第7話 ゆううつ、ソラちゃん

「んぁ……。あふ……眠っていました……。エアーは……寝ていますね」

『うぅ……あーゆーれでぃー……すげーい、ものすげーい……、ぱんついちまいあればいー……えくすとりー……』

「くすっ、何ですかその寝言……。けど、ずっとわたしを探しててくれたんですよね? ありがとうございます、エアー……」


 エアーに食事を与えてからリビングのソファーに座っていたソラだったが、久しぶりの変身が精神に疲労を与えていたからか気づけば眠ってしまっていたらしく、リビングの掃き出し窓から射しこむのは道路から伸びた電信柱についた電灯の灯りだった。

 ソラはテーブルの上で立ったまま眠るエアーに感謝してから、外からの薄い光ですこしだけ見える視界を頼りにリビングの電気をつけるために移動する。

 と、ここで気づいたのだが隣の地球家もまだ電気がついていないみたいで静かだった。


(リクくんたち、やっぱりストレス歌劇団のことで話し合いとかしているんでしょうね。けど、わたしは何も言えませんから……どうしましょう)


 若干モヤモヤとした感情を抱きながら電気を点けると、暗かった室内が光りに満ちる。

 そして時計を見ると時間は19時――夜の7時を回ったあたりだった。

 高校を抜け出して、ヤルキナイナー……いや、ウルサイナーと対峙してから家に戻ったのが14時をすこし回ったあたりだったため、エアーに食事を与えた時間を抜いたとしても4時間はソファーに座って眠っていたのだと驚く。


(ずいぶん眠っていたみたいですね……。――そう思うと、すこしお腹が空いてきました)


 眠っていた時間を頭が理解したからか、ソラのお腹が可愛らしくクゥ……と小さく鳴る。

 だれにも聞かれていないけれど恥ずかしかったからか彼女の頬は赤く染まり、冷蔵庫に向かい中を見る。


「えっと、お肉はひき肉がありますね。野菜は……玉ねぎとトマトですか、パスタはありましたっけ」


 棚を開けて中を見て、目的の物を色々と見つけていき……何を作るか決めると彼女は動き出す。

 鍋に水を入れて火にかけ、野菜を切ってフライパンで肉とともに炒めてから水を入れて固形コンソメを入れて煮込んでいく。その中にケチャップやソースを加えて味を決めると熱することである程度水分を飛ばしていき、味を見ながら少し胡椒や塩を加えていった。

 そんな風にしていると隣の鍋ではぐらぐらとお湯が沸騰し始める。


「あ、沸きましたね。えっと、リクくんたち三人に……おじさんとおばさんの分も追加しましょうか。あ、エアーの分もすこしいるでしょうし、足りますかね」


 そう呟きながらパスタを袋から出してお湯の中に入れていく。バラリと広がるように入れられたパスタは柔らかくなってお湯の中に沈んでいき、ぐらぐらと茹でられる。

 確認した茹で時間まで待ち、菜箸で一本取るとすこし触り、口にいれて少し待つ。どうやら少し硬かったらしい。

 それから1分ほどして、もう一度硬さを確認し大丈夫だったようで鍋を持ちあげ、流し台に置かれたザルへと鍋を傾けてパスタを取り出す。

 ザルを振るって取り出したパスタの湯を軽く切ると熱々の鍋の中に戻し、引っ付き防止のために油を軽くかけて、すこし塩コショウも追加して掻き回すとエアーの分をすこし盛って、フタをしてミートソースの入ったフライパンとともに持って隣の家までソラは向かう。

 すこし重かったと後悔しつつも地球家の入り口の前に彼女は立つ。


「ご迷惑でなければ良いのですが……大丈夫ですよね?」


 先走ったかも知れないと思いながら、彼女はインターホンを押した。


 ●


 地球家のある一室には地球の意志が生み出したとも呼ぶべき転移装置がある。

 そしてその先は地球戦士アーススリーのために用意されたシークレットベースへと繋がっていた。

 このシークレットベースではアーススリーたちのマシンが格納されているほか、彼らが纏うスーツのメンテナンスが主に行われていた。

 そのベース内の作戦室に地球三兄妹と彼らの両親は居た。


「それで父さん……、アースマシンは大丈夫なのか?」

「ああ、すこし修理は必要だろうけど、致命的なダメージは受けていないから問題はないよ。リクたちも検査したけど特に異常はないと判断されたから安心してね」


 心配そうに尋ねるリクへと、彼らの父――数代前のブルーアースであったナギは言う。

 その言葉にハナはホッと息を吐き、カイも溜めていた息を一気に吐き出す。


「だけどしばらくは呼び出すのは難しいだろうね……。それにしても、ウルヴァッド帝国とは違った敵が現れたなんて……」

「はい、突然周囲の動きも止まりましたし……通信もできませんでした。それに……ヒールスカイと名乗った女性のことも気になります」

「この子だね。……とはいっても、バイザーのカメラに残っていた映像から拾ったものだけど、まったくぼやけているね」


 機器を操作し、ナギは空中に映像を転写すると幾つかの映像が映し出される。

 そこにはピエロの姿、ウルサイナーの巨大な姿、そしてヒールスカイであろうピンボケした少女の姿が表示されていた。


「まあ、この彼女のことは置いておくとして、まずはこのピエロみたいな人物だけどヒールスカイと名乗っていた女性との会話で壊滅したであろう組織の人間って言うことは理解できるね」

「ああ、その組織を彼女……ヒールスカイといった女性が仲間たちと壊滅させたみたいなんだよな」

「そして壊滅したその……ストレス歌劇団という組織が使っていた巨大生物がこのウルサイナーとか呼ばれていたモンスターみたいだね」

「会話を聞いている限り、彼女らが戦ってたものとはすこし違うみたいですが、基本的には同じようなものみたいです」

「アースマシンにそのウルサイナーの細胞とか成分が残っていないかと確認したけれど、それらしいものは確認できなかった。だからウルヴァッド帝国の怪人とは違った方法でそのピエロはモンスターを呼び出しているようだね」


 言いながらナギはピエロの映像を拡大し、次にウルサイナーの映像を拡大する。

 そして新たにアースマシンに残ったセンサーのデータが表示されるが、残念なことに『No Data』と出るだけだった。

 表示された映像を見ながらカイとナギは悩む。


「というか、何でオレたちの攻撃が効かなかったんだ? ヒールスカイってやつの攻撃は効いていたのに」

「これについては彼女が持っている固有の波長が理由だと思われます。見てください、彼女をセンサーを通してみた結果ですが、彼女の周囲に何か膜のようなものが張られています。きっとそれがあの敵に攻撃が聞いた理由だと思われます」

「この世界とは違う敵に……、それと戦っていた正義の味方か」


 最後にヒールスカイのピンボケ映像が映し出されたが、彼女が敵を殴った際の映像でフィルターを通したようなものへと変えられる。

 するとヒールスカイの周囲に何かが重なっているように映し出された。

 それを見ながら、ナギは小さく口に出す。

 父の言葉に全員が重い空気となってしまう……のだが、それを打ち消すかの如くハナのお腹が鳴ってしまった。


「………………~~~~っ!! わ、悪い? だってお昼ご飯もあまり食べていないんだから仕方ないじゃん!!」


 顔を真っ赤にしながらハナが叫ぶと、続くようにしてリクとカイのお腹も鳴る。

 そんな兄二人をハナは恨みがましく睨みつける。せめてもう少し早く鳴ってくれたなら……! そんな怒りの感情が感じられる視線だった。

 子供たちのそんなやり取りを見ながら苦笑し、腕時計を見ると……7時を回っていた。


「もうこんな時間だったか。ナミさんも修理に忙しいだろうし、料理をしている余裕なんて無かっただろうからご飯の用意は出来ていないだろうね。……しかたない、デリバリーでも頼もうか」


 言いながら通信端末を取り出したナギであったが、自宅につなげられた端末からインターホンが鳴ったことが告げられた。

 この時間だと誰かということに彼は気づき、通信端末をインターホン端末に繋げて声をかける。


「はい、もしもし」

『あ、おじさん。こんばんわ、ソラです……あの、晩ごはんを作ったので良かったらどうですか?』

「ああソラちゃんか。良いのかい? リクたちは……うん、食べたいみたいだからちょっと待ってね。鍵を開けるよ」

『わかりました』


 言い終えるとインターホン端末から通信を切ると子供たちを見る。

 三人とも食事と聞いて目を輝かせているのが見え、ナギは苦笑いを浮かべた。


「はは、それじゃあリク。君たちはソラちゃんを家に招いてあげてね。こっちはナミさんを呼んでくるから」

「オッケ~、わかった! ほら、リク兄、カイ兄! はやくはやく~~!!」

「そんなに慌てるなよハナ。ったく、それじゃあ先に行くな父さん」

「なるべく早めに来てください」


 バタバタ走っていくハナを追いかけるようにリクとカイが続き、それを見送ってからナギは妻であるナミへと声を駆けに行くために歩き出した。

 一方でシークレットベースから自宅である地球家に戻ってきたハナが急いで玄関のカギを開けると、鍋を持っているからかすこし腰を曲げた体勢でソラが立っていた。


「ソラちゃん、こんばんわ~! なに作ったの!?」

「こんばんわ、ハナちゃん。ミートソースパスタを作りましたよ」

「やった~! お腹ぺっこぺこだったんだよね~!」

「おいハナ。待てって! ソラ。荷物、持つよ」

「あ、ありがとうございます、リクくん」


 にっこにこ笑顔でハナが居間のほうにスキップで向かうのを見ながらリクが叱りつけるが彼女は気にしない。今の頭のなかにはパスタ一色なのだから。

 そんなハナを無視し、リクは荷物を持とうと手を出すとソラはどういうわけか一瞬ビクッと震えてから恥ずかしそうに頬を染めつつお願いをする。

 ソラの様子に疑問を抱きつつも彼女から鍋とフライパンを受けとると居間に向かってリクは移動を始めた。

 その背後ではソラの「お邪魔します」という声が聞こえ、気のせいだったのかと思いつつ彼は居間へと向かう。


(うぅ……、やっぱりヒールスカイの姿を見られたうえに、抱き寄せられたから……恥ずかしいです……)

「ん、どうしたんだ? はやく来いよ」

「は、はーい、バレていないから大丈夫……ですよね」


 そんな彼女の様子に気づいていないようでリクは普通にソラを招く。

 それを聞いてバレていないのだと自分に言い聞かせながら、彼女も居間に入る。


「リク兄リク兄! はやくはやく~!!」

「ったく、皿とかフォークとか用意しろよな」

「は~い、カイ兄お願い~!」

「ハナ、自分で用意するということを考えないのですか?」

「えっへへ~、疲れてるんだからしかたないでしょ~?」

「それは僕たちも同じですよ」

「カイくん、こんばんわ」

「ええこんばんわ、ソラくん」


 台所から皿を数枚持ってきながらハナを窘めるカイへと、ソラが挨拶するとカイから返事が返る。

 それを見てからソラは鍋のふたを開けて皿へとパスタを取り分け、その上にソースをかけていく。

 冷蔵庫に合った材料で作った料理だけどハナは目を輝かせながら見ており、リクとカイも空きっ腹に溜まらない匂いだったらしい。


「いい匂いだね。こんばんわ、ソラさん」

「こんばんわ、ソラちゃん。あらっ、飲み物がないわね。ちょっと待っててね!」

「こんばんわ、おじさんおばさん。お邪魔しています」


 お預けをくらった犬のような幻覚が見えそうな三兄妹を前に、彼らの両親であるナギとナミの二人が居間へと入ってくる。

 が、入って早々、ナミは作られた料理を見てスープがないことに気づき台所に向かい、お椀とカップスープの素の箱を手に戻ってきた。

 そんな二人へとソラが挨拶すると、自らの子どもを見るかのように優しい視線を送る。

 彼らにとってソラは隣の家に住んでいる子どもであるが、それ以上に礼儀正しいいい子であることと……戦いの中に身を置く戦士である子供たちの日常となってくれているから大事にしたいと思っているのだが、それは口には出していない。


「はい、どうぞ召し上がってください」

「やっとご飯だ~! いっただきま~っす!!」

「いただきます。……うん」

「いただきます! う、んめ~!」

「喉を詰まらせるとダメだから、これも飲みなさいね」

「もぐもぐ、ありがひょ~」


 一家全員の食事が始まり、ソラは優しい瞳で地球家を見る。

 星空家の両親たちは彼女に優しくしてくれ、愛情を注いでくれた。

 けれど、その前……元の世界の両親たちと共に食事をした記憶はあまりない。

 しっかりとした味覚を育てるためといって、高級レストランのデリバリーや懐石料理といった高い物が出された。けれど……、彼女の母親が料理を作った光景は記憶の中にはなかった。

 明るい照明、だけど広い食堂にはソラひとり。デリバリーで届けられたためすこしだけ冷めた料理を食べていた。

 苦手な食べ物があっても残したら怒られる。それが嫌で、本当は食べてみたい物もあったけれど……我慢した。

 本当は母親の手料理を食べたかったし、家族でごはんを食べたかった。

 だから今のこの状況は幸せであると同時に……いつかは消えてしまうのではないかという恐怖を抱いてしまう。


「どうしたんだソラ?」

「あ、いいえ……その、こうやってごはんを一緒にするのって、本当に幸せだなって思いまして……」

「? 当りまえだろ。ほら、ソラも食べた食べた――って、作ったのはソラだからそんな風に言えた義理じゃないか」


 かつての記憶を思い出してすこし気持ちが塞ぎこみ始めたソラであったが、そんな彼女の様子に気づいたリクが声をかけてきた。

 そして彼女の言葉にキョトンとした様子でリクは返事をすると、元気よく笑う。


「……っふ、ふふ、そうですね。冷めたら美味しくないですからね。それとリクくん、ソースがほっぺたに付いていますよ」

「そうか? 別に良いだろ?」

「ダメですよ。ちゃんと口の周りは拭かないとー」


 くすくす笑いながらソラは微笑み、自分の頬をかるく指差してリクのほっぺを指摘する。

 そんな彼女の言葉に照れながら返事をするリクだが、ソラはティッシュを取ると彼の頬へと手を伸ばしてソースを拭う。

 それを全員に見られているのだが、ソラは気づかない。


「あれぇ~? リク兄とソラちゃん。まるで夫婦みたいだね~?」

「ふぇっ!? そそ、そんなことありませんよぉ!?」

「そ、そうだぞ! オレみたいな脳筋が夫とか可哀そうだろ!?」

「で、では、がり勉とかは……」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべるハナに一気にソラの顔は紅く染まり、リクはしどろもどろになる。……ちいさくカイが呟いているがその声は誰にも届かない。

 そんな子供たちの様子を大人二人は微笑ましく見ていた。

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