第4話 敵か味方か、癒霊少女ヒールスカイ!
(うぅ……、戦わないといけないのに、恥ずかしすぎますぅ……!)
今にも泣きたい……というか既に目元に涙が浮かび始めているヒールスカイだったが、本当にいま現在着用しているコスチュームは恥ずかしすぎる上に、喰い込んでいて痛い。
胸はギュウギュウだから息苦しいし、スカートのホックも今にも切れそうな上に締め付けられている。そして最悪なことにパンツもピッチピチで……まるでローライズのようにずり下がってしまっているし、ピッチピチだ。
けれど状況は待っていてくれない。起き上がったウルサイナーが怒った様子でヒールスカイに向かってきたのだ。
『ウルサイナー!!』
「う、うるさいのはこっちですよぉ!」
『ウルサイナッ!』
ヒールスカイに向けてパンチを放つよりも先に、彼女が跳ぶと同時にクルリと空中で回転をして回し蹴りをウルサイナーに向けて放つ。
すると先ほどと同じようにバシンッと周囲に響き渡る音とともにウルサイナーの体は吹き飛ぶ。
同時にヒールスカイのパンツが周囲に晒されたり、喰い込んだりして彼女自身にも精神的なダメージが与えられる。というかこっちのほうが被害は甚大だ!
『すごい……、オレたちの攻撃が通じなかったのに……』
『いったい、なぜ……』
『――って、あまり見たらダメだよ! レッド、ブルー!』
『『そ、そうだよなっ!』』
目のまえの現実に驚きと戸惑いを感じながら食い入るように見ていたレッド、ブルーであったが、先ほどからチラチラ……というか普通に下着が丸見えで、おっぱいぶるんぶるんというレーディングに引っかかりそうな光景にハッとしてイエローアースが怒る。
その言葉に気づいて、二人はヒールスカイから視線を背ける。
一方でヒールスカイへと胸元のアクセサリーが突如話しかけてきていた。
『何をしているッピ、もっと俊敏に動かないといけないっピよスカイ!』
「わ、わかってますよぉ……! けど、いろいろとやばいんですってばぁ!!」
『ボクは精霊だから、人間の恥辱なんてわかんないッピ! もっと体を動かさないとヤルキナイナーを倒せないッピよ!』
「だからやばいんですってばぁ!!」
(うぅ、酷すぎます。酷すぎますよぉ!!)
周囲から痴女と言われ、久方ぶりに登場した変身アイテム兼マスコットであるデフォルメされた鳥のような見た目の精霊からはブラックな要求。涙しか出ない。
そうこうしてる間に道化師も思考を再起動させたようだった。
『は、ハハ、一瞬ほんとうにヘンタイが現れたのかと思いましたガ、そのコスチューム……色々と酷いことになっていますが、思い出しましたヨ! 生きていたのデスネ! ワタクシのストレス歌劇団を、ヤミー団長を倒した癒霊少女ヒールエレメンツ!!』
「あなたも生き残っていたのですね。ピエロ・デ・ストレース……!」
『そう、ワタクシはピエロ・デ・ストレース! ストレス歌劇団のお囃子! 状況をすっちゃかめっちゃか掻き回す愉快な道化師!!
なのに、貴女たちのせいでそれもすべてオジャン! だから、ワタクシはワタクシのための歌劇団を再び立ち上げるのデス! いくつもの世界を滅ぼした最後に滅びのメロディを奏でるために!!』
道化師……ピエロ・デ・ストレースと呼ばれたその人物は悦に入るように嗤う。
対してヒールスカイは先ほどの恥ずかしさが嘘であったかのように、真剣な瞳でピエロを見る。
「そんなことは、させません……! あの世界はみんなが救いました! だから、この世界を脅かそうとするあなたをわたしは止めてみせます!!」
『救った? ……ああ、なるほどナルホド! 何も知らないのですね! ああ、愉快、ゆかい、ユカイです! この世界ではあなたこそが真の道化師! あの後のことも何も知らない、あなたは本当に哀れな道化師です!!』
「どういうことですか……?」
『今はナニも言いません! 何故なら、あなたを持て成すためのお膳立てができてイナイのですから! ですから、今はウルサイナーの相手をしていてください! 行け、ウルサイナー!!』
『ウルサイナーー!!』
「きゃっ!? ――――ぐっ!」
ピエロへと視線を向けてしまっていたのが不味かったのだろう。いつの間にか体勢を立て直したウルサイナーが接近しており、ヒールスカイへとパンチを放ち――彼女の体は一気に倒壊寸前のビルに叩きつけられた。
殴られた衝撃とビルに叩きつけられた衝撃に全身が痛み、涙が出てくる。
その上、ピエロに言われた言葉に戻ったばかりの記憶に戸惑ってしまう。
(救ったはず……ですよね? わたしが居なくなった後にフレア、アクア、ウインド、グランドがヤミー団長を倒して、日朝市は、世界は救われたんですよね?)
頭のなかにかつての仲間であった少女たちの顔が浮かぶ。これまで走っていたノイズが晴れて、鮮明に思い出される懐かしい顔ぶれ。それがどうなったのかわからない。わからない。
きっと、今の自分と同じように高校生になって、楽しい生活を送っているに違いない。そうに違いない。だけど……わからない。
わからないから、ヒールスカイはよろよろと立ち上がる。
「わたしは、何も知りません……けど、だからこそ……わたしは自分が思っていることを信じます……! はああぁぁ……スカイッ、ボール!!」
キッとピエロとウルサイナーを見ながらヒールスカイは宣言し、手にバスケットボールサイズの空色のボールを生み出すとそれをウルサイナーへと投げつける。
空色のボールはウルサイナーの体に命中すると、三度ウルサイナーは吹き飛ぶ。しかし、ボールには回転が加えられているらしく、今度はグルグルと回転をしながら吹き飛んでいった。
そして距離を取った直後、ヒールスカイは手を前に出す。すると、その手に指揮棒が握られていた。
「ヒールタクト! さあ、空のメロディーを奏でましょう。高らかに歌いましょう!」
ヒールスカイが指揮棒を振りはじめると彼女の周りに音符が表れ、宙を舞い始める。
それが1個2個と段々と増えていくにつれて、音符の形も増えていく。
全音符、二分音符、四分音符、八分音符、十六分音符と増えていき、連符のように連なったものも出てくる。
ゆっくりとヒールスカイの周囲に広がっていくと……歌が響きはじめる。彼女が歌っているのだ。
『これは……歌?』
『彼女が、歌っているのですか?』
『聞いたことがないけど……、落ち着くメロディ』
初めて聞く歌声にアーススリーの心は癒され始め、それに対しピエロは忌々し気な視線を仮面越しにヒールスカイへと向ける。
『ああ、クソ! くそ! 忌々しい、忌々しい癒しの歌! やめろ、その歌をヤメロ!! ウルサイナー!!』
『ウ、ウルサイナーー!!』
「~~~~~~♪ ~~~~♬ ~~♫ ~~~~~~~~♩」
『ウルサイナー!?』
『クソッ! くそくそくそっ! 覚えていろ、ヒールエレメンツ!!』
タクトを振った瞬間、ウルサイナーとピエロに向かって音符が飛んでいく。
飛んでくる音符に対処できず、ウルサイナーの周囲に音符が纏わりつき、ピエロは勝てないと判断したのかその場から消え去っていった。
残った音符はウルサイナーへと纏わり付き、周囲を完全に音符に包まれると……眩い光が放たれた。
「心の闇を晴らしましょう! ヒーリングメロディ――スカイソング!!」
『ウルサイナーーーーッ!! ウル、サイ、ナー……ウル、サ……ぁ……』
『なんだあれ……ウルサイナーとか言われてたやつが、削れていく?』
『まるで洗い流されているようじゃないですか』
『きれい……』
ウルサイナーを包みこむ音符から流れる音楽とヒールスカイの歌声が周囲に響き渡る。その音楽に包まれるようにして、ウルサイナーの体が徐々に洗い流されるように消えていき、白い体が見え始めた。
「安らぎに満ち足りてください!」
『ヤスラグワー……』
そして黒い部分がまったく見えなくなると、ウルサイナーは安らかな顔を浮かべはじめ……倒れていた巨大ガントードヴァッドの中へと入っていった。
直後、モノクロとなっていた空間にゆっくりと色が戻りはじめる。世界が元に戻ったのだ。
「ふぅ、これで一安し――『危ないっ!!』――きゃっ!?」
ウルサイナーを倒したことに安堵したヒールスカイであったが、彼女は気づいていなかった。今回のウルサイナーの核となっていた存在はガントードヴァッドであるということを。
そして、それが倒されて爆発する寸前であったということを……。
それにいち早く気づいたレッドアースがヒールスカイの体を抱き寄せた瞬間、ドーンッ!とガントードヴァッドは爆発を起こした。
『……大丈夫だったか? えっと、ヒールスカイ……でいいのか?』
「え、えとあの、その……、す、すみませ~~んっ!」
『うわっ!? え、ちょ!!』
「失礼しますぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
あのままだと爆発に巻き込まれるかも知れないと考えたレッドアースの行動だったが、レッドアースの顔が間近に来たためかヒールスカイは顔を赤くしながらしどろもどろになる。
そして彼の体を突き飛ばすと謝罪とともにその場からピョンピョンと跳んで逃げていった。
それをアーススリーたちは呆気にとられながら見ていた……が、ブレスレットから通信が鳴る。
『アーススリー、大丈夫か!? チキュウオーが突然合体解除を起こしていたがどうしたんだ!?』
『あ、ああ、大丈夫だ……けど、ちょっと厄介なことになった』
『ですね……。レッド、彼女の追跡は無理そうです』
『というか同じ女性としてあの姿を誰かに見られてたら泣くね~……』
『……いったい、何があったんだ?』
戸惑いの声が通信で届くけれど、本当にそれしか言えない。
しかしこれだけは言える。
ウルヴァッド帝国だけだった戦いに、余計なものが入り込んでしまい……戦いは悪化することになるのだということだ。
●
「はぁはぁ……、も、もう良いですよね? うぅ、リクくんには申し訳ないことをしました……。けど、けど……恥ずかしすぎますよぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
爆発から庇ってくれたというのに逃げるようにこの場を後にしたヒールスカイは、素早く自宅へ入ると逃げるようにして自室に籠ると布団を頭から被った。
そして再び押し寄せてくる……いま現在自分が着用しているコスチュームの恥ずかしさに顔が真っ赤に染まっていく。
(うぅ、戻っているときに誰にも見られていませんよね? いません……よね? 痴女とか変態とか言われたくないですよぉ!!)
『いつまでもクヨクヨしててもダメッピよ。いい加減、立ち直るッピよソラ』
「た、立ち直れるわけないじゃないですかぁ! というか、何でコスチュームのサイズが当時のままなんですか!? わざとですか、イジメですか、教えてくださいよエアー!」
『成長していないと思っていたッピよ。というか、なんでそんなに体型変わっちゃってるっピか? どう見ても牛にしか見えないッピよ』
「いろいろと酷すぎます! この相棒!!」
胸元のアクセサリーとなっているエアーがヒールスカイに語り掛ける。
けれどもそれはどう考えても焼け石に水。というよりも火に油である。
そんな感情豊かな相棒を見ながら、エアーは安堵したように息を漏らす。
『だけどよかったっピ。ソラが無事で……。生きてるって感じてたから頑張って探した甲斐があったッピ』
「エアー……。そう、ですね。改めて、久しぶりです」
『そうっピね。話したいことがいっぱいあるから、変身を解いたらどうッピか?』
「そうですね。…………ふぅ」
被っていた布団の中のヒールスカイの体が一瞬だけ光ると、そこには痴女――ゲフゲフ、ヒールスカイの姿はなく……制服姿の星空ソラが居た。
そう、ヒールスカイの正体。それは地球家の隣に住む星空家の養女であったソラだった。
そして彼女の前には青い鳥がパタタと降り立つ。
……ちょっと全体的に丸みを帯びているため、鳥なのかと言いたくなるけれど見た目は鳥だ。ただし、鳥の見た目をした空の精霊エアーであった。
「ふぅ……、ようやく普通の服に戻れました……」
『なんていうか酷い言い草ッピ! けど、もうちょっとデザインを大人向けにチェンジするべきッピね!』
「……わたしの友達に、幼児体型だったころは普通の下着を進めていたのに……こうなった途端に紐とかスケスケしたエッチな下着を進めてくる子が居るのですけど、そうはならないでくださいね?」
『わかったッピ! スケスケとかにするにしても、痴女とか思われないようにするッピ!』
「だからやめてくださいって言ってるじゃないですかぁ!! ちゃんと考えて……いえ、ちゃんと一緒に考えてコスチュームを選びましょう!」
布団から顔を出すとソラは吠える。
というか、あの服装でも嫌だし、あの服装を年相応の格好にしたらすこし痛々しい。だけど、このままエアーに任せると酷いことになるのが目に見えていると判断したようで、ソラはエアーへと言う。
そんな彼女の様子を見ながら、エアーはコクッと頷く仕草をする。
『わかったッピよ。ところでソラ、ボクはお腹が空いたッピよ! 何でもいいから食べさせてほしいッピ! それと水も欲しいッピ!』
「はぁ、わかりましたよ。簡単な料理しか出せないと思いますが、それで良いですか?」
『問題ないッピ!』
立ち上がったソラの肩にエアーが羽ばたき乗ると、彼女は部屋から出てリビングに向かい……溜めていたペットボトルのキャップを軽くゆすいでから水を入れ、今日の余った食パンを手で細かく千切り、冷蔵庫からレタスをすこし取るとそれらを皿に載せてテーブルに置いた。
置かれたそれを見てエアーはソラの肩から降りると、よっぽどお腹が空いていたのか啄むように食パンを食べはじめ、またたく間に食べ終えるとキャップの中に水を飲み、レタスをシャクシャクさせる。
『もぐもぐ、もぐもぐもぐ……、久しぶりのごはんは美味しいッピよ! 手抜きだけど、本当に美味しいッピよ!!』
「……なんだか毒を吐くようになりましたね、エアー」
『当たり前だッピよ! だって、ソラと離れ離れになったボクは散々な世界を飛び回ってたッピ! 超古代の戦士が戦ってたり、超能力の最終進化を見たり、鬼が出たりしてて怖かったッピ!
それでソラが違う世界に居るって分かったから何とか移動しようと思ったら、今度はその世界が融合しようとしてぶち壊れそうになったり、地球への変な方向のアプローチが入ったり、癒霊少女と違った魔法を使う人が居たり、人が神になったり、二次元が侵食してきたり怖かった……本当に怖かったッピ。しかもなんだか魔王が世界をやり直そうとしたりとかしてて……で、その衝撃でなんとか空間の隙間を見つけたんだけど、ちょっと時間軸がずれたりとかしててあの世界には20年近く居たッピ』
「え、つまりエアーってわたしよりも大人ですか? というかなんですかその世界、絶対に行きたくないんですけど……」
よほど怖かったからか、その世界のことを思い出したエアーの顔は劇画っぽいような感じの表情となり……なんと言えば良いのかソラには分からない。
というよりも、この世界に落ちてきて良かったと思ってしまっていた。
この世界……。そう、星空ソラは思い出したのだ。
自分がこの世界の住人ではないということを……。だから、彼女はエアーに尋ねる。
「それで、エアー……わたしはわたしの世界に戻ることが出来るのですか?」
『……それはわかんないッピ。だけど、この世界にも癒霊少女が必要となってしまったッピ。だから、もう一度……ボクと癒霊少女として、ヒールスカイとして戦ってほしいッピ』
「わかっています。エアー……わたしの戦いは終わったって思っていましたが、まだ終わっていないんですね。だから、わたしはまた戦います。あなたとともに」
『ソラならそう言ってくれると思っていたッピ。よろしく頼むッピよ、ソラ』
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。エアー」
そう言ってエアーは片翼を広げ、ソラは広げた片翼に拳を合わせるようにして手を伸ばしたのだった。
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30分の時空の壁(謎
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