1 導かれた絆

 五月に入ったばかりだというのに、夏のように暑い日の午後だった。

 誠は取引先訪問の帰り道、突き刺さるような太陽を避け、滲む額の汗を手の甲で抑えながら、職場へ戻るため大通りを歩いていた。

 いつもは近道を選び、路地から路地へと縫うように帰社するのだが、今日は途中の銀行に寄る必要があり、どうしてもその道を使う必要があった。

 さっと用事を済ませ、また歩き始めしばらく進むと、途中で人だかりを見つけた。

 気になり後方からそっと覗くと、サラリーマンらしき若い男性が、歩道で倒れているようだった。

 それも、ただ倒れているのではない。その周りには人だかりが出来ていて、物々しい雰囲気になっている。

 すぐ横にはベビーカーが置いてあり、母親と思われる女性が、横になったまま起き上がらないその男性に、必死に声をかけていた。

 倒れている男性は殴られたのか、遠目でもはっきり分かるくらい、左頬が赤く膨れて、口端には血が滲んでいる。

 「大丈夫ですか!? 今救急車呼びましたから!」

 その男性に懸命に声をかけ続ける女性は、腰がぬけているようで座り込み、そして震えながら、ほとんど涙声で叫ぶように声をかけていた。

 「もうすぐですから、もうすぐ……!」

 「はい……」

 そう返事をしたものの、男性は胸を抑え小刻みに震えていて、声を発するのも大変そうだったが、それでも懸命にその女性に話しかけようとしていた。

 「……お子さんは……無事ですか?」

 「はい、無事です! 大丈夫です!」

 その時誠は、顔をあげたその男性を見て、ショックを受けた。

 確かにその顔には、見覚えがあったからだ。

 スーツを着ている割にはやや童顔に見え、華奢な体型、かすれて聞きにくかったが、確かに知っている声だった。

 (まさか、藤野……晃大あきひろ君……?)

 しかしその後すぐに、その男性は意識を失ったようで、体の強張りが急に無くなり、手がだらりと地面に落ちてしまった。

 誠は思わず人をかき分けて駆け寄り、女性に声をかけた。

 「この人は、お知り合いですか?」

 「いいえ、違います。知らない方で、助けて頂いて……」

 「あの、この人はもしかしたら、私の知り合いかもしれません」

 「え!? そうなんですか?」

 「はい。ただ昔の知り合いなので、はっきりとはわからないんですが……」

 そうこうしている間に、けたたましいサイレンの音が近づき、まずは救急車が、そのすぐ後に警察が到着した。

 救急隊員は、倒れている男性に話しかけたが、やはり意識はないようだった。

 続けて隊員の一人が、

 「この方のお知り合いですか?」

と、ごく近くで見守っていた誠に聞いてきた。

 「はい。たぶんそうなんだと……。あの、もし可能であれば、付き添ってもいいですか?」

 はっきりとした確信は無かったが、もしも知り合いだった場合、見過ごすわけにはいかないと考えた。

 それから救急隊員は、意識のない男性に声をかけながら、それぞれが手際良く搬送の準備を進め、一方の警察は、詳しく話を聞きたいと、その女性に色々と質問を始めていた。

 「では、あなたはベビーカーが邪魔だと言われた男に、突き飛ばされそうになり、それを止めてくれたのが、あの倒れた男性ということですか」

 「はい、そうです。あの方は、私と子供を庇ってくれました。でも、因縁をつけてきた男が、男性を突き飛ばして、弾みで倒れてしまった男性に、覆いかぶさり殴りかかったんです。それから気がついた周りの方々が止めに入ってくれたんですが、でも、殴った男は酔っているのかフラフラとしながら、逃げてしまいました」

 「どんな男か、覚えていますか?」

 「はい。黒い帽子を被っていて、背の高さが、えっと……」

 その時、近くで騒動を見ていたらしい中年の女性が、

 「あ、おまわりさん、私、動画撮ってます。犯人の顔が写っているのでどうぞ」

 と、帽子を取りながら、警察にスマホの画面を差し出した。

 すると、他のギャラリー達も、一部始終を撮った映像を我も我もと警察に見せようとした。

 「では、もうお少し話を聞かせて下さい」

 誠がそこまで聞くと、

 「付き添いの方、こちらへお願いします」

 救急隊員が誠を車内へ呼び込んだ。

 「はい」

 それより先の話は、急いで車に乗り込んでしまったため聞けなかったが、それでも、だいたいの顛末は飲み込めた。

 搬送先は幸いなことに、ごく近くの病院に決まりすぐに到着した。

 誠は先に降りてストレッチャーを見送った後、看護師の案内で待合室に通され、しんと静まりかえった室内で緊張したまま座っていた。

 しばらく待っていると、別の看護師が戻ってきた。

 「藤野さんのご家族の方ですか?」

 看護師は、持ち物で名前を知ったのだろう。

 やはり晃大で間違いなかったと思ったものの、複雑な気持ちになった。

 「あ、いいえ、私は友人の澤瀬さわせといいます」

 「藤野さんのご家族に、連絡はされていますか?」

 「いえ、連絡先は知らなくて……」

 「では、こちらからご家族には連絡を取らせて頂きますね」

 「あの、藤野さんの容体は、どうなんですか?」

 「まだ意識は回復していませんが、安定しています。頭を打っているかもしれないので、これから更に詳しい検査になりますが、そちらの説明はご家族へお伝えしようと思っています」

 「分かりました。よろしくお願いします」

 「どうされますか? 藤野さんのご家族がいらっしゃるまで、お待ちになられますか?」

 「はい、そうします」

 誠はその時、看護師に晃大が患っている病気の『ある症状』に関する情報を、早く伝えなければと思った。

 本当は家族から伝えるのがいいのだろうが、もしその家族の到着が晃大の意識が回復した後だった場合、起こるかもしれない混乱を考えると、なるべく早く伝えた方が良さそうだと考えたのだった。

 「あの、少し宜しいですか?」

 救急室に戻ろうとした看護師を呼び止めた誠は、次のように語った。

 「藤野さんは、正確にはいつからかは分かりませんが、子供の頃から、人に触れたり触れられると、発作やひどい時は痙攣が起こっていたようなんです。彼とは学生の頃一緒だったので、知っているのですが。でも、卒業してからは彼と会うことはなかったので、今もそのような症状があるのかは分かりません。ですが、もし続いているようなら、少し注意が必要かなと思いまして」

 「それは……精神的なものという意味ですか?」

 「はい」

 「他人だけに起こる状態ですか? ご家族の方や、身近な方でも反応しますか?」

 「家族のことは分かりませんが、他人には反応するようでした。なので意識が戻った時に、少し注意して頂きたいなと……。余計なことかもしれませんが、気になったので」

 「そんな事はないですよ。先生に伝えますね」

 「はい、よろしくお願いします」

 それから誠は待合室から出て、誰もいない廊下の隅で職場へ電話を入れ、事情を伝えた。理解のある上司の計らいで、時間がかかるならそのまま直帰でもいいと了解を得た。

 待合室に戻ろうと廊下を歩いていると、バタバタと急ぎ足でこちらへ向かってくる男性が見えた。

 年の頃は60歳前後だろうか、少しゆったりめのスラックスに、職場からそのまま駆け付けたようで、会社のロゴが入ったシャツを羽織っていた。

 「あの、藤野さんのご家族ですか?」

 誠がそう呼び止めると、

 「は、はい……!」

 駆けつけた男性が、荒い息を整えながら答えた。

 続けて誠が、

 「初めまして、澤瀬といいます。偶然通りかかり、付き添いをさせていただきました」

 と、まずは簡単な挨拶をした。

 「ああ、そうなんですか! それは、お世話になりました! あの、晃大はどうなんでしょうか?」

 「無事です。これから検査のようですが、命に関わるようなことではないようです」

 「よかった……」

 安堵の深い息をついた男性は、忙しなくポケットからハンカチを取り出し、暑さで吹き出した汗を拭き始めた。

 誠はひとまず待合室にその男性を案内し、改めて名刺を取り出し自己紹介をした。

 「藤野君とは高校で一緒でした。私は事件のあった現場近くの医療機器販売会社に勤めています。今日はたまたま職場へ戻る途中で事件現場を通りかかり、それで付き添いを……」

 男性は、老眼の目を細めながら名刺の社名を指でなぞると、白髪まじりの髪を掻き上げた。

 「ああ、あれ? うちの会社のわりと近くにある、あのベース機器さんですか? 私のやってる会社は北園商店という、輸入食品を取り扱っている会社なんですよ。三丁目にあるビル、あれがそうです」

 「ああ、そうだったんですか。お名前は知っています。でも、藤野君のご家族だったとは、知りませんでした」

 「いえ、私は伯父で、今晃大は私の家族と一緒に暮らしているんですよ」

 「そうなんですか」

 そこまで言うと、急に北園が言いにくそうに小声になった。

 「あの、澤瀬さん、学生の頃のお友達だったということは、晃大の病気というか、あの症状の事は、知っていらっしゃると思いますが、こちらの病院にはもう伝えて頂いていますか?」

 「はい、少し迷いましたが、大切なことなので伝えました」

 「いや、助かります。ありがとうございます」

 こうして、忙しなく必要最小限の情報交換が終わると、お互いに疲れも出て、しばらく無言になった。

 それからさらに数分がすぎた頃、看護師が再びやってきて、北園が家族として、救急室へ呼ばれた。

 誠は待合室でそのまま待っていた。

 十数分後、北園が戻って来て、立ち上がった誠に、

 「まだぼんやりしていますが、意識は戻りました。頭部に異常はないようです」

 と、嬉しそうに伝えてくれ、

 「ああ、よかったです」

 ほっと胸を撫で下ろした。

 「澤瀬さん、この度は本当にありがとうございました」

 改めて深々と頭を下げる北園に、誠は逆に恐縮した。

 「いえ何も……。あの、そろそろ失礼します。藤野君と今顔を合わせても、彼も色々と混乱すると思うので」

 「そうですね。また機会を作りますので、その時にでも」

 「はい、ありがとうございます」

 誠は一礼すると、病院を出て行った。

 外に出るとむっとしていてまだ暑い。たまらず病院前で待機中のタクシーに乗り込み、とりあえず会社へ戻ることにした。

 クーラーの効いた車内で、窓の外を見るともなく眺めながら、誠は改めて晃大の事を思い返していた。

 高校の頃は、彼とは特に久しくしていたわけではなく、卒業してからは会うこともなかった。

 それでも、誠が就職先に医療関係会社を選んだのは、実は晃大の存在が大きかったのだ。

 困っている人の手助けをしたい。それは人の本能の一部なのだろうが、学生の頃に晃大との出会いを経て、もっと積極的に誰かを救う仕事に携わりたいという思いが強くなり、今の会社で働くことを決めたのだった。

 (それにしても……)

 晃大が今でもあの症状に苦しんでいるのかと思うと、やりきれない気持ちになった。

 思いもしない形での再会。これは、何か意味があるのではないか。これから自分が、彼に出来ることがあるのではないだろうか。

 誠はタクシーを降り、会社のエントランスで同僚に声をかけれても気づかないくらい、それからしばらく様々に思考を巡らせていた。



 その日の仕事を終えて自宅へ帰った誠は、家の鍵を開けて、手探りで明かりをつけた。

 一人暮らしで誰かの返事があるわけではないが、いつものように、

 「ただいま」

 を言ってから靴を脱ぐ。

 廊下の途中の右側にはドアが二つあり、手前がゲストルーム、奥が寝室になっている。

 寝室へ行き、クローゼットを開いてカバンを置き、スーツから部屋着に着替えリビングへ入った。

 今住んでいるこの部屋は、ファミリー向けマンションで、以前は祖父母が暮らしていた。

 両親は転勤族だったため、誠が小学生になった頃からあちこちを移動していたが、地元に戻った折に戸建を購入し、6年前に高齢になった祖父母が同居のため実家に移ったのと入れ替わりに、誠がこのマンションに入居したのだった。

 勤め先から二駅と近く通勤にも便利で、時々終電を逃した同僚を、ゲストルームへ泊めることもある。

 ただ築年数がもう30年は過ぎ劣化が激しく、水回りを中心にあちこちリフォームしなければならず、次いで、この先も住むことになるのだからと内装も整えて、居心地の良い空間に仕上げたのだった。

 誠はソファに腰をかけ、スマホのメールをチェックする。それからキッチンで手を洗い、ついでに、そのまま両手に水をすくい口をすすいだ。

 キッチンの戸棚から、カフェインレスの紅茶を取り出し、お気に入りのカップに沸いたお湯を注ぐのだが、この瞬間は忙しい一日の区切りにもなり、何よりもほっとする。

 いつもはそれから夕飯を作るか、風呂に入る。だが今日は、先にすることがあった。

 温かい紅茶をテーブルに置き、リビングの本棚の一番下の扉を開けた。

 実家の自室にあった荷物は全て持ってきている。その中に、卒業アルバムもあるはずだった。

 (確かここに……あった……)

 ソファに座り、早速アルバムを開いてみる。

 晃大の写真を見て、やはりと思った。

 今日の晃大は、卒業写真と比べて、ほとんど変わっていなかった。髪型も背格好も、まるで時が止まったように同じだったのだ。

 集合写真を見ると、誠と晃大はかなり離れていて、他の写真でも、一緒に写っていることはほとんど無い。

 友達ではなくただの同級生。アルバムがそう言っているようにも思えた。

 ただ、アルバムだけが全ての記録でもない。

 誠だけが知っている晃大の思い出がある。

 高校二年の5月、転校してきた学校にようやく慣れてきた頃だった。

 誠は昼食をとり終えた後、職員室へ行く用があった。それから用事を済ませ、扉を開けた丁度その時、晃大が目の前をふらりと通り過ぎたのを見かけた。

 職員室は教室とは別棟で、中央廊下か端の廊下を使う必要があり、用がなければわざわざ来ない場所にある。

 つまり、生徒の往来があまりない廊下を、晃大が歩いていたのだった。

 「どこへ行くのだろう……」

 不思議に思った誠は、こっそり後を追った。

 昼寝をするために良い場所へでも行くのだろうか。それとも彼女にでも会うのだろうか。もし後ろを振り返ることがあれば、ワッと言って驚かせてみようかな。

 そんなほんの少しの好奇心で後をつけたのだが、すぐに後悔することになる。

 晃大は音楽室に向かう途中にある階段の下に入ると、そこに隠れて一人で泣いていたのだ。

 理由はもちろん分からない。

 休み時間になれば普通に友達とも話していたし、お昼も仲の良いクラスメイトが声をかけて一緒に食べていた。いじめなどはなく、友人関係で困っているようには思えなかった。

 誠はすぐにその場を離れて、教室へ戻った。

 声をかければよかったのだろうか。いや、友達でもない、ましてや転校して間もない自分に、涙のわけを話すことはないだろう。

 それに、学校で泣きたいと思った経験は自分にもある。そういう時は、家まで我慢をして、自室でこっそり泣いた。

 学校で隠れて泣くのは、我慢しきれなかったか、家で泣く場所がないか、どちらかなのだろう。

 何か困ったこと、辛いことがあるなら、相談してくれたら……。

 誠はその時、そんな風に考えていた。

 その後、教室に戻ってきた晃大は、涙の雰囲気を少しも出さずに、帰りもみんなと談笑し、下校して行った。

 それからも晃大との接点は特になく、毎日が穏やかに過ぎていった。

 ところが夏に近いある日、思いがけなく晃大のあの症状を知ることになる。

 誠はその日朝から若干体調が悪く、ついに授業中にめまいを起こし、保健室へ入った。

 軽い貧血だろうと言われ、カーテンの引かれたベッドに横になり、涼しい室内で少しうとうとしていると、いつの間にか寝てしまっていた。

 自分が寝ていたことに気がついたのは、先生が、誰かを、

 「大丈夫、大丈夫」

 と、落ち着かせている声を聞いたからだ。

 誠が少し上半身を起こしてみると、めまいもふらつきも感じない。自身の具合は多少良くなったようだった。

 そろそろ教室に帰ろうかと起き上がり、カーテンをわずかに開けてみた。すると驚くことに、そこには晃大がいた。

 髪は乱れて、制服もよれている。

 晃大は体を強張らせたまま丸椅子に座り、胸を抑えて荒い息をなんとか整えようと、必死になっていた。

 苦しそうな息がしばらく続き、ようやく落ち着いた頃、晃大は先生に促され、誠の隣のベッドに横になった。

 誠はカーテン越しにその様子を聞いていた。

 それから先生は、ガチャガチャと何かを動かした後、部屋から出て行った。

 誠はまたしばらく横になっていたが、そっと保健室から出て教室へ戻った。

 授業中だったため静かに席に着き、教科書を机の中から引っ張り出し、ノートを広げる。

 授業が終わり昼休みになると、誠は隣の席の隅田桃に、晃大が保健室にいる理由を知っているかどうかを尋ねた。

 隅田は、

 「うーん」

 と、唸り、弁当を広げながら言った。

 「休み時間の時ね、楠田君がふざけてたらよろけて、とっさに近くにいた藤野君の肩を掴んで、一緒に転んだの。それで、藤野君にいつもの症状が出ちゃって、それから先生を呼んで保健室に……」

 「その症状って何なの?」

 隅田は卵焼きを箸で摘みながら、困ったように眉を下げた。

 「人に触れたり、触れられたりするとね、動悸や震えで大変なんだよ。だから私達は、藤野君のことは気をつけてあげるようにって、先生からそう言われてて。私、小学生の頃から藤野君と一緒だけど、もうずっとだよ」

 「そんな大変なことだったんだ」

 「うん。大変だよね、すごく苦しそうだし。もし自分がそうだったらって思うと、辛くなる」

 隅田は箸を止めて、ため息をついた。

 「でも、私達何も出来ないでしょ? だから、せめて藤野君に症状が出ないように、触れずにいるしかないんだよね。しばらく安静にしていれば、大丈夫みたいだし、それしかないかなって」

 「教えてくれてありがとう」

 「うん。だから、澤瀬君も気をつけてあげてね」

 「そうするよ」

 誠は、転校してきてから、何となく晃大の周りに感じていた違和感はそれだったのかと腑に落ちた。

 晃大の周りにはクラスメイトもいるし、話もする。なのに何故か距離が遠い気がしていた。仲が良さそうなのに、おかしいなとは思ってたが、そういう理由があったのだ。

 だがその時は、原因までは知ろうとは思わなかった。隅田が言うように、なるべく晃大に触れないのが、一番いいことなのだと思ったからだ。

 その頃から誠は、気付けば晃大を目で追うようになっていた。

 心のどこかで、気の毒だと同情していたのは間違いないが、それ以上に彼の役に立ちたい気持ちが常にあった。

 それから、晃大が一人の時は、たまに声をかけて他愛のない話をしたり、文化祭や体育祭などのイベントがある時は、同じグループになったりと、誠なりにサポートが出来るように気遣った。

 付かず離れず、あくまでクラスメイトとして出過ぎないように。

 「澤瀬君、ありがとう」

 それでも何気ない手助けに感謝されると、素直に嬉しく思った。

 時折見せてくれる晃大の笑顔は、本当に無邪気で可愛らしく、弟がいたら、こんな感じなのだろうかと、とても愛おしい気持ちになったのだった。

 しかし、卒業してからは、一切の関わりが無くなった。

 比較的仲の良い友人でも、進む道が変われば、連絡も乏しくなるものだし、当たり障りのない関係なら尚更だった。

 それに、晃大の症状の原因を知ったところで、平凡な学生だった自分に何が出来たのか、そんなものは、当時は分かりきったことだった。

 だが今は、無力だった高校生の頃とは違う。

 晃大がまだ苦しんでいるのなら、出来るだけ力になりたい。

 アルバムの中で笑っている彼の、今の笑顔はどうなのだろうか。

 それを知りたくなっていた。

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