飛行魔法と使い方
クロイとエマ。二人の身体は重力から解き放たれ、ふわりと浮き上がる。足は地面から離れ、徐々にその距離が開いていく。
「えっ、えっ!? なにこれ、浮いてる!?」
「しっかり掴まってて、っよ!」
クロイがそう言うと、二人の身体は上空へ加速していく。風を切りながら、空高く舞い上がる感触。慣れ親しんだ感覚に、薄く笑みが漏れる。
たちまち地上は遠くなり、さっき話したおじさんも、もう小さくしか見えない。ぽかんと口を開いている男に手を振り、クロイは大きな声で別れを告げる。
「行ってーきまぁーす!」
「わぁ、わぁ、わあっ!」
少女の歓声を背景に、クロイは更にグングンと高度を上げる。地上を遥か遠くに置き去りにしてて、高く、高く。飛んでる鳥を追い越し、低い雲を突き抜けて更に遠く、見晴らしの良い高さに。そこまで来てようやくクロイは上昇を止め、二人の身体を水平飛行に移行させた。
「こんなとこかな。ほらエマさん、よく見えるでしょ?」
「うん……見える……すごい、すごいすごいすごい!」
この高さから見える景色は格別だ。青く澄み渡った空。日の光をキラキラと反射する、広大な湖。その中心で幻想的な光を放つ、トリコンコルディア魔法学校。鳴き声をあげながら鳥が飛び交い、魚が水面を跳ねる。美しい景色を見下ろしながら、全身で風を感じて飛んでいく。
「私たち飛んでる! 本当に、本当に飛んでる! あは、あはははははは!」
目を輝かせ、興奮に頬を赤らめるエマ。そんな少女の様子に、クロイはこっそり安堵の息を吐いた。高空飛行を楽しめるかどうかは個人差がある。彼女が高い所も平気なタイプで良かった。
エマはしばらく笑い声を上げた後、少し落ち着くと、クロイに満面の笑みで笑いかけた。
「クロイくんありがとう! さっきまで岸辺で泣いてたのが、嘘みたい!」
「気に入って貰えて良かったよ」
エマの笑顔の眩しさに、心臓がドキッと跳ねる。動揺を隠すように、クロイは努めて何でもない調子で答えた。どちらにせよ魔法学校に行くためには、飛行魔法で湖を越えなければならなかった。ついでにもう一人分の飛行魔法を使うくらい、クロイにとっては大した手間ではない。
「こんなの生まれてはじめて! 魔法って、すっごく素敵だね!」
「え……?」
その言葉に、クロイは虚をつかれたような気がした。クロイはそれまで、魔法を「素敵だ」なんて思ったことはなかった。魔法なんて、ただの道具だ。騙すための、隠すための、殺すための。任務遂行のために使う、ただの道具。そう考えてきた。――だけど。
エマの笑顔を横目で盗み見る。彼女を笑顔にしたのも、クロイの魔法には違いない。それは彼の知ってる魔法で、彼の知らない魔法の使い方だ。
「ねえ、クロイくん。私にも、こんな素敵な魔法が使えるかな?」
「学校で頑張れば、きっと使えるようになるよ」
「そっかぁ、嬉しいなあ。学校で魔法を習うの、今からすっごい楽しみ!」
「……うん、そうだね」
無邪気に笑うエマに、クロイは違う意味で頷いた。学校で学ぶことなんて、もう自分にはないと思っていた。だけど、違うのかもしれない。自分の知らない使い方が、自分の知らない「何か」が、ここにはまだまだあるのかもしれない。
『学校で学ぶのは、知識や技術だけではない』
師匠の言葉の意味が、今なら少しわかる気がした。
湖の中心にあるトリコンコルディア魔法学校に到着するのに、それほど時間はかからなかった。近づくと、光の
「はい、到着。はじめてだと飛行酔いを起こすこともあるんだけど……エマさん、調子はどう?」
「大丈夫、ありがとう。なんだか飛ぶ前より調子が良いくらい!」
「そっか、なら良かった」
ニコニコと答えるエマに、クロイは軽く頷いた。こっそり回復魔法をかけておいたのだが、バレてはいないようだ。泣き腫らし赤くなっていた目元も、疲労の色が強かった顔色も、今やすっかり健康的に治っている。傷みのあった髪もツヤが戻っているから、そのうち違和感を覚えるかもしれないけど……この様子なら大丈夫だろう、多分。クロイは軽く流すことにした。
「でもクロイくんすごいね! 入学前なのに、飛行魔法? を使えるなんて!」
「たまたま得意魔法なんだよ。あー……でも一応、今日のことは内密にして欲しいんだけど。いいかな?」
「うん、クロイくんが秘密にしたいなら、そうする!」
飛行魔法の難易度をよく知らないせいか、エマは新入生のクロイが飛行魔法を使えることに、それほど疑問を覚えていないようだ。そんな会話をしながら、二人は船着場を根元の方へ歩いていく。そこにある「新入生受付」と掲げられた建物に入ると、すぐに係員に声をかけられた。
「こちらはトリコンコルディア魔法学校の入学手続き会場です。新入生の方ですか?」
「はい、入学希望です」
「……二人ともですか? それとも、恋人の御見送りですか?」
係員の生暖かい視線は、二人の繋いだままの手に注がれている。たしかにな、とクロイはどこか他人事のように思った。入学手続きにくるのは、どこかで魔法学校の入学資格を得た人間に限られる。しかし、入学資格を得る人間は稀だ。知り合いや恋人が同時に入学資格を得るケースは、(貴族以外では)ほぼ無い。この体勢では恋人同士に見えなくもないし、「恋人が見送りに来た」と思われても不思議ではない。
クロイも、手を繋いだままである事には気がついていた。しかし、エマがギュッと握っている手を振り解くわけにもいかず、何となくそのままにしてしまった。
「ちっ、ちちち違います! 二人とも入学希望です!」
エマは顔を真っ赤にしながら手を離すと、慌てて懐から入学願書を取り出す。クロイもそれにならって入学願書を取り出し、二人で係員に願書を手渡す。
「失礼、確認しました。それではこちらの方は一番の列、そちらの方は五番の列にお並び下さい」
係員は願書に目を通すと、エマとクロイ、それぞれに並ぶ場所を案内した。願書に記載されている番号によって、事前に受付場所が振り分けられていたようだ。
「じゃあエマさん、また後で」
「うんっ、また後でね、クロイくん!」
二人は手を振り合うと、それぞれの列に向かって歩き出した。
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