ランチタイムと特選クラス
クラス毎に教室に分かれた後には、初日のホームルーム活動が待っていた。今後についての簡単なガイダンスと、各自の自己紹介タイム。それら入学初日のカリキュラムは、予定通り昼前に終わる。
「今日は午後の授業無いけど、みんな何する予定? ……って、まずは昼食か」
「そうだね、まずは食堂に向かおう。エマとクロイは食堂使うの初めてでしょ? 案内するよ」
「わーいっ、アヤありがと〜」
「助かるよ」
クロイ達は話しながら連れ立って食堂に向かう。中に入ると、広い空間に大きな長テーブルがいくつも並べてある光景が目に入る。席数は多く、全校生徒が一斉に食事に来たとしても十分余裕がある程だ。
メニューから各々が好きな料理を注文し、受け取って空いている席を探す。食堂内では多くの生徒が歓談と食事を楽しんでいるが、クロイ達は運良く人のいない一角を見つけ腰を落ち着ける。
「それでは早速、いただきます。……ん〜っ、おいしい!」
「ほんとだ、期待以上!」
目を輝かせるエマに、クロイも笑顔で同意する。一口食べただけでもわかる。一流の料理人が作った最高級の料理だ。
「すごいよね、これが毎日無料なんだから。学費は全額免除、寮費も食費も全部タダ。多くはないけど、生活支援金まで出る。ありがたい話だよ」
しみじみと呟くアヤに、クロイも軽く頷く。
「それだけ魔法使いの育成に力を入れてるんだろうね。優秀な魔法使いは、いくらいても足りないくらいだし」
魔法使いが必要とされる場面は多岐に渡る。兵士や騎士、冒険者といった戦闘系。戦闘でも日常でも引っ張りだこの治癒術師。魔法の研究と発展を担う魔法協会。人々の生活を豊かにする魔法技師。そのどれもが重要な役割だが、魔法適正を持つ人間は少ない。常に人手不足であるために、各国ともに待遇を良くし、育成に力を入れている。
「私の家も余裕があるわけじゃないから、学費の心配をしなくて済むのは助かるな〜」
「うちも……ってなんだろう? なんか騒がしいな」
何やらざわめきが起きている方に目を向けると、特別選抜クラスの生徒が数人、食堂に入って来るところだった。一般クラスの生徒は黒いローブを身に付けるが、特別選抜クラスの生徒は真っ赤なローブを身に纏う。そのため、一目で見分けが付いた。
「どけどけっ、邪魔だ邪魔だ! さっさと道を開けろっ、庶民ごときが!」
「ささっ、ダグラス様。どうぞこちらへ、我ら特別選抜クラスの専用席が御座います」
「はんっ。庶民どもと同じ部屋で食事をさせられるとはなぁっ!」
周囲を恫喝しながら進む、特別選抜クラスの生徒たち。一般クラスの生徒たちも、彼らの赤いローブが目に入ると慌てて道を開ける。食堂の中央にある、豪華に飾り付けられた専用席に辿り着くと、彼らは悠々と腰を下ろした。
「うっわー。なにあれ、感じ悪ぅ」
「ダグラスたちか。別に一般クラスが道を譲る、なんて決まりは無いんだけどね」
眉をひそめるエマに、クロイも苦笑いしながら答える。特別選抜クラスの生徒は、全員が有力な貴族の子弟だ。彼らはその生まれ育ちから、当たり前のように特権意識を持っている。とはいえ、この学校の生徒たちは魔術師の卵だ。誰でも将来、重要な人材になり得る。「あんな敵を作るような態度は色々ダメなんじゃないか……?」と、クロイは内心で首をひねる。
「エマ、そういうのあんまり口に出さない方が良いよ。特選クラスにはなるべく関わらないこと。それがこの学校で上手くやっていくコツなんだから」
「それはそうだけど……そう言うアヤはなんとも思わないの?」
「うっ、いや、そういうわけじゃ……」
エマに迫られ、口ごもるアヤ。良くない空気を察したクロイは、少々強引に話題を変える。
「まあまあ。そんなことより、午後はどうする? 部活見学も出来るみたいだけど」
逃げる話題を探していたアヤは、すぐに食いついた。
「私は騎士志望だから、魔法剣術部を見に行く予定。あそこは騎士団との繋がりも深いと聞いてね」
「ああ、それは良いね」
名門校だけあり、関連業界に優秀な卒業生を多数輩出している部活も多い。そういった部活に所属すれば、技能の研鑽だけでなく、卒業後の進路を見据えた人脈やコネ作りも期待できる。希望進路が決まっているアヤのような生徒にとっては、これ以上ない環境だ。
「えらいなぁ、アヤは。ちゃんと将来のこと考えてるんだ。私はどうしようかなぁ……。ねえ、クロイくんはどこを見に行く予定?」
「まだ具体的には決めてないけど……」
思えば、ついこの間までクロイに選択肢なんて無かった。スパイとして与えられた任務を確実に遂行する。それだけを考えて生きてきた。将来の進路とか、自由に何でもやって良いとか。急にそんなことを言われても、正直困ってしまう。
「……そうだな。とりあえず、趣味系の部活をいくつか覗いてみようかな」
「あっ、それ良い! ねっ、ねぇクロイくん。よかったら一緒に――」
エマが何かを言いかけたその時、クロイに予想外の声がかかった。
「ごめんあそばせ。隣り、座ってもよろしいかしら?」
「……なぜここにいるんですか、シルビア王女。特選クラスの席はあっちですけど」
顔をしかめないように気をつけながら、クロイは努めて平坦な声を出した。シルビアは王女だ。彼女が何を考えているにせよ、彼女の言動は注目を集め過ぎる。王女が一般クラスの庶民に話しかけ、隣りに座った。そんな噂が広まれば、クロイにも注目が集まることは避けられない。加えて、入学スピーチの件もある。トラブルの予感しかしないし、積極的に関わりたい相手ではない。……というか、はっきり言って関わりたくない。
「同じ新入生なんですから、気軽にシルビア、と呼んで下さい。ね、クロイ君?」
しゃべりながらも、シルビアはさっさとクロイの隣りの席に腰を下ろす。
「……まだ座って良い、とは言ってませんけど」
「ふふ、そう露骨に警戒しないで下さい。私は貴方に興味がある。それだけですよ」
そう言って、シルビアは不敵に微笑んだ。
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