第4話 嘘つき……絶対に許さない4
ここは本来、美しい泉である。
しかし今は不気味な霧に覆われ、常人ならば近づいただけで気絶するような瘴気が渦巻いていた。
エリシアは両手を合わせ、目を閉じて集中する。
そして浄化魔法で瘴気を祓った。
たちどころに霧が晴れ、美しい風景が目の前に広がる。
「やはり聖女というのは凄いな……俺は逃げ出さないようにするので精一杯だった。なのにエリシアは……あんなに濃い瘴気を一瞬で消してしまった」
「メイナード様が隣にいてくれたから、私は安心して浄化魔法に集中できたんですよ」
実際、逃げ出さなかっただけ大したものだ。
エリシアが聖女認定を受けた直後は、ドラゴエルの兵士が何人か護衛としてついていた。が、瘴気に近づくと腰を抜かしてしまい、使い物にならない。だからエリシアはずっと一人で仕事をしていた。
それなのにドラゴエルは、神聖教団から聖女活動補助金とやらをもらっている。いい商売だ。
「メイナード様。帰りはエスコート、よろしくお願いしますね」
とはいえ、すでに瘴気を祓ったし、森にいたモンスターはあらかたエリシアが殲滅した。
案の定、森を抜けるまで戦う機会はなく、メイナードは物足りなそうな様子だった。
「おかげさまで今日の仕事は無事に終わりました。町に帰りましょう」
そう口にしたエリシアの視線の先には、こちらに
動く町は珍しい存在だ。
だが、こうして実在する。
精霊の力を使い、土地を浮遊させる、古代文明の技術。
もはや新しく作ることは不可能だが、残されたものを利用するのは今の人々にもできる。
ドラゴエルは現代に残された数少ない機動都市なのだ。
目の前まで来たドラゴエルの階段に、二人は飛び乗った。それを上って城門をくぐる。
門番は任務を終えて帰還したこちらに「お疲れさま」とも言わず、遠くを見つめるばかり。
黒髪のエリシアはともかく、メイナードまで無視するとは。どうやら竜王子は想像していたよりも嫌われているらしい。
歩きながらメイナードは肩をすくめる。
「まだ十七歳なのに真っ白な髪も、牙も、ウロコも、みんなには不気味で仕方ないんだよ。親でさえ俺を嫌っている」
「はあ……私は個性的で素敵だと思いますけどね」
「ありがとう。エリシアの黒くて長い髪も素敵だよ」
「ど、どうも……」
メイナードは先程よりもスマートに褒めてきた。その余裕のある笑顔を見て、エリシアは妙にそわそわしてしまう。照れ隠しに自分の髪をなでる。
城壁に沿って路地を進んでいくと、周辺の建物が貧相なものに変わっていく。
やがてなにもない荒れ地になり、その先に森が広がった。森の入口には平屋の小さな家がある。
「メイナード様。ここまでついて来ちゃいましたけど大丈夫ですか? 普通はあの森を怖がって近づきませんよ。黒髪の一族が外から持ち込んだ、怪しい植物が群生する邪悪な森だとか言って……」
「君を家まで送り届けるのが護衛の役目だと思っているから。それにしても、この国の人間は、リュミエット家が作ってきたポーションに助けられてきた。そのポーションの材料はあの森の薬草だろう? それを邪悪呼ばわりとは、おかしな話だ」
「私もおかしいと思いますが、こういうのは理屈じゃありませんからね」
「全くだな」
彼は自分の白髪を摘まむ。
エリシアは、竜王子に抱いていた親近感が間違いではなさそうだ、と安心しながら森に踏み入る。
すると木々の間を飛び交う、淡い光が見えた。
「これは、蛍か?」
「いえ。植物を司る精霊。アルラウネですよ」
「アルラウネ……この国に加護をもたらしているという?」
「ええ。この子たちのおかげで、この国はモンスターを寄せ付けませんし、近くに瘴気が現われたら移動して逃げることもできます」
「まさか精霊をこの目で見ることができるなんて……それにしても、この全てがアルラウネなのか?」
「はい。この子たちは沢山いますけど、みんなで一つの存在なんです。全にして一、一にして全、というやつですね。色んなところにいますけど、この場所が特にお気に入りらしく、人の目に見えるくらい集まってるんです。アルラウネ、今日もありがとう。みんなのおかげで、お仕事が無事に終わりました。これからもよろしくお願いします」
エリシアが感謝を述べると、無数の発光体が嬉しそうに点滅する。
「そうか。精霊の力でこの国は守られているんだもんな。俺も祈りを捧げるとしよう」
誰かと並んで精霊に祈るのは、母親が死んで以来だった。
そして今日会ったばかりなのに、メイナードに対する好感度は、母親に次ぐものになっていた。
その日から、エリシアが町の外に出るときはメイナードと一緒だった。
森で薬草を摘むのも、たまに手伝ってくれた。
一緒に精霊へ祈る。無事に暮らせることを感謝する。
そして色々なことを語り合った。
「俺の体はドラゴンに呪われてるんだよ」
「呪い、ですか」
「そう。エリシアの一族が来るより昔……この国はドラゴンに支配されていたらしい。ドラゴンは人々に生贄を求め、逆らうと口から火を吐いたり、建物を踏み潰したりと暴虐を繰り返した。けれど人々は立ち上がり、力を合わせてドラゴンを倒した。この国に平和が戻った。けれどドラゴンの恨みは消えなかった。だから、たまに俺のような体の者が生まれる。呪われた子として、俺は親からも疎まれたわけだ」
メイナードは袖をまくった。
思ったよりも筋肉質な腕だった。その皮膚のところどころからウロコが生えている。
「そうだったんですか。けれどメイナード様がなにかして呪われたならともかく、ドラゴンの逆恨みじゃないですか。それでメイナード様が疎まれるのは筋違いでは?」
「こういうのは理屈じゃない。そう言ったのは君だよ」
「なるほど。確かに」
二人は多くの時間を共有した。
エリシアは母親が死んだとき、自分の人生は半ば終わったと思っていた。しかし、生きるのも悪くないと思えてきた。この安らかな毎日がずっと続いて欲しいと願った。
ところがメイナードには不満があったらしい。
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