放っておくなんて、絶対に無理だ
「何かあったんですか? 言い争っているように聞こえましたけど」
ニコニコと、いかにも無害そうな微笑みを浮かべながら、クロイは二人に問いかける。少女が口を開きかけるが、男が答える方が早かった。
「いや、これは違うんだ。ちょっとトラブルというか……あれ、もしかして君も魔法学校の新入生かい?」
この時期にこんな
「はい、そうなんです。今からトリコンコルディア魔法学校に入学しに行くところでして」
「わぁ! それなら私と一緒ですね!」
クロイの言葉を聞いた途端、少女が嬉しそうに声を上げた。少女は慌てて頭を下げつつも、言葉を続ける。
「すみません、急に大きな声を出したりして。嬉しかったもので、つい」
「いや、それは構わないけ、ど……」
クロイは答えながら少女の顔に目を向け、そこで言葉を失った。クロイはスパイとして世界中の様々な場所に赴き、多くの人を見てきた。しかし今まで見た誰よりも、その少女は綺麗だった。目元は赤く泣き腫らしてしまっているし、表情は疲労と不安の色が強い。緩くウェーブのかかった金髪も、長旅のせいか少し傷んでいる。そんな状態でも、少女の美しさは損なわれていなかった。まだあどけなさは残っているものの、成長したら更に美人になることだろう。
クロイは内心で、海よりも深く師匠に感謝した。「可愛い子がいる」という師匠の言葉に間違いはなかった。まだ到着すらしていないのに、クロイは既に「学校に来て良かった」と確信していた。
「私、エマって言います。知り合いもいないし、一人でこんな遠出をするのも初めてだし、ここまで不安で不安で……。やっと同じ新入生に会えて、すっごく嬉しい!」
「そ、それは良かった。俺はクロイ。クロイ・スミスです」
クロイは何とかフリーズから復帰すると、ぎこちなくそう返した。受けた衝撃の大きさから考えれば頑張った方だが、テンションの上がったエマは、それだけの簡単な返答では満足しなかった。彼女はググッと顔を近づけつつ、間髪入れずに質問を続けた。
「ねえ、クロイくんって何歳?」
「えっ? 15歳だけど……」
「本当に? 良かった、なら同い年だ! なんか落ち着いてるから、年上かと思っちゃった」
「そんなことは……えっ、同い年?」
思いがけない言葉に、クロイは再び絶句した。エマの方が年上だと、無意識に思い込んでいた。それも無理のない話だ。エマはもう十分女性らしい身体のラインに成長していたし、それは服の上からでもわかるほどだった。特に目を
しかしその沈黙を、エマは違う意味で受け取ったらしい。
「あーっ、クロイくん今、同い年の割には子供っぽいな、って思ったでしょ? 違うの、いつもはこうじゃないんだよ。さっき泣いてたのだって、ちゃんと理由が――ああっ!」
少し拗ねたように話していたエマは、急に大きな声を出したかと思うと、みるみる内に顔を青くした。
「大変、どうしようおじさん! クロイくんも学校行けないよ!」
「うーむ、そうだなぁ。どうにかしてやりたいのは山々なんだが……」
二人はそう言い合うと、そろって頭を抱えて悩み出してしまう。
クロイは「いや、まず説明をしろよ!」と心の中で突っ込んだ。とはいえ、大体事情は想像がつく。クロイは自分で話を進めることにした。
「あのー、もしかして渡しの舟がもう無いんですか? 学校に向かうための舟が」
「ああ、実はそうなんだ。今年は新入生が特に多いみたいでね。ここいらの舟はもう全部出払ってしまっているんだよ。そのうち戻っては来るだろうけど、色々と学校側で仕入れをしてからだから、数日はかかる」
「でも舟が戻るのを待っていると、入学には全然間に合わないの!」
「……なるほど、それは困ったね」
たしかにクロイが見てきた範囲でも、渡しの舟は出払っていた。男の話に嘘は無いようだ。ここまで来て学校に辿り着けず、入学も出来ないとあっては、エマが動揺するのも無理はない。舟が足りないなら別に迎えを手配するべきだが、おそらく学校側はこの状況に気がついていないのだろう。
「入学後なら
「そ、そんなっ!」
エマの悲鳴に、おじさんが困ったような表情で答える。
「なんとかしてあげたいのは山々なんだけどね。泳いでいける距離でもないし、飛行魔法でも使わない限りは無理ってもんだ」
「……飛行魔法、ですか」
クロイの反応に、おじさんは慌てて手を振って否定する。
「ああいや、それはものの例えだ。そりゃ飛行魔法を使えるような凄腕なら、学校にも簡単に行けるだろうけどよ」
「学校には、行ける……」
「おいおい、ちゃんと話を聞いてたか? あくまで、飛行魔法を使えるならの話だぞ?」
さて、どうしたものか。クロイは思案する。クロイは今、一般的な家庭で生まれ育った普通の入学生、という
とはいえ、とエマの泣きそうな顔を盗み見る。
「……出来るだろうか、俺に」
「いやいや、出来るわけないだろ! 飛行魔法だぞ!?」
困ってる彼女をひとり残して、自分だけ先に行く。そんなことが、果たして自分に出来るだろうか。
「いや、無理だ。放っておくなんて、俺には絶対に無理だ」
「えっ? クロイくん、何か言った?」
「いや、なんでもないよ。それよりエマさん、ちょっと手を貸してくれる?」
「えっ? うん、はい?」
クロイが手を差し出すと、エマはよくわからないままに、自分の手を重ねる。
「そもそもなぁ、飛行魔法ってのは最高難易度の魔法なんだぞ。そうそう簡単に使えるものでは……」
「え?」
「いやだから……え?」
おじさんがクロイたちに目を向けた時、2人の身体はもう、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます