プロローグ2

『戦域からの離脱を確認。シミュレーションを終了します。お疲れ様でした』


 無機質なAIからの音声が響く。


 直也は≪メーティス・システム≫のリンクを切ると、コントローラーの機能を持つグローブを外し、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)と様々なセンサーを内蔵したヘルメットを脱ぐ。薄暗い部屋の中、正面にあるモニターが戦闘結果を表示している。ここはシミュレーション・ルーム内にある二人乗りのカプセルの中だ。


 シミュレーションの終了によって照明が光を強めていく中、直也は肩のこりをほぐすように腕を回してから隣の席を見る。同じくシートに座っていた神威彩華少尉もヘルメットを外すところだった。彼女は直也の二つ年下で二十歳。両親の再婚により家族となったため、血の繋がりは無い。義妹というやつだ。


 彼女はヘルメットを置くと水筒を手に取り、水を飲んでいた。普段は肩くらいで切りそろえられている髪は後ろで緩く結ばれており、白く細い首筋が見える。


「彩、お疲れ。良い支援だった」

「ありがとうございます。兄様もお疲れ様でした」


 直也の賞賛に、彩華は素直に喜ぶ。


 立ち上がった直也は、彩華と共にカプセルを後にした。


―――――


 世界中を大混乱に陥れた経済不況は、発生から三年を過ぎてようやく終息に向かいつつあった。


 その中でも、亜州と呼ばれる地域は比較的影響が少なく、そして立ち直りも早かった。


 亜州の東の端に位置する島国、扶桑国は、人口一億人を擁する国である。小さい国土ながら技術力に優れ、近年では領海内から新たなレアメタル、イコルニウムの採掘も始まっており、経済復興の推進力となっていた。


 扶桑国と海――扶桑海を挟んだ西側には大陸が広がっている。ズレヴィナ共和国はこの大陸東部にあり、広大な国土と十億人とも言われる人口を持ち、人口、経済力共に亜州最大の大国として君臨している。


 他にも大陸西部に位置する欧州、そして扶桑国と大海を挟んだ東の新大陸のあるエトリオ州と呼ばれる地域もあるが、未だ不況による混乱からは回復しておらず、復興までにはまだ数年を要する見込みだ。


 この世界の混乱、とりわけエトリオ州の北大陸に位置し”世界の警察”を自負する軍事大国エトリオ連邦が、経済危機やその他の理由により世界中の同盟国から兵を引き上げたことは、亜州に不幸をもたらした。


 世界有数の経済力と軍事力を持ち、一党独裁国家のズレヴィナ共和国は、潜在在的に領土的野心を持っていた。長年の間エトリオ連邦によって表立った動きを取れなかった所、突然、その枷が無くなったのだ。


 ズレヴィナ共和国はこれを最大の好機と捉え、周辺諸国への経済的、軍事的圧力を強め、周辺の数カ国を実質的な支配下に置いていた。


 扶桑国はエトリオ連邦の重要な同盟国の一つであり、一昨年までは世界最大の駐留軍を抱え、亜州の軍事バランスを保っていた。


 しかし扶桑国は、半世紀以上前にあった大戦での敗北、その後の永きに渡る平和が化学反応を起こし、国民は軍備への拒絶が根深くなっていた。そして経済不況をきっかけに、エトリオ軍基地の維持費負担増額を求められると、国内世論の不満は最高潮に達した。エトリオ軍の駐留にNOを突きつけて撤退に追い込み、さらには自国の軍備すら削減してしまったのだ。このため亜州の軍事バランスは修復不可能なまでに崩れ、ズレヴィナ共和国の野心を抑え込むことは不可能となっていた。


 この選択の代償は大きく、統合暦一八九四年十二月、ズレヴィナ共和国から宣戦布告を受けた扶桑国は、直後の海戦で大敗。さらには本土への上陸を許していた。開戦から三ヶ月経過した現在では、国土の三割近くを失っている。


――――


 カプセルから出た直也と彩華は、目と鼻の先にあるブリーフィングルームへと向かう。中には、共にシミュレーションに参加していた小隊の面々が既に揃っていた。


 ブラボー小隊の出雲あけみ中尉と支倉義晴曹長、チャーリー小隊の久滋龍一少尉と伊吹久子曹長、デルタ小隊の長門三奈少尉と播磨レックス曹長、エコー小隊の穂高亮輔少尉と播磨エイミー曹長。それに直也と彩華を含めた十名が五つの小隊の全人員だ。上は二十三歳、下は十九歳。若いと言うには余りにも若く、高校生と大学生の集団にしか見えない。


「集まったな」


 直也達十人が揃った事を確認すると、部屋の隅でタブレットを真剣に見ていた若い男性が顔を上げる。直也と比べて頭一つ以上背が高く、優に二メートルを超える。細い体を白衣で包み、眼鏡を纏った姿はまさに科学者のイメージ通りだろうか。長門一彰少佐、扶桑国の兵器開発と運用を研究している機関、戦闘技術研究所の副所長、そして≪タロス≫を始め、様々な新兵器の開発に携わる鬼才である。現在は二十五歳だ。


 神威直也中尉率いる部隊は研究所に所属する新兵器の開発部隊で、現在は人型ロボット兵器≪タロス≫及び四脚支援ロボット兵器≪バーロウ≫の開発と戦術研究を行っていた。


 一彰は正面のスクリーンにシミュレーションの結果を表示させると、総括を始める。


「結果はほぼ期待通りだ。敢えて言うなら、デルタ小隊とエコー小隊の動きはもう少し改善の余地があるな。デルタ小隊は二機破壊されている。これは経験の差だろう」


 そう言うと、小隊ごとの結果に切り替える。命中率、被弾率などの他に、敵の配置に対する部隊の移動経路が表示される。他の小隊に比べて位置取りや連携に改善の余地が見られた。


 一彰から目で合図を送られた直也は、姿勢を直すと口を開く。


「撃破された状況を見ていこうか。二機とも三奈の機体だな」


 デルタ小隊は三奈が前衛、レックスが後衛を担当するため、三奈のコントロールする機体が攻撃を受ける可能性が高い。


 直也が手元の端末で操作すると、デルタ小隊のリプレイが表示される。対戦車ミサイルを装備していた四番機と六番機が、三両の装輪装甲車の連携により追い立てられ、機関砲に仕留められていた。


「三奈、反省点はあるか?」

「はい。ええと……、戦車を優先的に攻撃する指示を出していたのですが、なかなか撃破出来ずに手間取っていた所を、攻撃が手薄になった装甲車から反撃を受けてしまいました。だから、目標を変えるか、反撃させないように牽制する必要があったと思います」


 先程の状況を振り返りながら、反省点を述べる。三奈の言う通り、対戦車ミサイルの二射目までは、大部分が戦車の装備する防御システムによって阻まれていた。


「牽制する方法もあるが……。今回のケースならば、攻撃方法を見直して早めに片付けた方が良かっただろう。知っての通り、戦車もミサイルに対抗する手段を持っている。出来る事なら、一方向から集中攻撃して、迎撃弾の弾切れを狙うか、防御システムの範囲外となる真上から狙えると良かったな」

「はい……」

「このまま訓練していけば、出来るようになるはずだ。あまり気にしなくて良い」


 直也の説明に、難しい顔をしていた三奈は「わかりました」と頷く。戦闘中、咄嗟に判断出来るか不安なのだ。


「では、レックスに質問する前に、これを見てもらおう」


 レックスの支援射撃の着弾点を表示させる。敵戦車と道路付近の車列に向けて集中していた。しかし三奈の四番機を撃破した装輪装甲車への攻撃がほとんど無かった。


 表示が終わった所で、直也に促されたレックスが気落ちした表情で発言する。


「ミサイルが迎撃されていたので、防御システムを破壊するために攻撃しました。……でも、それに気を取られてしまい、装甲車の接近に気付くのが遅れました」


 今回のシミュレータで敵戦車が装備していたミサイル防御システムは、砲塔に取り付けられたレーダーがミサイルの接近を感知し、命中する直前に散弾を発射して迎撃する。従ってレーダーを破壊するために攻撃する事自体は間違いでは無い。しかし敵を見落としたことは明らかに問題だ。


「レックスは支援向きだし、集中力は十分に高いから、もっと全体を見られるようになって欲しいな……。どうすれば良いかな?」


 直也は、支援攻撃を得意とする彩華と久子、亮輔に意見を求める。


「機体数が多くてコントロールしきれていないように見えます。数を減らしてみてはどうでしょうか?」

「私も久子ちゃんに賛成です。まずは二機程度減らして様子を見た方が良いと思います」


 久子と彩華の意見を聞いたレックスは、少し悔しそうに眉を寄せる。しかし先輩に当たる二人の言葉に思い当たる節もあるようで、一言も反論は出さなかった。


「では二機減らして様子を見る事にする。あまり気にしなくて良いぞ」

「はい、了解です……」


 不承不承と言った様子で頷く。


「デルタ小隊、エコー小隊に限らず、改善は継続していこう。隊員を入れ替えて色々なペアを試してみるのも良いだろうな」

「AIを改良中と聞いていましたが、いつ頃になるのでしょう?」


 ブラボー・ワンこと出雲あけみ中尉の問いに、一彰は渋面を作る。自律行動AIは、様々な状況毎の判断、行動といった情報の学習結果を元に造られている。人間が過去の経験から最適な行動を判断するように、AIにもその“経験”となる情報が必要だ。その経験の入力に時間がかかっていた。


 AIの能力が低ければ≪タロス≫は適切な行動を取らない。その分オペレーターが操作しなければならず負担が増える。これが現時点で≪タロス≫が抱える課題の一つであった。


「それは申し訳ない。双葉のチームを増員して頑張っているから、継続的にアップデートをかけていく」


 双葉とは同じ研究所に所属する、一彰の妹の名だ。直也と同じ二十二歳で、≪タロス≫を含む兵器群で使用するAIの生みの親と言っても過言は無い。のみならず、ソフトウェア周りの様々なところに関わっている。一彰とは別の意味の鬼才といえる。


 その後も二、三のやりとりがあってデブリーフィングは終了した。


「で、全員に連絡がある。ここからが本題だ」


 間をおいてから、一彰が人差し指を立てて全員の注意を引く。


「一つ目。戦況が逼迫してきている事と、AIと装備はある程度形になったため、君たちは正式に、神威中将の率いる統合機動部隊の陸上部隊に配属になる。いよいよ実戦だ」


 スクリーンが切り替わり、統合機動部隊の編成図が表示される。


 統合機動部隊は、先の軍備削減の折に設立された部隊だ。陸軍、海軍、航空宇宙(航宙)軍から人員を集めており、担当する区域は持たずに必要に応じて各地域に展開する、実験的な意味合いが大きい独立部隊だ。司令官は統合機動部隊の設立を訴えていた神威秀嗣中将、直也と彩華の父親である。


 現時点でも、直也達は統合機動部隊から研究所に出向しているという体裁を取っているため、驚きはなかった。しかし全員“実戦”は経験したことが無く、その言葉の重みに息を飲んでいた。これから本当の実戦に赴き、多くの人を殺す事になるのだと。


「二つ目。統合機動部隊は君達の他にも、研究所で開発した多数の新兵器を運用することになっている。なので今後も頻繁に俺たちと会うことになるだろう。……会っても無視するなよ」


 悪戯っぽく付け足した一彰の言葉に、隊員達からクスリと笑う声が上がる。科学者然としているが性格は砕けており、よくボケては、直也達からツッコミを浴びて喜んでいる。身長が二メートル超の一彰は、遠目からでもよく目立つので、無視するのは難しい。


「最後に三つ目。これが一番重要なんだが……。週末に君達の送別会やろうと思っているんだけど、どこがいい?」

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