30,サイタマ危機 (下)






 【救世教団】製の武器のバリエーションは豊富だ。


 杭、釘、縄、鞭、聖水、聖火、枝、車輪などの一見武器には見えないものから。剣、弓、槍、棍棒などの前時代的な兵器。更に銃や戦車、航空機、軍艦、弾道ミサイルなど、個人運用の能わないものまでも取り揃えられている。早い話、古今東西のありとあらゆる武器防具が用いられているのだが、信じ難いことに戦車から弾道ミサイルまでも個人で運用する信徒もいるようだ。

 どうやって? 個人用の携行兵器に全く適していないはずだろう。少し現実離れしていて想像がつかない。余程のキワモノらしく、フィフキエルも存在は知っていても該当人物と直接会ったことはないようだったが、なまじ知識として知ってしまうと私は気になった。

 そう、知識としては知っている、だ。知っているだけで、俺は実物を見たことがない。私の前身である上級天使フィフキエル直属の遊撃部隊、【天罰】の人間が採用している武器も生で見たことはないのだ。だから俺は是非にと頼んで彼らの武器に触らせてもらっていた。


「カテゴリーC・AMガウエル。拳銃型の天力兵装ですか。良い物を使っていますね」

「は、はい。恐縮です」


 輸送ヘリが目的地に急行している最中だ。私がゴツゴツとした自動拳銃を手に持って褒めると、眼鏡を掛けた修道女クリスティアナ・ローゼンクロイツは身を縮こまらせた。

 カテゴリーCとは銃火器全般を指す。Aが縄や杭などで、Bが刀剣や弓などだ。そしてAMガウエルとは【教団】製で最先端の拳銃である。注ぎ込んだ天力の変換効率が100%を誇り、引き金を引き続けている限り秒間10発のエネルギー弾を放ち、威力の調整も容易で大小の戦闘規模を選ばない兵器だ。人間が使うものとしてはかなり優秀だと評価できるだろう。

 クリスティアナはこのAMガウエルを二挺用いる。二挺拳銃スタイルとはなかなかロマンのある戦闘スタイルだが、実際に実力が伴っているのだから誰にも嫌味を言われないはずだ。


 彼女はAMガウエルの二挺拳銃をメインに据えているが、他の面々はエーリカを除きオーソドックスなスタイルである。AMガウエルを一挺と、筒状の金属棒だ。長さにして30cmで、天力を注いだ分だけ長いエネルギーブレードが展開される。

 カテゴリーB・AMザウエル。展開されるブレードは実体を持っていないようで持っていて、つまるところ実体と非実体を切り替えられる万能刃だ。使い手次第では斬りたいものを斬れるのが売りだという、刀匠泣かせの大量生産製妖刀ってところだろう。

 【天罰】の部隊員はこのザウエルとガウエルを主兵装にしていて、最新兵器であるこれらを優先して配備されていた。エーリカにいたってはフィフキエルのお気に入りだから、オーダーメイドの武器を使っているし、上級天使の直属部隊だけあってかなり優遇されている。


 右手でガウエル、左手でザウエルを弄りつつ、俺はさもたった今思い出したように言った。


「ああ、そうだ。皆さんには言っておかないといけないことがあります」


 社会人経験のある人間が忍者や超能力者を題材にした漫画を見ると、必ずと言っていいほど憧れる能力がある。他ならぬ私自身も、少なからず憧憬の念を懐いた覚えがあった。

 それは目的地に一瞬で到達する瞬間移動能力だったり、自身の分身を作成して好きに過ごせる時間を確保できる分身の術だったりだ。そして幸運かはさておき、今の俺はどちらも再現が能う。


 ならやらない理由はないだろう。

 集中する視線に私はにこりと微笑んで『願いを叶え』る。


 私の天力は充分回復している。彼らの信仰心の矢印が俺に向いているからだろう、普段よりも余分に溜まっているほどだ。この余剰分を使って俺を複製・・・・することは容易かった。

 天力が光の粒子となって私の隣に人型を形成する。驚嘆の声が上がるのを無視して、複製した俺の人格をフィフキエルのものに変更した。フィフキエルはもはや不要の存在だったのだが、確実に【天罰】の面々に首輪を掛け、効率的に動かせられるのは私ではない。

 彼らからの信仰心を心地良いと感じる一方、見ず知らずの他人に崇められるのは気分が悪いのだ。騙しているようで気が引けるし、道案内の件がなければ彼らと一緒にいたくない。かといって俺に対して実害を齎す可能性の目も摘みたいとなると、これはもう私以外の私に面倒事を放り投げたくなっても仕方ないだろう。


 俺には最初から具わっていたが、天使フィフキエルにはなかったはずの力。それをこうまで堂々と見せつけることで、クリスティアナ達が不審に思う可能性は念頭に置いてある。


 だが私としては怪しまれても一向に構わないのだ。今この一時だけやり過ごせるなら問題ない。なぜならばフィフキエルが・・・・・・・なんとかしてくれると確信しているからだ。

 天使フィフキエルのガワを用意し、余剰分の天力を中身に詰めた。彼らが大好きな天使様だ、その信仰心を女天使が受信できるように設定すれば、燃料切れで消えてしまうこともないだろう。

 完璧に再現されたフィフキエルが薄く目を開くのを尻目にして、俺は笑顔を崩さずに告げる。


「これは私の分身です。ですが私自身でもあります。私からの指示を求めるなら、この分身に従い行動してください。何か異論はありますか?」

「――あるわけないじゃない」


 私に似た、しかし決定的に異なる女性的な声で即座に否定が入れられる。

 目を開いたフィフキエルが、天使の羽と金色の環を顕し、俺の方を流し目で見ていた。

 随分と久しぶりに感じる。ヌイグルミじゃないフィフと再会したかのような気分になった。私に生み出された存在に過ぎないとはいえ、天涯孤独になってしまった今の俺にとっては無条件で信頼できる存在だからだろう、コイツをどうにも好ましく感じてしまっていた。

 モデルになったフィフキエルが俺を殺した実行犯だったとしても、俺自身に殺された実感がないから憎むに憎めない。もうそういうものだとして諦めて、素直に現実を受け止めていられた。


 フィフは【天罰】の面々を見渡して、フッと鼻を鳴らした。


「ここにいるのは私の為だけに生きる可愛い人間達よ。異論なんかあるわけがない――そうよね、クリスティアナ?」

「はい。仰る通りです」


 当たり前みたいに見下した視線を向けられたのに、クリスティアナや他の信徒達は自慢げに胸を張っていた。フィフの言う通り、フィフキエルの為なら命も惜しくないのだろう。

 パッと見た感じだと、俺が分身を作り出したことに懐疑の念を覚えた者はいないように見える。もしかするとフィフキエルなら何を成しても不思議じゃないと思っているのか?

 有り得る。知ってはいたが、やはり重かった。俺なら到底受け止める気にはなれない信仰心だ。彼らの想いを躱して分身に押し付けるのは不誠実な気もするが、そもそも私自身とは関係のない存在である。罪悪感を感じる必要は、客観的に見ても皆無であるはずだ。

 なので気にしない。少なくとも俺があのクソ犬をブチ殺すまでは、俺の分身を今は亡き主人として仰いで気分よく仕事をしてもらいたいところだ。


「ねぇ、あなた」

「……ん?」

「これから作戦を詰めるけど、あなたから希望はあるかしら?」

「ないな。好きにしろ」

「あら、そう? ちなみにだけど、もうすぐ目的地につきそうなのには気づいてる?」

「ああ」


 どこかつっけんどんなフィフから話し掛けられるのを無愛想に返して、私は意識を切り替える。彼らがどんな作戦を立てようが本当にどうでもいい。俺の邪魔にさえならないなら構わなかった。そしてこのフィフキエルなら俺の邪魔になるようなことはしない。


「さっきはよくもやってくれたわね。後で埋め合わせなさいな。さもないと酷いわよ、エヒム」

「あ? ああ……うん」


 腹を割れる相手がいないのは辛いし、今回の件が片付けばフィフのヌイグルミを復活させるのもいいかもなと思っていると、フィフキエルが耳元に顔を寄せて恨み言を漏らしてきた。

 一瞬なんのことかと首を捻ったが、もしやロイとの戦いの時に握り潰したヌイグルミと、記憶が地続きになっているのかと察する。なんでだ? そんな仕様にはしていなかったはずなのに。

 まあいいかと疑問を切り、俺は後部ハッチの角にいる神父へ声を掛けた。


「すみません。ハッチを開けてください」

「え? ……あ、はい! 畏まりました!」 


 声を掛けられたのがそんなに意外なのか、青年神父が一瞬硬直した。しかしすぐに立ち上がって壁に付いているボタンを押す。

 するとハッチが開く。地表から遠く離れた上空である、冷たい風が強く吹くのを肌で感じつつ、私は部隊員の皆に振り返ってから告げた。


「目的地は分かりました。勝手で申し訳ありませんが、私はここから別行動です。皆さんよりも先行しますが気にせず、そちらのフィフキエルの指示に従ってくださいね」


 返事を待たずに虚空へ身を投げた。背中に翼を生やして一気に加速し、『言霊』を囁く。


「『誰も私に気づかない』」


 言いながら飛翔する俺はあっさり輸送ヘリを置き去りにして、埼玉のテーマパーク上空まで到達した。

 急制動を掛けて停止し、眼下を見下ろすと、いるわいるわ――無関係な一般市民達と、それに紛れる魔力持ちの人間。銃器やナイフを隠し持っているのが文字通り透けて見えた。

 だが悪魔の姿は見えない。天力を減衰させる結界も、凶暴な魔獣も、万全の防衛戦も構築されている様子はなかった。テーマパークが普通に運営されているところから察するに、防衛機構を何も備えないことで、逆に隠密性を高めた拠点なのだろう。エーリカがいなければ見つけることもできなかったかもしれなかった。


「………」


 見渡す限りの人、人、人。親子連れ、友人同士のグループ、恋人同士、孫と遊びに来た老人、テーマパークのスタッフ。聞こえる歓声、絶叫マシンのある方からする悲鳴、民間人の喧騒。他には緊張して佇む警備員、迷子を案内するスタッフに紛れた不審者、隠れ潜む人間などもいる。これは武器を隠し持つ魔力持ちの連中だ。

 どれだけ目を皿にして見渡しても悪魔はいない。クソ犬が、いない。

 だがそんなわけはなかった。どこにいる? どこに隠れている。我知らず舌打ちした。魔力を感知する自分の感覚が弱い。レーダーでもあればいいのに。


(……レーダーか)


 ピンと閃く。閃きの感覚に従って、俺は自身の背にある翼を一瞥した。

 羽ばたいている白い天使の羽。これは正直メルヘン過ぎてデザインが気に入らなかった。丁度良い機会だ、自分好みの形に改造してしまおう。

 造形変化のヒントにしたのはAMザウエルというエネルギーブレード。非実体と実体を選択できる機能だ。翼は天使の誇りだそうだが、俺にはそんな誇りはない。翼の根本から変換し、天力で構成した白銀の非実体翼エネルギーウィングへと変貌させた。


「うん、いい感じだ」


 呟き、変更後のデザインに満足する。無論だがただのイメチェンの為にやった訳ではない。この銀翼からは極めて微弱な天力の波動を発せられ、触れたものを解析する機能を実装したのだ。

 試しに羽ばたかせ、テーマパーク全体に電波状の天力を送り込む。俺の天力には【願いを叶える】属性が具わっている為、そうすることで俺の望む情報をキャッチしようと試みたのである。

 すると一人の警備員が目についた。年嵩のいった一人の壮年男性だ。平凡な警備員の恰好をしているが魔力の反応がある故、間違いなく悪魔信仰者の一人だが、気になったのは装備品だ。


(無線機?)


 誰も上空に静止する俺の存在を察知していない。故に遠慮なく注視していると、ようやく輸送ヘリがテーマパークから視認できる位置まで接近してきた。

 だが私の【聖領域】を引き継いで発動しているフィフキエルが搭乗している為、民間人は誰も輸送ヘリに気づかない。【聖領域】の効果上、彼らに殺されようとも気づかないだろう。

 しかし【曙光】の末端の構成員達は、なにがしかの要因で【天罰】の接近を察知したようだ。慌てて動き出したニンゲン共を見下ろしながらも、無線機を持った男から視線を逸らさずにいた。

 すると男が無線機を使う。果たして、非実体翼を通して俺の脳は察知した。


「見つけた」


 にやりと笑んでしまう。無線機が発したのは電波ではない、魔力だ。それが送信され、受信し、更に応答して返された電波から位置を逆算。地下にテーマパークと同じ空間があるのを把握。

 地下に大規模な空洞はない。地下駐車場があるだけだ。しかしこの感覚には覚えがある。東京の秋葉原で体験したチュートリアル――異界の存在だ。地下に異界があるのだろう。


 それを確信したらもう止まれなかった。ぶるりと歓喜に震えた体が勝手に動き出す。


 非実体翼を羽ばたかせ、一気に急降下した私は、テーマパークの地表を貫通して。

 望むままに、表世界と異界の隔たり次元の壁を突破した。









  †  †  †  †  †  †  †  †









 逃げ去っていく白衣の女は見逃した。


 魔力の気配においはしていたが、特に恨み関係のない人間だったからだ。至近に探し求めたクソ犬の気配があるのに気づいていたから、そちらの方を優先したかったからでもある。

 口端を緩め、ゆったりと歩きながら腰のホルスターから如意棒を抜く。ナイフほどの長さから自分の身長に伍する長さに伸ばし、先端部をテーマパークの施設管理室へと向けた。

 閉ざされた扉は鉄製だ。異界に突入した際に把握したが、この人工の異界は表世界にある遊園地と全く同じ構造をしているらしい。表世界の方とは違って人の姿はまるでなく、そうであるが故に痛いほどの沈黙が場に落ちていた。


 管理室からは警戒と敵意を感じる。あれだけバカでかい騒音を撒き散らしたのだ、気づいてないわけがないだろう。『言霊』で俺の存在に気づけなくなっているはずだから、なぜあんな爆音が鳴り響いたのか理解できていないはず。そこまで考えて、ふと思った。


(――妙だな。なんでさっきの女は俺に気づいた?)


 白衣の女。銀髪の美人さん。逃げ去ったあの女と俺は、思いっきり目が合っていた。

 俺の『言霊』が効いていなかったのか? だとするなら強力な魔力を有しており、俺の天力に抵抗できていたことになる。用のない人間だからと、見逃したのは浅はかだったかもしれない。


(まあいい)


 どうでもいいかと切り捨てた。

 そんなことよりも手早く目的を達しよう。衝動に従って埼玉まで出向いてしまったが、もともとは家電を見に行く最中だったのだ。さっさと野暮用は片付けてしまいたい。

 ここまで来たなら『誰にも気づかれない』状態は不要だ。無駄な天力の消費をカットした。すると劇的な反応が返ってくる、管理室内から厳戒態勢に移った悪魔の気配がしたのだ。

 遅いんだよと内心せせら笑いながら、如意棒を高速で伸長させた。


『ッ――ズアッ!?』


 グンと伸びて壁を粉砕した如意棒が、管理室内にいた白い犬の悪魔の肩を貫通させた。カツンと足音を立てて歩みながら、コンクリートの粉塵の只中を進んで晴れやかに声を掛けてやる。


「やぁ、さっきぶりだな? 毛むくじゃらの畜生くん」


 中にはやはり、あの忌々しい害獣がいた。肩を如意棒に貫かれ、宙吊りにされた白い獣。体躯は俺よりも優れているが、所詮は見掛け倒しだ。嘲笑も露わに語り掛けると、害獣は長い体毛に覆われた両目を見開き、信じられないといった面持ちで俺を睨んでくる。


『オ、オ前はっ……!? な、なンデここに……!?』

「ャッハハ。喋る犬とは珍しい。おまけに人間様よりも大きいときた。――図が高いぞ? 犬なら犬らしく、這いつくばって出迎えるのが礼儀だと……飼い主に躾られなかったのか?」


 言いながら如意棒を振るい、遠心力で如意棒から白い犬を解放する。室内のモニター群を巻き込み、軒並み破損させながら壁に激突した白い犬から視線を切った。

 一室を埋め尽くす無数のモニターは、施設内のあちらこちらに仕掛けられていると思しき監視カメラの映像を映していた。ちらりと左右を見渡すと、部屋の片隅に得体の知れない液体が詰まった培養槽があるのを見つける。液体は半透明の緑色……漬けられているのは俺の左腕だ。見ていて気分の良いものではない、顔を顰めて如意棒を振るい培養槽を破壊すると左手を翳した。


「来い」


 どちゃりと音を立てて床に落ちた左腕が、俺の命令に従って飛来する。それを掴み取ると、異常がないかを検分した。

 と。俺がよそ見をしていたのを隙と見做したのか、無言で飛びかかって来た白い犬に一瞥も向けず、右手に握る如意棒を旋回させ頭部を横殴りにし、畜生の巨体を地面に叩きつける。

 苦悶の声を漏らした白い犬が機敏に跳ね起きようとするのを、先端部だけ巨大化させた如意棒で上から押さえつけ身動きを封じた。奪われていた左腕には異常らしきものは見受けられない。善からぬことはまだされていないようだ。結構なことではあるが、左腕は既に再生させているので取り戻しても使い道はない。身に備えていた『浄化』の属性を用い、白い炎で丸ごと焼き尽くした。


『ギュゥウウンンンッ……!』

「ん? ンッフフ」


 自分の腕を自分で処理するのもなかなか珍しい体験だろう。

 耳障りな呻き声を耳にして、雑音のする方に目をやると、俺の如意棒を跳ね除けようと懸命に踏ん張る畜生がいた。その無様な様子に堪らず含んだような笑い声を漏らしてしまう。


「なんだ、立ちたいならそう言え。折角喋れるんだ、コミュニケーションでも楽しもう」

『ガァァッ!』


 親切に如意棒を退けてやって縮小すると、犬は殺気も露わに牙を剥いて飛びかかって来た。

 嘆息して腕を突き出す。如意棒で犬の額を強打してやれば、ひっくり返って後頭部を床に叩きつけられ悶絶する。間抜けな姿に更に失笑を重ねた。なんとも知恵の足りない醜態だ、俺を笑わせたいのなら充分に合格である。


「喋らんのか? 愛嬌のない奴だ。仕方ない……私から話してやろう」

『……ガァ!』


 懲りずに突撃してくる犬。狭い室内だ、天井に向けて跳び鋭角に襲い掛かってくるのを如意棒で打ち返し、地面を這うように突貫してくるのを下から掬い上げる一打で跳ね返す。


「お前の名はシモンズさんから聞いた。ボーニャというのだろう? 並の悪魔なら一撃で殺せる、シモンズさんの攻撃を受けても無事でいられる頑丈さがあるらしいな。おまけに天力を魔力に転換する能力を具えてもいる。現に私の攻撃をこうまで受けながら、さして堪えた様子がないからな。頑丈さに関しては認めざるを得ないよ」


 めげずに突撃を繰り返す白い犬ボーニャの様は、まるで戦車のような迫力と質量を感じさせる。だが生憎と、俺は戦車如きに脅威を感じる生命体ではなくなっている。ミニ四駆か何かが体当りしてくるのを、テキトーにいなしている程度の感覚しかなかった。故にこれはロイの時のような戦いではない。軽く如意棒で迎撃しながら言葉を続ける。


「しかしながら、幾らか気に掛かる点がある。なんだと思う?」


 弱いものイジメは、正当性さえあるなら楽しいものだ。弱い悪を強い正義で叩きのめすのは快感ですらある。だがいつまでも同じことを繰り返していては飽きが来るというもの。俺は次第に笑みを消しながら、淡々と事務的に告げることにした。


「何度も何度も、お前が愚直に突撃を繰り返すのは何故だ? 東京で見せたあの破壊光線を何故私に向けて撃たない? 折角の頑丈さもこれでは宝の持ち腐れだ、サンドバッグにしかならない。人造悪魔はお前を含めて幾らか見たが、設計に明確なコンセプトがあるように見受けられるのに、だ」

『ガウッ! ガァァッ!』

「答えは自明だ。あの破壊光線はシモンズさんの天力を吸収して放ったもの。つまり、お前自身には大層な魔力は具わっていないんだ。だから外部からエネルギーの供給を受けないと満足に性能を発揮できない。愚直に突撃を繰り返しているのは、焦れた私が天力を用いてなにがしかの攻撃を仕掛けるのを待っているからだ。違うか?」

『――ッ。ガァァァ!』

「ヤハハハ! 分かりやすい奴だ、愛しさすら感じるぞ!」


 どれだけ跳ね返されても間断なく襲い掛かってきていたボーニャが、俺の指摘を受けて一瞬固まる。その反応を見逃さず、俺は発作的に笑声を溢しながら如意棒でボーニャを叩き伏せた。

 流石に五十七回も俺に殴られたら堪えているのだろう、僅かずつ動きが鈍くなってきている。如意棒を縮小させ、先端を銃口に見立ててボーニャに突きつけた。


「頑丈さに任せて相手のエネルギーを吸収、カウンターとして放つ……お前のコンセプトは強力な味方との連携にあるらしい。味方が前衛と後衛を務め、お前は遊撃として盾になるのがベストな形だろう。お前がロイと共に来ていたら私も危うかったかもしれないが――能力の種が割れてしまえば対処は容易い。徹底して、物理で殴り殺せばいいわけだ。念の為、じかに触るのは無しで」

『………』

「さようなら、畜生くん。私は犬より猫派でね、お前が猫だったらもう少し躊躇っていたかもな」


 お別れは済んだ。ジリ、と。動き出そうとしたボーニャの足元の砂利が鳴るのを合図に、俺は一気に如意棒を伸長させる。四つん這いで始動しようとしていたボーニャの額を打突し一気に縮小。更に伸長させて体勢を崩していたボーニャの左前脚の付け根を打突して、踏ん張りを利かせず転倒させるとまた如意棒を縮小させる。伸長と縮小、伸縮をひたすら繰り返し、ただただ如意棒の先端部での打突を、ボーニャが死ぬまで続ける。その気になったら一撃で殺せるが、コイツは人造悪魔だ。また似たような奴と対面しないとも限らない。可能な限り耐久力を調べる意味もあって、半ば以上嬲り殺しにさせてもらった。

 可哀想とは思わない。所詮は害獣なのだ。しかも俺の左腕を食いちぎった奴でもある。即死させず有用なデータを取ってやっているのだから、むしろ俺の役に立てたことを感謝して欲しいものだ。


「……574発か。意外と耐えてくれたな、ボーニャ?」


 機関銃めいた打突の雨をそれだけ受けると、さしもの人造悪魔もピクリとも動かなくなった。

 死んだふりではない。頭蓋が割れて脳が床に落ち、胴体からも様々な内臓が溢れている。これで死んでいなかったら流石に驚く。

 念の為、巨大化させた如意棒で遺骸を叩き潰して挽き肉にしてやった。この一撃だけ本気でやったら地面が陥没して大穴が空いてしまったが、それでも反応はない。原形を失くしたボーニャの挽き肉が、空いた大穴に落ちていくのを見て死亡を確認すると、俺は背中の羽根と頭上の黄金環を消し去り戦闘モードを解除した。


「用は済んだ。帰るか」


 後はフィフがなんとかするだろう。俺は元々ボーニャにしか用はなかったのだし、そのことも皆には伝えてある。先に帰っても文句はないだろう。

 縮小させた如意棒をホルスターに戻し、んーっと伸びをして体のコリをほぐすと『言霊』を使う。


「『転移』」


 目的地は東京だ。シニヤス荘に帰ってもいいが、その前に家電を見に行かないといかない。

 熱海さんは無事だろうかと、いまさら気になってきたが……まあ、生きていて縁があったらまた会えるだろう。

 そうして天力の残滓を残し、俺はその場から消えた。


 この時の俺は、埼玉のとあるテーマパークが全壊し、多くの民間人が犠牲になるとは想像だにしていなかったのだが――シモンズさんとローゼンクロイツさんだけを連れ帰ってきたフィフは、悪びれもせず耳打ちしてくるのに溜め息を吐かされることになる。


 フィフは言ったのだ。


「あなたの都合が良いように、【天罰】の子たちはこの二人以外間引いておいたわ。後ろから、バレないようにグサッとね」


 ――と。








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