ずっと親友ポジだった女友達に....

紫煙

第1話 それが恋ってこと

「ん、んぐ......カギどこぉ?」


——今でもあの日の光景は忘れることはない。


 夕暮れで赤々と照らされたあの日のことを。


 あれは小学校一年生の夏だ。


―――――――――

 当然のように生徒はいなくなり、教室の窓からさっきまで聞こえていたはずの遊び声もどこかへ消えていったそんな夕暮れ。

 俺は何度も机をひっくり返して鍵を探していた。


 その日は、両親ともに家にいないという珍しい日、家を出るときには鍵の確認を母親ともしたし、帰りにだって確認した記憶がある。それなのに家まで帰って玄関の前で、いざ鍵を取り出そうとポケットに何回手を入れても一向に鍵は出てこなかった。


 焦って玄関の前でランドセルをぶちまけても、出てくるのは絵日記に筆箱と、いつもと変わらないようなものばかり。

 丸まった二週間くらい前のクラス通信のプリントなんて今はなんの意味もない。


——まずい。


 本格的にそう思った俺は学校に帰って鍵を探したのだ。

 ランドセルはうちの玄関に置き去りにして。


 今思えば防犯もクソもない危険な行いだったのだが、その時の俺はそうした。

 幸い、学校に侵入できる道を知っていたおかげで教師にはバレず、華々しい侵入に心は少しばかり踊ったのだが。


「ない! ないぃ.....」

 待てど暮らせど見つからない鍵にいよいよ緩みかけていた涙腺が決壊しかけた。

 その時だ。


「ねぇ、何してんの?」

「え?」


 聞きなれない言葉に振り向けば、


「ねぇ?」

「だれ?」


 名前のわからない半袖短パンの男の子が一人。

 自分と何となくおんなじ感じのするその子にそう聞けば

 

「のざきれいなだよ」

「きみは?」

「えっとぼくは.......」


——そう、これが野崎怜奈のざきれいなと俺の出会いだった。


ちなみに鍵はランドセルのポケットの中に入っていたのはいまだに忘れない。

―――

——


——とまぁ、なぜこんな回想にふけっているかといえば、


「ねえ! 陽葵ひなた! 宿題みせて!」

「だぁ! 怜奈やめろ!」

「ねぇ陽葵!いいじゃん!」

 俺の腕をしっかりと両手で抱きかかえ、全力で課題のノートを持つ腕を引っ張るこいつが野崎怜奈その人であるからだ。


 普通の男に比べれば大分高いソプラノの声。姉のモノなのか、僅かに香る香水の甘い匂い。それでいて男にしては柔らかい腕に華奢な指。

 

 どれだけこいつの特徴を拾ってみても男らしさがあるのは口調ぐらい。


 そう、以上のことが告げるのはただ一つ。


「ちょっと怜奈! いくら陽葵君でもイチャイチャしすぎ!」

「そうだぞー。 女の子なんだし!」

 怜奈の仲良しな子たちが告げる言葉こそが隠すことのできない真実。

 小1からの親友の野崎怜奈は女だったのだ。

 

「大丈夫! 陽葵とは昔っからだから」

「怜奈、おまえな」

「あ! ノートゲット!」

「ちょ、馬鹿!おい!」

 わずかに力が抜けた隙を一閃。

 素早く動かされた双腕は俺の手元からノートを奪い去っていった。

 

「えへへ! 昼にはかえすよー」

「おい! 馬鹿怜奈!」

 少し離れた自分の席に戻りこちらに自慢気にノートをフリフリ振って見せる姿にそう返せばむっとした顔になり、


「うっさい馬鹿陽葵! この前の課題の借り返せよ!」

「んぐっ!」

 そう、得意げに言ってくる。

 この前の借り。 間違いなくそれは化学のレポートのことを言っているんだろうが、

「あれ、間違ってたじゃねぇか!!」

「そんなのしらないよーだ!」

 めちゃくちゃ間違ってて、そのせいで丸パクリなのを化学科の唐沢に完全に見抜かれてしまった。

 そのせいで丸パクリのペナルティに間違ってたおまけがついて一週間準備室清掃をさせられたのは記憶に新しい。

 てか別学年の小テストの採点とかもやらされたけど、よくよく考えたらまずいだろ。普通に。

 お茶とお菓子でおとなしく買収されといたけど。


 とまぁ、そんなことは置いといて。

 今回に至っては締め切りが十時までなんだが、これじゃ俺も遅れじゃねぇか。

 ただまぁ、なんとも腐れ縁なのでそれを許容してしまってる節があるのだが、


「おい! 陽葵!ここ違うぞ!」

「うっせぇばーか!」

「馬鹿っていう方が馬鹿なんだぞ!」

「......怜奈、あんたも間違ってるから」

「マジ!?」


 とんでもなく馬鹿だわやっぱり。

 でもまぁ。なんだかんだこいつは間違いなく俺の親友なんだろう。


 文句を一ついうなら。

 朝学活の時間に内職して没収されてるのは馬鹿に違いない。


——って俺のノートもか!?

―――

――


「ねぇー、だからごめんって!」

「うるせぇばか」

「もう、わるかったって。 ほら唐揚げあげるから」

 そういって手元の弁当から綺麗なきつね色の唐揚げを箸でつまみ、俺の鼻先にあててくるが

「唐揚げとノートじゃ価値が違うだろ」

「えぇー」

 ノートを失った悲しみはこんなことでは癒えん。

 

 よりによって提出科目の教師が担任でホームルームから内職するかね。

 なぜか朝学活の後に俺まで呼び出しを喰らい放課後に召集命令。


——解せん。


「もういいよ。 じぶんで食べるから」

「それは許さん」

 すでに俺にそいつの所有権はある。

 摘ままれたそいつを素早く素手で摘まんで口に頬り込めば、だいぶ軽くなった箸は怜奈の口へ。


「あっ....」

「ふっ」

「あああああ!!!!」

 目の前では突如奇声を上げる危険人物には触れず、自分の弁当に箸を落とせば、


「な、ない」

 箸の向かう先にあったはずのアスパラベーコンがない。

 いや、訂正するなら怪しい奴が一名。目の前に


「ふごふご.....んっ。 相変わらずお母さん料理ウマいね!」

「はけー! 今すぐ戻せ―!」

「いいんか! いいんか吐いて!」

 ほっぺを引っ張れば対抗するように、あーっと口を開いて見せる怜奈。

 もはや女とは呼べずあきれるしかなかった。


「はぁ」

——はやく弁当食って寝よ。

 昨日夜更かししすぎたな。

 そういえば寝たのがもはや今日だったことを思い出していたら


「いへっ?!」

 突如として引っ張られる頬。

 なんだなんだと視線を起こせば、ふくれっ面の怜奈。


「唐揚げ返せ!」

「はぁあ!!?」

 食い物の恨みとは恐ろしいものだ。


――――

——


「はぁ、怜奈のせいでひでぇ目にあった」

「いや、役得だろ?」

「は!? 何言ってんだよ達也」

 放課後の、地獄の50分一本勝負の説教を耐え抜き向かったバイト先の本屋。

 帰り、たまたまシフトが一緒だったクラスメイトの諸星達也に愚痴をこぼせば帰ってきたのは完全に虚を突くような言葉。


「お前マジで言ってんのか一ノ瀬陽葵」

「いや、なんでフルネーム?」

 信じられないみたいな顔で見てくる達也だが、こっちも信じられない。

 達也とは高校入学から関り、二年になった今でも親交のある友人だ。おそらく達也だってそう思っているだろう。

 今日だって朝、俺の名前を呼んで挨拶をしてくれた。   


——じゃあ、なんでフルネーム?


「お前、本当にわかってねぇのか陽葵?」

「は?」

 どうやら今度は名前で呼んでくれるらしい。


「野崎さん、学校でもかなりモテるんだぞ。」

「は? あの馬鹿怜奈が!?」

——おいおい、エープリルフールははるか前だぞ。

 思わずそう返そうと思ったが、達也の顔はマジだ。

 それこそ、定期試験の朝よりもマジな顔になっている。


「お前本当に知らないのか?」

「なにが?」

「野崎さん。 めちゃくちゃ告られてるって」


——怜奈が告られる? モテるに続いて告られる?


「はははっ!!! 達也! 冗談きついって!! 怜奈が告られる? あの男女が!? はー、達也じょーだんきつっ!!」

 思わずあの馬鹿怜奈が告られてる姿が浮かぶが、あまりにもありえない光景過ぎて笑えて来てしまった。

 ただ、どこか頭にもやがかかったような気がしたが。


「陽葵,,,,,よく思い出してみろ。 野崎さんの顏とか」

「ん?」

「まず髪型、顔つき、あと性格とか...」

「はぁ」

 俺が笑っていたにも関わらず、ずいっと距離を詰めて俺の肩を掴み諭すように言ってくるその言葉に俺は仕方なく合わせることにした。

 てか、男に両肩つかまれるのはなかなか来るものがある。

 キモイ的な方で。


「まずは髪型だ」

——髪型ねぇ。

 小学校の時はかなりの短髪。 それが中学でロングになって、今は女で言うショートヘアだったか。

 アップバンクな感じがしたいとかでたまに俺のワックス取られるし。


「思い出せたか?」

「おう。 まぁ基本毎日見てるし」

「よし、次は顔だ」

——顔か.....顔

 少しきつめの目つきで、眉毛とかしゅっとしてて、意外とまつ毛が長くて.....

「よくわからん?」

「じゃあ、この子とどっちがかわいい?」

「あ?」

 そういって見せてきたのは、芸能人だか知らんが女の子の写真。

 いや、そりゃ、芸能人の方が、方が。


「,,,,,,,,怜奈で」

「なるほど。 目は腐ってなかったか」

「なんだと?」

「次! 性格!」


——こいつ

——にしても性格か

 男勝りで、馬鹿で、毎朝起こしに来るし、休みの日は家でだらけてるし。

 あ、でも女子には人気で、豪快なくせにたまに女っぽくって、

 あれ?


「気づいたか?」

「い、いや。 なんも」

——いやいやねぇって、マジで。

 だって怜奈だぞ。 そんな普通の女子みたいな。


「野崎さん。 美人だろ?」

「いや、いやいや!! だってあいつ男みたいな」

「それをするのはお前だけだ!」

「へ?」

 したり顔で言う達也に全力でカウンターをくらわそうと思えばまさかの一撃が、


「そんなバカな」

「よく思い出せ。 おまえ以外とあんなことしてるか?」

「そ、そりゃ.....」


——小学校も五年くらいまでは結構やんちゃだったけど、中学校は確かにおとなしかったような。

 それこそ、男みたいだったのは朝と放課後や休みぐらいだった気もしなくはない。

 いや、今は! 今はどうだ。


「俺の知る限り、陽葵! おまえだけだ!」

「んな、馬鹿な」

——いや、でもそうかもしれない。

 口とは裏腹にそう思えてしまう。

「で、でもなんで?」

「いや、だって.......」

「ん?」

「お前、野崎さん好きじゃん。 割り込めんわ。 あんなの」

「は? 俺が怜奈を?」


——怜奈を俺が好き?


「あと野崎さんも」


——いやいや、あの馬鹿怜奈を? 俺が?

——いやいやいや


「はぁあああああああ!!!!!!???????」

「うわ!? うっさ!」

「いや、マジちげーから! 何勘違いしてんだよ!」


 本当にこいつ何言ってんだ。 俺が怜奈を好きなわけねぇじゃん!

 あれか、友情的なほうか!


「いや、どう見てもだろ」

「それは腐れ縁で」

「じゃあ、じゃあお前は野崎さんが誰かと飯食ったり、誰かと一緒に帰ったり、誰かと腕組んでても平気なわけ?」

「は?」

 あきれたような声で俺にそう聞いてくる達也に俺の方こそあきれてしまう。

 怜奈が誰かと付き合う?

 いや、そんなわけないし別に。


——あれ?

 なんか落ち着かないっていうか。


「おまえらが仲いいのは知ってるけど、その相手が全部別の男になってもいいのかよ!」

「全部?」

「ああ」

 達也の言葉を反芻して徐々に脳にしみこませていく。

 朝起こしに来ることもなければ、一日中ゲームもすることなく、体育で一緒のなることもなければ、応援がもなくなって。

 一緒に飯を囲むのも、買い物行くのも全部別の誰かで...


「いや、ねーだろ」


 傷む思考の中でどうにかひねり出した言葉だったが、


「陽葵。 認めろ。 顔色わりぃぞ」


 達也の無情な一言で打ち砕かれる。

 嫌だった。想像したらすごく嫌で、悲しくて、虚しくなった。

 何よりもずっと一緒にいた怜奈がいなくなるのが凄く嫌だった。


「陽葵。 おまえは野崎さんが好きなんだよ」


 達也の言葉はさっきまでの詰めるような言い方ではなく、まるで後輩に言い聞かせるようなそんな言い方で


「俺は怜奈がすきなんだ」


 やけにすっきりと俺の言葉を引き出して見せた。


「まぁ頑張れよ」

「ああ」


 俺の言葉に満足したように笑ってサムズアップを決める達也に男ながら来るものがあったが、そのまま駆け足で離れていく。

「んじゃ、俺帰るわ。」


 帰り道が一緒の達也にしては珍しい行い。


「え? ちょっ...って俺の家?」


 そういって手を挙げてかけておく達也に思わず声を掛けるが思考の渦から浮上した視界の端に映る見慣れた我が家に驚きが隠せない。

 どうやら相当話に夢中になっていたらしい。


——俺どうすんだよ! これから


「ただいまぁ!」

 もはや慣れた手つきで玄関のドアを開ければ見慣れた靴。

——まさかな。


「おかえりぃ」

「おかえり陽葵」

「お兄おそ!」

 最初に帰ってきた挨拶には覚えがある。

 いやすべてに覚えはあるのだが。

「怜奈、なんで」

「いや、悪いことしたなと思って帰りよったら、陽葵バイトで、ごはん一緒にって」


 大方わかった。というかうちの家族のことだからもはやすべてわかったのだが、


——自覚した瞬間にうちにいるのはしんどいって!


 嫌に心臓が激しく動くのがわかる、顔も赤くなってるのか熱く感じるし


「陽葵? 顔紅いよ? お疲れ?」


 ずいっと距離を詰めてくる。別にいつもこんな感じだったのにどうして。


「わ、悪い! 着替えてくるな!」

「あ、ちょ! 陽葵! ちゃんと靴そろえなよ!」

 乱暴に脱ぎ捨てた靴の文句を言われるが今はそれどころじゃない。

 一気に階段を駆け上がり五、六畳の自室に入り扉を閉める。

 普段はしない鍵を後ろ手にかけて、扉に寄りかかれば一つ大きく息を吐く。


「あと少し」

 どうにか抑えていかないと。この動機も顔も。


 口角が垂れてるのも、心臓が嫌にうるさいのも、顔が熱いのも、膝が笑ってるのも全部わかってる。


——どうやら俺は本気で怜奈が好きなようだ


 何もないはずの今日、俺は、

 一ノ瀬陽葵いちのせひなたは、恋に気づいた。


 

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