第5話 嘘つき……絶対に許さない5
「エリシア。俺は聖都に留学しようと思う」
初めて会ってから半年ほど経ったある日、彼はそんなことを言い出した。
「なぜ、でしょうか?」
エリシアは自分でも驚くほど動揺した。メイナードにしばらく会えなくなると想像しただけで、世界が暗闇に包まれた気分だった。
「俺は未熟だ。人間として未熟なのは、まだいい。しょせんは十代の小僧だからね。けれど聖女の護衛役なのに、聖女より弱いなんて。自分が情けない。俺はいつもエリシアの背中を見ているだけだ。俺はエリシアを守れるようになりたい。一年間だけ許してくれ」
エリシアは色々と言いたいことがあった。
あなたが後ろにいてくれるから前だけに集中できる、とか。
ただそばにいてくれるだけでいい、とか。
会えないのは寂しい、やだやだ、いかないで、びええええんっ、とか。
しかし同時に「王子様に守られる聖女」というのに憧れるのもまた事実。
実のところ、現われるモンスターを片っ端から瞬殺してメイナードになにもさせない自分はどうなんだ、と考えないわけではなかった。
たまに思い出したように「きゃー、メイナード様、助けてー」と手を抜いても、彼はちっとも嬉しそうではないし。
もしメイナードが本当にエリシアより強くなるなら、それは大歓迎だ。
一年という期間を設けてくれたのも助かる。
それくらいならギリギリ我慢できるはず。寂しくて胃がキリキリするだろうけど。
「分かりました。けれど一年だけですよ。必ず帰ってきてくださいね。私、待ってます」
断腸の思いでメイナードを聖都に送った。
そして半年が経った、ある日。
エリシアは「三カ所の瘴気を一日で祓え」と無茶な仕事を押しつけられた。なんとか片付け、魔力が枯渇したフラフラの状態で国に帰ると、国王と司教に呼び出された。
その次の日。
今現在。
エリシアは偽の聖女として、広場で十字架に縛られていた。
いつもなら、こんなの簡単に逃げ出せる。
だが、昨日使い切った魔力が回復していない。
なにせ、あれからなにも食べていないし、牢屋の冷たくて硬い床で一晩過ごしたのだ。当然、一睡もできていない。
更に、広場に集まった国民たちの、エリシアの処刑を心底から歓迎している様子が神経を抉った。
嫌われていたのは知っている。
しかし大勢の怪我や病気を治したし、瘴気を祓った回数だって数え切れない。
なのに老若男女が所狭しと集まり「殺せ、殺せ」の大合唱だ。
ああ、確かにエリシアは『偽の聖女』だった。主導したのは司教と国王だが、エリシアがみんなを騙していたのは間違いない。
けれど、だからって、こんなに死を望まなくたっていいじゃないか。
「この国で生かしておいてやった恩を忘れて、聖女様を騙るなんて。恩知らずな奴だよ」
「本当ね。やっぱり黒髪の一族は、見た目が不気味なだけじゃなくて、性根からして邪悪なのよ」
「俺たちが飲んでたポーションって、実は毒が入ってたんじゃないか?」
「あり得るぜ。それで俺たちを病気にして、さも自分で治してやったみたいな面してたんだよ」
「瘴気もあいつの仕業に違いない!」
頑張れば少しは認められるなんて思っていた。
たとえ相手がこちらを嫌っていても、人々の役に立つのは悪いことじゃないと、自分に言い聞かせていた。
けれど、この国の人間になにか期待するなんて、間違いだったのだ。
「これより偽聖女の処刑を執り行う!」
司教が叫ぶと、歓声が上がった。
そして司教の眼前に、手のひらサイズの火球が現われた。攻撃魔法である。人間一人を焼き殺すのに十分な威力があるだろう。保身しか考えていないような男でも、司教ともなればこのくらいの魔法は使えるらしい。
周りの人々は、偽聖女が丸焼きにされるのを、今か今かと待ちわびている。
しかし、そう簡単に死んでやるものか。
「防御障壁だと!? そんなものを作る力がまだ残っていたか……」
火球はエリシアに当たる直前で消えてしまう。
司教が何度撃っても、何度でも防ぐ。
防ぐたびに、ゼロに近かった魔力が更に削られ、意識が朦朧としてくる。
それでもエリシアは死にたくなかった。
まだ自分の中に、残されているものがあるから。
「エリシアよ。もがき足掻いてどうするつもりだ? そうやって時間を稼いでも、なんにもならんだろう?」
国王が不思議そうに言う。
「私は……メイナード様が帰ってくるまで待つと約束したんです。あと半年もあります。それまで死ねません……!」
「愚かな。メイナードは貴様との婚約破棄を承知したと言っただろう」
「信じません」
「貴様のそれは信頼ではなく、そうであって欲しいという願望にすぎん」
そうかも知れない。
そうかも知れないけど、エリシアには、もう縋るものがないのだ。
何発の攻撃魔法に耐えたか分からなくなった頃、遠くから煙が見えた。エリシアの家がある方向だった。
「ま、さか……」
「当然だろう? お前が偽物だったなら、あの森を残しておく理由がない。ゴミは速やかに処理せねばな」
お母さんと暮らした森が。メイナードと過ごした森が。
燃えている。
エリシアの心を折るために火を放った。そう分かっていても、折れるものは折れる。
ここでエリシアが死ねば、偽聖女をでっち上げたのが司教と国王だったという証拠が消える。エリシアの死は、この二人を利する。そう分かっていても、これ以上は耐えられそうにない。
「ふん。確かに貴様とメイナードは醜い者同士、惹かれ合っていたかもしれん。だが貴様が偽の聖女と知り、騙されたと気づいたメイナードが、かつてと同じ気持ちを持ち続けるわけがなかろう?」
国王の言葉は、決定的に心を抉ってきた。
そうだった。自分は嘘つきだった。
この半年間の日々は、嘘の上に成り立っていた。それが暴かれた今、もはや約束もなにもない。
それでも、それでも、会いたい。
「メイナード様……」
炎が迫る。
今度こそ防げない。
自分は全身を焼かれて苦しんで死ぬのだ。
「させるかぁぁぁぁっ!」
と。そのとき。
雄叫びをあげて、エリシアの前に躍り出る人がいた。
剣に魔力を乗せて、火球を切り裂いてしまったではないか。
その声。白い髪。
間違えるわけがない。
「メイナード様!」
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