第3話 嘘つき……絶対に許さない3

 ある日。

 いつものように瘴気を浄化するため町の外に出た瞬間、声をかけられた。


「はじめまして、聖女エリシア。今日からあなたの護衛を引き受けるメイナードだ。あなたの婚約者の第一王子……いや、竜王子と言ったほうが通じるかな?」


 それはエリシアより少々年上の、十代後半の少年だった。

 若いのに老人のような白髪である。

 けれどスラリと背が高く、皮膚は艶やかで、表情にはハツラツとした自信があった。顔立ちも整っており、まるで絵本に出てくる美形の王子様だ。


 エリシアは失望を禁じ得なかった。

 噂になるほどの不細工じゃなかったのか。

 黒髪の一族である自分がこんな美少年と並んで歩くなんて、逆に惨めになってくる。

 これは王族から自分に対する嫌がらせじゃないのかと真剣に思った。


「……どうしたんだ? 返事をしてくれないと困る。なぜ大きなため息をついたんだ? やはり、この白髪が気になるのか? それとも犬歯か? いや、ウロコが見えてしまったか……」


 王子は急に不安をありありと浮かべた。

 言われてみると、彼の犬歯は牙のようだし、袖や首筋から見える皮膚の一部が爬虫類のウロコのようになっていた。

 しかし、それがどうしたというのか。

 彼が美形であるのは変わらない。


「失礼しました。竜王子という渾名からして、どんな人相の化物が来るかと楽しみにしていたんです。なのに綺麗な顔立ちだったので拍子抜けしてしまって」


 エリシアが悪びれずそう答えると、王子はポカンとする。


「本当に失礼なことを言うね。いや褒められているのか……?」


「まあ、どちらかと言えば褒めてますね。実のところ、かなり好みの顔です、王子様」


 嘘ではない。

 エリシアも年頃の娘ゆえ異性の好みくらいあるし、それは世間一般の基準からさほどズレていないはずだった。

 ところが――。


「そうか。好みの顔か。初めて言われたよ。君は面白い人だな、聖女エリシア」


 彼は頬を少し朱に染め、実に嬉しそうに呟いた。

 そのあどけない様子を見て、エリシアまで赤面しそうになった。


「白状すると、俺も同じ感想を持ったよ。忌まわしい黒髪の一族だなんて言われているけど、艶やかで美しい黒じゃないか。それに顔立ちも、かなり綺麗だと思う。いや、かなりと言うか……凄く?」


 精一杯の勇気を振り絞って白状したという様子だった。

 何気なく伝えたエリシアが軽率に思えてきた。

 恥ずかしい。

 いや、一番恥ずかしいのは、やはり綺麗と言ってもらえたことだ。顔と、それから一族の黒髪を。お母さんと同じ黒髪を、艶やかで美しいと。

 お世辞でもそう言ってくれたのは、この王子が初めてだった。


「ありがとう……ございます。王子は女性を口説き慣れているのでしょうか……?」


「まさか! 不慣れもいいところ。君になんと声をかけようか凄く悩んだんだ。沈黙が返ってきて本気で不安だったよ」


「そうですか……不安にさせてしまい申し訳ありません。私も不慣れなものでして」


「そう言ってくれると安心できるな。気を遣わせて済まない、聖女エリシア」


 彼が「聖女」と口にするたび、胸の奥になにかが引っかかるような感覚があった。

 なにせ本当は聖女ではないのだ。

 嘘つき、と言われている気分になる。


「王子。私たちは婚約者らしいので、いちいち聖女とつけるのはやめませんか?」


「分かった。なら君も俺を王子と呼ぶのをやめて、名前で呼んでくれ、エリシア」


「……分かりました。メイナード様」


 聖女、と呼ばせないのもまた、言い逃れしているようで後ろめたい。

 どう足掻こうと、罪悪感は消えないのだ。

 なにせ嘘をついているのは確かなのだから。


 モヤモヤしたものを抱えながら、エリシアはメイナードと共に歩く。

 目的地は、泉。

 そこに瘴気がたまり、モンスターの発生源になってしまったのだ。


 泉が近づくにつれ、モンスターの遠吠えも近くなっていく。

 そして森を進んでいると、大木の影から、イノシシ型のモンスターが飛び出してきた。目線の位置がエリシアの倍くらい高い。大型犬も丸呑みにできそうなほど巨大なイノシシだった。


「ここは俺に任せろ!」


 と、メイナードが腰の剣に手をかけた。

 しかし、エリシアはすでに精霊に祈りを捧げ、魔法を実行していた。

 地面から蔓植物が幾本も生え、触手のようにイノシシに巻き付く。一つ一つが人の腕よりも太い。それが全身を締め付けるのだから、モンスターといえどひとたまりもなかった。

 骨が砕ける音を響かせながら、イノシシは地面に崩れ落ち、そのまま動かなくなる。


「話には聞いていたが……なんというか……強いな……」


「私、回復魔法と浄化魔法と防御魔法を得意としていますが、精霊に呼びかけて植物を操るのも得意なんです」


「今まで護衛を必要としなかった理由が分かったよ」


 そこから先もエリシアは、現われたモンスターを植物の触手で薙ぎ払い、あるいは食虫植物を召喚して食わせ、あるいは毒鱗粉で溶かす。


「……俺は、かなり鍛えているほうだと思っていた。剣技も魔法も、国で一番だと自惚れていた。だが君と戦ったら、一分も保たないだろうな」


「ご謙遜を。メイナード様の噂は聞いています。風貌だけでなく、その実力も竜の如し、と。ぜひ拝見したいものです」


「その噂を囁いている連中は、遠回しに俺を化物と言いたいのだろう。いや、遠回しではなく率直か」


「私にそんなつもりはありませんよ。むしろ『黒髪の一族』としては、竜王子に親近感さえ抱いていたくらいです」


「そうか。実は、俺も同じことを考えていたんだ」


「私たち。案外、上手くやって行けそうですね」


 エリシアは舞い上がっていると自覚しつつも、そう言ってみたくなった。

 すると向こうもまんざらではないようで、嬉しそうに頷いてくれた。


「よし、次は俺がモンスターを倒すぞ。実力を見せてやろう――」


「え」


 せっかくメイナードが張り切っているのに、エリシアはいつもの癖で現われたモンスターを瞬殺してしまった。


「ご、ごめんなさい。なにせ護衛がつくなんて久しぶりで……」


「いや……いいんだ。君に怪我がないのが一番だ」


 結局、竜王子の実力を見る前に、目的地に到着してしまった。

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