第四話 深淵へ
由良奈ちゃんはこの施設の中にいるという六人の妹達を守るため、そしてこの施設から妹達が抜け出さないようにするために見張っていると教えてくれました。
施設のことを色々教えてくれるのは私のことを信頼してくれているからだと思います。
「守る役目を与えられているから私はここを自由に行き来出来る。私と鈴音がこうして話をしたこと、他の人間には言うな。特に、先生の耳に入らないように」
と、人差し指を口元に当てて秘密にするように言われました。
私は、警報が鳴って怒られると聞いていたので敷地内に自ら進んで入ろうとは思わなくなっていました。
相変わらず由良奈ちゃんと施設の塀に寄りかかって日々の出来事をお話ししたり、遠くの町に何があるのか教えたり、オセロを遊んだりと、他愛もない日々が刻々と過ぎていきました。
楽しかったなあ。由良奈ちゃんは人を怖がらせるのがあまり上手くなかったので、以前私のお父さんが観ていたホラー映画『リング』の貞子の物真似をしたら大変気に入ったようでした。
「今度、八広とその連れが来たら貞子とやらの真似をして追い払ってやる」
* * *
そして、初めて由良奈ちゃんと出会った日から一年、二年と経過したある日のこと。
「鈴音、今日は六人の妹達に会わせてやる」
「えっ?」
突然の言葉に私は驚いてしまいました。
「でも……施設に勝手に入っちゃうのは……怒られるんでしょ? 警報鳴って」
由良奈ちゃんは首を振るとナイスなアイデアでも浮かんだかのように「ふふん」と自信満々に鼻を鳴らしました。
「私はここ最近監視が甘い場所を手当たり次第探っていたのだが、ついに鈴音でも通過できる『道』を見つけたんだ」
「そうなの!?」
「案内してやる」
私はこの時、わくわくしながら由良奈ちゃんの後をついていきました。
まず始めに向かったのは施設の裏手にある塀でした。塀に沿って歩き、放置されてぼうぼうに伸び切った夏草を踏みしめながら進むと、田園地帯に水を供給する用水路がありました。
水が無くカラカラ。子供がしゃがみながら歩いてやっと通れるくらいの小さな用水路でした。それが柳井揚水機場の塀を貫いているのです。
「ここを通るぞ」
そうして柳井揚水機場の敷地内に侵入した私は、由良奈ちゃんに「止まれ」と静止させられました。
「見ろ」
「うわー……。あんなに」
今までは塀に隠れて見えませんでしたが、人の動きを感知して反応する防犯センサーが建物や塀の壁に無数にとりつけられていたのです。
「私について来い。そうすれば音が鳴らない」
塀に背中をつけて横歩きしたり、何もないところでしゃがみながら歩いたりとなんだか映画に出てくるようなスパイになった気分でした。
「少し前に、この施設に猫の親子が住み着いてしまって敷地内を走り回るせいで警報が鳴りっぱなしになってた時期があった。先生は痺れを切らして猫を追い払うために一度警報の電源を落としたけれど、その後にどこまで電源を元に戻したのか把握していないようだった」
施設の裏手にある壁面に到達すると窓を開けるように指示されました。
「そして、ここが先生が猫を追い出した後に鍵をかけ忘れた窓だ」
* * *
開かれた窓をよじ登って、窓枠からえいやと降り立つと、何も置かれていない真っ白で殺風景な通路が真っ直ぐに伸びていました。施設の中はひんやりとしていて、どこからか「ゴボゴボ」とお魚を飼う水槽のポンプの音が耳に入ってきます。
「玄関口にも侵入を知らせる機械が取り付けられているからそこを通らず地下に行くぞ。妹達はそこにいる」
通路の壁側にあった大人の背丈以上もある大きな重い鉄の扉を開くと、小学校の体育館ほどの広さのある大広間に続いていて、川の水を汲み上げる自動車より大きなポンプ4基が等間隔で設置されています。
見上げると建物の二階にあたる位置に小さな窓がついていますが、この部屋は窓から日の光があまり入らず薄暗くてなんだか不気味です。
地下へ続く階段は、鉄の扉の入り口から一番奥にあるポンプの陰にあり、二人でそこへ向かいます。
階段はL字状になっていて、途中の踊り場にどこからか持ち出されたらしいホコリが積もった家財が無造作に置かれていました。
──ゾッ。
私はある物を見て身震いしてしまいました。無造作に置かれた家財の上にガラスケースに入れられた和服を着た日本人形があって、その人形と目が合ったのです。
薄暗い空間でこちらを見て笑みを浮かべる日本人形がどことなく気味が悪くて肌をゾワゾワさせました。
階段を降りながら、由良奈ちゃんが六人の妹達の名前と順番を教えてくれます。
長女・
次女・
三女・
四女・
五女・
六女・
七女・
みんな、同じ年に生まれた七姉妹。
みんな、私と同じ背丈らしいのですが……生まれたのがほんの一年前。
階段を一段一段降りていくたびに、視界から光が遠ざかって暗闇の中に歩み進みます。
「アハハハハ」
「ウフフフフ」
暗く冷たいコンクリート造の通路に響き渡る女の子達の無邪気な笑い声に背筋がひやりとします……。
「ハァ……ハァ……」
「この先へ行くには、入ったら最後噛み殺すと言われている先生の秘密の部屋を通らなくてはいけないんだ。私ですら入ったことはないが、鈴音は私達に会うためにもちろん通るな?」
「ご、ごめん……。待って……」
急に不安が増して、私は階段の手すりを掴むとその場でへたり込んでしまいました。手に汗をかいて、何度も着ているTシャツで拭います。
暗闇に目が慣れて、微かに揺れ動く階段の手すりを見ると
それは手すりではなく、液体が流れる半透明のパイプが、複雑に絡み合う蛇やミミズのように壁に無数に張り巡らされていたのです。
ゴウン、ゴウン、とパイプが小刻みに振動する様子はまるで脈動する血管のようで、巨大な生物の体内いるような心持ちになると、私はか細い声で「もう……無理だよ……」と呟くのが精一杯でした。
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