第10話 聖女の仲間は嬉しいけれど

 とりあえずエリシアは家に戻り、クレアからもらった衣装を着ることにした。


「あらあら、まあ! 絶対にお似合いになると思っていましたが、想像以上ですわ。頑張ってデザインした甲斐がありますわ」


 着替えを手伝ってくれたクレアがそう褒めてくれた。

 実際、素敵な服だと思う。


「ありがとうございます。この家に鏡があれば、自分の目で見られるんですが」


「鏡? そんなのお安いご用ですわ」


 突然、自分がもう一人現われた。

 エリシアがギョッとすると、もう一人も同じように驚く。

 我が身を写した姿だと、ようやく気づいた。


「これ、反射魔法ですか?」


「はい。炎も電気も光も跳ね返しますわ。それを応用すれば、こうして鏡になりますの」


「なんと便利な……私も防御魔法を使えますけど、完全に反射なんてできませんよ」


「私の聖女の力は、回復系と防御系が得意なようですわ。で、自分の姿を見た感想は?」


「クレアさんが褒めてくれた通り、凄くいいと思います。馬子にも衣装というやつですね」


「ご謙遜を。ぶっちゃけ『自分、結構いけるじゃーん』とか思っていらっしゃるのでしょう?」


「……ぶっちゃけ……割と」


 白状したエリシアは、魔法の鏡の前でくるりと回ってみる。

 ベールとスカートと髪が、ふわりと広がった。

 物語に出てくる聖女様になったみたいだ。

 まあ、実際に聖女なのだけれど。


「うふふ。正直でよろしいですわ。これでメイナードさんをメロメロにできちゃいますわよ」


「できちゃいますか」


「ええ。間違いなく!」


「メイナード様、今でも私にメロメロなのに、これ以上メロメロになったらどうなっちゃうんでしょう?」


「それはもちろん、アダルティな展開になりますわ。官能小説みたいななっちゃいますわぁ」


「そ、それは私にはまだ早い気がします……!」


「そうでしょうか? 愛し合っているなら、早いも遅いもありませんわ。ところでエリシアさんは官能小説をお読みになるので?」


「いえ……だって本屋でも官能小説のコーナーって近寄りがたいですし……」


「ということは興味自体はおありですのね! 今度オススメのを何冊か持って来て差し上げますわ!」


 官能小説なんて淑女の読むものではない。まして自分たちは聖女。私利私欲を捨てて世に尽くせ、とまでは言わないが、欲望剥き出しはいかがなものか。エリシアはそんな常識論を唱えようとしたはずなのに、真逆の言葉が口から飛び出した。


「ぜ、ぜひお願いします……」


 だって気になるのだ。

 聖女だって隠れてコソコソ官能小説を読んだって許されるはず。


 エリシアとメイナードだっていつかはそういうことをするだろう。

 あまり知識がなさ過ぎると、相手に気を遣わせてしまう。

 そうだ。これは勉強なのだ。

 やましい気持ちなどないのだ。


「エリシアさんは喫茶店で読書したご経験はあります?」


「いえ、ないですけど?」


「雑音が多いはずなのに、どうしてか自宅よりも集中して読めますわ。今度一緒に、どこかの町の喫茶店で官能小説を読みましょう」


「そ、それは駄目だと思いますけど!」


「けれど、その背徳感がたまらないのですわぁ」


「……クレアさん。口を開くたびにヤベェ本性を出してきますね」


「最初から隠してるつもりはありませんわ」


「そうですね……クレアさんの儚げで可憐な姿を見て、私が勝手に勘違いしただけです」


「うふふ、可憐だなんて。私たち、美少女聖女コンビですわね」


「いやぁ、さすがに美少女を自称する度胸はないです。クレアさんは文句なしに可愛いですけど」


「私だって一人で美少女を名乗るほど厚かましくはありませんわ。こういうのは、みんなでやるから怖くないのですわ」


「はあ。そんなもんですか」


 深窓の令嬢といった雰囲気のクレアだが、今まで出会った誰よりも陽気で変な人だった。

 人は見た目で判断できないものだなぁ、とエリシアはしみじみと感じた。


「そう言えば、さっきギルバート卿が言ってたじゃないですか。聖女は一人と限らない。この『世界』が必要と判断すれば、二人でも三人でも同時に生まれるって。私たち以外にも聖女っているんでしょうか?」


「さあ……聖女仲間が沢山いたほうが賑やかで楽しいでしょうけど。つまりそれだけ大きな危機が来るということになるので……もし何人もいたら、恐ろしいですわね」


 エリシアは紋章がないのに聖女としてでっち上げられ、偽物だからと処刑されそうになり、今度は本物の聖女として覚醒した。

 聖女というものに振り回されてきた人生だった。

 聖女という言葉の重みを知っている。

 だから、呑気そうに見えるクレアも、聖女に選ばれたせいで凄まじい重圧を感じているだろうと容易に察しがつく。


 この重圧を分かち合える相手がいるなら、喉から手が出るほど欲しい。

 しかし話を聞く限り、聖女が沢山見つかるほど、将来、大変なことが起きそうだ。


「聖女が立ち向かわなきゃいけない危機って、なんなんでしょうね……」


「分かりませんわ。けれど、もし私とエリシアさん以外にも聖女がいたら……バラバラになるのではなく、集まって、力を合わせて……」


 クレアは神妙な声で語り、一度、言葉を切る。そして。


「そして、神聖戦隊セイジョレンジャーを結成し、悪と戦うのですわ!」


「は?」


「一緒に頑張りましょうね、セイジョブラック」


「は!?」

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