楽しい野外実習

 校外実習はアマルジェイル大森林という場所で開始された。アマルジェイル大森林は王国の北東に大きく広がる大森林で、トリコンコルディア魔法学校からは遠く離れた位置にある。ただし転移門ゲートで飛べば一瞬で着くため、物理的に離れた場所にある点は問題にはならない。


「問題は結界の外に出てるってとこだよな……」


 クロイは口の中で呟く。アマルジェイル大森林は北方の深部に踏み入るほど、道の険しさも魔物の危険度も跳ね上がる場所だ。しかし、実習で使うのは森林の南部、極々浅い部分だけだ。素人に毛が生えた程度の冒険者でも、よく利用するような場所だ。この辺りは強力な魔物も出てこないし、大きな危険はない。


「うわぁ、結構迫力あるね……」

「わかってはいたが……本当に森の真っ只中だな、ここは」


 鬱蒼と繁る木々の囲まれ、にわかに不安になったのだろう。足を止めたエマとアヤが心細そうな声を出す。そんな2人に、クロイは明るい声で答えた。


「大丈夫だよ、この辺なら危険な魔物もほとんど出ないから。過剰に怖がる必要はない。野外だから周囲への警戒は怠っちゃダメだけどね」


 クロイの口調は明るいが、内心では全く油断していない。話しながら周囲の気配を探り、特に変な気配がないことを確かめる。空の明るさ、木の陰、土の色。少しでも違和感がないか、密かに周囲を探り続ける。


「なんか元気だね、クロイくん」

「場馴れしてるな……まあ、今は頼もしいか」


 そんなクロイの内心には気付かず、エマとアヤは肩の力を抜く。まだ少し表情は固いが、おおむね緊張は解けたようだ。


「少し落ち着いた? 大丈夫そうなら、少しずつでも先に進もう」

「うん、大丈夫!」

「そうだね。チェックポイントまで結構距離がある。日が落ちる前に進めるだけ進んでおこう」


 エマとアヤが頷くのを確認して、クロイはまた歩き始める。

 野外実習では課題がある。今回の課題は、時間内に森の中に設置されたチェックポイントに行き、また森の入口まで帰ってくることだ。与えられた期間は二日。明日の日没までに戻らなければ、課題を完全に達成したことにはならない。

 ただし、必ずしも完全達成にこだわる必要はない。チェックポイント到達や、途中の魔物討伐なども加点要素になる。期限までに戻れなかった場合も、教師陣が迎えに行くことになっている。また、期限前でも緊急時には信号弾を撃って知らせればリタイアでき、教師に迎えに来てもらうことができる。


「期限を考えると、今日はチェックポイントの手前辺りまで進めればいいかな。今日は暗くなる前に野営の準備を始めるから、少し動ける距離は短くなる。でも明日の朝方チェックポイントに着けば、日没までには余裕をもって帰って来れるよ」

「なるほど、今日無理にチェックポイントまで行く必要もないか……。うん、わかったよ」

「よーし、がんばるぞー!」


 クロイたちが話しながら進む中、他の生徒たちが急いで先に進む様子も、時々遠目に見えた。今回の野外実習はクラス合同で行われており、一学年の生徒全員が参加、それぞれが3〜5人程度の班に分かれて行動している。


「結構急いでる人も多いみたいだね」

「無理に急ぐと体力を消費するし、注意も散漫になる。時間的には余裕がある設定だし、俺たちは焦らず行こう」

「うん、そうだね!」


 エマの呟きに答えつつ、クロイは魔力反応を探る。進みが速いのは、主に特選クラスの貴族たちだ。彼らは自分の力に自信があるし、それを誇示しようとする者も多い。そのためか、かなり無茶なペースで進んでいる班もある。

 そんな中、シルビアとそのお付きの生徒たちの班は、無理なく快調なペースで進んでいるようだ。このペースのまま進めば、今夜はチェックポイントを少し折り返した辺りで野営することになるだろう。こちらもチェックポイント手前で止まるペースで進めば、それほど距離をあけずに夜を過ごすことができる。


「今のところ不審な動きは見えない。何かあるとすれば、夜の可能性は高いか……」


 今も使い魔によるシルビアの監視は続けている。とはいえ、シルビアの魔法の実力は本物だ。この辺の魔物に遅れを取るとは通常考えられないし、並の刺客では正面から挑んでも歯が立たないだろう。あるとすれば、夜陰に乗じた不意を突く襲撃。これが最もありえそうな暗殺計画だ。


「ただ、なーんかひっかかるんだよなー……」


 ダグラスにかけられていた魔法の件もある。なにかもっと大掛かりな計画が動いている。クロイにはそんな気がしてならなかった。


「せっかくの実習だし、少し魔物も狩ってみたいな。上手く出会えればいいけど」

「ええー、そう? わたし、ちゃんと戦えるかなー……?」


 楽しそうに話すアヤとエマを横目で見ながら、クロイは呟く。


「このまま何事もなければ、それが一番いいんだけど……」


 北の方で、カア、とカラスの鳴く声がした。

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