後、光が彼らを包んだ。
「「「躍動! アース――チェンジャー!!」」」
その言葉とともに光に包まれた彼らの体がアーススリーのためのスーツに包まれていく。
そして10秒もしない内に彼らの姿は正義のヒーロー、地球戦士アーススリーとなっていた。
『いっくぜーーっ!!』
『行きますよ!』
『すぐに倒してやるんだから~!』
自信満々にそう言いながら、彼らはウルヴァッド兵たちへと戦いはじめる。
それに気づいた一般市民たちが口々に「アーススリーだ」「アーススリーが来た!」と喜びの声をあげはじめた。
「はやく倒してくれ、アーススリー!」
「負けるんじゃねーぞ、アーススリー!」
「がんばれ、アーススリー!!」
彼らは一様にアーススリーが負けるという考えは無く、逃げることも忘れて応援をする。
そんな彼らに勇気づけられるように、アーススリーの三人は気力を漲らせた。
『『『うおおおおおおおおっ!!』』』
『『ウルヴァッドッ!!』』
ドゴンと激しい音を立てながら、殴りつけられたウルヴァッド兵は倒れる。
しかしすぐに何事もなかったかのように起き上がると、銃を構えたり、掴みかかろうとして来る。
『『ウルヴァッド!』』
『く……っ!?』
『なんかおかしいよ!』
『いったいどういうことですか?!』
何時もならば普通に倒れるはずのウルヴァッド兵。
しかし、目の前にいるそれらは何処か異質に感じられた。
苦戦するアーススリーたちの様子に一般市民たちも戸惑いはじめ、その様子を見ながらピエロは両腕を広げ宣言するように言う。
『どうです、素晴らしいでショウ! 彼らは、ワタクシが行った実験のタメの礎となってくれたのです! 御覧なさい!!』
『
『
『っ!? 未知のエネルギー反応を確認! これは、あのときの生命体と同じ……!?』
ピエロの合図でウルヴァッド兵がマスクを剥ぎ取る。すると露わになった顔は正気を失っていることがありありと伝わるような表情をしていた。
そして口の奥にはチキュウオーをピンチに追いやったあの生命体と同じであろうものが顔を覗かせていた。
その姿はまるで、ウルヴァッド兵というボディをウルサイナーが動かしているようであった。
『ひっ!? な、なにこれ……!?』
『どうデス? 素晴らしいデショウ! 名づけるならば、スーパーウルヴァッド兵といったところでしょうかネェ』
『何がスーパーだ! ぶっ倒せば問題はないはずだろ!?』
『いけません、レッド! 様子を見ないと!!』
顔が露となったウルヴァッド兵を見ながら怯えるイエローアース、倒れないなら倒すまで攻撃をすると接近するレッドアース。それを止めようとするブルーアース。
三人の心がバラバラだった。
当然だが、今の彼らは窮地に陥ってしまうのは当たり前としか言いようがなかった。
●
「ウ、ウルサイナーを……人の中に入れている? そんなこと、可能なんですか?」
『わかんないッピ。けど、ヤルキナイナーもウルサイナーも人の心の闇が元になっているッピ。だから、闇を体の中に抱えるということは間違っていないと思うッピ……』
離れた建物の影に隠れながら、ソラはエアーに尋ねる。
対してエアーはそう答えるけれど、初めての事例なのでわかるわけがない。
そうこうしている間にアーススリーたちは何度攻撃しても、必殺技を使っても立ち上がるスーパーウルヴァッド兵に苦戦し成す術が無くなっていた。
苦戦するアーススリーを見ながら、一般市民は不安と困惑に満ちた表情を浮かべていく。
そんな彼らの希望を消すようにスーパーウルヴァッド兵たちの攻撃がアーススリーへと撃ち込まれ、彼らは吹き飛ばされるとさらに追撃として銃を構える。
『そうはさせ――っ!!』
『レッドッ!? なにをして――っ!!』
『ちょ、二人とも、どうし――あっ!』
構えられた銃から回避をしようとした瞬間、レッドアースが何かに気づき動きを止める。
その突然の行動に驚きを見せた二人であったが、彼らもレッドが止まった理由に気づいてしまい両手を広げ立ち塞がった。
瞬間――バババババン! と銃が撃たれ炸裂音が響き、ダメージを受けたアーススリーのスーツがバチバチバチと火花を散らせる。
『『『ぐ――うぁぁぁっ!!』』』
ウルサイナーの影響か、何時もよりもウルヴァッド兵の攻撃はアーススリーの体にダメージを与え、彼らは倒れた。
それを見て、一般市民たちから絶望の感情が漏れ始める。
けれど彼らがどうして動きを止めたのか、その理由を冷静なソラは気づいた。
「ッッ!! エアー、わたし……行きます!」
『あのスーパーウルヴァッド兵って呼ばれた敵にボクらの癒しの力が通じるかわからないけど、やるしかないッピね! わかったッピ、ソラ!』
「はい! エアー、お願いします!!」
ソラは手を天へと掲げ、変身のキーワードを叫ぶ。
同時に彼女の肩に止まっていたエアーが羽ばたき、彼女から離れる。
「エレメンタルフュージョン! メタモルフォーゼ!!」
直後、ソラの体は光に包まれると羽ばたき離れていたエアーが突っ込んできて、彼女の中へと入っていく。
すると精霊とひとつになった彼女の肉体へと変化が起き、着ていた衣服が安全な場所に移動すると同時に新たな衣装が彼女の身を包んでいく。
光りの奔流の中で広がっていたミルクティー色の明るい茶髪が空色の髪へと変化し、髪の周りをリング状に連なった音符が移動すると広がっていた髪を横へとひとまとめにしていき、サイドテールに整えると音符の形をした髪飾りで留められる。
メロンのように豊満な胸を包むのは藍色と白色のふたつの色が使われたクロスホルタートップ、下半身を水色のスパッツが包むとその上には白いプリーツスカートが展開された。
さらに上着としてなのか、青空のように綺麗な蒼く薄い布で創られた丈の長いスリーブレスのオーバーコートが羽織られ、脚には膝よりも上の位置まである長い白いハイソックスに藍色のブーツ。
これがソラが考えた新しいヒールスカイの衣装だった。
「癒霊少女ヒールスカイ、参上です!」
最後に変身後のポーズを決め、自らの名前を口にして変身が完了した。
この間、僅か10秒の出来事である。
そして倒れたアーススリーへとスーパーウルヴァッド兵が再度銃を構えるのが見えた。
『く、そ……っ!』
『うご、けぇ……!』
『こ……のぉ!』
それを見たアーススリーは必死に立ち上がろうとする。しかし、受けたダメージの影響か体が思うように動かなかった。
それでも彼らは必死に立ち上がろうとする。そうする理由が後ろにはあった。いや、見つけてしまったのだ。
だから立ち上がらなければいけない。そうしなければ、今度こそ巻きこまれてしまうから。
『ハハハッ、やはりこの世界のヒーローにはワタクシ、いえウルサイナーの影響は強いようですネェ! さあ、この世界のヒーローの最後デス! やりなさい!!』
『『『『ウルヴァッド!』』』』
ピエロは嗤いながらスーパーウルヴァッド兵に命令すると、指示に従った彼らは再び銃を撃つ。
これで今度こそアーススリーは倒れてしまう。……はずだった。
「――エアー~……ウォーールッ!!」
『『『っ!?』』』
バババババンという炸裂音にアーススリーは死を覚悟した。
だが、突如前から聞こえた声に驚き、顔を上げた。
そこには尻――ではなく、少女がひとり立っており、その前には何か薄いカーテンのようなものが見えてそれに阻まれるようにしてスーパーウルヴァッド兵が撃った銃の銃弾が停止していた。
「だ、大丈夫ですか、リ――アーススリーのみなさん!」
『あ、あんたは……確か、ヒールスカイ?』
「はい、癒霊少女ヒールスカイです。微力ながら……、お手伝いします!」
現れた少女が誰かと戸惑っていたアーススリーだったが、声をかけられたことでそれが数日前に出会った少女であることを理解し……名前を思い出すように口に出すと返事がきた。
その言葉にどう言えば良いのか分からないアーススリーの面々であったが、敵側のピエロのほうは過剰に反応していた。
『ヒールスカイ! また、マタあなたデスか! 本当に忌々しい相手デスねぇ!!』
「ピエロ、あなたが居るならわたしは戦います! それが違う世界で戦っていた者の務めです!」
『そうデスか! だったら、アナタとの因縁もこれで終わりにさせてイタダキましょう! やりなさい、スーパーウルヴァッド兵たち!!』
『『『『ウルヴァーーッド!!』』』』
ピエロの指示にスーパーウルヴァッド兵たちはいっせいに動き出し、ヒールスカイへと近づいてくる。
だが先ほど彼女が展開した薄いカーテンのようなものに阻まれ、進めないようでそれを壊そうとし始めていた。
対するヒールスカイは拳を握ると真剣な表情でスーパーウルヴァッド兵たちを見る。
そんな彼女へとレッドアースが声をかけた。
『く……っ、ヒールスカイ……! ひとりじゃ危険だ!』
「大丈夫です! それよりもスーパーウルヴァッド兵がエアーウォールを壊すまでは時間があると思いますから、アーススリーの皆さんは今のうちに回復に専念してください。それと……後ろの子は任せてください」
『っ! ……わ、わかった。ありがとう、ヒールスカイ』
「気にしないでください。それと気休めかも知れませんが、ヒールソング!」
『これは……いったい』
アーススリーたちの後ろ、そこには逃げ遅れて泣いている子供がしゃがみこんでいた。
それに気づいたためにレッドアースは動けず、彼らは盾となったのだ。
そんな逃げ遅れた子供へとヒールスカイは駆け寄ると手早く抱きあげると彼らに向けて回復の効果がある力を使う。
無事に発動したのを確認すると、市民たちが多く集まった場所に駆け寄ると子供を下ろした。
下ろされた子供へとガタイが良い市民が駆け寄り、保護をする。
それを見届け、ヒールスカイは言う。
「この子をお願いします! それとはやく逃げてください!」
「あ、あんたはいったい……」
「それよりも早く! そろそろウルヴァッド兵が襲いかかってくると思います!」
「わ、わかった……。頑張ってくれ!」
「――はいっ!」
保護した子供を連れて駆け出していく市民を見送り、ヒールスカイは正面を見た直後――彼女が展開した防壁は砕けた。
そして、迫り来るスーパーウルヴァッド兵とヒールスカイの戦いの火ぶたは切って落とされた。
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