第6話 嘘つき……絶対に許さない6

「済まない、間一髪だった!」


 どうしてここに?

 私が偽物でも助けてくれるんですか?

 ずっと騙していたのに?


 言葉が溢れ出しそうになって、けれど、どうしてか最初に出たのは「嘘つき」だった。

 メイナードは面食らった顔になる。


「帰ってくるのは一年後の約束。あと半年もあるじゃないですか。私、それまでここで頑張るつもりだったのに……嘘つきです」


「そうか。君なら本当に自分でなんとかしてしまいそうだ。やはり早く帰ってきて正解だった」


 そう微笑んで、エリシアを縛る鎖を斬ってくれた。

 久しぶりに地面に足がついた。

 メイナードに抱きつこうとして、よろめいてしまう。

 彼は抱きとめてくれた。目の涙を拭ってくれた。

 そのときエリシアは初めて自分が泣いていたと気づく。

 死ぬのが怖かった。メイナードに会えたのが嬉しかった。二度も泣いたのだ。さぞ凄い量の涙だろう。


「メイナード! お前、どうしてここにいる!」


 息子の姿を見て、国王は目を血走らせた。


「本物の聖女が見つかったと、聖都では大騒ぎだった。それはつまりエリシアが偽物だったということ。そうなれば父上。あなたがエリシアを罪人として裁くのは想像できた。しかし、まさかいきなり処刑するとは思わなかったぞ!」


 やっぱり。メイナードが婚約破棄を承知したなんて、嘘だったのだ。


「黙れ! 聖女を偽るなど死刑以外にありえるか! なあ司教!?」


「そ、その通り! メイナード殿下。その偽聖女を庇うのであれば、あなたも罪に問われますぞ」


 国王と司教の言葉に続いて、国民たちもメイナードを非難する声を上げる。

 それに対する彼の答えは、


「黙れ!」


 の一喝だった。

 それだけで広場が静まりかえる。


「確かにエリシアの紋章は偽物だったかもしれない。だが彼女の功績は本物だろう。回復魔法やポーションで何人が命を助けられた? もし彼女が瘴気を祓わなかったら、浄化魔法の使い手を高い金で雇わなければならない。この国はエリシアが支えていた。それを処刑し、その様子を楽しむなど、愚の骨頂! それに父上、司教殿。あなたたちが偽の聖女を用意、、したという噂が、聖都で囁かれている。俺はずっと肩身が狭かったよ」


「根も葉もないことを!」


「そうか。だが俺の婚約者を殺そうとしたのは紛れもない事実。俺はエリシアを連れてこの国を出る。邪魔をするな。切るのは親子の縁だけにしたい。俺たちの前に立ち塞がるなら、誰であろうと真っ二つに斬る」


「ほざけ! やはり、お前のように呪われた者は、生まれたときに殺すべきだった……兵ども、奴を王子と思うな! 偽聖女ごと殺せ!」


「……行くよ、エリシア。俺はずっと君の背中を見てきた。今日は俺が先陣を切る。必ず俺が守る。もう君のそばを離れない。だから、ついてきてくれ」


「はい! どこまでも!」


 もうエリシアには簡単な魔法を使う力も残っていない。群がる兵士に飛び込むのは自殺行為だ。

 それがどうした。

 メイナードがエスコートしてくれるのだ。ならば行くに決まっている。


「そこを退け! 邪魔立てするなら斬ると言ったはずだ!」


 兵士たちではメイナードの相手にならなかった。

 当然だろう。

 この国の兵士は長い間、エリシアの影に隠れ、モンスターと戦ってこなかった。新兵は実戦経験なし。ベテランは鈍っている。

 そのツケを今、彼ら自身の命で払っている。


「だ、誰かメイナードを止めろ! 奴を仕留めた者には、望むだけの褒美をやるぞ!」


 そう国王が叫んだ、次の瞬間。

 ズドンッ、と爆発音が響いた。

 メイナードの胸に穴が開いていた。貫通している。糸が切れたみたいに倒れ、地面に血の池を作った。

 エリシアはわけも分からず駆け寄り、肩をさする。

 動かない。返事がない。

 死んだ? こんな呆気なく? お別れの言葉もなしに?


「ひひひ……ひひ! やったぞ! ついに兄貴を倒した! ずっと目障りだったんだよ。王位継承権は俺にあるのに。呪われた竜王子のくせに。剣でも魔法でも勉学でも俺はお前に勝てなかった。けど、やっと勝ったぞ!」


 叫んでいたのはメイナードの弟。第二王子だ。

 その手には煙を出す長い筒があった。

 銃。

 火薬を使って弾を発射する装置。

 話は聞いたことがあるが、まさかこの国にもあったとは。

 道理で魔力を感じなかったのに攻撃が来たわけだ。


「メイナード様……?」


 エリシアはまだ現実を受け入れていない。

 どう見ても心臓を貫かれている。

 死んでいる。

 それを認められない。


 回復魔法を全力で使って傷を塞ぐ。

 元通りだ。完全に塞いだ。

 なのに鼓動がない。呼吸が聞こえない。


 死の直後は細胞が生きているから回復魔法が効いて傷が塞がる。だが、それで生き返ったりはしない。

 魔法師の常識だ。

 その常識を今のエリシアは認められない。


「偽の聖女め! 次はお前の番だ!」


 また銃声。

 弾丸が飛来する。

 しかし地面から触手状の植物が生え、弾丸を叩き落とした。


「なっ! 偽の聖女のくせに生意気にも魔法を使うか!」


 そんな第二王子の声は、エリシアに微塵も届いていなかった。

 何発撃たれても、無意識に弾くのみ。

 エリシアが見ているのはメイナードだけだ。


「必ず守るって、君のそばを離れないって、言ったじゃないですか。なのに、どうして死んでるんですか……? なんとか言ってください! 嘘つき……嘘つき! 絶対に許しません!」


 あなたには私をエスコートする義務がある。

 私と二人で逃げるのでしょう?

 邪魔立てする者を全て斬るのでしょう?

 そう口にした以上は、やる義務がある。


「生き返ってください」


 世界の根本を覆すようなお願い。

 否、命令だ。

 このまま死ぬなんて許さない。


「生き返れ」


 エリシアの右手にある入れ墨が、光り輝いた。

 紫色の光。

 溢れ出す膨大な魔力。

 最早それは入れ墨ではない。

 偽物が本物に裏返る。


 メイナードの体から昇っていく霊魂を握りしめ、強引に肉体へ押し戻す。

 死ぬな、死ぬな。私を置いていくのを許さない。

 どんな姿になろうとも、私を守り抜いて、私のあとに死ね。

 それ以外の結末など許さない。


「見くびるな。死んでたまるか」


 メイナードは目を見開いた。

 そして彼は――ドラゴンになった。

 巨大な翼。長い尻尾。鋭い牙と爪。四本の足で大地を踏みしめ、町全体を揺るがすような咆哮を上げる。

 エリシアなど簡単に丸呑みにできそうな巨体だが、それを前にして少しも不安を感じなかった。

 雪のような純白のドラゴン。なんて美しい――。

 ただし、そう感じたのはエリシアだけらしい。


「ば、化物め! ついに正体を現したなぁ!」


 第二王子がドラゴンに発砲を続ける。

 ドラゴンはウザったそうに、それを踏み潰した。


 あちこちから悲鳴が上がる。

 多くの者は逃げ出した。果敢に向かってくる兵士もいたが、ドラゴンはそれを炎の息で焼き払った。


「エリシア。乗れ」


 ドラゴンの放った声は、間違いなくメイナードのものだった。

 迷わずその背中に飛び乗ると、彼は羽ばたいた。

 この町も浮遊しているけど、そんな些細な高さではなく、あっという間に雲の上に来てしまった。


「メイナード様。どこに向かっているんですか?」


「君の精霊の導くままに」


 そう。

 メイナードの周りには、蛍のような発光体が無数に浮かんでいた。

 どこまで飛んでも、どこまでもついてくる。いや、こちらの進む先を指し示しているのだ。


「声?」


 今までだって精霊の声を聞いていたつもりだった。

 しかし今はハッキリと言語として聞こえる。


「ああ、なるほど。そういうことだったんですね……では帰りましょう。私たちの故郷へ」


 精霊が指し示す方角へ、エリシアとメイナードは飛んだ。

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