第4話:どうなっちゃうの!?ムツミちゃん
…………いつの間にか寝ちゃってたみたい。それはそうだろうとは思うけど。たしかなんか色々大変だったんだもの。………ボーっとする。
「おや、起きましたかムツミ様。」
へ?
「………おはようガルさん。」
一瞬なんだと思ってビックリした。そうだ使い魔のガルさんだ。昨日の夜会ったばかりだから落ち着かない。
「お体の調子はいかがでしょうかムツミ様。昨日の事がありますので。」
言われてから思い出した。そうだ、アタシ穴開いたじゃん。足にでっかいの。こわ。
慌てて足の甲を見てみると、そんなの跡形も無かった。恐る恐る触っても何の問題も無いしそもそも感覚からして普通だった。
「すごい……。ホントに一晩で治るんだね……。」
昨日のお母さんぶっさしイベントからすぐ変身解除した後、マントになってたガルさんが治療魔術をかけていてくれたのだ。お陰で痛くもなかった。
「それが役割ですからな。主にそれと”カイブツ”相手のレーダーも。」
ふわふわ浮いてるウナギのヒゲが誇らしそうに揺れる。キライなデザインじゃないけどハジメ先輩とかなり被ってるなぁと思った。不満じゃあないけど。
「結局ガルさん達使い魔ってさ、なんなの?ウィッチが先に居て使い魔が後ってワケじゃなさそうじゃん。」
「……実は、我々も把握しているわけではないのです。ムツミ様も自分が産まれた事に疑問など持っても答えなど出ないでしょう?または男性の乳首、あるいは紙ストロー、いやそれは違うか。ひょっとしたら……」
うーん……?キャラ崩壊してしまった。設定が甘いWEB小説か?
まぁ、いっか。
「さって……。」
早すぎる時間からの目覚めはそれはそれは早いものだった。しかも今不思議生物とたわむれたおかげで目もすっかり冴えたし。
「昨日は穴開いてて入れなかったしお風呂入っちゃおうかな。」
今日は部屋のドアがスッと開いた気がした。
………アタシの足の穴みたいに。ウケる。ウケない。
「あっ、おはようお母さん。」
お風呂から上がるとお母さんが居た。こんな早かったんだ、と思う。
「えっ、どうしたのこんな早くに。」
「いやね、昨日帰ってからすぐ寝ちゃったから。」
朝にお風呂って気持ちいいな、まぁ今日だけだろうけど。
「………そう?……昨日と言えばね?なんだかムツミが帰ってきてからの記憶が曖昧なの……。どうなったんだっけ?」
そこまでは覚えてるんだ。またしょっぱな怒鳴られるような感じじゃなくて良かったわ。さすがにまた初めからはイヤだもん。
「昨日帰るの遅くなっちゃったからケンカになったんだけどね?お母さんあんまり叫ぶから倒れちゃったの。覚えてないの?」
さらっと嘘ついてみる。お母さんが球になったので包丁刺しましたなんて言えないし。
「へ、ぅえ?……ホント?」
なんだそのカワイイ声。
「なんだそのカワイイ声。」あっ、口に出た。
「ホントホント。心配させないでぇ~!って言う割に自分が倒れるんだから気を付けてよね。」
髪を乾かしながらわざとらしく注意してみる。お母さんはまだ目をパチクリさせてた。
別の生き物みたいに見えてたお母さんが今じゃなんだか同級生みたいで笑える。
「そ、そう……?えぇと、ごめんね?」
「ううん、こっちこそごめんね。ホントに連絡できない感じだったの。でも忘れてたのも事実だから。だからごめんなさい。」
お母さんの混乱が頂点に達する。今ならなんだって言うこと聞かせられるかもしれないな。
「ええ……、とりあえずお茶、淹れる?」
「うん。ご飯も食べる。」
話してみればなんてことない。普通の母娘だ。きっと。
身支度をしてからキッチンに行くとお母さんが朝ごはんを用意してくれていた。時間はまだある。
「それでね、その大兎ハジメ先輩が助けてくれたの。ずっとしかめっ面なのにやけに親切だし、カワイイ人でね。」
ご飯の間、昨日の事をウィッチとかのくだりはごまかして伝えた。ハジメ先輩の委員会を手伝ってたらアタシが貧血かなんかで倒れちゃって先輩に助けてもらってたって事に。おおよそ間違っちゃないからいいよね。
お母さんはず〜っとぽかんとしてるけどそれでも目を見て聞いてくれる。
「そうだったの…。まぁ連絡はしなきゃダメだけど。」
「それはホントにその通りで……、ごめんなさい。」
ここはちゃんと謝らなきゃいけない。そうじゃなきゃこれからの話はしちゃいけないって思う。
「だけど、そのハジメ先輩?にはちゃんとお礼言っておかないとね。」
「うん、うん!それでね、これから先輩のお手伝いしようと思うの!…詳しい事はまだ聞いてないんだけど、でも、でもアタシも頑張れそうな事だと思ったから!」
つい熱くなる。
ホントは許可取らなくてもやるつもりだったんだけど、なんとなく免罪符みたいなのが欲しかったから。
「う〜ん……?具体的な話が見えないからなんとも言えないけど…。でも、ムツミがそんなになってるの、初めて見たわ…。」
お母さんが薄く微笑んで言う。
「いいわ、帰ったらもっとお話聞かせてね。」
なんだかすごく簡単だったことでうだうだ言っていた自分を思い出して、バカだったなと思い出して笑っちゃう。きっとこれが黒歴史ってのになってくんだろうな。あっ、でもウィッチだなんてまさにそうかも?
「イヒヒッ!ごちそう様!」
「……!ププッ!ムツミ、小っちゃい頃から笑い方もぜ~んぜん変わってなかったのね!」
聞きながら食後のお茶をクッと飲み干すと、
「そんな事言ってお母さんもじゃん。じゃあ、行ってくるね!」
これまでなんでこんな会話が出来なかったのかはもう思い出せない。そして、これから何度こんな他愛のない会話ができるのかな。それも分からない事がうれしい。
昨日から予想外の連続だ。今日は?明日は?何が起こるのかな?
「でもね?ガルさん。お母さんは覚えてる範囲じゃあケンカ前か最中のところだったワケじゃない?だけど、今日はなんだかスッキリしたような、憑き物が落ちたような?って言うの?話しやすかったんだ。気のせいじゃないよね?」
「ええ、事実、”カイブツ”となった人物はウィッチに開放された後、そのもととなったストレスは軽減されることとなります。まぁ、大暴れした後、といった具合ですな。」
アクリルチャームに偽装してカバンに付いてもらったガルさんとお話しながら登校する。昨日はあんなに荒れていた空が、台風が雲を全部巻き込んで行っちゃったって感じでその晴天を水たまりに反射させている。
「しかし、それだけでは無かったように思いますよ。やはりコミュニケーションというのは、仲良くなりたい。と自分から仕掛けることこそが肝要でありましょう。その点ムツミ様は大変良い奇襲作戦でしたよ。お母さま、驚いておられましたな。」
そう!あのお母さんの顔ったら最高だった。
「イヒヒッ!帰ったらもっとビックリさせてみよ、あっ!」
帰ったらウィッチの事、いい感じに説明しなくちゃいけないんだった。
「ガルさん、やっぱりお母さんにウィッチの事教えちゃダメ?さっきの調子だったらワンチャンあると思うんだけど。」
「絶対ダメですよ。ウィッチの使命は陰からこの町を守ることと決まっているのです。それに、もしお母さまが知ったら十中八九反対なされるでしょうね。傷を治せるとはいえ傷つくことは……ご存知でしょうが、あるのです。無茶かもしれませんがどうか、ご内密に。」
ま、そりゃそうだろう。終わったら痛覚を抑制できるとはいえ……アレは痛かった。
無我夢中で戦えたけど、あんなの怖いに決まってる。絶対起こらないようにがんばろう。
「しょうがないか。じゃ、ハジメ先輩とえー、セラ。4人で考えよ?」
「やっぱり、今日もここに居たんですね。」
ハジメ先輩は毎日居るっていうグラウンドの隅っこにいた。ストレッチとかしてる。
「カバン、置きっぱなしですよ。また後輩が持ってこうとしたらどうするんですか。」
ラジオ体操のどっかの運動みたいに立ったまま足を広げて手を地面につく。柔らか。
そしたらゆっくり足が持ち上がる。え、やるじゃん。
「そしたらそのストラップが説明するさ。おはよう、えー、安東ムツミだったな。」
「おはよう!ムツミちゃん!ハーイ、セラよ!」
男の子のバッグにはおおよそ似つかわしくないチャームがチャラチャラ揺れる。この子は落ち着いた紳士みたいなガルさんと違って元気な子だ。
「おはようございますハジメ先輩、2年でしょ?アタシ1年ですから好きに呼んでもらって構いませんよ。」
浮いてる足の可動域を確かめるようにゆっくり横とか前後に開いたりしたままハジメ先輩が考える。
「じゃ、ムツミさんだな。安東は同じ読みの知り合いがいるし。」
「さんもいらないのに。」
近くで見ると面白い人だな。何やってるのかわかんないけど。いや、だからだな。
「それは……、いいよ別に。」
ん?これはさらに面白い人かも。
「ま、今のところは良いですよ。それよりホントにカバン置いてこなくて良いんですか?昨日みたいに水没したら目も当てられませんよ。」
見ると今日は学校指定じゃないほつれの目立つエナメルバッグだった。このダサ……かっこいい感じ、小学校の頃のスポーツバッグだろう。
「ここに戻ってくるのメンドくせぇからいいよ。それに昨日置きっぱなしだったのは通りがかりに”カイブツ”が出たから仕方なくだ。」
やっと足を下ろすと今度は地面の下の音を聞くみたいに耳を地面にグッと近づけて這いつくばったりブリッジしたりしてる。すごいスムーズで慣れてるんだなっていうのが分かる。
「ところで……、実は会う前から気になってたんですけど、ソレ、何やってるんですか?毎日ここに居ますよね。やっぱりブレイクダンスですかね?」
ブリッジした先輩と目が合う。ん?スカートが覗ける距離じゃ……ない。大丈夫。
「あぁ、違う。コレはカポエイラってヤツ。格闘技だな。」
ブリッジから倒立になって体をひねりながらようやく一般的な人の立ち方になる。これが?格闘技なんてボクシングとプロレス、それも見たことも無いけど、それしか知らない。
「元々中学上がる前くらいまではメ…あぁいや師匠に教えてもらってたんだけどな。俺のウィッチとしての戦い方に合ってるから、また練習してんだ。」
「うぇっ…?ウィッチって魔術で戦うんですよね…?アタシはけっこう魔術!って感じでしたけど先輩って違うの?」
まぁアタシも包丁で戦ったんだけど。あ、言ってないや。
「あ、わりぃ、教えてなかったっけ。俺は言うなれば攻撃力の強化みたいな感じだな。」
今度はその場に留まりながら側転みたいに回り始める。こっちから話しかけたんだからいいんだけど、このまま話を続けられるのってマイペースだな?
「あと確かにウィッチとか名乗っといてそれっぽくないが、俺の先輩もそんな感じの魔術でな。炎とか水とかゲームみてぇな属性とかってのは聞いたこともないね。」
え~。なんかイメージが。
「へ~。でも先輩、たしかウィッチ長いんですよね?だったら安心かな。」
「ん~……、2年くらい経つかな。けっこうな数1人で”カイブツ”と戦ったからな。頼ってくれてもいい、いや、絶対頼れ。あぶねーから。」
ここだ!
「はい!ありがとうございます!あと昨日帰ったらお母さんが”カイブツ”になっちゃってですね。」
「最初に言えやァ!!」
先輩は足を滑らして100点満点のずっこけ芸を見せてくれる。今日は楽しいなぁ。
「あァもう!!ビックリだよ!ッとりあえず!ケガなかったか!?大丈夫か!?お母さんは!?」
昨日もそうだったけど、最初に心配から入るあたり根っから良い人なんだろう。さっきまでの真剣なカポエラ?の動きとは違ってわたわたしてる。
「ハイ、ケガは…しちゃいましたけどね。もうガルさんに治してもらったから大丈夫ですよ。」
笑って平気をアピールする。ていうか治せるのは知ってるハズなのに、テンパってて気づかないみたい。
「お、あぁ…。そうか。良かった……。それにしてもまず連絡しろって!死ぬかもしんねぇんだし!2人の方がカバーできんだからな!」
百面相だった。でも、昨日のあの緊張感と自分の中の想いを記憶の大切なポケットから取り出す。
「すみません。でも昨日のお母さんの”カイブツ”。アレだけはアタシが1人でやらなくちゃならなかったんです。そうしなきゃならなかったんです。」
真剣に、目を見ながら言う。難しいけど分かってくれるかな。
「………分かったよ。ただな?絶対に1人じゃなきゃダメだったなんてことは、無い。絶対だ。それだけはお前の勘違いだ。気をつけろ。」
アタシの想いも汲んだうえで言ってくれているのが伝わってくる。いい先輩だ。この人の話は真摯に受け止めたいと思う。
「……まぁ、よくやった。強いんだな、ムツミさんは。偉いよ。」
「はい…。ありがとうございます。先輩、アタシ頑張りますから。」
心に誓う。誰かがあんな恐ろしい目に遭う事は許されないし、”カイブツ”になるような人だって助けてあげられる。
それにこの人となら大丈夫だって思う。
「それでですね……、お母さんには説明できないけど、ウィッチを続けられるようにそれらしい理由創ってくれませんか?先輩がやってる事の手伝いがしたいって、ざっくりした事言っちゃいましたけど……。」
あ〜……とか言いながら頭をポリポリ掻く先輩。
「ウチは何にも言ってこねぇから思い至らんかったわ……。一緒にカポエイラやるってのは……変だよなあ。」
お母さん!アタシ、カポエラやるの!ゴポォ……!あ、”カイブツ”なった。
「ダメでしょうね…。でも確かに実際にできる事の方が説得力ありますもんね。いっそダンスにしません?そっちのが分かりやすいですし。これから戦い方を教えてもらう事にはなるんですし。」
お母さん!アタシダンスやりたいの!……ワンチャンスあるな。
「えぇ…、それでいいのか?それでいいならまぁ、いいけど。じゃあ設定も考えるか。俺が会いに行く必要もあるかも――」
キーンコーンカーンコーン♪
うわ、話し過ぎてた。あと5分で教室行かないといけない。早く来たんだけどもうこんな時間になっちゃった。
「やべ。じゃ、続きは昼にさせてくれ。」
ハジメ先輩はすたこら身軽に走っていく。そうだった。ここ、グラウンドの端じゃん。
「セーフ……。」
教室に飛び込んですぐカバンをちょっと乱暴に机に置く。
「おはようムツミ、珍しいわね。私より後のことなんてなかったのに。」
ユウカだ。確かに今までは朝家に居たくなくて早く来ていた。今日はまた違う理由で早かったんだけど。
「おはようユウカ!昨日話したじゃん、あの大兎ハジメ先輩とちょっと仲良くなってね!おしゃべりしてた!」
ユウカちゃんは朝のお母さんみたいに目を見開いてビックリしてた。
「………ムツミ、今日元気ね?」
「ふぅ~…。うん。昨日ちょっといい事あってね。あ、先生来た。危なかった~。」
そんなアタシってば分かりやすいのかな?う~んウィッチの事とかバレないといいけど。
キーンコーンカーンコーン♪昼休みになる。
今日は毎時間ずっと頭が起きてるような感覚?があって調子がいい。時間的にはよく寝たからかな?
「机くっつけよ。」
周りでも給食の体制に移ってる。小学校のじゃ周りの5人くらいの班になって固まってご飯だったけど、最近誰ともくっつけたりしないでそのままの形で食べるよう指示があった。でもどのクラスもこれ幸いとばかりに席ごと移動したりして友達同士で食べてる。始めこそ言うこと聞いてたけどつまんなすぎるもんね。先生も一応言ったりしてるけど、注意ってのでもないしたぶん黙認してるってことだろう。
今日は、ご飯・いつもの牛乳・卵スープ・焼きビーフン・ちくわの磯辺揚げだ。うん、80点ってところかな。やるね。
「いただきます。」
「いただきます。今日はちょっとハジメ先輩と約束あるから急がないと。」
いつもよりちょっとペースを上げて食べる。どっちにしろお腹空いてるし。
「ふ~ん、なんか急に親しげじゃあない?昨日見ただけの時はなんか苦手そうだったのに。」
確かにそうだった。なんだか自分と正反対な前向きさを感じて苦手だった。んだけど……。
「イヒヒッ!昨日たまたま会って話したらめちゃめちゃいい人でね、思ってた感じの人じゃなかったよ。小っちゃくてカワイイかもだし。」
ユウカちゃんも笑う。
「フフッ。ムツミ、クラスで一番うしろになるもん。ムツミが大きいんだよ。」
「まぁね。」
この一食のうちに飲み切るのは女の子じゃちょっと厳しいと言われる牛乳を残したことがないのはちょっとした自慢だ。
「やっぱり今日ムツミ機嫌いいわね。これは大兎センパイにムツミ取られちゃうのかしら?フフッ。」
…………?あっ!そういうことぉ?
「ユウカがそっちに持ってくなんて珍しいじゃん。さては嫉妬だな?」
ホントに珍しいと思う。むしろしたくないくらいのスタンスだったような雰囲気だったけどな。ユウカもなんかいい事あったかな?
「そうかもね。でも否定しないじゃない、応援してるわよ。」
楽しそうで何よりだけどね。正直そんなことより今はもっと大きなことが目の前にあるんだからそんな事構ってられない。
「ま、言っとくとアタシもハジメ先輩もそんなタイプじゃないからね。残念でした。」
でももしウィッチの使命とかに慣れて落ち着いたら……?どうかなったりするのかな?全然考えらんないけど。
「そう、残念ね♪」
最後に残しておいたビーフンを食べる。やっぱりビーフン、好き。エイジさんもそう言っていた。ユウカも。みんな。
「ごちそうさまでした!じゃ、行ってくるね!」
え?先輩、場所言ってなくね?と思い出したのはグラウンドを歩く先輩を見つけてからだった。またあそこなの?朝も思ってたけどまだ地面濡れてんだもの。まあ今日は昨日と違って過ごしやすいくらいの天気だし、いっか。
「せんぱ~い、食べるの早いですね。」
駆け足で追いつく。先輩はもう既にストレッチに入っていた。実際ホント早い。
「いいだろ別に、1人で食うんだし。」
………!?
「まぁ。それもそうですね。それより先輩?なんでいっつもココに居るんですか?まだ濡れてるんですよ?体育館だっていいのに。」
これは言わないけど、それだから1人でご飯食べてるんじゃないかな。言わないけども。
「だって1人でこのセラのアクリルキーホルダーと会話してるとこ見られるワケにゃいかねぇじゃん。あとこっちのが誰もいなくて動きやすいのと、外で運動する方が気持ちいいからだな。」
当たり前、って顔で言っている。なるほど、確かに学校内で使い魔と話せてなかったからそうなるか。それにしても他のが結構アクティブな理由だったのが面白い。体育とかだり~とか言っちゃいそうなタイプかと第一印象では思っちゃったんだけど失礼だった。この人、マジメ系じゃん。
「俺らが”カイブツ”に負けたら周りの人が危険なんだし、もちろん”カイブツ”になった人だって誰かが止めるまで他の人を傷つける事になるんだ。お前も自分の戦い方を見つけて訓練すべきなんだぞ。」
そう言いながら後ろ回し蹴り?みたいなのでぐるぐる回ってる。
この人は誰かのために戦えるんだ。アタシもホントにできるのか、冷静に考えると怖くなってきた。お母さんの時は自分のためだから、身近な人のためだったからできただけで頑張っただけなんじゃないかな……?知らない人のためにあんな痛い思いをすることに耐えられるのかな……。
「まぁそのために俺が居るんだけどな。俺も最初は震えて、ダメだったけど、先輩のおかげで今まで戦えたんだから。先輩が。ムツミさんにとっちゃ俺が一人前になるまでちゃんと付いてる。」
跳ねたり這いつくばったり、あっちこっちに足を伸ばしながらそんな事言う。それは遠くから見てると滑稽とも言えて。傍から見てた時は何やってんの?ってずっと思うだけだったけど、近くで見たら真剣そのもので、頼もしいと思う。
「ありがとうございます……。アタシもその、頑張りますから。」
今はこの人を信じてみよう。
「そういえば今、”カイブツ”になった人は誰かが止めるまで、って言いましたけど実際どうなるんですか?負けたり、放置したりしたら?」
今の口ぶりだと止める誰かが居るって話だけど。もしかして警察とかは知ってたり……?
「……いや、正直俺は逃がした事ねぇから知らんが。ただ先輩が言うには別の誰かがやったらしい。全然知らん。」
気になる。気になるな。気になるでしょ。
「ガルさんとかは?なんか知ってる?」
持ってきてたチャームに話しかける。
「申し訳ございません。分かりませんな。私どもは契約のその時以前はその存在自体が曖昧でございまして……。」
「私もそうね。だから契約者以上の事はほとんど分からないわよ。」
ぬーん……。
「まァいいじゃんか。確実に勝てればいいんだし。2人なら放置するような事にはならねぇだろうしな。それより、まずはお母さんの説得だろ?」
しょうがないか。ていうか逃がしたことないって、ハジメ先輩強くないか?
「そうですね…。え~、一緒にダンスする事にするってことでいいんでしたよね?アタシはそのつもりでしたけど、他に良さそうなのあります?」
ハジメ先輩は気まずいみたいな顔で困ってる。
「なんか不安なんだけど…。他に見せられるような特技も都合のいい役割も無いしな…、それしかねぇかもな。」
「たぶんいけますよ。お母さん、結構厳しかったんですけど今日の感じだと柔らかかったし。それに運動系に疎いから先輩の凄い動き見せれば説得力上がりますって。」
あっ、今ちょっと嬉しそうだった。やっぱりちょっとプライドあったんだ。
「そうか?…そうか。じゃあ信用するからな?……となると、俺がムツミさんを選んだ理由もいるな。ムツミさんから言い出した事にすると邪魔になるからやめろとか言われるかもだし。」
うん、そう言われればそうだ。元々アタシの事をずっと小っちゃい頃みたいに見てる節があったんだもの。
「じゃあ先輩がアタシに才能を見出したって事になりますね?実際そうなんだけど。」
「まぁ……実際の理由に近い方が変な齟齬も出ねぇか。罪悪感も薄れるし。」
「あと…、最後に先輩の設定ですかね?何者?ってのはありますよ。」
このままだとどうしても怪しい。なんかの身分というか立場が要る。
「そうだな、ペアを探してるブレイクダンサーってことだけど……。別に部活でも無ぇし実際は専門じゃねぇからな。たしか大会はあるみたいだけど。」
聞いててちょっと面白い。ホントに何者なんだ。
「でもそれでいいじゃないですか。ペアの大会に出たいからアタシに頼んできたってことで。要は必要なのは、内容じゃなくて熱意だと思うんです。いけますよ。」
「おお、いい事言うじゃんか。今のフレーズ使おうぜ。……これで大体いいか。すんなり決めたな。」
お互い意見が真っ向からぶつかるようなことも無く決まった。後はお母さんの反応見ながら臨機応変に対応できるだろう。
「実際俺ら、相性いいかもな。ハハッ、ホントに大会出るか?」
そこはそうかも。話してて楽しいしラクなテンポで話せるって感じる。でもアタシにそんな動きできるとは思えないけどね。
「ま、どっちにしろ運動はしてもらうんだが。ムツミさん、これから運動着で集合な。実戦でカポエイラやれなんて言わねぇけど格闘技は絶対に役立つから。例え”カイブツ”が人型じゃなくてもだ。」
「あっ、はい。はい……。」
アタシも昨日までのアタシみたいな目で見られるのかな……って思ったけど、そんな悪い気分じゃない。
「分かりましたよ。じゃあ今日……もそういえば家庭教師の日だった。ごめんなさい、昨日すっぽかしちゃったから今日はやらないと。」
そんなに真剣に勉強してるワケじゃないけど流石に2連チャンですっぽかすのはエイジさんも怒るかも。ないだろうけど。
「ぅえっ?昨日そうだったのか。悪かったな。」
こっちから言わなかったら分かるワケないんだから謝らなくとも。
「いえ、アタシが忘れてたんですし。今日は説明だけしときますんで、また明日に、金曜日ですけど空いてますかね?」
家庭教師も減らすか何かしてもらおう。
それからもうお昼の時間は少なかったけれど予定合わせたり、他愛ない話をして別れる。
アタシがダンスってね。おもしろ。お母さんはどんな反応をするだろうか。たとえ反応が悪くてもこの先輩ならお母さんも悪い印象はないだろうな。楽しみになってきた。
「今日はちょっと急いでるの!またね!」
なんやかんやで放課後になる。今日はもう別の事で頭いっぱいだったから授業のことなんてまるで頭にない。アタシもさっさと帰ってお母さんと話して、エイジさんにも減らすよう頼んで。とにかく帰ってからだ。
「ところで”カイブツ”ってどのくらいの頻度で出てくるものなの?」
周りに誰も居ないのを確認してからガルさんに話しかける。
「おおよそ1週間に1体くらいと考えられるでしょう。ですがまぁ、ご時世的に増加傾向にあるようです。どちらにしろ不定期なものですのであまり信憑性はありませんがな。」
ふーんそっか。……?なんか……。いや、分かんない。
「じゃあもっとウィッチ増やせればいいのにね。アタシから誰かを契約させるのも1人しかできないんでしょ。不便じゃん。」
よく分かってないみたいだけど1人前になったウィッチから1人しか引き継げないらしい。1人前って何?と思わなくもないけどハジメ先輩についていけばいずれなれるんだろう。
「それはそうですな。システムとして形成されてしまっているので当分どうしようもありませんが……。そのうちどうにかしてみますので。どうか今は頑張っていただきたい、よろしくお願いいたします。」
「どうにかできるんだ。じゃあ、まぁ期待してるから。」
そろそろウチに帰ってきたので会話を打ち切る。一旦お母さんに話す内容を考えて……。待てよ、勉強の後のがいいかな。
ガチッ。……ん?
座ろうとしたイスが抜かれた時みたいにビックリしてしまう。閉まってる?
今日はお母さんはもう帰ってきてるはずなんだけど。ポケットを探ってカギを出して挿す。回す。音がしない。意味わかんないんだけど。
混乱しながらガチャガチャ引く。手前に開くドアでなんかが引っかかるなんて意味わかんないし。
えー……。とりあえずインターフォンかな……?
ピンポン鳴らしてちょっと待つ。家の中からかすかにチャイムは聞こえてくるけど、誰かが動くような様子はない。だんだんじれったくてイライラしてきた。
お母さんに電話を掛けてみても…………?
鳴ってる……?
このメロディーは確かにお母さんの携帯だ。居るんじゃん。ちょっと安心した。なんだろ?寝てたりするのかな。
ともかく居るならどうにでもなる。たぶんリビングだろうし、起こすしかないか。
しばらくしたらエイジさんも来ちゃうだろうし。……ん?
隣家と仕切る塀と家の間の狭い通路を、室外機をまたいで抜けてバルコニーに出る。ちょっと制服が汚れちゃうんだけど、さっきのでもう埃っぽい気するし、仕方なくバルコニーの柵を乗り越えて無事侵入する。昨日の台風でだいぶ葉っぱとか汚れちゃってる、明日片しとくか。
まったく……、なんでこんな目に。こりゃまたお母さんをからかえるかな。とか思いつつもっかい電話掛けておく。
……あれ、今度はつながんない。あ、カーテン掛かってるけどちょっと見えるな……。う~ん、もし起きてなかったらどう――――。
え。
人が”カイブツ”になるところなら昨日見た。
また”カイブツ”?ソレが、また、居る。
倒れたお母さんのそばに。
え?なんで?だ、誰が。お母さんは?今、アタシはどういう状況なの?混乱して思考が先に進まない。
その、頭以外がヒト型の、頭だけがトンカチみたいに?なってる”カイブツ”はうつむいて何か…、お母さんをじっと見つめてる?えっと、動く様子は、ない。たぶんこっちにも気づいてない。
お母さん……。えっと。お母さんも動かない。うつ伏せで足側だから全然様子が分かんないけど。たぶん、たぶんよくない状態だ。どうすれば。おち、落ち着いて。
え、窓、窓を……。
「落ち着いてください。ムツミさま。」
ガルさんが居た。そうだ、ウィッチの力を。え、ゆ、指輪を。
「落ち着いて。聞いてください。まずハジメさまに連絡を取りましょう。いいですね?」
朝の会話がよぎる。そう、そうだ。先輩は絶対にまず連絡だって。い、今のアタシじゃこの状況の対応できる気がしない。頼らなきゃ。
「大丈夫ですか?まず一旦離れましょう。幸いまだ気付かれていません。いいですか?落ち着いて。」
まだ混乱した頭で、いや、だからだろうけど、とにかく従う。カーテンの中から目を逸らして初めて自分が泣いてるのに気づいた。
それから赤ん坊みたいによたよたと柵に手をかけて下に転がり落ちる。もうヤダ。2つ深呼吸して、とにかく壁に手をついてまた表に戻る。
そして震える手を無理矢理壁に押し付けながら、今日聞いたばかりのハジメ先輩の家の方に歩き出した。
昨日から予想外の連続だ。
今日のこれからは?明日は?これからのアタシは?何が起こるのかな?もう、なんにも分からない。
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