第8話 ランジェリーショップの悲劇

 あけましておめでとうございます。


―――――


「まずい、まずいです……」

『ソラ、いったいどうしたッピ? そんな風に頭を抱えて』

「聞いてください、エアー……」


 休日、その日は朝からソラはハナとともに下着選びをするために下着屋に赴いていた。

 だというのに戻ってきたときには、なんとも情けない表情を浮かべながら項垂れていたのだった。

 そしてどうしたのかというエアーの問いかけに、呻くように彼女は何があったのかを口にし始める。


 ●


「ハナちゃん、今日はよろしくお願いします!」

「んっふっふ~、ソラちゃんのランジェリー選びはこのソラちゃん検定2級のハナちゃんに任せなさ~い!」

「ふふっ、何ですかソラちゃん検定って――けど、よろしくお願いしますね」


 服屋などが密集する商業区画にあるランジェリーショップ前で待ち合わせをしてたハナとソラは合流し、中へと入る。

 いくつものデザインのランジェリーがディスプレイされている店内には人は疎らで、店内のとある一角へと彼女たちは歩いて行く。

 そこはあまり買われることがないために訪れる者が少ないけれども、それらを買う人がいる場合はどんな人物が買うのか? とついつい見てしまうのも仕方ないであろうビッグサイズのランジェリーがディスプレイされているコーナーだった。

 当然そこに向かう二人、というよりも巨大なメロンを持つソラへと客の視線は向いてしまうのは仕方ない。


「さてと、それじゃあ選んじゃいますか~!」

「あの、ハナちゃん? わたしのバストサイズって、わかってるんですか?」

「え? ソラちゃんのサイズは――「い、言わなくても大丈夫ですっ!」――も~、恥ずかしがっちゃって~、ここは女性しかいないんだからさ~えいっ!」

「ひゃ!? ハ、ハナちゃん……! や、やめっ!?」


 自身のバストサイズを口にしようとしたハナの口を手で押さえ、ソラは顔を赤くする。

 そんな彼女の様子を面白そ――げふげふ、ニヤニヤとした表情で見ながら背後に回っておっぱいへと手を伸ばす。

 突然のことに驚きながらも、自分の胸を触る友達にソラは恥ずかしそうに身悶える。

 そんな二人の様子をある客は苦笑しながら見ており、ある客は揉まれてぐにょんぐにょん形を変える巨大なおっぱいのサイズに驚いた表情を浮かべ、またある客は二人の百合百合しい光景に無意識に拝んでいたりした。


「お客様ー、何かお探しでしょうかー?」

「おっと、ごめんね~ソラちゃん。それじゃあ、試着するためにいくつかの下着を選ぼうか」

「はあ、はあ……は、はいー……」


 すこし騒ぎ過ぎたのか、ニコニコと微笑む店員が声をかけてきてハナがハッとしてソラの胸から手を放す。ニコニコしているけれど、静かにしなさいと言うオーラがひしひしと感じられる。

 そんな店員のオーラによって解放されたソラは小さく息を吐きだしてから、買うためのランジェリーを選びはじめる。

 ワンポイントにリボンがついた白色のランジェリーや淡い水色といったシンプルかつ明るい色のかわいい系のランジェリーデザインを選びつつ、隣のハナは「むむむ……」と唸る声をあげていた。


「とりあえずこれが良いですよね。……えっと、サイズは……うん、ありますね。店頭には見当たらないけれど、フィッティングルームにはありますよね。……あ、あの、ハナちゃん? どうしたのですか?」

「むむむ……。ソラちゃん。こっち見て見て、すっごくえっろいの見つけたよ。両側が紐な上に面積が少ないパンツとかお尻の辺りがスケスケの黒パンツとか。布が少ないブラジャーとか」

「え”っ!? き、着ませんよ? 着ませんからねっ!?」

「……うん、大丈夫。あたしもは本気で涙目のソラちゃんをフィッティングルームに連れて行って、そこでこのスケスケパンツとか、大人向けのランジェリーとか、この両側が紐になってる上に布面積が少ないのにえっぐいくらいに黒い刺繍が凄いのとか着せたいなーって思ってたんだよ」

「は、はあ……(昨日まで?)」


 ハナの言葉にソラはどう返事を返して良いのか分からず、曖昧な返事をすることしか出来ないけれど……ハナが見ているどう見ても勝負下着としか言いようがないランジェリーを見ながら、考えを改めてくれて良かったと心から思うことにした。

 そんなソラの心境など知らないまま、ハナは続ける。


「人にはね、似合うものを着用するのが一番だって理解したんだよ……。いったい何処の誰かは知らないんだけど、いい歳した大人の女性がさ……子供用のパンツを無理矢理穿いてギッチギチになっているとかいうのを見てると本当に残念だって思うの……」

「っ!? そそ、そそそそ、そうですねぇ…………」

(どう考えても絶対わたしのことですよねぇっ!? バレた? バレたんですか??)

「? どうしたのソラちゃん。顔色悪いよ??」

「き、気のせいじゃないですか……?」


 ハナの語っている人物。それが昨日変身して彼女たちの前に現れた自分であることに気づいたソラは全身から嫌な汗が溢れ出し、錆び付いた機械のようにギシギシ軋むように動く。

 ソラの心境などに気づかないハナは彼女の様子に首を傾げるけれども、そんな友人に悟られまいとソラは平静を装う。


「と、とりあえず、いちおう決めたのでちょっとフィッティングしてもらってきますね! そそ、それじゃあ、行ってきます!」

「あ、ソラちゃん!? ……行っちゃった。どうしたんだろう? まあ、あたしもちょっと普段着るランジェリーを選ぼうっと」


 急いで選んだランジェリーを選ぶとソラはフィッティングルームへと向かって駆けていく。

 慌てて駆けていったソラを見ながら、ハナは驚いたけれど……彼女の試着が終わるまで時間つぶしをすることにした。

 とりあえずサイズは数年前からまったく変わらないため、ハナのランジェリー選びは簡単だ!



 この世界のフィッティングルームはすこし科学的だ。

 というよりも、何故こんな所に技術を注ぎこんだというツッコミしかないほどに超高度な技術がつぎ込まれていたりする。


「お客様のフィッティングルームはこちらとなります。こちらはフィッティング用の簡易下着です」

「ありがとうございます」


 ソラが店員に案内されて入った畳一畳ほどの広さがあるフィッティングルームに入ると、彼女は服を脱いでいき、ルーム内に用意されたカゴの中に入れていくと一糸まとわぬ姿となった。そして先ほど渡された簡易下着を身に着ける。

 黒色のスポーツ用ランジェリーのようなデザインのそれは、巨乳であるソラの体にも貼りつくようにフィットしているけれど締め付けられるような息苦しさは感じられない。

 体にぴったりと着用したことを確認すると正面に設置されたボタンを押す。するとミラー型のモニターが起動して彼女の姿が正面に映る。


「わかってはいるのですけど、やっぱり恥ずかしいですよね……。起動、っと」


 起動したモニターに映る自身の恥ずかしそうな表情を見ながら彼女はモニターに触れる。

 すると以前フィッティングを行った際の彼女のデータが引き出されると同時にルーム内に設置されているセンサーカメラも起動し、いくつかの角度からソラの体を投影していく。

 そして投影されていく情報をより詳細にするために、モニターに彼女に対してどう動くようにという指示をする表示が写されて指示通りに体を動かす。

 膝を曲げてしゃがんだり、腰を反らせたり、腰を左右に曲げたり、アキレス腱を伸ばしたり、その場でジャンプしてもらったりといった体が大きく動く動作が指示される。

 これらの動作は着ているランジェリーが体にフィットしていない場合に悪影響を及ぼす可能性があるため、激しい動作を行った場合でも擦れたり、破れたり、苦痛にならないようにするためのものだった。


「うん、しょ……よい、しょ……。んんーー……!」


 前の世界のことを思い出したからか、このフィッティングを行う行為はすこしだけ恥ずかしいと感じながらもソラは指示通り体を動かしていく。

 そんな体の動きで体型もしっかりとAIが分析を行うらしいし、彼女に合うタイプのランジェリーも選んでくれるそうだ。

 それをすこし汗が滲むようになるまで行うとフィッティングが終了したらしくモニターには『しばらくお待ちください』の文字が表示がされる。


「ふぅ……、すこし熱いです」


 計測結果が出るまで待つソラだが動いたからか熱くなったようで、手扇で顔をパタパタと扇ぐ。

 ルーム内には空調は利いてはいるけれど熱いものはやっぱり熱いらしい。

 そんな風にすこし待っているとモニターの表示が変化した。


「あ、終わったみたいですね。……うぅ、やっぱりおっきくなってます」


 表示された今回の測定結果を見ながら、隣に表示されている前回の測定結果との違いを見ながらソラは呟く。

 どうやら前回よりもメロンが成長して知ったらしい。


(というか子供のころは小さかったはずなのに、ここまで大きくなるってどういうことですかね……)


 やっぱり記憶を取り戻したこと、それとこちらでの生活のことを思い出しながらソラは溜息を吐きつつ、自分に合うランジェリーイメージを表示させてみる。

 モニターには測定によって創られた彼女のイメージ画像が表示されており、そのモニター上のソラが選ばれたランジェリーを着用して様々なポーズを取っていた。

 彼女が選んだリボンがワンポイントの白いランジェリー、淡い色の可愛いランジェリーの姿で普通に立っている姿、横向きの姿、腕を挙げて体を横に逸らす仕草、胸を反らす仕草などが表示されている。


「見ている限りでは問題は無さそうですよね。あ、このデザインも可愛いです。店頭には見かけなかったし、お取り寄せでしょうか」


 彼女が選んだランジェリーの他にも彼女の好みに合わせたランジェリーを着たイメージが表示されており、ソラは調べていく。

 だが、とあるランジェリーイメージを見た瞬間、ピクッと彼女の指は止まる。


「え、えぇ……? これは、わたしには似合いませんよ……ねぇ?」


 表示されたイメージにソラは苦笑しながら呟く。

 彼女の視線の先にあるイメージ、それはハナが言っていたような大事な部分はしっかりと布で隠されてはいるけれど、それ以外はスケスケな素材の上に黒糸で薔薇の刺繍が施されている大人のランジェリーであった。

 というか、そのイメージ部分にはナナメ掛けに『オススメ』と表示されているのはAIが性格を考えずに彼女の体型を見て選んだ結果だろう。

 さらに言うと『試着可』の文字が輝いて見える。


(い、いやいや、いやいや、着ないですよ? 買いませんからね? ……ね、値段もかなりお高いですし!!)


 チラリと表示された価格を見ると、彼女が欲しいと思っているランジェリーが2枚買えるお値段だった。

 だからだろうか、着る機会なんて無い。けれども試着の文字がソラの視線にチラチラと入ってしまう。

 そして現在ここに居るのはソラひとりだけ。だから、ちょっと冒険しても良いのでは……。

 そう思いながら、彼女は震える指を動かして試着してみる手配を行った。

 手配を行い、2分もしない内にルーム内の小窓から試着してみようと思ったアダルティーなランジェリーが出てくる。

 出てきたランジェリーをソラはドキドキしながら手に取り、フィッティング用の簡易下着を脱ぐと着替えた。


「フィッティング通り、サイズはピッタリ……ですね」


 初めて着てしまった大人のランジェリーにドキドキしつつも、フィッティングの正確さを感じながら自分が映るミラーを覗く。

 そこには恥ずかしそうに頬を紅く染めつつ、両手を下腹部辺りで合わせているけれども……着ている黒のランジェリーのために大人っぽい印象が伝わるようなソラが立っていた。

 しかも黒のランジェリーにつつまれた彼女は何時もの愛らしい大型犬っぽさよりも、どこか気品……いや、蠱惑的な印象さえも感じられる。

 やっぱり黒か、黒が大人っぽさの原因なのか?


「う、うわ、すごく……エッチです」


 ミラーに映る自身の姿を見ながら、ソラは開口一番そう呟く。

 自分の容姿に彼女は気づいてはいる。けれども、挑戦をするとか過激な格好をするとかいう度胸などないため、すこし地味目な格好を基本的にしていた。

 それでもやっぱり、豊満な彼女の双丘には視線は行ってしまうようで時折不快な視線を感じてしまうときがある。

 だからそんな彼女が狭い空間ながらも挑戦を行ったことはかなりの進歩だと思われた。


「こ、このままちょっと冒険、してみましょうか……」


 ごくり、とのどを鳴らして緊張する体をゆっくりと動かしていく。

 頭の中に浮かんでいるのはハナが立ち読みしている週刊少年雑誌のトップページにあるグラビアアイドルがしているポーズ。

 足を軽く広げて、下腹部辺りに置いていた手を首の後ろに回す。するとお腹と胸が強調されているようなポーズになったので、ちょっとモデルみたいだとソラはドキドキする。


(な……なんだか、自分じゃないみたいですね。こ、今度はこっちとか、どうでしょう……)


 そう思いながら、首の後ろに回していた手を動かして胸を抱き寄せるようなポーズをするとゆっくりと腰を屈める。……いわゆる悩殺ポーズというやつだ。

 「えっと、たしか、こういうんですよね」と呟きながら、ソラはそれを口にしようとした。


「う、うふ~~――「ソラちゃん、まだかかる~?」――ん、んんっ!?」

「あ、あ~~……その、なんか、ごめんね」

「っ!? な、なんで写真撮ってるんですかぁぁぁぁぁっっ!?」


 ガチャリと扉が開く音がして、ルーム内にハナが入ってきた。

 どうやらフィッティングに時間がかかりすぎていたようで気になったようだった。けれどもう少し時間が早いか遅ければよかったのだが、運が悪いことに彼女はソラのセクシーポーズをした瞬間に入ってきてしまい、それを咄嗟に通信端末で撮影してしまっていた。

 ちなみに表情はイタズラを思いついたとかよりも、見てはいけないものを見てしまったといった表情だ。

 そしてそのままそそくさと彼女はルームから出ていくのだが、慌ててソラはそれを追いかけるために駆け出す。


「ちょ!? ソ、ソラちゃん! 下着姿、下着姿だからぁぁぁっ!!」

「え――――きゃ――きゃああああああああっ!!」


 追いかけるとは思ってもみなかったハナは下着姿のソラに驚きを見せ、すぐに指摘をする。

 その言葉にようやく自分の姿に気づいたソラは、顔を真っ赤にさせながら店の中で悲鳴を上げるのだった。


 ●


「ということがあったんです……」

『大変だったッピねー。ところでオヤツとかないッピか?』

「ちゃんと人の話を聞いていますかぁ!?」

『聞いてるッピよー。けど、ボクにとってはソラが裸になって笑顔で街中駆けまわってるとかどうでも良い話ッピよ』

「なんだかますますひどい尾鰭がついてますっ!?」

(……わたしに対するエアーの扱いがひどいです。というか、かなり心がスレていますよね)


 途中から会話に飽きたらしいエアーは出されたお茶を新しく購入したぐい飲みで飲みつつ、素っ気ない返事をする。

 離れていた年月がこの精霊を悪い意味で成長させたようだった。

 というか何度も世界の危機にぶち当たる世界はそれほどまでに強烈だったらしい。

 そんな相棒にソラは涙した。

 ……ちなみに店内で下着姿を晒したソラは顔を真っ赤にしてフィッティングルームに戻ると、申しわけなさそうなハナに付き添われる形で選んでいたデザインのランジェリーを購入した。


「えっと、お客様は美人ですから……元気、だしてください」

「ふぁい……」


 のランジェリーを袋にいれる店員さんの生暖かい視線がとても心苦しかった。

 そしてその後にふらふらとウインドウショッピングを楽しむという状況ではなくなってしまったため、その日はお開きとなった。


「あ~、ほんとう、ごめんねソラちゃん……」

「いえ、気にしないでください……」

「あのセクシーポーズは絶対にリク兄カイ兄には見せないよ!」

「だったら消してくださいよぉ!!」


 そうして、彼女は心に深い傷を負ったのであった……。

 そんな落ち込む相棒のことを無視して、エアーは口を開く。


「それで、今日も新しい衣装を考えるッピか?」

「当りまえです! これ以上恥ずかしい思い出なんて残したくないですから!!」


 目じりに涙を浮かべながら、ソラは叫ぶように言うとヒールスカイのための新衣装を考えるのだった。

 がんばれヒールスカイ、負けるなヒールスカイ!

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