第3話 恐怖は突然、呪いに変貌する 1

 滝沢の葬儀が終わってから、明里は会社に一度も出社していない。

 もしかしたら滝沢の事故死は、少なからず自分たちに関係があるのでは、という思いが脳裏から消えず、精神的に酷い疲労感と少し鬱気味なっているのだろうか? 何もする気が起こらないのだ。


 田舎の両親も、娘の働く会社の同僚が、悲惨な事故により亡くなった事はテレビのニュースで知り、娘の性格を誰よりも知っている両親は、何度も明里の携帯に実家に帰ってくるように伝えてくる。


 誰よりも自分の事を心配してくれる両親の優しさや、温かい言葉は本当に心に響き、泣きたくなるほど嬉しかったが、もし少しでも自分たちに関係しているなら、すべて無かったことにして逃げ出すのは、あまりにも無責任な気がした。


 そしてもう一つの気がかりは、何度も友人の谷山早苗のスマホに電話をしてみても繋がらない事だった。つまりは滝沢が事故死した日から、早苗とは一度も会えないし、連絡も取れていないのだ。


 その不安はやがて、「もしかしたら」という言い知れぬ恐怖に変わっていた。





 とあるオカルト関係の雑誌や、夏場には恐怖満点な最強心霊スポットや、その検証などを専門に行っている大手出版社の責任者兼編集の全てを統括している徳永雄介、御年五十を数える、お世辞にも見た目は良くない、どちらかと言えばどこにでもいる冴えない「ムサイ」おっさんである。おまけに徳永はこういう仕事に携わっているのに、必要最低限の「霊感」と呼べる類の能力は、見事に皆無だった。


 だから、こんなイカレたヤバい仕事を三十年近く続けていられるのだろう。


 徳永と同期入社の仲間は、現在一人も残っていない。


 新しく入社した男女の社員も、持って一年から二年。早くて半年以内で逃げ出すように辞めていく。その全員が決まって徳永にお決まりの捨て台詞を吐き捨てていく。

「あんた、マジで平気なのかよ? 怖くないのかよ。俺たちは死にたくねぇよ!!」と、入社した時の若々しくハツラツとした生気に溢れた表情ではなく、まるで余命宣告を受けた、呪われた人間の「顔」をしていた。


 それはそれで困った問題なのだが、今一番徳永の頭を悩ませているは、それなりに騒がしい受付で、大音響で騒音をまき散らしている、徳永いわく「大迷惑な厄災」に、大いに困って――もとい、あれこそ呪いではないかと逃げ回っていた。



 その「厄災」は女性で、普通の女子たちと比べても長身の部類に入る高い身長と、いつも「戦闘服」ではないかと思われるパンツスーツを一部の隙もなく着こなし、癖のないロングの髪を無造作に茶色いゴムで後ろに束ねているだけの、色気より動きやすさを優先したスタイルの戦士のようだ。


 あの能力さえなければ、是非ともウチに来てほしい人材だ。


 彼女は中々の美人の部類に入るだろうが、化粧気がまったくなく、一応は唇には薄く色つきのリップを引いているだけだ。


 彼女は「女」というの魅力を武器にするするつもりは全くないようで、まさに戦場に挑む恐いもの知らずの狂戦士のような女性だった。


 受付ロビーあるソファで人待ちをしている村瀬孝弘は、広げた新聞に隠れた中で、この受付ロビーでは「名物化」している、芹澤青子と半泣きの受付嬢とのバトルのような言葉の応戦。


 彼女の名は「芹澤青子」というが、名前の読みは「せいこ」と読むのではなく「あおこ」と漢字そのままで読むらしい。


 彼女と、このホールで会うのは四回目だ。


 正式に責任者の徳永とのアポも取っているのに、また逃げられたらしい。


「何で、今日も徳永編集長は留守なのよ! 今日で四回目よ!!」


 と、豪快に吠える女戦士。


 たじたじの体で、今にも泣きだしそうな受付嬢。


 「本当にあった実話怪談俱楽部」の編集長でもある徳永は、芹澤青子が訪ねてきたら適当に理由をつけて追い返せ」と、何とも無責任な役目を受付嬢に丸投げし、最後に声を潜め「俺の携帯電話の番号は絶対に教えるなよ」捨て台詞とともに素早くトンズラをこいたようだ。


 そんなに彼女と会うのが苦手なら、はっきりと断ればいいのに、徳永は何をビビッているのか青子から逃げ回っている。


 その度に大いなる被害者である受付嬢は、苦しい言い訳を――もとい理由を、脳みそをフル回転に働かせなければならない。


 一度目は、突然、緊急オカルト雑誌の取材が入ってしまいまして……と。


 二度目は、突然オカルト生番組の最恐幽霊屋敷の現場に前視察に、ロケ班のメンバーと一緒に赴いていまして……と。


 三度目は、本日は徳永が盲腸炎による腹痛で、病院に緊急入院とあいなりまして……と。


 ほ、本日は、本日はぁぁぁぁぁ~。


 もうネタが思い浮かばない。

 

 いっそうの事、誰か殺すか!? と恐ろしく物騒な考えをめぐらし、マジで誰を殺すと言ったところで我に返り、藁をもすがる思いで、心の中で絶叫した。


「だっ、誰か助けてぇぇぇぇっ!!」と。


 本気で涙ぐんで泣きそうな彼女に、青子は大きなため息をついて、投げやりに思いつく言葉を並べた。


「今日は取材中に事故った? それともまた緊急入院? それとも誰かが亡くなって葬式に行っているとか? それとも…………」


 受付嬢にさらに詰め寄る彼女の背後で。


「そのくらいにしてやれよ。美代ちゃんが可哀そうだろう。悪いのは逃げ回っている徳永さんだ。美代ちゃんではない」


 と声をかけて来たのは、青子よりも頭二個分ほど高長身の、チョーイケメンの男性だった。


 おまけにルックスもバツグンに良い。


 いかにも高級そうなスーツがまったく似合わない、いけ好かないどっかのボンボンがスーツに着られているのではなく、一部の隙もなくスマートに着こなす超大金持ちの御曹司のような紳士だった。


「村瀬さん」


 溺れた人間のように受付嬢の美代は、村瀬のスーツに必死に縋って、マジ泣きしていた。


「何を騒いでいる」


 と、まったく抑揚のない声を発したのは、高校を卒業したばかりの様な、青子より少し背が高い少年だった。


 その少年は能面のように表情がなく、感情の喜怒哀楽がまったく読めない。言い方を変えれば、精巧に作られた最上級の日本人形だ。色白で超パーフェクトな顔の造作も美しく、神秘的でまさに「人形」という表現が一番正しいと感じる。


「これは秋葉(あきは)様、お騒せして申し訳ありません」


 と、イケメン青年が、丁寧に腰を折る。


 少年の名は「石動いするぎ秋葉あきは」といい、これまたいい所のお坊ちゃんのようだった。


 実を言うと彼らと会ったのは、今日が初めてではない。運がいいのか悪いのか徳永とアポを取ってこの大手出版社に来るたびに、なぜかこの二人と顔を合わせているのだ。


 秋葉はほんのわずかに迷惑そうな表情をしている――と思うが、口から飛び出した感情の読めない平板な言葉は「なんだ、騒ぎの根源は、またアホ子か」だった。


「ちょっと、なんて憎たらしいガキンチョよ。年長に向かって、アホ子はないでしょう。私の名は芹澤青子よ。ア・オ・コ。この漢字の読みくらい勉強しているでしょ。ボケるにはまだ早いわよ」


「お前こそ、こういう場所では拡声器並みにバカでかい声で騒ぐなと、教わらなかったか。これは一般常識だぞ。お前こそ今からボケていると、いい迷惑だとここから追い出されるぞ、アホ子」


「キィーィィィィィ!!」


 青子はその場で地団駄を踏んで悔しがるが、売り言葉に買い言葉で、どちらも同レベルだと、村瀬は明後日の方向に視線を泳がせ、酷く疲れたように大きなため息を吐き。


「どーしてこの二人は、こうも仲が悪いんだ……」


 と、がくっくりと、悲壮感たっぷりに肩を落とすのであった。


 




 

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