着任4

 会話を終え、司令部棟を辞した直也と彩華は、まずは腹ごしらえと、食堂へと向かった。昼時を過ぎていたこともあり、食事をしている人の姿はほとんどいない。その中に、龍一を始め三奈、義晴、久子の姿があった。


 龍一も直也と彩華を見つけて手を上げる。


「二人とも、今から飯か?」


 カウンターで料理を受け取り、二人は龍一達の座っている席の隣に腰を下ろした。


「ああ。そちらは?」

「俺と義晴は、基地に家族はいないからな。適当に時間を潰していた」


 龍一と義晴の席の前には、空になったプラスチックのコップが置かれている。本当に暇そうだ。三奈と久子の前には、空になった食器が並んでいる。


「三奈と久子は、親に会ってきたのか?」


 直也の問いに、三奈と久子は揃って困った表情をしながら頷く。


「僕はあの後、父さんに会って来ましたけど、あまり話が続かなくて……」


 歯切れが悪い三奈。普段のハキハキした性格からは、あまり想像がつかない反応だ。研究所にいた頃から、三奈は父に苦手意識を持ち、距離を取っていた。あけみや彩華から伝え聞いたところでは、三奈の父は、兄妹を技術者にするべく子供の頃から様々な知識を教え込んでいたそうだ。兄の一彰や姉の双葉は興味を持ち、乾いたスポンジが水を吸い込むかの如く知識を吸収していった。しかし三奈は運動の方が好きで馴染めず、さらに非凡すぎる兄や姉と比べられて肩身が狭かったと言う。


 直也から見ると、得意分野の違いだけのようにも思えるが、本人はそう考えてはいないのかもしれない。


 幸運なことに兄や姉からは可愛がられており、関係は良好だ。特に姉は同性であることと、私生活に関してずぼらな姉の世話を焼いていた几帳面な妹という関係からか、苦手意識は持っていないと言う。


「三奈ちゃん。無理に話そうとしなくても良いと思うけど、大切に思っていることは分かってあげてね」

「はい……」


 彩華の言葉に、三奈が小さく頷く。別に父である長門彰利大佐から嫌われているわけでも無い。そればかりか、直也達は「娘をよろしく頼む」と直接頭を下げられていた。三奈も、理屈では分かっているつもりでも、子供の頃からの苦手意識は拭い切れていないようだ。


「私も父と兄に会ってきました。でも、兄が……」

「あ、ああ。それは仕方ないな……」


 久子のうんざり顔に、直也は苦笑するしか無い。久子の両親と兄は、揃って航空隊に所属している。母と兄はパイロットとして、父は整備員としてである。


 普段はおっとりしている久子の家族とは俄に信じられないほど、両親は少々インパクトのある性格をしているが、今は大した事では無い。問題は、久子と五歳離れた兄――健太朗――にある。痩せ型の体型、キリッとした顔立ちと生真面目な性格は、女性への受けが良いらしい。しかし“重度のシスコン”であった。


 事ある毎に妹と共に行動しようとし、妹に近づく同年代の男性がいれば牙を剥く。直也達男性陣も、始めの頃は「妹に近付きたければ、俺を倒してからにしろ!」と食って掛かられた。希望通り“倒して”からは、表立って文句を口にしなくなったが。精々、会う度に睨まれる程度だ。


 ちなみに、健太朗も≪タロス≫のオペレーター候補の一人であった。選考から外れた後も、当時開発中だった戦闘機型ドローンのテストパイロットとして、研究所に少し前まで在籍していた。


「だが、これからまた付きまとわれるんじゃないか?」


 しかめ面をしながら、龍一が懸念を示す。研究所での日々を思い出したからに違いない。


 研究所にいた頃、健太朗と久子は同じ敷地内ではあったが作業する建物は違っており、普通出会うことはない筈だった。にも拘わらず、二日に一回以上は必ず遭遇していたのだ。


 あまりの酷さに、普段おっとりのほほんとしている久子が、珍しく真顔になり低く冷たい声で「兄さん。視界に現れないでください」と全力で拒絶した。健太朗はこの世の終わりを目にしたように愕然として、フラフラと去って行った。そして同行していた直也、龍一、亮輔、義晴、レックスは、久子の暗黒面を垣間見て、一様に身を震わせた。


 それ以来健太朗は、久子の許可があった時以外、姿を見せなくなった。以外と律儀な男である。


「それは大丈夫みたいです。兄には陸上部隊の敷地に入る許可は与えられないそうなので」


 久子の言葉に、龍一のみならず、全員が安堵の息をつく。


 統合機動部隊には陸、海、空宙(航空+宇宙)の部隊が存在している。しかし隊員が自由に行き来出来るわけでは無い。それぞれの所属する部隊の属性(陸、海、空宙、本部、共通等)毎に敷地が隔てられており、許可を得ていない敷地に入ることは出来ない。一般企業でも、社員がセキュリティレベルによって立ち入り出来る場所を制限されている事と同じである。


「でも、電話やメールで呼び出されるんじゃ無いか?」


 義晴は、久子の携帯電話が昼夜問わずに鳴り響く可能性を危惧するが、久子はあっけらかんとした表情で首を横に振る。


「それも大丈夫。受信しないようにブロックしているから」

「そ、そうか……」


 思わず、一同に沈黙が落ちる。全員の表情が「妹にここまで拒絶されている兄とは?」と語っていた。


「健太朗さん、マジ半端ないな……」


 龍一が、ボソッと呟いた。



 直也と彩華の昼食後は、あけみ達も合流し、十人全員でグリフォン中隊に割り当てられた施設を見学する。


 中隊は中隊本部、戦闘班、車両班、整備班で構成されている。


 中隊長は出雲大佐が兼任し、中隊本部は中隊を管理するスタッフ数名がいる。戦闘班は直也達オペレーター十人のみだ。車両班は、オペレーターの搭乗する車両や、ロボットを運ぶトラックの運用に携わる。整備班は文字通りロボット兵器や車両の整備に携わるが、百数十機のロボットがあるため一番人数が多く、中隊の半数以上を占める。


 中隊の施設は、二階建ての建物一つと、いくつかの格納庫からなる。中隊本部に顔を出すと、初老の男性スタッフが案内すると申し出てくれた。


「やあ、話には聞いていたが、ずいぶんと若いね」


 和やかな笑みで直也達を見る。


 挨拶を済ませ、会議室、事務所、戦闘班の待機室、格納庫と見て回る。新たな仲間との顔合わせで一日を終えるのだった。

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