第7話 嘘つき……絶対に許さない7

「くそっ、どうなってるんだ! なぜメイナードがドラゴンになる!? 奴はただ呪いを受けているだけではなかったのか! 司教、説明しろ!」


「そう言われても、私にもなにがなんだか分からん!」


 国王の問いに、司教は怒鳴り返す。


「その問い。我が答えよう」


 傲慢な声だった。

 誰だ、と怒鳴ってやろうとした国王と司教は、その男の服装を見て固まった。

 神聖教団の大幹部。枢機卿の法衣にほかならなかった。

 だが、どう見ても三十歳前後と若い。

 なぜこんな若造が枢機卿という地位に?

 いや。つい先日、本物の聖女を見つけた枢機卿が、そのくらいの若さだったと聞いた覚えがあるぞ。と、国王と司教は頭をグルグルさせる。


「だが答える前に、そなたらの罪を問いたい。エリシアを聖女に仕立て上げ、己の地位の向上に利用した。それについての弁明をここに許す。ああ、言っておくが、当時エリシアを聖女に認定した者たちが、そなたらと共謀していたのは知っている。すでに投獄済み。我が聞きたいのは罪の有無ではない。あのような少女を利用した、そなたらの羞恥心の構造を知りたいのだ」


 なにもかもお見通しという顔だった。

 枢機卿という地位の人間が来てしまった時点で、国王と司教は詰んでいるのだ。


「若造が……一人で来たのが間違いだったな。ここでお前を消せばどうとでもなる!」


 無謀にも司教が向かっていった。

 が、次の瞬間、重力魔法で平らになった。もう人間だった痕跡は残っていない。ただの赤い塊だ。


「ふむ。興ざめだな。小物すぎて話をする気にもなれん。国王よ。そなたはどうだ? 興に乗ることを言ってみよ」


「お、お待ちください、枢機卿猊下!」


「ああ、待つとも。言ってみろ」


「エリシアを偽の聖女としてでっち上げたのは、全て司教の企み。我々は騙されたのです」


「そうか」


「そこで、どうか教団のご支援を。エリシアがいなくなれば、瘴気を祓う者もいなくなります。幾人か僧侶を派遣してもらえないでしょうか?」


「これは異なことを言う。偽の聖女が去っただけで回らなくなるのか、この国は」


「それは……それだけエリシアと司教の企みが巧妙だったのです。この国はそれに巻き込まれただけなのです!」


「ああ、国王。興ざめだ。もっとまともな言い訳が欲しかった。そなたが司教と共謀していた証拠は、いくらでもあるのだ」


「そんな……ああ、しかし! 最後にエリシアの右手が輝きました! あれはつまりエリシアが本物の聖女だったということになりませんか!? 本物ならば私は教団を騙したことにならない!」


「うむ。その通り。エリシアは聖女として覚醒した。聖女は一時代に一人、というのは誤りである。一人では対処しきれない危機が迫っていると『世界』が判断したなら、聖女は二人でも三人でも生まれる。ゆえにエリシアは本物の聖女だ。この我が確認した」


「おお、それでは……!」


「つまり、そなたは本物の聖女を処刑しようとしたわけだ。さて、この罪、どう裁いてくれようか?」


 国王はついに全ての希望を失った。

 だから、そこらに落ちている剣を拾って、枢機卿に斬りかかるしかなかった。

 黙っていれば処刑される。ならば万が一の可能性に賭けて――。

 国王も重力魔法に潰されて圧死した。


「愚かな。大人しく聖都で裁判を受ければ、死だけは免れたかもしれないのに。興ざめ極まる。しかし『黒の聖女』と『竜の王子』の覚醒に立ち会えた。得がたい体験であった」


 枢機卿は立ち去ろうとする。

 ところが民衆が群がってきた。


「枢機卿様! 国王が言ったように、この国には瘴気を祓える者がおりません! どうかおめぐみを!」


「慈悲を請う相手が違うのではないか? この国を守護する精霊がいるであろう。その精霊に祈るがいい」


「精霊に、祈る……?」


 民衆たちはポカンとした顔つきになる。


「まさか、誰も精霊に祈ったことがないのか? やれやれ。この国は本当にエリシア一人で支えられていたらしい。もはや慈悲をかける必要なし。全員ことごとく死ぬがよい」


 枢機卿は霧のように消えてしまう。




 聖女になったエリシアは、前よりも精霊の言葉を聞けるようになった。

 だから分かる。


 ――あの国はもともとドラゴンの姿をした精霊の加護を受けていた。

 ほかの国々に攻め込み略奪を繰り返していた。それをドラゴンに咎められた。

 ドラゴンの言葉を邪魔に思い、ついにはドラゴンに攻撃を仕掛けてしまった。

 おかげでドラゴンの加護を失い、モンスターをはね除ける力も、都市を移動させる力も失った。

 だから、ほかの国を滅ぼして、アルラウネという精霊と、それに奉仕する巫女の一族を誘拐し連れてきた。奴隷のように無理矢理に祈りを捧げさせた。

 それによって、なんとか都市は力を取り戻した。

 やがて時間が経つにつれ、自分たちが巫女の一族を誘拐してきたことも忘れ、黒髪の一族としてさげすんだ――。


 これが都市国家ドラゴエルの歴史である。


 だがドラゴンの精霊は人間を見捨てていなかったし、アルラウネはもといた国を忘れていなかった。

 二つの精霊の導きによって、エリシアは先祖がいた土地に辿り着いた。

 その土地をメイナードと一緒に『再起動』させ、浮遊させた。


 エリシアの意のままに動く土地は、やがてドラゴエルの近くまでやって来た。


 精霊の加護も、聖女の尽力も失い、モンスターによって全滅していた。

 もうただの廃墟だ。

 生き残りはどこにもいない。

 エリシアとメイナードを縛るものは、一つも残っていない。


 もう不安なんてない。

 だってエリシアにはお母さんに教わったポーション作りの技と、魔法と、聖女の力がある。

 メイナードには鍛え抜いた剣技があるし、精霊の加護によってドラゴンに変身できるようになった。

 しかも薬草が生い茂る土地ごと移動できる。


 なにより二人が一緒にいられるなら、不安なんてあろうはずがなかった。

 二人なら幸せになれる。たとえ不幸でも乗り越えられる。


 黒聖女と竜王子は微笑み合い、自由に、広い世界へ旅に出た。

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