第三話 東日本大震災



 なんだか変です。ヘンテコです!


 柳井揚水機場の敷地には警報が鳴る防犯センサーが無数に取り付けられているとお爺ちゃんに教わりましたが、以前会った由良奈ちゃんは普通に敷地内を歩き回っていました。


 それに、大人の女の霊が施設の門前に出るらしいですが、由良奈ちゃんはどう見ても私と同い年くらいの子供です。


 ──キーッ、ガシャーン!


 次の日、私は事の真相を確かめるべく自転車にまたがり、柳井揚水機場に向かうと鉄柵の門に自転車を衝突させました。


「にひー」


 笑みを浮かべてみせると鉄柵の向こう側には驚きのあまり目をまん丸とさせた由良奈ちゃんが立っていました。


「由良奈ちゃん! 由良奈ちゃんって幽霊なの?」


「お前みたいなやつは……初めてだ……」



 * * *



 施設の敷地には当然入れてもらえなかったので、親戚の家から持ってきた小さなピクニックシートを塀のそばに広げて由良奈ちゃんと二人で腰かけました。


「今日は日差しが強いね、はい」


 水筒からひんやりとした琥珀色の麦茶を紙コップに注いで由良奈ちゃんに手渡そうとしましたが、「飲まない」と言って受け取ってもらえませんでした。


「私のことを幽霊と言ったが、全然違う。私は生きてる」


「そうなんだ。ねえ、ずっとここにいるみたいだけど幽霊見たことないの? 大人の霊だってー」


「見たことない。けど、知ってる。その人も幽霊じゃない。たぶん……私の前の見張り番」


「前の……見張り番?」


 由良奈ちゃんは、ピクニックシートに腰掛けたまま揚水機場の鉄柵の門に目を向けました。


「見張り番は代々引き継がれている。前の見張り番がいなくなったから、私がここを見張るようになった」


「ふーん、どこ行っちゃったんだろうね」


「死んだ、もうこの世にいない」


 私は、その言葉を聞いてヒュンと胸が冷えるような思いをしました。


「えっ、えっ、なななな、なんで!」


「東日本大震災という大きな大地の揺れで死んだと聞かされた。仲間も、親も、先代の見張り番も。みんな会ったことはないが」


「……そう」


 東日本大震災……か。


 私が住む松島町にも震災の被害があって、海辺にある建物が地震と津波によって倒壊したり、そして……亡くなった人がいたりと深刻なダメージを受けました。


 2012年のこの時点では、震災から一年が経っていましたが、震災のダメージが今もなお残っていて、この町をサイクリングする際に倒壊した古い木造建築や陥没した道路の修繕作業をしている工事の人の姿を目にしました。


「けれども、寂しい気持ちにならないぞ。私には守らなきゃいけない『六人の妹達』がいるからだ」


「え、えーっ! 妹が、六人!?」


「そうだ。私が一番姉だ」


 由良奈ちゃんは自身の胸に手を当てて、「ふふん」と初めて誇らしげな顔を見せてくれました。


「へえええ、やっぱり私達気が合うね。実は最近、私の妹が産まれたばかりなんだよ。お姉ちゃん同士だね!」


「ほう、そうだったのか」


 由良奈ちゃんは腕を組みながら意外そうな表情を見せてくれます。


 由良奈ちゃんとおしゃべりするのが本当に楽しかった。だって、お話のネタがポンポン頭の中に湧いてきて話題が全く尽きなかったからです。


 けれども、時折、話が噛み合わない時がありました。


 私と同い年くらいの見た目なのに、去年の出来事のはずの東日本大震災を実際にような口ぶりで語ってみせたり、自身と六人の妹達が生まれたのが震災の後と言われた時には首を傾げてしまいました。


「ねえ、由良奈ちゃん。今度、私のおばあちゃんの家に遊びに来なよ。六人の妹達も一緒にね。オセロとか人生ゲームとか大勢で遊んだ方がきっと盛り上がるだろうから。私の妹も会わせてあげる。可愛いんだよー」


「それは……ダメだ。絶対。それに……おせ、ろ、って……?」


「ふふっ、ここから離れられないのならオセロだけでも持ってきてあげるよ。ルール簡単だからすぐ覚えられる」


 困り顔をする由良奈ちゃんがすっごく可愛かった。私はこの時、嬉しくて嬉しくて堪らなかったのです。


 自宅がある松島町から遠く離れた寛木町で、唯一楽しげに会話ができる友達が出来たのだから。


 六人の妹達も由良奈ちゃんみたいにヘンテコなことを言ったりするのかな、なんて思ったり、仲良く出来たらいいなとワクワクしていたのを……覚えています。


 けれども私は、六人の妹達に会うことはありませんでした……。だって……あんなに恐ろしいものだったなんて夢にも思わなかったのだから……。


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