もっと楽しい野外実習

 クロイたちは日が出始める頃に出発したが、すっかり日が昇り切る頃になっても、まだ異変は起きていなかった。

 クロイは森の中に少し開けた場所を見つけると、残る二人に声をかけた。


「そろそろお昼だね。一度そこで休憩にしようか」

「そうだね。朝から歩き詰めだし、エマももう限界みたい」

「私、もうすっかりくたくただよー……」


 まだ歩き始めて数時間だが、エマは既に息も絶え絶えと言った様子だ。無理もない、とクロイは思う。森林の中を歩くのは、整備された街道を歩くのとは勝手が違う。整備されていない分歩きづらいし、魔物などが近寄って来ていないか常に注意しながら歩かなければならない。慣れていおらず、普段訓練や運動もあまりしていないとなれば、すぐに息が上がって当然とすら言えた。むしろ、ここまで弱音を吐かずに着いてきているだけ、頑張っている方だろう。


「お疲れ様。そこに丁度いい木の根があるから、しばらく座って休もう。……アヤはまだあんまり疲れてないみたいだね?」

「うむ。足腰は鍛えているから、まだ平気だ。でも、喉は少し渇いたかな」

「そうだね、水分補給はした方がいい。じゃあ2人とも、カップを渡してくれる? 水いれるよ」

「よろしくお願いします、クロイくん」

「お言葉に甘えて」


 エマとアヤからカップを受け取ると、クロイはさっと一節詠唱ワンワードを唱える。


「【水球アクフィア】」


 空中に出現した拳ほど大きさの水の球。それがコップに落ち、普通に注いだ水のように容器の中を満たす。その作業をそれぞれのコップに行い、各自の飲み水を用意する。


「はい、どうぞ」

「わーい、ありがとー!」

「感謝する」

「どういたしまして。お代わりも遠慮なく言ってね」


 そんなやり取りをしながら腰を下ろし、ゆったりと水を喉に流し込む。


「んー、おいしい! 疲れた身体に水が染み渡るよ〜」

「こんな一節詠唱ワンワードもあるんだ。便利だね」

「この手の魔法は便利だし、いくつか覚えておくといいよ。余計な荷物も減らせるし、いざという時にも飲み水に困らない」


 事実、今回の実習では飲み水はほとんど持ってきていない。エマとアヤには緊急用に少量だけ持たせているが、基本的にはクロイが魔法で生成する水でこと足りる。このように、魔法で代えが利く部分は荷物を減らし、出来るだけ身軽にしていくのが魔法使い的野外活動のコツだった。


「でもクロイくん、魔力切れは大丈夫なの? みんなの分をひとりで作ってたら、結構魔力使っちゃわない?」

「慣れれば魔力消費は少ない魔法だし、俺は魔力量には余裕あるから全然問題ないよ。一応、みんながこの魔法を使えて、自分の分は自分で出せるのが理想ではあるけどね」


 クロイの場合、魔力量は余裕があるどころか、事実上無尽蔵に近い。しかしそれを差し引いても、【水球アクフィア】の消費魔力が小さいのは事実だ。大抵の場合、その程度の魔力を温存するメリットよりも、荷物の水の重量が増え、それによる疲労が増すデメリットの方が大きい。そのため、特に今回のような魔法使いだけのパーティーでは、飲み水は持ち歩かないのが基本だ。


「それに、普通一晩も休めば、魔力はほとんど回復するしね。緊急時の戦闘用にいくらかは残しとかなきゃだけど、変に余らすくらいならこういうところに使った方が効率はいい」

「言われてみれば、それもそうか……。うん、たしかに戦闘用だけでなく、こういう魔法も覚えていかなきゃだな」


 クロイの言葉にアヤが感心したように頷き、言葉を続ける。


「よければクロイ、今度教えてくれないか?」

「あっ、私も私も!」

「もちろんいいよ。今度、こういう魔法をいくつか練習しようか」


 3人はそんな会話をしながら、水を飲み、携帯食糧を口に入れていく。木々の切れ間から差し込む陽光は穏やかに、明るく彼らを照らしている。森は静かで、時折鳥の鳴き声が聞こえる他には、大きな物音も聞こえない。それは課題の最中であることや暗殺計画の件を忘れ、ピクニックにでも来ているのかと錯覚しかけるような時間だった。

 ひと通り休んだところで、エマが立ち上がる。


「うん、飲んで食べたら元気出た!」

「よし、じゃあ出発しようか。アヤも大丈夫?」

「もちろん、いつでも大丈夫だ」


 3人は声をかけ合い、再び北方にあるチェックポイントに向かって歩き始める。しかし、歩き始めてしばらくしたところで、クロイが鋭い声を発した。


「……待て。2人とも足を止めて。……アヤ、あの辺に何があるか見える?」

「あの地面の辺りか? 特に何も見えないけど……」


 クロイの言葉に従い指し示す方向を見るものの、アヤには普通の地面にしか見えなかった。


「落ち着いてじっくり見てみて。少し地面の色が変わっている部分がある。エマさんはどう?」

「うーんそういわれても……あっ、あの足跡みたいなの?」

「……本当だ。消えかかっているが、わずかに獣の足跡みたいなのがあるな。歩きながらよく気がついたな」


 エマとアヤの言葉に、クロイは頷く。


「そう、魔物の足跡だ。よかったね、アヤ。ちょうど良く、魔物狩りに挑戦できそうだよ」


 今夜は肉にありつけそうだ。そう考えながら、クロイはほくそ笑んだ。

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