第11話 なんだかんだで普通の女の子

 セイジョブラック――ではなく、黒の聖女の服に身を包んだエリシアは、家の外に出た。

 外ではギルバート卿と、そしてメイナードの二人が待っていた。


「ふむ。似合っているではないか。別に聖女の資質と容姿は関係ないが、やはり麗しい女性のほうが大衆の信仰心を刺激しやすいので助かる。ああ、気を悪くしないでくれ。我は枢機卿という立場ゆえ、教団の運営も考えねばならん。そなたに愛想を振りまけと強要したりはせぬ」


「はあ、そうですか」


 エリシアは気のない返事をしたが、麗しい女性と言われて嬉しかった。

 これまでエリシアの外見を褒めてくれたのは母親とメイナードだけだったのに、そこに二人も追加された。一気に倍である。

 確実に来てる。モテ期が。


「あとクレアと違って内面がまともそうなのがいい。今度はほかの枢機卿たちから『ギルバート卿が見つけてきた聖女は、外見がいいのに中身がおかしい』と言われずに済みそうだ」


「そんなこと言われてたんですか……」


 なんて酷い。とクレアを擁護してやりたいが、中身がおかしいのは同意なので、苦笑いを浮かべるにとどめた。

 エリシアとて、かなり人を舐めた発言をするほうだという自覚がある。が、クレアに比べたらまともと言わざるを得ない。


「あら酷いですわ。ところでメイナードさんのご感想は? 婚約者が新しい服をお披露目しているんですから、なにか言わないと駄目ですわよ」


 クレアは自分が神聖教団の上層部でヤベェ奴扱いされているのはどうでもいいらしく、それよりもメイナードの感想が気になるという様子だった。


「もちろん素敵だ。落ち着いた色がエリシアによく合っている。これぞ聖女という感じだ」


 やはりメイナードに褒められるのが一番嬉しい。

 エリシアは頬が熱くなるのを感じた。

 こっちが照れているのだから、向こうも照れくさそうに言えばいいのに。


「それだけですの? 私のデザインした服に注文をつけませんの?」


「特に注文はないが……」


「もっと胸元をさらけ出せ、とか。臍を出せ、とか。スカートに深いスリットを入れろ、とか。とにかくセクシーにしろ、とか」


「ないと言っている! エリシアにそんなのは似合わない! エリシアはこういう気品ある恰好のほうが魅力的なんだ」


「ああ、酷いですわ……メイナードさんは、エリシアさんにはセクシーな服は似合わないと仰るんですね。大人の魅力がない、と」


「そうは言ってないだろ!」


 クレアにからかわれたメイナードは顔を真っ赤にして言い返す。

 年下の少女に手玉に取られている彼は……可愛かった。

 できることなら自分が手玉に取りたい。エリシアはそう思った。


「メイナード様……私に魅力はありませんか?」


「あるに決まっている! 俺は君を大切に思っている!」


「大切に……それでは妹みたいなものじゃないですか。やはり異性としては……」


「異性として、女性として、魅力的この上ない! ああ、くそっ、どういえば納得するんだ!? 君が悪の女幹部みたいな露出の激しい恰好をしているのを見たいと言えば納得するのか? 見たいか見たくないかで言えば、見たいさ! 好きな女の子の肌は見たいに決まってるだろ! どうだ、これで満足か!?」


「あわわわ! メイナード様が私の肌を……あわわわわ!」


 自分から問い詰めたくせに、いざ望む答えが返ってくると、恥ずかしくて仕方ない。

 経験も知識も未熟な十五歳の小娘だと自覚せざるを得ない。

 やはり官能小説を読んで勉強しなければ。


 それにしても、ヤケクソ気味に叫んだメイナードも、言われたエリシアも、等しくダメージを負った気がする。

 これは勝者がいない戦いだ。

 なぜこんな戦いが始まってしまったのだろう。


「ふふふ。お二人とも初心で可愛らしいですわ。見ていて飽きませんわ~~」


 こいつだ。この白の聖女とかいうヤベェ奴が黒幕だ。

 だが今のエリシアでは黒幕に太刀打ちできそうにない。

 なにを言っても、言い負かされてしまいそう。

 誰か。黒幕をやっつけて世界に平和を取り戻してください――。

 そんなエリシアの願いが届いたわけではないだろうが、なんとギルバート卿がクレアに攻撃を始めたではないか。


「ふん。至極当たり前の答えを引き出して悦に浸るとは、白の聖女も意外に小物だな」


「あら……まあ確かに、好きな異性の体に興味があるのは普通ですものね」


「違うな。男は、相手が見目麗しい女なら、特に好意を抱いていなくても裸を見たいものだ。少なくとも見てしまったら平静ではいられないだろう。もし裸を見て表情を変えなかったとしても、内心では少なからず動揺しているものだ」


「あらあら! では、ギルバート卿もエリシアさんのセクシーな姿を見たいということですわね!?」


「なにを他人事のように言っている? 中身はともかく、そなたとて見目麗しい少女であろうが」


 そう言われたクレアは一瞬固まった。

 それから口をパクパクさせ、全ての血液が顔面に集中したのではというくらい真っ赤になる。


「はわわわ! ギルバート卿が私の裸を……はわわわわ!」


「ふん。未熟者め。他人をからかうなら、自分が標的にされたときの心構えくらいしておけ」


 ギルバート卿は氷の表情のまま、そう締めくくった。

 強い。

 白の聖女を見事にやっつけた。

 しかし言葉の威力が強すぎて、メイナードまで爆風が届いていた。


「エリシア……俺は……俺は君以外のを見たいと思わないぞ! 俺が見たい裸は、エリシアだけだ!」


 そしてエリシアにも燃え移った。


「もうやめてください! この話は終わりです!」


 強引に終わらせないと、死人が出そうだ。

 すでに致命傷に近いメイナードとクレアからは異論が出ず、ギルバート卿は最初から興味がなさそうだ。

 ふう、とエリシアは安堵のため息をつく。


「そろそろ帰るとしようか。だがその前に渡すものがある。コンパスと、聖都を中心とした地図だ。この周辺も描かれている。どうせ指針もなく、でたらめにさまよっているだけなのだろう?」


「いやぁ、お恥ずかしながら図星です。どこかの町に行こうと思っていたんですけど、どっちに行けば分からなくて。地図はなによりも助かります。ありがとうございます」


「どうせ金もないのだろう?」


「えへへ。着の身着のままでドラゴエルを飛び出したので」


 ギルバート卿はジャラリと重い革袋をくれた。

 これで町に行っても買い物に困らない。というか、金がないのに町に行ってどうするつもりだったんだろう? とエリシアは我がことながら不思議に思った。


「それと忠告だ。そなたらの能力は、かなり珍しい。メイナードは精霊の加護でドラゴンに変化しているのか、それともメイナード自身が精霊になってしまったのか、判断がつかぬ」


「俺自身が精霊に? そんなことがあり得るのか……?」


「人間が精霊になったという昔話はいくつか例がある。おとぎ話の類いだが、死人が生き返るのもおとぎ話。ゆえにメイナード、そなたがどういう状態なのか、まだ見極められぬ」


「そうか……しかし俺としてはエリシアのそばにいられて、エリシアを守る力があるなら、あとは些細な問題だ」


「であろうな。もっと重大なのはエリシアのほうだ。動く死体を作り出す死霊術師ならいるが、生き返らせるとなれば前例がない。たんに聖女が二人同時にいるだけでも珍しいが、エリシアは単体で異例。能力の活用には細心の注意を払ってもらいたいが……しかし使わなければ詳細が分からん。そもそも聖女の力は神からの授かりもの。神聖教会としては、使うなとも言えん」


「つまり?」


「つまり。好きにしろということだ。定期的にそなたらを監視させてもらう。実験動物にされたようで気分が悪いかもしれんが、我が状況を把握していたほうが、お互いのためになる」


「分かりました。神聖教会そのものはともかく、ギルバート卿は信用します」


「ふむ。エリシア、そなたは人を喜ばせる言葉を心得ているようだな」


 ギルバート卿がそう呟いた次の瞬間、クレアがエリシアの袖をちょんちょんと引っ張ってきた。

 それから小声で耳打ちしてくる。


「エリシアさん。ギルバート卿の好感度をあまり稼がないでいただけますか? あんなに嬉しそうな顔をして……」


「え。あれでギルバート卿、喜んだ顔なんですか? 私には変化が分かりませんけど。というかクレアさん、もしかしてギルバート卿がしゅきしゅき大しゅきな感じです?」


「そんな、しゅきしゅき大しゅきというほどではありませんけど……まあ、気になる殿方という感じですわ……」


 クレアは照れくさそうに白状する。

 それを聞いてエリシアは嬉しくなった。

 なんだかんだでクレアも普通の女の子なのだ。

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黒聖女と竜王子の最強な町作り 年中麦茶太郎 @mugityatarou

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