第5話

 事件は、正午に起こった。


 最近SNSで話題には上がっていたのだが、コスプレイベントで有名なコスプレイヤーを狙った爆弾魔の爆破予告が相次いでいた。

 愉快犯によるものと推測され、予告がSNSで度々上がっても実際に事件が起こったことは今日こんにちまで一度もなかった。


 なかったから——油断していた。


 ***


 羽衣の所属するコスプレイヤーサークルのパフォーマンス披露が始まったときにそれは起こった。


 羽衣演じる『プリュム』がセンターでソロパートのダンスを踊り始めた瞬間、何かが爆ぜる音が会場ステージに轟いた。

 その音の正体は爆竹だった。爆竹特有の破裂音に会場周辺にいたひとたちが一斉に耳を塞ぐ。少量の煙の中、俺は早急に羽衣の存在を確かめた。彼女は他のメンバーと一足早く一緒にステージ上から脱していたようで、俺の姿を見かけると小走りになって駆け寄ってきた。

 よほど恐かったのだろう、羽衣の顔面は蒼白だった。俺は「大丈夫だ」と彼女を安心させるようにして肩を摩った。

 会場にいた誰かが警察に連絡を入れてくれたらしく、犯人はすぐに捕まった。連続爆弾魔としてマークされていた人物だったらしい。犯人が逮捕されて一同は安堵の息を吐いた。けれど、吐き切れない者も、いた。


「——こんなところで何をしている、羽衣、悠」


 これが地獄の始まりだった。


 ***


 どうやらその日、偶然、父さんが会場付近の交番に仕事の都合で寄っていたらしく、ちょうどそのときにこのイベント会場で破裂音があったという通報が入ったようだ。父さんも交番の警察官たちと同行して犯人を逮捕したところに俺と羽衣がいた、というのが今回のあらましである。


 事件後、俺たちは親子三人で帰宅した。母さんが「あら! みんなで帰ってきたの?」と嬉々として夕飯の支度をしていたのが心苦しかった。俺たちがそそくさと自分の部屋に戻ろうとしたとき、背後から「夕飯の後、話をしよう」と父さんが言った。

 そのときの俺と羽衣の顔色は最悪だったに違いない。

 夕飯を終えると父さんが母さんと俺たちをリビングに留めた。俺たちは今から父さんの口から告げられることの予測ができていた。母さんは一体なんなのだろうと首を傾げている。テーブルの上にそれぞれのお茶が置かれたとき、父さんの重い口が開いた。俺も羽衣も、緊張から手の震えが止まらなかった。


「どうしてあんなことをしていたんだ、羽衣」

「……あんなことって?」

「分かっているだろう。コスプレのことだ」


 俺は純粋に驚いていた。まさか父さんの口から『コスプレ』という単語が出るなんて。羽衣も同じことを思ったようで目を見開いて驚いていた。母さんは疑問符を頭の上に浮かべている。そういうのに疎いひとなのだ。


「もうすぐ大学受験を控えているというのに、あのようなことにうつつを抜かすなど……」

「……抜かして、なんか……」


 父さんは俯きながら溜め息交じりに発した。


「……あのとき、アニメを許したのがいけなかったのか……」


 その言葉は、羽衣の心を酷いくらいにえぐった。


 羽衣はショックのあまりに何事かを叫んで、かと思えば感情に任せて勢いのままに自分の部屋に戻って行ってしまった。


「……あなた、言い過ぎよ」


 ここで母さんが初めて父さんを制した。父さんはたった今羽衣に対して失言したことに気がついたのか眉間をハの字にした。羽衣の過去を知っているはずなのに、父さんは羽衣の地雷を踏んだのだ。


「……知っていたはずなのに……」


 俺の独り言が届いたのか、父さんは黙ったまま俺を見た。


「……なんで? 知ってたはずなのに、なんであんなこと言ったんだよ」


 なんの反応も示さない父さんに苛立って、俺はこの間のイベントで撮影した羽衣の『プリュム』として活動しているときの写真を父さんに見せる。


「羽衣は羽衣なりに、覚悟持ってこういう活動してんだよ。それを父さんは否定したんだよ」

「……それは……」

「ちゃんと羽衣が自分らしく輝いてるところ、見てよ」


 父さんの言葉を遮るようにして思いをぶつける。普段とは違う俺を見て父さんも母さんも驚いた顔をした。それもそうだ。俺が羽衣を庇っているなんて、今すぐこの家が爆発して大破するくらいありえないことだろうから。


 さて、同盟相手である羽衣のことを放っておけないと、俺は彼女の部屋へ向かおうと席を立った。瞬間、玄関の方からドアの開く音が聞こえた。


(あいつ、外に出たのか⁉)


 時刻はすでに夜の八時を回っている。高校生が出歩くのにはまだ補導されるような時間ではないが、夜に女性がひとり出歩くのは危険だ。俺は急いで彼女を追いかけようとリビングを出ようとした。


「悠くん」


 母さんが俺を呼び止める。母さんの目は真っ直ぐ俺の姿を捉えていた。


「羽衣ちゃんのこと、お願いね」


 その言葉は優しさに溢れていた。

 俺は大きく頷いて羽衣を追いかけるため、リビングを後にした。

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