着任3

「久しぶりの親子水入らずだな」

「この姿で水入らずと言うのも、不思議な感じだけれどね」


 制服の襟を摘まみながら、直也が苦笑すると、「違いない」と秀嗣も笑う。父に誘われ、直也と彩華は並んでソファに腰を下ろす。秀嗣も向かいのソファに座る。


「広い基地で驚いただろう?」

「そうだね。あちこち見てみたいかも。それに、フレンドリーな人が多かったよ」

「フレンドリー?」


 首をひねる秀嗣に、直也と彩華が司令部に来る途中に何度も新兵に間違われ声をかけられた事を伝えると、「そりゃあ災難だったな」と秀嗣が笑う。


「災難だったのは、俺達じゃなくて向こうだと思うよ」


 何せ新兵だと思って声をかけたら、まさかの上官だった。タチの悪い冗談でしか無いだろう。


「……違いない。まあ、良い刺激になるだろう」


 秀嗣は、ニヤニヤしていた表情を引き締める。


「話は変わるが、≪タロス≫はどうだ?」

「自律行動AIはまだ改善が必要だけれど、シミュレーションを繰り返してきた限り、実戦は問題無いと思う」


 直也に同意するように、彩華も頷く。開発を主導してきた立場上、秀嗣の元にも様々な情報は入っている。しかし現場の担当者から、生の話を聞く事は重要だ。


「敵のロボット兵器とやり合えそうか?」

「どうかな?

 三種類のうち、六脚の一番小さいタイプは大したことなさそうだけれど、一番大きいタイプは正面から撃ち合うのは難しいと思った。中型のタイプは、十二・七ミリ弾で貫通出来れば良いけれど……。

 映像だけでは何とも言えないね」


 先月辺りから、ズレヴィナ軍侵攻部隊の中に、三種類のロボット兵器が確認されている。その何機かは撃破しているものの、撤退中の扶桑軍に残骸を回収する余裕は無く、交戦記録と映像しか残っていない。それから読み取れることは、歩兵の持つ五・五六ミリライフル、五・五六ミリ軽機関銃では全く歯が立たず、対戦車ミサイルや戦車砲で撃破したという極端な記録しかない。そこからでは、ズレヴィナ軍のロボット兵器がどのような装甲と武装を持つのか、断片的な情報しか得られないのだ。


 秀嗣も「まあ、そうだろうなあ」と同意する。せめて撃破したロボット兵器を回収出来れば良いのだが、ギリギリの撤退戦を繰り広げている前線兵士に無理強いは出来ない。


「まだ詳細は不明だが……、敵は複数のパワードスーツも配備し始めたらしいぞ」


 ズレヴィナ共和国では、歩兵が装着するパワードスーツに軽装甲を施した、装甲歩兵部隊を設立したという情報が入っていた。詳細も不明で、配備は少数の特殊部隊のみ、実戦で姿は確認されていない。


「もし≪アトラス≫と同程度の性能と仮定するなら、普通の歩兵では全く相手にならないね」


「……パワードスーツといいロボット兵器といい、敵の情報が不足しすぎて判断出来ないな。向こうの新兵器配備が進めば、こちらはさらに苦しくなる」


 秀嗣は腕を組むと、背もたれに寄りかかり天井を見上げる。


 扶桑国でも≪アトラス≫というパワードスーツを開発し、間もなく配備が始まる。歩兵が四肢を入れて“搭乗”する事で、≪タロス≫のような装甲、機動性を得られる兵器だ。研究所で直也達がテストパイロットとして試作型の試験も行っていたために、性能も熟知していた。


 開発自体は≪アトラス≫の方が先ではあるが、実戦配備は≪タロス≫の方が先となる。


 外見は≪タロス≫と似ており、≪タロス≫が「中の人がいない」ものとすれば、≪アトラス≫は「中の人がいる」ものになる。



 ここで開発の経緯を説明する。同盟国のエトリオ連邦では、十年以上も前からパワードスーツの開発を進めていたが難航していた。そこに扶桑国が共同開発を打診したが、当初は拒絶された。共同開発に足る技術力が無いと判断されたためだった。当時の開発責任者に「我々が開発している兵器にタダ乗りして、技術を盗むつもりか?」とまで罵られたと言う。


 このため研究所は、独自に開発を進めていたパワードスーツ≪アトラス≫の初期試作型を、エトリオ連邦の陸軍上層部に公開した。初めは半信半疑の表情を浮かべていた面々も、目の前でデモンストレーションを行う≪アトラス≫に、視線が釘付けとなった。と言うのも、彼らが当初計画していたパワードスーツを、遙かに凌駕する運動性、操作性と稼働時間を見せつけられたためであった。衝撃は、まさしく“驚天動地”であった。


「世界最強の軍隊を指揮する奴らが、並んで口をポカーンと開いてアホ面を晒している姿は、なかなか傑作だった」


 デモンストレーションに参加していた、一彰の感想だ。口は悪いが、面と向かって罵られた一彰にとって、そうでも言わなければ、溜飲を下げられなかったのだろう。


 当然、エトリオ連邦側は扶桑国との共同開発――実質は扶桑国の技術を丸々使い、エトリオ連邦は資金提供――を選択し、当時の開発プロジェクトは“ガラクタ”と結論づけられ解散したのだった。なお、その開発責任者や数人の技術者が、その後行方知れずとなっている。


 技術はあっても資金が無かった扶桑国、資金はあっても技術が足りなかったエトリオ連邦。この二国の利害が一致し≪アトラス≫は開発されたのだ。


 ロボットの≪タロス≫は、パワードスーツ≪アトラス≫からの発展という位置づけで開発されているが、一彰曰く、「≪タロス≫が本命で、≪アトラス≫は中継点にすぎない」という。



「≪アトラス≫はケルベロス大隊に?」

「ああ。まずは中隊の一つに割り当てる予定だ。研究所でお前達が使っていた試作品を、訓練用に回してある。量産型はエトリオ連邦から輸送中だ」


 国土の一部がズレヴィナ共和国に占領され、疎開も進んでいる現在、扶桑国の工業力は開戦前の半分程度まで落ちている。要島や黒崎島北部の工場を兵器工場に転用しているが、新兵器を製造する機械やキャパシティは全く足りず、エトリオ連邦を頼らざるを得ない。


 兵器に限らず食料や民生品の生産量も減り、外国からの輸入が急増している。もし扶桑国でしか産出しないレアメタル――イコルニウム――の輸出が無ければ、貿易赤字で遠からず破綻していただろう。


「そんな悠長なことで、三ヶ月後の反攻作戦までに訓練が間に合うのでしょうか?」


 彩華が眉根を寄せる。


 軍でも一部にしか伝わっていないが、三ヶ月後、奪われた国土を取り戻すために反攻作戦が予定されている。戦いの要となるのは≪タロス≫と≪アトラス≫による混成部隊、そして海上からの新兵器による支援攻撃だ。


「彩の言う通り、俺たちが≪アトラス≫の訓練に付きっきりになるか、研究所で訓練した方がいいと思うけど?」

「その辺は、出雲さんとケルベロス大隊に任せている。近いうちにお前達に話が行くはずだ」


 秀嗣は組んでいた腕を解くと、視線を直也と彩華に向ける。


「……お前達には苦労をかけるな」

「大丈夫だよ、父さん。俺たちが選んだことだから」

「私も、兄様と一緒なら大丈夫です」


 頼もしく答える子供達に、「そうか」と優しく微笑む。


「ここに来る前に実家に寄ってきたけど、詩音と智弘は元気にしていたよ。父さんに会いたがっていた」


 詩音と智弘は、秀嗣が再婚後に生まれた子供達で、直也と彩華の妹と弟になる。基地は鈴谷市にあるため、家族も折を見て引っ越す予定ではあった。しかし開戦によって戦場となる可能性がある事と、安全性を考え、扶桑国の首都、御浦市に残る選択をしたのだ。


 それから三十分ほどの間、三人は家族の会話を楽しむのだった。

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