魔法学校入学試験



 入学受付の列は、数人分しか伸びていなかった。受付が分散されているのもあるが、既に多くの新入生は手続きを終えているのだろう。「もう舟もなかったしな」と思ったところで、クロイは学校側が舟不足を把握してない事を思い出した。


「あの、すみません。ちょっといいですか」

「はい、なんでしょう」

「実は……」


 近くの係員に声をかけ、新入生の舟が足りていないことを説明する。もしかしたら今も、舟が足りないせいで学校に来れていない生徒がいるかも知れない、と。自分が飛行魔法で来たことは伏せた上で、大体そんなことを説明した。


「そうですか、今年は新入生が多いから……情報ありがとうございます。すぐに迎えを手配させますので」

「はい、よろしくお願いします」


 そうこうしているうちに列は順調に進み、あっという間にクロイの順番が来る。受付に入学願書を提出するとすぐに、特殊な魔道具を使った真贋確認の作業が始まった。

 本物の入学願書は、魔法学校の入学資格がある者のみが持っている物だ。各国は常に総力を上げて、稀少な魔法素質保有者を探している。そして素質を見出された者は入学願書を与えられ、魔法学校の入学資格を得る。

 どこからどう手に入れたのかは知らないが、クロイが持っているのも本物の入学願書だ。願書を手渡してきた師匠から、クロイはそう聞いていた。


「入学願書が本物である事を確認しました。クロイ・スミスさん、御本人で間違いありませんね?」

「はい、間違いありません」

「了解しました」


 受付の人は手元で何か操作をすると、言葉を続けた。


「クロイさんの魔法パターンを登録しました。これ以降、学校の結界を出入りできます。奥の扉を出て結界に入り、入学試験会場に移動して下さい」

「……入学試験があるんですか?」


 入学資格があることは、既に入学願書で証明されている。ここからさらに試験があるのか、とクロイは意外に感じた。


「願書を受け取る時に、担当者から説明されませんでしたか? 入学時には簡単な試験を行います。とは言っても、現在の到達度を確認するためのものです。試験結果によって入学が取り消しになる事はありません。どうぞリラックスして、自分の実力を発揮できるように頑張って下さい」

「なるほど、そんな試験が……ありがとうございます。頑張って来ます」


 説明を聞いてみれば、なるほどそういう試験があってもおかしくは無い。クロイはぺこりとお礼を述べ、説明された奥の扉へ進む。

 「師匠め、説明忘れてたな」そう口の中だけで呟きながら、扉を開けて外に出る。するとすぐに、前方に建つ光る壁が目に入った。遠くから見た時に学校全体を囲っていた光の半球ドームと同じものだが、近くで見るとバカでかい光る壁にしか見えない。


「もう結界を出入りできる、とは言っていたけど……」


 おそるおそる、指先を少しずつ光の結界に近づける。ちょん、と指先が触れた瞬間――クロイの身体は、全く違う場所に転送テレポートされた。


「……はいはい、入るってそういう」


 周囲を見渡しながら、クロイは小さく苦笑を漏らした。ついさっきまで立っていた場所からは、かなり離れた場所に飛ばされた事を察する。空には光る結界が見えるから、結界の中、学校の中庭のような場所だろう。魔力パターン毎に予め登録してある場所に転送する、おそらくそんな術式が結界に仕込んであるのだろう。

 そしてここに飛ばされた理由も、周囲を見れば分かった。等間隔で並んで立つ射撃標的シューティングターゲット、そこに魔法を打ち込んでいく若者たち。誰かが魔法を放つたびに、近くの試験官らしき魔術師が紙に何かを書きこむ。どうやらここが、入学試験の会場らしい。


「うわぁっ、びっくりした! ……って、え? ここどこ?」

「エマさん、無事手続き終わったんだね。ここは試験会場みたいだよ」

「クロイくん!」


 近くに転送されてきたエマに声をかけ、クロイが歩み寄る。そうしている間にも、二人と同じように転送された新入生が、ポツポツと出現する。

 そうして10人ほどの新入生が集まった頃、試験官らしき魔術師が近寄って来て、大声を張り上げた。


「いま入ってきた新入生の方々、試験の説明はまだ受けてませんね? よろしい。では実技試験の説明を始めます! 試験方法は簡単。各々の好きな魔法で射撃標的シューティングターゲットを撃つだけです。皆さんの魔法は制御力コントロール、威力、発動速度、正確さ等々、あらゆる方面から総合的に評価をします。ですから、皆さんは自分が最高だと思う魔法を、とにかく全力で放って下さい。試験は順番に行いますので、呼ばれるまで待機して下さい。担当者に名前を呼ばれたら、自分の標的に移動して試験開始です。説明は以上!」


 そして待つことしばし。目の前では他の新入生が次々と案内されていき、それぞれ思い思いの魔法を放っていく。


母なる地マーレ圧結の砂プレサン打てガット、【岩砲ロッケノン】」

青き海ブオラ滴る雫ティオル穿つスティグル、【水槍アークラン】」


 放たれる魔法は様々で、術者の技量もまちまちだ。見事標的に命中させる者もいれば、明後日の方向に飛ばしてしまう者も、そもそも発動すら覚束ない者もいる。

 ただ、とクロイは思う。見た目から受ける印象とは裏腹に、彼らにそれ程の力量差はない。標的に魔法を命中させた者にしても、やっとどうにか届かせた、という程度だ。その証拠に、どの標的も傷ひとつ付いてない。つまり、頑丈な標的を傷付ける程に威力のある魔法は、まだ誰も放てていない。

 そんなクロイの内心とは対照的に、エマは試験の様子に只々圧倒されていた。


「うわぁ〜、皆すごいなぁ。……どうしよう、見てたら緊張してきちゃった」

「たしかに、俺も結構緊張してきたかも」

「えっ、クロイくんも? なんとなく、クロイくんは楽勝なのかと思ってたけど……」

「……いや、そうでもないよ」


 事実、クロイにとってこの試験はで難易度が高い。

 新入生たちの魔法は、そのどれもが詠唱と共に放たれていた。目立たないよう、『普通の学生』として振る舞うなら、クロイも詠唱付きで魔法を使うべきだ。

 だが、クロイは無詠唱に慣れ過ぎてしまったために、逆に詠唱魔法を苦手としていた。詠唱付きだと、少し気を抜いただけでも魔力を込め過ぎてしまい、威力過剰になりかねないのだ。


「……うん、やり過ぎないように気をつけないと」


 密かに冷や汗を拭いつつ、クロイは小さく呟いた。

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