謝れよ

 実践魔法学の授業は、時間通りに始められた。生徒たちに語りかける教師の声が、中庭の空に響く。


「はい、今日の授業では一節詠唱ワンワードを練習していきましょう。一節詠唱ワンワードがどんな魔法かは、みなさん知っていますか? ……はい、そこの人。説明できますか?」


 教師に指名されたエマは、やや緊張した声で答える。


「えと、術名の詠唱のみで発動させる魔法のこと……ですよね?」

「そうですね、正解です。よく予習していますね」


 教師は満足そうに頷き、言葉を続ける。


一節詠唱ワンワードはやや特殊な魔法です。通常の魔法が『起源・形態・命令』の三節の後に術名を詠唱する形式が基本であるのに対して、一節詠唱ワンワードでは術名の詠唱だけで魔法が完成します。通常の魔法に比べると威力や規模には劣りますし、応用性にも乏しいのは事実です。しかし、詠唱が短い分発動が速く、使い方次第では非常に有益な魔法でもあります」


 クロイと同じ一般クラスの生徒たちは、皆が教師の話に熱心に耳を傾けている。一方特選クラスの生徒たちは、大半が馬鹿にしたような態度で教師の話を聞き流していた。貴族として英才教育を受けている彼らは、一節詠唱ワンワード程度の魔法はとっくに習得しているからだ。それに、貴族たちの中では一節詠唱ワンワードを低俗で下らない魔法だと見る風潮が主流だ。貴族たちは伝統的に、格式ある詠唱や魔法の規模を重視する傾向にあった。


「今日は【石弾ストラクタ】と【土壁ウォーレン】の2つの一節詠唱ワンワードを練習していきましょう」


 そう言って、教師はそれぞれの魔法を実演してみせる。

 【石弾ストラクタ】は拳ほどの大きさの石を生成し、狙った方向に飛ばす魔法だ。威力という意味では、拾った石を投げるのとそう変わりはない。しかし、その発動の速さは魔法使いにとって貴重だ。

 一方、【土壁ウォーレン】は地面から土の壁を作り出す魔法だ。生成速度や壁の厚さ、強度は術者の練度やコントロールによって変化する。しかし習熟しておけば、とっさの時に頼もしい防御手段となる。


「魔法の概要はわかりましたか? では散らばって、練習を始めてください。私は回りながら指導していきます。ああそれと、魔法は決して人に向けて撃たないように!」


 教師の指示に従い、生徒たちは各々に練習を始めていく。


「ええっと、こんな感じかな……【石弾ストラクタ】!」


 エマが作り出した石は弱々しく前方に飛びだしたものの、すぐに失速して地面に落ちてしまった。


「あ、あれ〜?」

「生成までの流れはいい感じだけど、少し魔法力が込め足りないかな。体の芯から持ってきてあげるイメージでやると、少し良くなると思うよ」

「あっ、そっか! ありがとう、クロイ君!」


 クロイの言葉を受けて、エマは笑顔で練習を再開させる。

 一方、アヤは眉間に皺を寄せていた。


「むむむむむ……す、【石弾ストラクタ】!」


 詠唱はするものの、なかなか石の生成が終わらない。たっぷり時間をかけて生成された石は、数秒経った後にやっと発射された。


「アヤは逆に、ちょっと余計な力が入り過ぎかな。一節詠唱ワンワードといっても、術式の構築過程や魔力の流れ方は普通の魔法とそう変わりない。無駄なく魔力を流すように意識すると、発動も速くなるんじゃないかな」

「おおっ、なるほど! ありがとう、意識してみる!」


 クロイのアドバイスを受けながら練習する2人。しばらく練習を続けると、2人の魔法は見る見るうちに上達していった。


「この短時間でこんなに上達するとは……すごいな2人とも」

「ううん、クロイくんの教え方が良いんだよ!」

「本当にね。もう教師よりも教え方が上手いんじゃない? とても同じ新入生とは思えない……」

「ああいや、一節詠唱ワンワードはたまたま得意なんだよ。だからかな、うん」


 アヤの鋭い指摘に、クロイは首を振って慌てて誤魔化す。もっとも、クロイが一節詠唱ワンワードを比較的得意としているのも事実だ。一節詠唱ワンワードは余計な詠唱部分がない分、無詠唱と近い感覚で使うことが出来る。クロイにとっても制御しやすく、やり過ぎてしまわない魔法系統だった。


「よし、【石弾ストラクタ】の練習はこんなもんでいいんじゃない? そろそろ次の魔法の練習を始め――」

「【石弾ストラクタ】!」


 クロイが言葉を続けようとした時、背後から鋭い詠唱の声が響く。と同時に、弾丸のような速度で石ツブテが迫り来る。


「――【土壁ウォーレン】」

 

 応えるようなクロイの詠唱。瞬時に生成された土壁が石の弾丸を防ぎ、鈍い衝突音が大きく響く。

 結果だけ見れば、誰も何も傷ついていない。しかし、クロイは苦りきった顔をしていた。


「…………ざけるなよ」

 

 そんなクロイに、石弾を放った張本人――ダグラス・プロミネンスは半笑いで話しかける。


「おーおー、よく防いだなぁ、庶民。魔法がそっちに飛んでしまったみたいだが、やっぱりお前は運が――」

「ふざけるなッ!」


 クロイの怒号に、一瞬場が静まり返る。


「お前いま、エマさんを狙ったな? それがどういう意味か……お前は本当にわかっているのか?」

「……な、なんだよ急に。ち、違うぞ? 今のはただの事故で……」


 ゆっくりと迫るクロイに、ダグラスは思わず、といった様子で一歩後退る。


魔法それはお前が遊びで人に向けていいものじゃない。エマさんに謝れ、ダグラス!」

「だ、だから事故だって言ってるだろ! それに、俺が庶民に謝る理由は何もない!」


 濁りきった目で、開き直った態度を取るダグラス。


「……理由、か。そっちがその気なら、俺にも考えがある」


 クロイはそう言って、ダグラスの足元に自身の手袋を投げつけた。その様子を見て、突然の事態の連続に硬直していたアヤとエマが、一斉に悲鳴のような声をあげた。


「待て、クロイ! 多少君が強くても、貴族を敵に回しては……!」

「だめ、クロイくん! それは、それだけは……!」


 そんな2人の声が聞こえないかのように、クロイは躊躇なく言葉を続けた。


「ダグラス・プロミネンス。クロイ・スミスの名において、貴様に決闘を申し込む」

 

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