第一章 統合機動部隊

着任1

 扶桑国は、民主主義国家エトリオ連邦を盟主とする西側諸国陣営として五十年以上に渡り平和を享受し、発展し続けてきた国だ。


 国土は大きく分けて南北に連なる二つの細長い島で構成されている。北は首都の御浦(みうら)市がある要(かなめ)島、南は黒崎(くろさき)島だ。


 狭い国土に一億を超える国民が暮らし、工業力と技術力、経済力は世界有数の実力を持っている。しばらく経済は停滞していたものの、数年前にこの国の領海で発見されたレアメタル、イコルニウムが採掘されるようになってから、経済は上向いていた。


 世界で初めて見つかった鉱石だが、実用化は極めて早かった。バッテリーにイコルニウムを添加することで、容量を文字通り桁違いに引き上げられるのだ。近年商用化された核融合発電と共に、新たなエネルギー革命とも呼ばれている。


 世界中から垂涎の的であるこのレアメタルは、今の所、世界で扶桑国の領海内でしか見つかっておらず、独占状態となっていた。


 一方、一党独裁国家の大国、ズレヴィナ共和国では不満が募っていた。海を隔てた隣国で産出されるレアメタルが重要な戦略物資に指定され、輸出を制限されたのだ。


 ズレヴィナ共和国を始めとする東側諸国に輸出されるイコルニウムの量は、西側諸国の数十分の一。当然、この現状が面白い筈は無い。


 この不満が溜まっていた中、扶桑国は大きな失政をした。国内に駐留していたエトリオ軍を追い出した上、自国の軍備すら削減したのだ。これによって亜州の軍事バランスは崩壊した。


 それまでも周辺国に経済的、軍事的に圧力をかけていたズレヴィナ共和国は野心をむき出しにして、武力侵攻や内政干渉を行い、次々と支配下に置いていった。


 西側諸国も手を拱いていた訳ではない。外交的にはズレヴィナ共和国への批判を繰り返し、経済的には輸出入を制限したものの、さほど効果は無かった。


 そこに世界的な不況が主に西側諸国を襲い、エトリオ連邦や欧州各国は自国の対応にかかりきりとなった。


 この千載一遇の機会を、人民最高会議議長スタニスラフ・リャビンスキーは見逃さず、統合暦一八九四年十二月、扶桑国との戦争に踏み切った。


 開戦直後の第一次扶桑海海戦で完勝したズレヴィナ軍は、大陸に最も近い黒崎島の南端から上陸後に北上した。必死の抵抗を試みる扶桑軍を排除しつつ、開戦から四ヶ月経過した現時点で、この南北に細長い島の四割ほどを支配下に収めていた。



 最前線から直線距離で約八百キロメートル離れた、黒崎島北端にある鈴谷市。古くから要島と黒崎島を結ぶ玄関口として栄えてきた大都市だ。


 三本の鉄道用海底トンネルと港は、今や疎開する人々や様々な物資を運ぶ大動脈として、二十四時間態勢で稼働している。



 直也達は要島にある戦闘技術研究所を出発すると、列車で鈴谷市近郊にある統合機動部隊の本拠地――鈴谷基地――へと向かった。


 軍用列車に揺られて半日以上、海底トンネルを抜けると、柔らかな日差しが差し込んできた。はるか山々の頂はまだ白さが残っているものの、周囲の木々は芽吹き、春の始まりを告げている。


 間もなく基地に到着すると放送が入り、本を読んでいた直也は顔を上げて周囲を見回す。この列車は、直也達が移動する為に用意されたもので、車両には直也の戦闘要員の他に、ロボットやドローンの整備のため同じ研究所から異動となった後方支援の隊員も乗り込んでおり、ほぼ満員であった。


「腰がいてぇ……」


 直也の隣に座っている久滋龍一少尉が、顔を歪めながら窮屈そうに伸びをした。座席は新幹線の特別車両でもない、民間の列車を借り上げた普通車両である。その座席に長時間座り続けていたのだから、何をか言わんや、である。


 龍一は、直也が研究所に入る前に居た部隊からの付き合いであった。一つ年下だが、筋肉質な体格と百八十六センチの長身は直也を上回る。そして短髪は、どこかの格闘ゲームのキャラクターを思わせる。


 後ろの席では、副隊長の出雲あけみ中尉が窓の外を眺めている。高い身長と引き締まった体、ショートカットの黒髪、目尻がややつり上がった切れ長の瞳とツンとした鼻筋の美しい女性だ。そして凜々しい雰囲気は女性剣士のようでもある。事実、あけみは子供の頃から剣術をしており、全国大会でも上位の実力を持っている。直也の一歳年上の二十三歳で、中隊戦闘班の最年長である。


 その隣では伊吹久子曹長が眠っている。ウェーブのかかった長髪と、おっとりした見た目と性格は、可愛らしい世間知らずのお嬢様に思える。しかし戦闘時はキリッとした雰囲気へと一変する。戦略的な視点に秀で、戦闘時の状況判断の的確さは隊の中でも随一だ。


 前の席には義妹の神威彩華少尉と、一彰と双葉の妹である長門三奈少尉が座っている。


 彩華は直也と血のつながりは無い。直也は父の、彩華は母の連れ子であった。焦げ茶色の艶やかな髪は肩くらいで切りそろえられ、優しげな瞳は落ち着いた印象を与え、可愛らしさと美しさを両立させている。幼少期から直也と共に運動を続けた体格は、筋肉質になりすぎず、女性らしさを残した絶妙なバランスだ。


 三奈は頭脳労働に特化している兄や姉とは異なり、運動が得意な少女だ。姉とは異なるパッチリとした瞳は快活な印象を与える。右目の下には泣きぼくろがあり、姉とは反対の位置だ。運動と訓練で鍛えた体はスラッとして健康的。髪はポニーテールにしている。ちなみに一人称は「僕」である。


 通路を挟んだ席には播磨エイミー曹長と播磨レックス曹長の双子の姉弟が並ぶ。二人は艦隊司令官である播磨将紀少将の子供で、エトリオ人の母を持つハーフだ。お揃いの金髪とエメラルド色の瞳が目を引く。


 播磨エイミー曹長はとても小柄でボーイッシュな外見を持つ可愛らしい少女だ。外見に似合わず性格は勝ち気で男勝り。口が悪く取っ付きにくい印象はあるが、根は素直である。特に、幼馴染みの直也と彩華によく懐いており、二人を「直(なお)にい」「彩(あや)ねえ」の愛称で呼ぶ。


 播磨レックス曹長は、エイミーの双子の弟である。姉とは異なり、引っ込み思案で優しげな容貌は母性本能をくすぐるタイプだ。身長は直也を超える百八十三センチメートルと、オペレーターの中では龍一に次いで背が高く、小柄な姉と比べると大人と子供くらい違うため、初見では必ず歳の離れた兄に間違われる。しかし姉には頭が上がらなかった。


 双子の姉弟の前には穂高亮輔少尉と支倉義晴曹長が座っている。


 穂高亮輔少尉は、肩まである長髪とたれ目気味のハンサム顔で、一見軽薄そうな印象を与える。しかし外見とは裏腹に、大人しくマンガやアニメを好きな青年である。本人の話では、人と話すこと――特に異性と――が苦手で、あけみ、彩華、久子との会話にはぎこちなさと緊張感がある。しかし三奈とエイミーとのやりとりはなぜか普通だった。


 支倉義晴曹長は、何事もそつなくこなすタイプだ。顔にはまだあどけなさが残るが、気配りの出来る好青年である。亮輔とは対照的に、誰とでも仲良くなれる性格。国会議員の父を持つ三男坊だ。


 この十人が、≪タロス≫を運用する、世界唯一の部隊の戦闘要員である。


 ロボットを運用する一つの小隊は、前衛と後衛二人のオペレーターがペアを組んでいる。


 それぞれのオペレーターが十機前後のロボットで構成された分隊をコントロールし、時には分隊間や小隊間でロボットを融通しあう。一人や三人の編成も試したが、現状は二人が一番扱いやすいという結論に至っていた。


 その小隊が五つ集まって中隊となっている。オペレーターによって前衛、後衛の得手不得手があるものの、ペアは固定では無く、任務に応じて可変となっている。



 窓から外を見ると、点在する対空陣地が見えた。開戦当初は敵機や対地ミサイルによる攻撃も行われたそうだが、高性能防空システム≪避来矢≫によってほぼ完璧な防衛に成功して以来、攻撃は鎮静化していた。


 ≪避来矢≫は、国内三箇所の高性能対空レーダーと基幹コンピューターを備えた施設、≪虚空蔵≫、≪文殊≫、≪普賢≫と、各地のレーダー施設を専用のネットワーク――≪避来矢≫ネットワーク――で繋ぎ、各レーダーからの索敵情報を統合する事で一つの大きなレーダーに見立てている。このシステムにより、ステルス機やドローンと言ったレーダーに映りにくい物体も確実に捉えることが可能だ。しかもその索敵情報から目標の脅威度を判断し、ネットワークに接続した地対空ミサイル等の対空兵器から最適な攻撃手段を自動選択し発射、誘導までを行う。


 防空戦闘に優れたミサイル駆逐艦のシステムを、拡大・発展し、陸上で実現したものと言える。


 ただし主要三施設のうち、黒崎島南部にある≪普賢≫は、ズレヴィナ軍の侵攻に伴い破棄され、現在は稼働していない。


 列車が民間と共用する線路から、軍専用の線路に入る。鈴谷基地の中にも人用と貨物用の駅があり、人用の駅に向かっていた。フェンスを越え、外が一気に物々しくなる。


 鈴谷基地は一年前、統合機動部隊のため新たに設営されたため、まだ真新しさがある。さらには陸海空揃えている部隊と言うことで、港と空港も備える広大な敷地を持つ。


 人員が多く陸海空それぞれ機密を守るために、所属する隊によって立ち入り出来るエリアは分けられている。例えば、陸上部隊の兵士は、海上・海中部隊や航空部隊のエリアに立ち入ることは出来ない。


 基地内の共用エリアにある駅で列車が止まる。車内がざわつき、乗っていた整備員達が別車両へと移動していく。基地で待っていた整備員達と共同でロボットを降ろし、トラックに積み込むのだ。その様子を遠くに見ながら、直也達十人は荷物を手に改札を通る。セキュリティチェックを済ませると、外で待っていた兵士に連れられ、マイクロバスで陸上部隊用の隊舎へと向かった。


 隊舎は、男性棟と女性棟に別れており、それぞれ立ち入れないよう厳重に警備されている。また、それぞれ階級によって部屋割りが異なっている。


 直也には隊舎二階の一室が与えられた。広くは無いが、尉官以上は一人部屋となっている。


 統合機動部隊用の真新しい濃紺色の制服に着替えた直也達は、男女共用の入り口ロビーで合流する。これから着任式のため、司令部棟に向かうのだ。

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