第5話 悪と悪は手を結ぶ

 ウルヴァッド帝国。そこは雨など一切振らず、天に昇る太陽から陽光が燦々と地上を照らし続ける夜など一切ない国。

 それだけ聴くならば明るい国というイメージがあるだろう。

 しかし、地上に射しこんでくる日の光には肌を殺す毒が含まれており……何の免疫を持たない者が外を歩こうものならば、その毒に体を蝕まれてしまうこととなってしまう。

 そのため、そこで暮らす者たちは二つに分かれていた。


 ひとつは自身の遺伝子を弄ったり、体を改造するという人間を辞めてしまう方法で外への耐性をつけた者たち。

 もうひとつは毒となる太陽の光に敗北し地上での生活を諦めて、地下へと避難して自らの住処を捨てていった者たち。

 しかし、地下の環境は毒となる太陽の光が当たらないから素晴らしいものかと言うと……貧富の格差が如実に溢れている場所となっていた。

 資産を持つ者たちは、毒が含まれていない人工的に作られた日の光を浴びたり、その光を使い栽培された作物などの食料を簡単に手に入れることが出来るという、なんら地上と変わらない暮らしをしていた。


 けれど……金のない者は、基本的に日の光など届かない薄暗い町を歩き、日の光など見たことがないという者たちばかりで溢れていた。

 その中にも太陽に憧れて日の光を浴びたいと思う者も居るが、その大半は死ぬか人としての人生を捨てて怪人として生きるかとなっていた。

 さらに言うとそんな暗い地下で植物が育つかと聞かれたら当たり前に育つわけもなく、食べる物もあまり手に入らない、食うのにも困る日々を過ごしているほどに……環境は最悪であった。

 そのため地下で暮らす人の大半は死んだような瞳をした者ばかりで、もやしのようにヒョロヒョロとしており健常者に殴られれば簡単に死ぬし、そんな死んだ人間の肉を喰らう外道も居たりするかも知れないが……それは殴られたり病気で死んだ者にしかわからないし、その肉を喰らった者しか知るわけがない。

 それがウルヴァッド帝国という世界であり、滅びることが確定しているタイムリミットがある世界で生きる人々の日常だった。


 ●


 ところ変わって、ウルヴァッド帝国の王城。

 そこは帝国内の一番高い位置に造られており、城の周囲には毒を軽減するバリアが張られており、さらに城内は人工的な日の光と適度な空気調整により管理されたひとつの楽園とも呼べる場所だった。

 その王城内の玉座の間で、無駄に豪華な服装に身を包んだ10歳ぐらいの少年が玉座に座りながら、側に控える軍服姿の従者に癇癪を起していた。

 この人物は誰あろう、ウルヴァイ帝国の現皇帝陛下であるシ・ガイセーン=ウルヴァッドであり、軍服姿の従者はサーヴァントと名乗る者だった。


「サーヴァント、いったい何時になったら、朕はあの世界は手に入るのだ?!」

「はっ、皇帝陛下。それは分かりません、何故ならあの世界にはアーススリーを筆頭に世界各地にヒーローがおり、それぞれが与えられた地区を護っています」

「つまらん! 朕ははやくあの世界が欲しい! あの憎き太陽を浴びたとしても死なないと言われている外に出たいぞ!! あの世界の平民どもが楽しそうに食べているハンバーガーとかパンケーキとかいうのも食べてみたいぞ!!」

「わかっております。ですから、今しばらくお待ちを……」

「お前のしばらくとは何時までのことだ! いい加減にせよ!! 朕はもう30年は待ったぞ!!」

「……分かっております」


 荒れるシ・ガイセーンにサーヴァントは頭を下げる。

 ……10歳ぐらいの見た目をしたシ・ガイセーンであるが、その実年齢は30をとうに超えていたりするのだが……何故そんな見た目なのかと言うとわからない。彼の種族が成長が遅い可能性だってある。

 けれど精神に肉体が引っ張られているのか、肉体が精神に引っ張られているのかシ・ガイセーンは年齢とは違って、見た目通りのわがままな性格をしていた。

 そんな二人しかいない玉座の間への扉が開かれ、体の大半を機械へと置き換えた人物が入ってくる。

 それに続いていくつもの動物などの外見を合わせた人物が追いかけるようにして入ってきた。


『皇帝陛下! 次の地球侵略はコウガーイ率いる我ら機械兵団にお任せください!!』

『何を仰る! 次も我がゲーノム率いる遺伝子兵団にお任せを!!』

『なんだと貴様! 我らの銃技術を提供したというのにあの体たらく、話にならんわ!!』

『何を仰る? アナタの技術がダメだったのではないでしょうかね?』


 互いが互いの揚げ足をような言いかたをし合っている彼らはウルヴァッド帝国が誇る二大兵団の団長であった。

 先に入ってきた体の大半を機械へと置き換えた人物は、日の光を克服するために体を機械に置き換えた者たちを侵略用にさらに改造を施した戦士たちを率いる機械兵団の団長コウガーイ。

 そのコウガーイを追いかけるようにして入ってきたいくつもの動物の外見を合わせたような人物は、機械に置き換える方法とは違ったアプローチとして遺伝子を弄って日の光に耐性を持った他の生き物の遺伝子と掛け合わせた怪人たちを率いる遺伝子兵団の団長ゲーノム。

 この状況から分かるように、彼らの中はすこぶる悪い。誰かが止めようとしても、言うことを聞かないレベルの仲の悪さだ。


「あなたたち、皇帝陛下の御前です。言い争いを辞めなさい」

『『うるさい黙れ!!』』

「…………放っておきましょう。ですが、不可解なことがあります。巨大化したガントードヴァッドはチキュウオーに倒されました。ですが、一瞬の内に何かが起こりガントードヴァッドは爆発し、勝っていたはずのチキュウオーは分離していた……いったい何が」


 未だに口論を続ける団長二人を無視し、サーヴァントは呟き思案する。

 彼女はアーススリーに倒されたガントードヴァッドへとシ・ガイセーンの力の一端を渡し、巨大化を見届けると城内でいつものように子供のように声援を送るシ・ガイセーンとともに巨大戦を見ていた。

 けれどやはりいつもと同じように、アーススリーが乗るチキュウオーによって倒されてしまい、落胆をしつつも何時もと同じかと呆れていた。

 だが、一瞬何かが起こったようで爆発寸前だったガントードヴァッドの背後でポーズを取っていたチキュウオーが、何時の間にか分離して四方に散らばっている中でガントードヴァッドは爆発した。

 彼らは知らない。あの時が止まった瞬間に、空間から切り離された際に何があったのかを。だが、それを知る者が唐突に現れる。


『それはワタクシがウルサイナーを出現させたカラですヨ』

『『っ!? 何者だっ!!』』

「陛下、お下がりを」


 突如響いた声に口論をしていた団長二人は周囲を警戒し武装を構える。

 同じようにサーヴァントも主であるシ・ガイセーンを護るために彼の前に立つ。

 だがそんな彼らの警戒など気にしないとでもいうように、声の主は扉を開けて中へと入ってきた。


「誰だお前は?」

『ドーも、はじめマシテ。ワタクシ、ストレス歌劇団のピエロ・デ・ストレースと申しマス』

「ストレス歌劇団? サーヴァント、聞いたことはあるか?」

「いえ、まったくありません」

『アッハッハー、それもそのハズですよ! ワタクシはこことは違う遠い時空から流れ着いた者ですノデ、知っているホウがおかしいデスよ!』

『『こことは違う時空だとっ!?』』


 入ってきた道化師の格好をした人物、ピエロ・デ・ストレースは自らの名乗りを行いカーテシーのようなお辞儀をする。

 そんなピエロを見ながら、シ・ガイセーンが開口一番サーヴァントへと訊ねるも彼女は首を横に振る。するとピエロは周囲をバカにするかのように自らが遠い時空から来た存在だと告げた。

 その言葉に団長二人が驚いた表情を浮かべるのに対し、サーヴァントは訝しくピエロを見る。


『オヤオヤ、信じていないヨウですねぇ。そんなに信用はアリませんか?』

「ありませんね。それで、陛下の前に現れて何の用ですか?」

『何だと思いますか? ア・ン・サ・ツ・かも知れませんy――おっと、危ないアブナイ!』

「陛下の前でそのような戯言をほざくのは許しません」

『そうだ!』

『その通り!』


 口元に手を当てながらピエロがそう言った瞬間、ピエロに向けてサーヴァントが手を振りかざし、コウガーイが銃を発砲し、ゲーノムが溶解液を射出した。

 けれどそれらの攻撃をピエロはあっさりと避け、おどれたように肩をすくめる。

 だがそれを行ったサーヴァントら三人は驚いていた。


(いったい何が……?)

(我らの攻撃は確実に命中していたはず……)

(だというのに、避けられた?)


『イヤァ、やっぱりわからないみたいですネェ!』

「面白い。いったい何をしたんだ?」

『何もシテいませんよ。ただ、ワタクシとあなたがたの戦いカタが違うといったところですかネェ。ワタクシたちは時が止まった空間で正義のミカタと戦いますが、あなたがたは時間を止めることなく正義の味方と戦っている。そんなところです』

『なるほど、時間制御の術を持っているということか!』

『興味深い、実に興味深い! キミを解剖して研究してもいいかなぁ!!』


 ケタケタ笑いながら語るピエロ。その言葉に団長二人は興奮したように詰め寄る。

 その一方で時間の外にいると言ったピエロの言葉にサーヴァントは一抹の不安を感じていた。

 何故なら、それを利用された場合……玉座に座るシ・ガイセーンが暗殺されてしまう可能性もあるからだ。

 だから、サーヴァントは率直に聞く。


「時を止めたというなら、何故陛下を狙わなかったのですか?」

『そちらのトップを狙う……デスカ? それは何故?』

「そうすれば、この帝国はあなたのものとなるではないですか。ですがそうした場合、自分は絶対に従うことはありません」

『アッハッハ! 何故ワタクシのようなお囃子が王となることがデキましょうか! ワタクシはお囃子。皆様を笑わせ、怒らせ、絶望させる愉快でユカイな狂ったピエロ! ですから、ワタクシは王ではなく家臣や配下となることを選びマスよ!』

「ほう、ならば朕の家臣となるか?」

「陛下! このような者を家臣にするつもりですか……!?」


 両手を広げて周囲に語り掛けるようにピエロが宣言する。

 その言葉を聞きながら、イタズラを思いついた子供といった風にシ・ガイセーンは提案する。

 対して危険分子を入れることに危機感を抱いているサーヴァントが驚いたような表情をシ・ガイセーンに向けた。


「おいお前! ピエロとか言ったな? お前はアーススリーを倒すことが出来るのか?」

『この世界のヒーローですか? お任せくだサァイ! 兵を貸して下されば、ワタクシが彼らを倒して見せましょう!』

「そうか! だったら、お前をウルヴァッド帝国の客人として迎えてやる!」

「陛下!?」

「黙れ! 朕が許可を出したのだから、それは覆ることはない! それともお前たちがアーススリーを倒すと言うのか? どうせ何時ものように勝てると思っていたら油断して、結果的に負けるのだろう? 分かっているぞ!!」

「ぐ……っ!」

『へ、陛下! それはコウガーイの奴が……!』

『ち、違います! ゲーノムのほうが多い……!』


 サーヴァントが反論しようとするも、彼女の言葉を遮りシ・ガイセーンはピエロを仲間にすると公言する。

 さらにはサーヴァントたちに毎度毎度勝てないことへの叱責をすると、彼女は何も言い返すことが出来ず……ついでに団長二人も互いに責任を押し付け合う。

 そんな彼らを黙らせながら、シ・ガイセーンはウルヴァッド兵に出撃指示を与えるとピエロに命じる。


「うるさいぞ、お前たち! さあ、ピエロ! お前の力を見せてみろ!!」

「かしこまりマシたぁ! ですが、今回はデモンストレーションですので巨大化は行うつもりはございませんので~。では」

『『『ウルヴァッド! ウルヴァッド!』』』


 再びカーテシーのようなお辞儀をしピエロはウルヴァッド兵を連れてこの場から出ていった。

 それをこの場に居る者たちは様々な表情を浮かべながら見送るのだった……。


 こうして、悪と悪は手を結んだが、どうなるのかは誰もまだ分からない……。

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