着任2
ロビーに集まると、互いの制服姿を見せ合う。研究所では公式なイベントを除き私服で過ごしていたため、制服姿が見慣れないのだ。
「直也君、似合っているわね」
「ありがとうございます。あけみさんはスラックスなんですね。キリッとしていて素敵です」
「あ、ありがとう……」
直也の言葉に、あけみは頬を薄く染めて目を逸らす。女性の制服はスカートかスラックスかを選べ、女性陣は久子のみがスカート、他はスラックスであった。
続いて現れた隊員達にも、直也は声をかけていく。
「レックス、ネクタイ曲がっているぞ」
「あ、すいません」
「……うん。オーケーだ。なかなか似合っているな」
「ありがとうございます」
背の高いレックスを、直也は優しい笑顔で見上げる。レックスは少し恥ずかしそうに、笑い返す。
こんな調子で全員のチェックをしていく。もちろん褒める事も忘れない。端から見ると“面倒見の良いお兄さん”だ。
義兄の様子を、彩華は少し離れた所からじっと見ている。
(また、兄様ったら……)
この世話好きな所が、彩華にとって不満であった。男性だけでは無く女性にまで親身に接するせいで、相手が勘違いして直也に好意を抱いてしまう事があるのだ。しかも直也に下心が無いため、止めさせることも出来ない。
彩華は、初めて会った頃から直也を一途に想い続けている。だから他の女性が直也に近づいて来るとハラハラしてしまう。
今の所恋敵になるのは、あけみ、エイミー、双葉、ほか数名だ。義兄は恋愛感情に“超”が付くほど疎く、彼女達からの好意に気付いていない。かと言って、下手に「○○さんが兄様のこと好きみたいですが、兄様はどうなんですか?」などと聞いてしまうと、義兄が意識して藪蛇になりかねず、聞く事は憚られた。
ちなみに彩華の制服姿は、既に実家で見せている。しっかりツーショット写真も撮影済みだ。
しばし直也に見蕩れていたあけみが、彩華の視線に気付いて我に戻る。コホンと一つ咳払いをすると「全員集まったわね。行きましょうか」と声をかける。
グラウンドの横を歩いていると、訓練をしている兵士達が、チラチラと直也達の様子を窺っている。
「なんか、結構注目されていますね……」
義晴が居心地悪そうに、直也達にだけ聞こえる声の大きさで話しかける。
「僕達が普通の新兵に見えているのかもしれませんね」
「確かに新兵の入隊は数日後らしいから、そう思っているかもしれないわね」
三奈の推測を、あけみも肯定する。
平時であれば、この四月は新兵や軍学校を卒業した新任士官が着任する時期だ。しかし昨年末に勃発した戦争によって軍学校が十二月末で休校になり、最終学年の五年生は卒業が早められ、他の学年は軍学校に籍を置きながら軍への配属が進められた。そのためほとんどが、翌年の一月中に配属されていた。直也達十人の中では、彩華、亮輔、久子、三奈が五年生だったため前倒しで卒業し、義晴、エイミー、レックスが四年生だった。
それに対して新兵は、通常通り四月の入隊となる。だから兵士達からすると「軍学校出身にしては時期が違うし、若いから新兵だろうけど、入隊日間違ってんじゃね?」と思っている可能性が高かった。
「まあエイミーなんか、お子様に見えるから仕方ないっすね」
亮輔が余計なことを口にする。
「うっせーぞ、亮」
少し低い声でエイミーが抗議し、ついでにさりげなく脇腹を殴る。ボスッと鈍い音がし、亮輔は「イテッ!」と小さな悲鳴を上げる。
「何やってるんだよ、お前ら……」
龍一が呆れ顔で、溜め息交じりに声を漏らす。
注目を浴びたままグラウンドを通り過ぎようとしたところで、迷彩服姿の兵士三人が「君達、ちょっと良いか?」と直也達を呼び止める。全員が服の上からでも分かるくらい筋骨隆々たる体格だ。そして直也よりも五、六歳ほど年上に見える。
先頭に立つ強面の兵士――軍曹――は、先頭にいる直也がまとめ役と判断し顔を向ける。あけみの推測通り新兵と思っているようで、不用意に直也達を怖がらせないためか、努めて笑顔を浮かべている。だた慣れない表情のようで頬がピクピクしており、怒りをこらえているようにも見える。
新兵と思っている直也達が敬礼しないことに、後ろの兵士二人が目を細める。
「新兵の入隊日は、明後日だ……、がっ!?」
軍曹は、直也の制服の襟元にある中尉の階級章を見るなり言葉に詰まり、顔をサッと青ざめさせる。
「失礼しましたっ!!」
バネ仕掛けの人形のように、見事な敬礼をキメる。後ろにいた二人の伍長も、直也が上官と気付いて慌てて倣う。
(こんな時期に士官が着任するなんて、聞いていないぞ!?!?)
平時であれば間違えることなど無かったが、今年は新任士官の入隊時期が一月だった事と、メンバーの多くが子供だった事から、完全に新兵と思い込んでいた。
軍曹は敬礼をしながら、直也達の襟元に素早く視線を巡らせる。
(中尉が二人、少尉が四人、曹長が四人……。は? あのちっこいのが曹長!?)
エイミーの階級章を二度見、いや、三度見するが同じだった。理解が追いつかず、(ああ、アイドルとかが来て、一日旅団長やるイベントあったか?)などと現実逃避しかける。
見るからに大混乱に陥っている軍曹と伍長達に、直也は内心で苦笑しながらも、表情は努めて平静を保ち、敬礼を返す。
「神威直也中尉以下十名、本日付で配属になります。宜しくお願いします」
軍曹は目を丸くしながら「か、神威……?」と呆気にとられた声を出す。扶桑国では、神威という名字は非常に珍しく、彼らにとってその名字は、ただ一人――統合機動部隊の司令官――しか思い当たらなかったのだ。
(そういえば、お偉方の子供達が来るって言っていたような……)
今更思い出し、軍曹と二人の伍長の背筋に冷たい汗が流れる。
石像の如く硬直している三人に、「先を急ぎますので、失礼します」と声をかけて歩き去る。
少し離れた所で、直也の隣を歩くあけみが「予想通り、新兵と間違っていたわね」とこらえきれずに笑みを浮かべる。他の面々もまた、ニヤニヤしたり、忍び笑いしたりしている者もいる。
その後も、新兵と間違って声をかけられることがあった。
「新兵か。頑張れよー……。ま、間違えましたっ!!!」
「ボウズども、明日からは俺達がしっかり鍛えて……。あ……。失礼しましたっっ!!」
と言った調子である。最後の方は直也もこらえきれず、「これで三回目なので、気にしないでください」と笑いながら答えていた。直也達の中でも、特に扶桑人と違う特徴――金髪とエメラルド色の瞳――を持つエイミーとレックス姉弟が人目を引いていた。
司令部棟に到着すると、受付の女性士官に案内され、司令官室へと通される。
女性士官はコンコンとノックをして、返事を待たずに「入ります」と声をかけ部屋に入っていく。直也達もそれに続く。
室内は、一言で言えば「質素」だった。執務机、応接用のソファとテーブルのセット、そして書棚と、真新しいもので一通り揃えてあるものの、さほど値の張る家具ではない。直也と彩華は自宅にある父の立派な書斎を知るだけに、尚更驚きを与えた。
その他には、部屋の隅に国旗と軍旗、風景画、最後に壁に取り付けられた数枚の大型ディスプレイが目を引く。その一枚は扶桑国の地図にズレヴィナ共和国との勢力範囲が表示されている。
「おお、来たか。今行く」
ソファで話をしていた中年男性五人が立ち上がる。統合機動部隊の中枢たるメンバー+αだ。
横一列に並ぶ直也達十人と向かい合うように、五人の中年男性達も横一列に並ぶ。その中央にいるのが、統合機動部隊の総司令官、神威秀嗣中将だ。細身ながらガッチリした体格と精悍な顔つき。体型も顔も、直也と共通する所が多く見受けられる。
その両隣には、播磨将紀少将と出雲基成大佐が並ぶ。播磨将紀少将は、統合機動部隊の艦隊司令官であり、エイミーとレックスの父親だ。秀嗣に比べると背は少し低く、腹回りも中年らしさが見られる。出雲基成大佐は統合機動部隊の陸上部隊司令官だ。白髪に白い口ひげを蓄えている。ヒョロッとした体格は基地の兵士達に比べると一見見劣りするが、剣術や格闘術が得意で、凜然としている。名字から分かる通り、あけみの父である。
さらにその隣には、副司令官の織田敦中佐、戦闘技術研究所所長の長門彰利大佐が並ぶ。彰利は一彰、双葉、三奈の三兄妹の父親だ。
この五人は、軍内部に存在する派閥の一つ、“神威派”の主要メンバーでもある。
そしてこの通り、直也達十人のうち大部分は、軍や研究所に縁者がいる、極めて特殊な構成だ。
直也達は敬礼をすると、十人を代表して直也が発言する。
「神威直也中尉以下十名、統合機動部隊に着任しました」
「ご苦労。今後の活躍に期待する」
研究所のいた頃から互いに見知った間柄ではあるが、制服に身を包み今までより頼もしく見える姿に、秀嗣は感慨深く一人一人の顔を目に焼き付ける。そして腕を降ろすと、口を開いた。
「君達は、世界で初めての兵器を扱う部隊となる。誰もが君達の力を疑うだろう。悪し様に言う者もいるだろう。
しかし、私を始め、ここにいる全員は≪タロス≫の開発に関わっている者達であり、戦争の流れを変える力がある事を知っている。自信と自覚を持って欲しい。
……本心では、若い君達を戦場に送り出す事は心苦しい。だが、残念ながら君達の力が無ければこの戦争に勝つ事は難しい状況だ。活躍に期待する。そして、無事に生き延びてくれ。以上だ」
「「はっ!」」
直也達の返事に、秀嗣は満足そうに頷く。他の四人もまた、子供達の姿に目を細める。
続いて、出雲大佐が前に出る。「楽にしてくれ」と伝えると、直也達は休めの姿勢をとる。
「君達は新設の中隊、通称グリフォン中隊に配属となる。戦力は、君達とロボットのみだ。私の直轄部隊として動いてもらう。
戦闘部隊の隊長は、研究所の時と同じく神威直也中尉、副隊長は出雲あけみ中尉とする」
統合機動部隊の主要な部隊には、部隊名が付いている。陸上部隊は分類上は旅団で、戦車大隊はリントブルム、歩兵大隊はケルベロスいう具合に、架空の生物名となっている。部隊内でこの手の名前を付けるのが好きな面々が候補を挙げ、秀嗣を含む首脳陣が決定したものだ。一部から「厨二ぽい名前を付けるのはいかがなものか?」と懸念の声は上がったが、秀嗣が「カッコイイじゃん」と押し切った噂があったりする。ちなみに直也達は、秀嗣から「部隊名はどれが良い?」と候補を見せられ選んでいたため、それが事実である事を知っていた。
続いて、基地の説明と注意点、中隊施設の説明を受ける。本来は着任式後に下位の担当者から説明するものであるが、自分の子供達と言う事もあってその場で済ませてしまう。
「今日の行動は自由とするが……、基地の案内は必要か?」
「ぜひ、お願いします」
出雲大佐の問いに、直也は即答する。鈴谷基地は、港と空港を持つ非常に広大な基地だ。この機会に見ておきたいと考える。秀嗣も、息子の「基地を探検したい」意志をくみ取り、口添えをする。自分も同じ立場であれば、同じ反応をする事は疑いようも無いのだから。
「では特別に、港と空港にも行けるようにしておく」
「ありがとうございます」
嬉しそうな直也に、(やはり親子か)と出雲大佐は笑みを浮かべる。「皆はどうする?」と直也を除く九人に問いかけ、全員から一緒に基地を見てみたいと意志を確認する。
「わかった。今日は時間が足りないので、明日にしよう。案内人を明日の十三時、中隊の施設に向かわせる。
まずは明日の九時から、君達と≪タロス≫のお披露目を行う。遅れないように。
以上、解散だ」
出雲大佐が着任式を締めくくると、秀嗣がリラックスした表情で声をかける。
「君達の親御さんは皆軍人だ。そして大部分はこの部隊にいる。今日着任することは伝えてあるので、久しぶりに会ってくると良い。
あと、これからもうちの息子と娘が世話をかける。皆で支えてやってくれ」
「頼りになる隊長です」
「俺達こそ、いつも世話になっています」
父親の顔となって頭を下げる秀嗣に、口々と肯定的な返事が返ってくる。直也は少しこそばゆく感じ、この場を終わらせる事にした。
「では解散。基地内で迷子になるなよ」
直也の気恥ずかしさに気付いたのだろう、部屋の中に和やかな空気が流れ、皆、司令官室を出ていく。後には秀嗣、直也、彩華の親子だけが残された。
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