王女からのお誘い
「ここの食事は中々に美味ですね。あとでシェフに褒美を取らせるよう、言付けておきましょう」
さっさと隣に腰を下ろし、食事を進めるシルビア。そんなマイペースな様子に、クロイは思わずため息をついた。
「あのですね、シルビアさん。さっきから食堂中の注目集めちゃってるんですけど。もうそろそろ、要件を話して頂けませんか?」
「他者の視線など
優雅な仕草で口元を拭ってから、シルビアは威厳すら感じさせる口調で続けた。
「念のために確認しておきますわ。貴方が『クロイ・スミス』で、間違いありませんね?」
「いえ、違います。人違いです」
クロイは真顔で即答する。シルビアは「えっ」と呟き、エマとアヤの方を見る。二人は無言で、ブンブンと首を横に振った。
「……貴方が『クロイ・スミス』で、間違いありませんね?」
「はぁ、そうですが」
「どうして嘘ついたんですの!? 今嘘ついて、なんか意味ありました!?」
「いや、なんか面倒くさそうだし」
「面倒くさそうだし!?」
クロイは再び大きなため息をついた。食堂中の注目を集めてしまっている、と言ったのは誇張でもなんでもなく、ただの事実だ。特に特選クラスの席の方からは、苦々しい視線が突き刺さっている。可能な限り早く話を切り上げてしまいたいところだった。
「それで? その『クロイ・スミス』に何の用ですか?」
「なんだか貴方、ずいぶんと太々しいですわね……ま、まぁいいですわ。入学試験の様子、私も見ましたわ。クロイさん、貴方には素晴らしい魔法の才能があります!」
やっぱりか、とクロイは心の中で舌打ちした。クロイの本当の経歴が割れている可能性はゼロに等しい。王女に目をつけられる心当たりは、入学試験での一件くらいしかなかった。
「……あれは事故ですけど。ただのガス爆発です」
「いいえ、私の目は誤魔化せませんわ。ガス爆発なんてなくても、あれは素晴らしい魔法でした!」
「うんうん、本当にすごかったですよね!」
「へー、そんなに。私も見たかったなぁ」
なぜか嬉しそうに相槌を打つエマたち。シルビアは軽く頷き返し、言葉を続ける。
「その才能を見込んで、貴方に素晴らしい提案があります! 私と一緒に生徒会に入りましょう!」
「えっ、嫌です」
「そうそう、そうですわよね。こんな名誉あるお誘い、感極まって声も出ない……えっ、今なんて?」
「嫌です。興味ないです。謹んでお断り申し上げます」
「……えっ? いやいやいや、えっ?」
全く予想だにしていなかった答えに、シルビアは激しく混乱した。
「ど、どどど、どうしてですの!? 名門トリコンコルディア魔法学校の生徒会ともなれば、在籍出来るだけでも、ものすごく名誉あることですのよ!? それだけじゃありません。魔法界上層部の覚えも良いですから、卒業後の進路も思いのまま。入るだけで地位も名誉も財産も、バラ色の未来が約束されるようなものです。それを断るだなんて、とても考えられません!」
シルビアは机を叩き、力強くクロイに問いかける。
「……もう一度聞きますわ。生徒会、入りたいですよね?」
「いや、全然。少しも入りたくないです」
なおも即答で否定するクロイに、シルビアは唖然とした。
「な、なんで!?」
「地位とか名誉とか財産とか、そういうの興味ないので」
別に、クロイが特別無欲、というわけではない。クロイの場合、正体がバレる可能性のある行動は、なるべく避けたいだけである。生徒会に入るとなれば、学校上層部や学外からも注目され、身元を洗われる可能性が出てくる。そのため、はじめからシルビアの勧誘にのる選択肢はなかった。
「地位も名誉も財産もいらないって……じゃ、じゃあ一体、貴方は何を望みますの?」
「なにって……とりあえず、普通の学生生活?」
「普通、の……それだけ……?」
シルビアはそう言ったきり、呆然と座り込んだ。ただでさえ極度の混乱状態にあった彼女は、全く理解できないクロイの答えを聞いて、とうとう思考を停止してしまっていた。
「おーい。シルビアさーん、大丈夫ですかー?」
「ダメだよエマ、反応がない。完全に放心しちゃってる」
「健康に異常はなさそうだし、大丈夫。そのうち気を取り直すよ」
クロイは苦笑しながら、エマとアヤを促す。
「さっ、部活見学に行かないと。早くしないと、そろそろ始まっちゃうんじゃない?」
「あっ、そうだった!」
放心したままのシルビアその場に残し、3人は慌ただしく食堂を後にした。
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