第9話 白の聖女は曲者
エリシアとメイナードは、気配がする場所へと走った。
聖女の力とドラゴンの力を手に入れた自分たちと同等か、もっと強大かもしれない相手。
なぜそんな気配が急に現われたのか。
ドラゴエルの生き残りがいて、復讐のために刺客を差し向けてきたのか。
それとも、危険度の高いモンスターの生息地に来てしまったのか。
町から町へと強奪を繰り返して旅する盗賊団に目をつけられたのか。
なんにせよ、この平穏な日々を邪魔する相手は、誰であろうと容赦しない。
二人はそう決めていた。
ところが、そこにいた相手は、想定していたどんなものとも違っていた。
「その法衣は、枢機卿……!?」とメイナードが。
「右手に聖女の紋章……!」とエリシアが。
目の前の二人を見て、驚きの声を上げる。
「如何にも。我は神聖教団の枢機卿。ギルバート・アシュバートンである」
本人が認めたとおり、彼が身にまとっている法衣のデザインは、枢機卿であると物語っていた。
神聖教団において教皇に次ぐ地位だ。間違いなく超大物である。
しかし、それにしても若い。三十歳前後といったところだろう。
顔立ちも整っており、神経質そうな目つきは好みが分かれるが、間違いなく美形の部類。
超低温の氷で作った刃のような印象を受ける人だ。
「そして私は、ギルバート卿より『白の聖女』の称号を承った、クレア・メラーズです。以後お見知りおきを。聖女エリシア。竜王子メイナード」
一方、こちらは一輪の花のような笑顔を浮かべる少女だった。
年齢はおそらく十代半ば。エリシアと同年代と思われる。
淡い金色の髪を肩の下まで伸ばし、それを白いベールで包んでいる。ドレスも白色。一目で高価なものと分かるが、派手な印象はない。肌色も純白に近く、全体的に色素が薄い。整った顔立ちと相まって、儚げな印象を全身から放っている。
清楚という概念の化身に思えた。
まさに「絵に描いたような聖女」である。
「枢機卿猊下に聖女……そんなお二人がなんの用ですか? 私たちの名前を知っているからには、偶然迷い込んだのではないのでしょう?」
「そう警戒するな。神聖教団が正式にそなたを聖女と認めたことを教えに来たのだ。二度目の認定というのは、こちらの無様を晒していて恥じ入るところ。それに関しては謝罪する。しかし、これでもう偽物と言われることも、処刑されることもないぞ」
「……私が処刑されかけたことを知っているんですか?」
「うむ。見ていたからな。そなたが聖女に覚醒したところも、メイナードがドラゴンに変化するところも」
なんと。
ギルバートと名乗るこの枢機卿は、あの場にいたらしい。
「愚かな司教と国王によって聖女に仕立て上げられた哀れな少女。そう片付けるには優秀すぎたゆえ。もしやと様子を見に行ったら、案の定、覚醒の瞬間に立ち会えた」
「見ていたなら助けてくれてもよかったんじゃないですか?」
「助けが必要と判断すればそうした。しかし無用であったろう。死者の霊魂に干渉する能力……間違いなく闇属性の聖女である」
「ちょっと待ってくれ、ギルバート卿」
メイナードが話に割り込んだ。
「聖女は同時に一人だけ。だから本物の聖女が見つかったとき、エリシアが偽物として断罪されそうになった。だが、ここに聖女が二人いる。これはどういう理屈なんだ?」
そうだ。これはエリシアもずっと疑問に思っていた。
自分に宿った聖女の紋章が本物だという確信はある。しかし目の前にいるクレアからも本物の力を感じる。自分が聖女だからこそ分かるのだ。
「簡単な理屈だ。聖女は必ず一人だけ、という世間一般の認識が間違っているのだ。あまりにケースが少ないゆえ知られていないが、この『世界』が必要と判断すれば、二人でも三人でも同時に生まれる」
「聖女が複数同時に……? 世界が判断するって、どういう状況になればそう判断するんですか?」
「それはもちろん、複数の聖女を必要とするほどの危機が迫っているときであろうよ。具体的にどんな危機が迫っているかは我にも分からんがな」
ギルバートの言葉を聞き、メイナードもエリシアも絶句した。
聖女の力を手に入れて得した、わーいわーい……なんて呑気にしていられないらしい。
聞いたこともないような強いモンスターが現われるのだろうか。それとも大災害が来るのだろうか。
「悩んでも、今は仕方あるまい。なにも今日や明日にでも起きるわけでもなかろう。兆候さえないのだ。何年かのち……それに備えて、聖女の力を磨くといい」
「確かに、悩んだところで答えが出ないなら、悩むだけ無駄ですね」
「うむ。それでは神聖教団の名において、そなたに『黒の聖女』の称号を贈る」
つい先日までエリシアは黒髪の一族とさげすまされていた。今度は黒の聖女ときた。とことん黒に縁があるらしい。
まあ、ギルバート卿に敵意や悪意はなさそうだし、この黒髪を綺麗と言ってくれる愛しの人もいる。
エリシアに不満はない。
「ありがとうございます、ギルバート卿。黒の聖女……その称号、謹んで頂戴いたします」
称号があろうとなかろうと、エリシアはエリシアだ。
しかし、これで神聖教団と敵対せずに済むというのはありがたい。
「それにしても、黒で闇属性で死霊に干渉って……どことなく悪役っぽいイメージですね」
エリシアは自嘲ぎみに笑う。
するとなぜか白の聖女クレアが、ぱっと明るい笑顔を咲かせ、両手を叩いた。
「分かりますわ! 少年向けの読み物だったら、敵組織の幹部として出てきそうですわ!」
儚げなクレアの口から「敵組織の幹部」なんて言葉が出てきてエリシアは驚く。
だがエリシアも彼女と同じことを考えていたので、なんだか嬉しくなって激しく頷いた。
「もともとは正義側だった聖女がなにかの理由で悪に寝返って、主人公たちと敵対する役目のキャラですよね」
「はい! 露出の激しい衣装が定番ですわ」
「もしかしてクレアさん。その手の読み物が好きだったりします?」
「ええ。物語全般が好きですわ」
「私もです。気が合いそうですね」
エリシアとクレアは手と手を取り合い、キャッキャとはしゃぐ。
「お近づきの印、というわけではありませんが。エリシアさんに聖女の衣装を持って参りました。黒の聖女をイメージして、私がデザインしましたわ」
クレアが大きなトランクを持っているのが気になっていたが、衣装が入っていたらしい。
着の身着のままでドラゴエルから逃げ出したエリシアには、着替えがない。
どんな服であろうと、もらえるならありがたい。
しかし。
黒の聖女は敵幹部で、露出の激しい衣装が定番、なんて認識をしているクレアだ。そんな彼女がデザインしたのなら、そういう衣装なのではないか?
この土地には普段、エリシアとメイナードの二人しかいないとはいえ……。いや、メイナードになら見られてもいいかもしれない。むしろ、ちょっと見せてみたい気も……?
「だ、駄目だ! エリシアにそんな服を着せるなんて駄目だ!」
メイナードが真っ赤になって叫んだ。
「はい?」
クレアはトランクから出した衣装を広げて、首を傾げる。
その衣装は、彼女自身が着ているものを黒色基調に置き換えたような、清楚なものだった。
メイナードは固まる。それから咳払いして誤魔化す。
が、クレアは見逃さなかった。
「メイナードさん。なにが駄目なんですの?」
「それは……」
「悪の幹部みたいな、えっちな服が出てくると想像したんですの?」
「そんなことは……」
「エリシアさんがえっちな服を着た姿を想像して、叫んでしまったんですね!」
クレアは楽しそうに追求し、メイナードにぐいぐい近づいていく。
「う、うわああああっ!」
メイナードは叫んで、どこかに走り去ってしまった。
その後ろ姿を見ながらクレアは悪そうな笑みを浮かべる。
「うふふ。殿方をからかうのは楽しいですわ」
エリシアはごくりと息を飲み込む。
白の聖女……なかなかの曲者だ。
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