一触即発
トリコンコルディア魔法学校に入学してはや数日。クロイたち魔法学生の日々は、忙しく過ぎていた。
「はー、やっと終わったー! 歴史の授業は長く感じるよ……」
「本当にね。あれ、次の授業なんだっけ?」
「実践魔法学だよ。中庭集合だって」
「やった、実習授業だ!」
そんな会話を交わしつつ、次の授業に向かうクロイたち。中庭に出ると、赤いローブに身を包んだ一団が目に入った。特選クラスの生徒たちだ。
「ハッ、何で俺たちがこんな庶民どもと一緒に授業を受けなきゃいけないんだぁ? なあ、お前もそう思うだろ?」
「まったくまったく、ダグラス様のおっしゃる通りで……おい、精々邪魔すんじゃねーぞ雑魚ども!」
特に騒いでいるのは、ダグラスとその取り巻きたちだ。この数日で見慣れたとはいえ、見ていてあまりいい気分はしない光景だ。
「あー、今日は特選クラスとの合同実習だったか……」
「またあの人たち、特選クラスだからって威張っちゃって。……絶対クロイくんの方がすごいのに」
ぼそっと漏らしたエマの呟きに、ダグラスが大きく反応した。
「ああん!? そこっ、今なんか言ったかっ!?」
「……なんでもないよ、ダグラス」
咄嗟にエマを後ろに庇いつつ、クロイが前に進み出る。しかし、結果から言えばこの行動は逆効果だった。ダグラスはますます顔を赤くし、クロイに詰め寄る。
「おーおーおーおーっ! 誰かと思えば、まぐれで運良く入学できた誰かさんじゃないか! 入学試験ではたまたまガス爆発が起きたんだって? 一体どんなイカサマをしたんだ? なあっ!?」
「……」
早口で捲し立てるダグラスを、クロイは無表情で見つめ返す。入学試験の一件は色々と噂になっている。「一般クラスの生徒が、特選クラスの貴族たちよりも優れた魔法を放った」、そんな噂が出回っている現状が、ダグラスたちは気に入らないようだ。シルビアの入学式での発言に対する反発も、彼らの過激な行動の後押しになってしまっている。
それにしても、とクロイは思う。ダグラスたちの反応はあまりにも過剰で、不自然ですらある。果たして原因はそれだけなのか、それとも――。
「なんとか言ったらどうなんだ、ああん!?」
「――やめなさい。なんの騒ぎですか」
なおもダグラスが詰め寄ろうとした時、氷のような声が響いた。シルビアだ。
「……これはこれは、シルビア様。なに、大した話じゃありませんよ。ちょっとこの庶民に指導をしてやろうと――」
「指導? 貴方程度が、クロイくんに、ですか?」
鼻で笑うシルビアに、ダグラスは気色ばむ。
「……お言葉ですが、シルビア様。貴女はこの庶民に肩入れし過ぎです。聞くところによると、生徒会に入れようとまでしているとか……ハッ。悪い事は言わない、やめた方がいい。こんな運が良いだけの庶民を入れたとあっては、この学校の恥晒し――」
「黙りなさい。それ以上彼を侮辱することは許しません」
絶句するダグラスに、シルビアは続ける。
「彼が生徒会に相応しいかどうかは、私が判断します。さあ、そろそろお仲間のところに戻られたら? 授業が始まりますわよ」
「……チッ、これで終わりだと思うなよ」
ダグラスはクロイにだけ聞こえるようにそう呟いて、特選クラスが集まっている方へ戻っていった。
「……ありがとうシルビア。助かったよ」
「当然のことをしただけです。礼を言われるようなことではありませんわ。……それに、私が生徒会に誘ったのも原因のようですし」
「ごめん、クロイ君! 私が変なこと言ったから……!」
バツの悪そうな顔をするシルビアとエマに、クロイは苦笑を返す。
「いや、そもそも俺が目の敵にされてるだけだよ。大丈夫だから、2人とも気にしないで」
軽い調子で話すクロイに、アヤはため息をついた。
「そう簡単に言われてもな……見ててヒヤヒヤしたぞ、こっちは」
「そう? 俺はアヤが我慢できずに手を出すんじゃないか、って方がヒヤヒヤしたけどね」
「……気づいた? 殺気は抑えてたつもりなんだけどな」
そんな会話をしている内に、授業の始まりを告げる鐘が鳴り始める。
「あら、時間ですわね。ごめんあそばせ、ではまたお昼の時間に」
「またね〜、シルビアさーん!」
元気に手を振るエマの後ろで、クロイは小声で突っ込んだ。
「いや、今日も生徒会の勧誘には来るのかよ……」
「毎日熱心だな……友達とランチを食べなくていいのだろうか?」
「……」
アヤの呟きには、クロイはあえて無言で答えた。「シルビアって特選クラスに友達いなさそうだしな」とは思ったものの、それは口には出さなかった。というか、それでいいのか王女。
その時、クロイは自身にどす黒い視線が突き刺さるのを感じた。尋常の気配ではない。その視線には、殺気のようなものが込められている。
「……仕掛けてくるかな、この授業の内に」
去り際のダグラスの言葉を思い起こしながら、クロイは口の中で呟いた。
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