噂話とクラス分け
シルビアの爆弾発言はあったものの、その後は特に何事もなく入学式は終わった。教室に移動して下さい、とアナウンスが流れる。
講堂から出ると、新入生たちは口々に式の感想を口にする。クロイの耳にも、近くの生徒たちの会話が飛び込んでくる。
「シルビア様すごかった〜〜!」
「まじまじ! オーラ半端ないって!」
「しかも聞いた? みんな平等だって言ってくれたよ! 私達庶民の味方だよ、最高!」
「入学試験の成績もトップなんでしょ? あんなにお美しくて、その上優秀だなんて……完璧すぎる!」
「実技試験の時なんて、あの硬い標的を木端微塵に砕いちゃったらしいよ!」
「本当に!? 的に当てるだけでもすごいのに! うっわー、断トツじゃん!」
耳を澄ませながら、「やはり」とクロイは思った。シルビアの「この学校では身分の上下は存在しない」という発言は、大多数を占める一般生徒には良い印象を持たれたようだ。問題は、貴族たちは間違いなく大反発するだろう、という点だが……。
クロイがそんな事を考えている間に、生徒たちの話は思いもかけない方向へ行く。
「あー……でも、実技試験だけだとトップじゃないかもね。あの噂、聞いた? ヤバい魔法で的を消し飛ばした新入生がいるらしいよ」
「ちょっと、それはガス爆発って話でしょ? シルビア様より上なんてあり得ないって!」
「いやいや、でもその新入生がマジでヤバいらしいんだって。見るも恐ろしい形相でさ、普通の何倍も体が大きくて、しかも……悪魔みたいなツノがニョキニョ生えてんだってよ!」
「まじ!? それもう完全に化け物じゃん! ヤダー、そんなの絶対会いたくないっ!」
「だ・れ・が・化け物だっ、誰が! いくら何でも、噂に尾ヒレ付きすぎだろ!」
クロイは思わず小声でツッコむ。悪魔だの化け物だの、酷い言われようである。
頭を抱えるクロイを横目に、隣を歩くアヤがクスクスと笑う。
「私もあんな噂を耳にしたものでね。一体どんな怪物なんだろう、ってドキドキしていたよ。実際に会ってみたら、少々想像とは違っていたけどね」
「少々って……そんな化け物がいるわけないだろ……」
クロイは脱力しながらも、はぁ〜、っと息を吐いた。化け物どころか、どこをどう見てもクロイはごく普通の少年にしか見えない。良くも悪くも特徴のない、平均的で目立たない容姿。一般人に容易に溶け込める、スパイとしては理想的な外見。クロイは密かに、「見た目の普通さなら誰にも負けない」と自負していた。
「も〜、アヤったら! ちゃんと言ったじゃん、わたし! 魔法はすごかったけど、クロイくんはそんな人じゃないって!」
「ごめんごめん、わかってるわかってる。冗談じょーだん」
「もーっ!」
じゃれ合うエマとアヤの様子を、クロイは目を細めて眺めた。一見タイプの違う2人だが、意外と気は合うようだ。
教室のある棟に到着すると、掲示板の前に人だかりが出来ていた。クラス毎の在籍者リストが掲示されているのが遠目から確認出来た。クロイはサッと全体を見渡し、すぐに自分達の名前を見つけた。
「俺とエマさんとアヤ、3人とも同じクラスだ」
「えっ、本当!? わーい、みんな一緒だって! やったねアヤ!」
「良かった、エマと一緒なら安心」
同じクラスには、他に知っている名前は無いようだ。ダグラスやシルビアのような貴族組は、当然のように1組――学年に1クラスしかない『特別選抜クラス』に入っている。
「あれ? でも……なんでクロイくんも一般クラスなんだろ? 実技試験は絶対トップだったのに」
「いや、筆記試験は多分良くなかったし。総合成績では特別選抜クラスには届かなかったんじゃ無いかな」
エマの疑問に、クロイは当たり障りの無い答えを返す。だが、その答えは正確では無い。クロイの総合成績がどれほど優れていようとも、彼が特別選抜クラスに入る事は、決してない。建前上『特に成績優秀な生徒が在籍する』ことになっている特別選抜クラスだが、実際には貴族だけが在籍するクラスだ。貴族専用の『特別選抜クラス』である1組と、大多数の一般庶民が在籍する『一般クラス』で、この学校は構成されている。
「えー、そうかなー? 同じクラスなのは嬉しいけど……本当に間違ってない?」
エマは納得いかない様子で名簿の方に向き直り、背伸びをしながら、どうにか人だかりの先を見ようとし始める。
「……クロイ。言いづらいんだが、その、いくら成績が良くても……」
「しーっ。大丈夫、わかってるよ」
額に眉を寄せたアヤが何か言いかけるのを、クロイは口の前に人差し指を立て、小声で止めた。わざわざ入学式の日から、エマに余計な話を聞かせる必要はない。遠からずこの学校の実態もわかってくるとはいえ……今は、まだ。
「うーん、遠くて見えにくいよー! すみませーん、わたしにも見せてくださーい!」
無邪気に騒ぐエマの背中を眺めながら、クロイは思う。成績とかクラスとか、そんなことは別にどうでも良い。自分は『普通の学生』の生活を楽しめれば、それで十分だ。貴族関係なんて色々面倒だし、なるべく関わらないに越したことはない。
そんなクロイの気持ちを、なんとなく察したのだろう。
「……そうか。いや、わかっているなら良い」
消え入りそうな小さな声で、アヤが囁き返した。
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