第5話:出ない、出られない
おはようございます。どうも、
それに妹のヤツがね?勇花って言うんですが。
隣の家の女の子とあんな天気だってのに外で遊んできたみたいで、もうバタバタしましたよそりゃ。ま、オレだって小っちゃい頃はそうだったから言えないんですけどね。最近の女の子はずいぶん元気ですね。そういや今日は泊まったんだったかな。
う~~んッ………!っと。
台風の後はすっかり晴れるものです。なんかムカつきますね。知らんぷりされてるみたいで。
そんなことどうでもいいんですけど。まず朝ごはんでも食べますかね。
どーせ遅刻だし。
キッチンに来るとおかんが居て昼メシの準備をしてるとこだった。
「おあよ。なんぞ食うもんある?」
なんか納豆とかあったかな……。
「おそよう。」うわつまんな。
「今適当にパスタ作ってるけど。あれ?学校は?」
「あ~じゃあオレにもお願い。今日は講義は、え~午後の?心理学だけ。間に合うっしょ。」
1限の英語の事は無かったこととします。
おっ、ツナ缶と塩昆布が出てる。やるやん。何を取るわけでもなくなんとな~く冷蔵庫をのぞいたりする。あるよね。
「おとんは仕事行ったとして、ユウカたちは?」
「学校に決まってるでしょ。今11時よ、大学生になるとそれまでの人生ってリセットされるのかしら。」
せやで。
「いや昨日なんかメチャクチャ疲れてるっぽかったじゃん。休みゃいいのにと思って。そうじゃなくても遅刻くらいすればいいのに。」
昨日ユウカにはさんざ言われたのだ。なんか、ハナちゃんがはしゃぎすぎて寝ちゃったとかで来るなって。何やればそうなるんだろ。
ハナちゃんとは妹の友達ってだけじゃないくらい仲は良いと思うんだけど。ユウカと違ってオレの趣味に興味あるみたいだし、えげつない呑み込みの早さしてる。もう既に、打てば荘厳に響くテキトー喋りをマスターしていてカワイイ。一緒にM-1出たい。
あのオレの部屋にある《SDガン〇ム外伝2 〇卓の騎士》を裏ワザ武器無し・ぶっ続けでクリアしたハナちゃんが寝落ちするって…、なにすればそうなるのか。
「あんたの生活と一緒にしたくはないけど、まぁ…昨日の感じは確かに仕方ないかも、とは思うけどね。はい、出来たわよ。」
目の前に皿が置かれる。
「うっひょお、うンまそぉ!」礼儀である。
「うま。」
「我が息子ながらフワフワしすぎてふわんになるわ……よく親相手にそんなボケれるわね。」
血では?それにしてはユウカは立派になってくれている。まぁこんなのに囲まれてたらしっかりしなきゃってなるかな?かわいそ。
「そういやあんた、ハナちゃんがいつ帰ったか分かる?朝ユウカに聞いたらもう帰ったって言ってたけど出てったのわかんなくて。」
オレが分かるとおも「あぁいやいいや。寝てただろうし。」
「僕らはいつも以心伝心じゃん。」
しばらくただ2人でパスタを貪り喰らう。うめ。うめ。
なんとなくおかんがテレビを点けてニュースを見る。
「―――では次のニュースでつ。」
「昨日未明、台風の影響により菫青市の一部で複数の建物に
コイツ大丈夫か。
〈
ただ名前のわりにアイオライト鉱石が発掘できたなんて話は一切聞いたことのないのだけは気に食わないけど。
そしてその菫青市で一番人口の多い町、ここ〈菫青町〉である。
毎日滑舌の悪いニュースキャスターで朝を知り近所の学校のクソデカチャイムで5時を知る。なんて丁度いい町なんでしょうか。
…………東京、住んでみてぇよ~!
閑話休題。
「ごちそうさまでした。星、みっつです!」
「お粗末さま、さっさといってこい。」「うい。」
ヤなんだけどネ。しょうがないので行くことにする。午後に一つ取ってるのはマジだし。
部屋に戻って支度する。ヤなんだけど。
ヤなんだけど勉強道具とワンダースワンを入れっぱなしのカバンを持って、ヤなんだけど着替える。一応終わってからバイトあるし最低限の恰好はしとかなきゃいけない。
さって、行くか!ヤなんだけど!
「行ってらっしゃい。」「ヤなんだけど。」
お足元の悪い中大学に着くと、マジメな連中は丁度メシどきみたいだった。敗者どもめ。オレはもう食ったぞ……!
アイツは弁当だから、教室かな?あ、居た居た。
「おはようございまーす。」
「あ?ああ。」
おにぎりヤンキーじゃん。こわ。
「ソレ中身何?ヒデトラ。」
「昆布。英語代返しといたから。茶ぁ買ってこい。」
「あざーっす!しばし!」
玄関の自動販売機に走る。頼んでないのに、なんて気の利くヤンキーだ。礼も安いし。
あの目つきの悪いオールバックは、
高校の時からの友達で、何事にもでろでろなオレにも愛想を尽くさないハートフルヤンキーである。ちなみにこのオールバックは、ちょっと良いホテルでアルバイトしてるこいつのマジメさの表れであり別にヤンキーではない。
ただ、そこらのヤンキーより強い。〈雷剛流小太刀術〉とか言う最高なネーミングセンスしてるヤツをやってるのだ!
「戻ったよ。コレでいい?」
カバンからワンダースワンを渡し、「…おま」奪ってお茶を渡す。
「リアクションなどさせん。」
「……つまんね。なんで遅れた?まぁゲームだろうが。」
俺もそう思う。ただ、やっぱさ、チャレンジ精神ってのがさ。
「セガサターンでず~っと〈暗黒の種〉ってのをやっててさ。やりすぎて頭が痛いわ。クリアしたけどね。ソレ中身何?」
ちなみにめちゃめちゃ時間はかかったが絶対にその価値はなかった。コレがたまらんのだ。
「昆布。また知らんゲームやってるな。その趣味だけはわからん。そういや、ユウカちゃん、最近何かあったりしたか?聞いておきたいと思ってたんだ。」
ヒデトラは忙しいから週に2回だったか1回だったかしか道場に行けてないらしいからユウカとはあまり会わないって言ってたが。
「ここ1か月くらいかな?隣の家のハナちゃんとよく一緒みたいだけど…。なんかあった?」
ヒデトラは何か考えて、気のせいってのもかなりあるけどな、と前置きして話した。
「なんて言うか――、急に必死になったような、いや鬼気迫るって言ってもいいかもしれん。それくらい真剣にやってるんだ。まさか今時実戦もあるまいに…。」
そんな言い方されるとなんか不安になる。たしかに最近隠し事してるような気がしないでもない。年の離れた兄なんてそんな干渉するモンじゃないと思って気にしないようにしてたが。
「ぬーん……。ありがとう、ちょっと気にかかるな。なあ………、ソレ。中身何だ。」
「昆布。」
文系の選択、心理学取りがち。
あんまり役立つ場面が想像できないけど、しょうがないのだ。カッコいいから。お陰でこの1限のためだけに出校してしまった。しかしこの行動心理学ってのは面白いのは事実。ただ教科書の文言を繰り返すだけの教授botでもなんとなくノートをしっかりめに取ってしまう。
ハロー効果だとかウィンザー効果だとか、おおよそ使い道の思い浮かばない効果がびっしりのノートをしまって昆布野郎と合流する。
「この後は?オレはまっすぐバイト行くけど。」
「帰らにゃならん。昨日の台風で婆さんの庭が荒れに荒れてな。植木職人よ。」
この家族想いめ。
「偉いこったな。コレをやろう。大事にしろよ?」
なんかカバンに入ってたキノコをかたどったチョコ菓子を渡す。へへっ、オレってばいい友達だな。ヒデトラの野郎が羨ましいってモンだゼ。
「え、いいの。じゃあな。」
…………アレ、いつのだっけ?
ちょっと早いかな?ムツミちゃんが帰ってこないうちにお邪魔してもそれは文字通りお邪魔だろうし、途中でコンビニに寄って軽食と抹茶キメてからバイトに向かう。と言ってもまた家の辺りに戻ってきただけなんだけど。
アルバイトは大学に入ってから始めた。電車賃とか遊ぶ金とかくらいは稼がなきゃならないし。ちなみに家庭教師だ。
どっかの仲介サイトとかに登録してるとかじゃない。ただ妹の友達のところがたまたま家庭教師を探してたってだけ。
オレだって中学生に教えられるくらいには勉強はできるし、何より友達の兄っていう余計な緊張もしないし敵意識も持たれないから丁度いいんだと。
報酬も良いからオレとしては大変助かっている。ただ……、たぶんあの、安東ムツミちゃん。オレをナメてる節がある。イヤ、それが悪いわけじゃない。わけじゃないが……。ちょっとニガテだなって。子供相手になるといい顔しちゃおうとするオレのクセが読まれてると思う。
まぁ、いいけど。
なんでもま、いいか。で済ますのがオレの生き様なのである。
というわけで早速こちらの一軒家!お邪魔してみましょー。
このムツミちゃんち、何度見てもめちゃめちゃ良いんだよな。正面に庭と花壇もあってさ、めっちゃ羨ましいのヨネ。理想の一軒家って感じ。正直2人で住んでるには広いなぁとは思うけど、オレの嗅覚はツッコむなと言っている。所詮バイトなんでね。コレがオレの能力、
インターフォンを鳴らすとピンポーン♪と微かに聞こえる。
「ごめんくださーい、門沢でーす。」
………………。あり?出ないが?
マジ?今日もけ?昨日も台風の中行ったけど居なくてウケたよね。まぁ昨日はマイさんから後で連絡来たからいいけど。
もしかしてなんか間違えたかと思って念のため携帯を取り出してスケジュール表を確認するが、間違いない。
むう。一応もっかい試すか。ピンポーン♪
「安東さ~ん?門沢で~す。………マイさ~ん!?…………ムツミちゃ~ん!」
ナメやがって……!ちょっとお邪魔しますよ〜。
ドアノブをひね……られない。
こりゃダメだわ。居ないっぽい。
いやぁ〜‥‥参ったね。昨日も今日もとなるとムツミちゃん、反抗期ってヤツけ?それは正直良いんだけどお給金が無いのはオジサンこまっちゃうナ。
とりあえず連絡してみるか。
「トゥルルルルルン♪トゥルルン。」
出ないですぅ……。
う~ん?こりゃ珍しいな。マイさんが電話に出ない事はなかったと思うけど。
ムツミちゃんのは知らないし。
とりあえず考えられるのは、忘れてるか間違えたかで2人して出かけちゃったパターンと、偶然2人ともなんかのトラブルとかで帰ってないパターンかな。家の中なら気付かないこたないだろ。
だったら……、一旦帰ってユウカに頼るべきだな。ここで待ってても埒が明かないだろうし。
いやぁ今日歩いてばっかか?まぁ結構近いからいいけども。
あっ、家にいても死んでたりしたら出れんわな。なーんて。………コレは面白くない。
反省しよ。反省した。
「おうおかえり。あ?今日バイトあるんじゃなかったっけか?」
「おかえりだと…?ただいま。いやね、なんかインターフォン鳴らしても居なくて。ユウカ辿ってムツミちゃんに連絡取ろうと思って。」
おとん、釈然としないの巻。だった。
「ふーん……。安東さんだったな…?あの人かなりしっかりした人だからあんまり考えらんないけど。んー………?」
カラカラカラ……。
「特に意味ないけど冷蔵庫覗く事、あるよな。」
だよね~。とか言いながら居間を抜ける。
コンコココンコンッ。ベチッ!
「ユウカ〜?おる〜?」
ちょっと待つ。……返事なし。なに?流行ってんの?
コッココココココ コッコ。笑点の如く奏でると、
「なに……?」
ユウカの召喚成功である。ちょびっとドアを開けて顔だけ出してくる。
「何だぁ居んじゃん。あんまり寂しくさせないでよね。でないと私……。」
「もぉ〜!なにって言ってるでしょ!お兄ちゃんのそういうとこそろそろキライになりそう!」
カワイイなぁ。いくらでも遊んでられる……♠
このカワイイカワイイおさげっ娘は我が最愛の妹、門沢ユウカ。
見た目通りの学級委員長タイプでバチクソのマジメ。カタブツ。ダイヤモンドブレイン。おとん似。こんな兄で可哀そう。健やかに育って欲しい。一回だけ目に入れてみたけど痛かった。ストラップだけダサい。
「撫でんな!!」
んもぅ、つれないのね。
「で!なんの用なの!?」
子猫のフーッ!ってヤツみてぇでカワイイ。
「イヤね、今家庭教師にムツミちゃんとこ行ったんだけどね。留守だったのよ。なんか知らん?」
「ん……、いや、知らない。学校には居たし、帰るとこも見たよ?」
うぇぇ……?なんか心配になってきた。すっぽかしは昨日の今日だ。マイさんには怒られただろうし、帰るとこ見たって言うならその後どっか行くことも無いだろう。
「ムツミちゃんに連絡取れない?」
ちょっと待って、とユウカは部屋に戻って、んで携帯持ってまた顔だけ出てきた。
「…………出ない。」
コレは……、本気で心配した方がいいかも。
「一応その連絡先ちょうだい。あと俺の連絡先も送っといて。」
「分かったけど……。なんかあったのかな。」
「さぁ、とりあえず、もっかい戻ってみるわ。ありがと。」
何ができるのか分からないけど行ってみよう。不安でなんか胸がもぞもぞするというか……。思い過ごしならいいんだけどな。
ちょっとまた行ってくるわ。と親に声をかけてまた家を出る。何だったら周りの家に尋ねて……いやぁやりすぎかな?
念のためオレからも電話を掛けてみたけど、出なかった。
もやもやした気持ちを抱えて歩いていると近所の公園の外周で見知った顔が歩いていた。
「ハナちゃ~ん、お~い。」
大きく手を挙げるとパッと気づいたハナちゃんが50ヤード4秒2の勢いでまっすぐ飛んでくる。
このアメリカのオモシロ動画の犬みたいなのは折戸ハナちゃん。
となりに住む色々とアルティメットなガールだ。ユウカと年も近いし仲が良かったので”教育”してやったら、バッチバチのゲーマーになってしまった。しかも、レトロ・クソゲー部門。オレは反省している。せめてクソゲーは止めておけば良かったと。
それはそれとしてここ最近とっても元気、そして今日もクッソ元気のようだ。何かが分け与えられるぅ~。
「こんにちはエイジくん!」
ビシガシグッグッ。イエ~イ。
「こんにちはハナちゃん。帰るとこ?」
「ううん!パトロール!」
またなんかやってんな。こないだは左ハンドル探しの旅をしていた。そんでランボルギーニ ムルシエラゴに乗ったお姉ちゃんと帰って来た。
「あ~。でもなんか不審者情報とか朝…、昼か、見たからさ、今は辞めとこ?」
ちょろっとあの謎キャスターが言っていた。いくらハナちゃんが狂戦士だって言ってもこ~んなカワイイ女の子だ。今の状況もあるし、不安にもなるわそりゃ。
「え~!絶対大丈夫なんだけどな。」
「まぁオレもハナちゃんの事は信じてるけどさ、ハナちゃんになんかあったらご両親にオレが怒られちまうからさ、頼むよ。」
大丈夫なのに……なんてふくれっ面をしているが、ハナちゃんは友達が困る事は絶対しないいい子なのは知っている。
「あっ、でもこのまま帰すのもおんなじ事だな。どうしよっか。」
心配しすぎな気もするが、なんか問題が起きるよりはよっぽどいい。さっきからそう思って行動してるワケだし。
「エイジくんは何してるの?不審者?」
「何てこと言うんだ。このオレのどこが不審者だ!」
オレのモハメドアリ直伝のシャッフルを見せつける。
「家庭教師のバイト先に行くとこ。ムツミちゃんって知ってたっけ?ユウカの友達なんだけど。」
ちょっと考えるハナちゃん、ナウローディング。データインストールした密林のキャンプから4に周るくらいの時間待って。
「ユウカちゃんからは聞いたんだけど会った事はないかな?」
ぬーん………。ま、いっか!!
「じゃ、一緒に行こっか!ムツミちゃん最近勉強面白くないみたいだし、
ひょっとしたら今日も無しかもしんないし、あったなら最近だるんだるんになってるムツミちゃんに良い刺激になるかもしれない。この子刺激物そのものだし。
「ま!?行く!」
「まぁでも、ひょっとしたら今日はやらないかもしれないんけどね。そしたら一緒に帰るよ。それにハナちゃんの勉強も見れるからね。」
ハナちゃんとはよく遊ぶけど勉強を直接見た事は無かった。やってないワケじゃないらしいけど、何しろ生き様が生き様だから気になる。頭わるわる自体はダメだなんて思わないけど、勉強がキライだからできないみたいなクソガキにはなってほしくはないのだ。
「エイジくんってゲームとカードゲーム以外も教えられるんだ。盲点だったな。」
このクソガキが。
おっと、改めて携帯を見る。けど、何も連絡は無かった。
「ということで、ハナちゃんがなかまになった!」
「ハナ、サマルカンドの王子やるね。リメイク版の!」
途中離脱やめろ。
そこから10分も経たないうちに着く。
相も変わらず連絡は来ていなかった。こうなると最早なんかトラブルがあったとしか思えなくなってきた。か、オレが唐突にクビになったか。これがNTRか?お気楽ディフューザーであるハナちゃんがいてくれるので焦るまではいかないが、不安は残る。
外から見る分にはさっきと家の様子に変化はなさそうだ。正面から見える2階のカーテンは少なくとも閉め切ったまま。
「ぬーん……。まぁ、まずはもっかい確認してからだな。」
ピンポーン。
……
…………
………………カタッ。
おっ、音がした。かすかだけど確かに。帰って来たって事でいいのかな。安心やね。どっちかわかんないけど。
「マイさ~ん、ムツミちゃ~ん?エイジくんで~す。」
ドアノブに手を掛ける。
回す。回る。
引く。
おっ、開いてんじゃ――。
ガチャ。え?何?
暗いな、と思った。電気つけてな
「下がってエイジくん!!」
「あ?が」
唐突に、猛烈に、ドアに弾かれる。全然力を入れてなかった手は投げ出されて、ドアのフチが鼻っ柱をブッ叩く。向こう側からドアをブチ開けたヤツがいる事に気づいたのは斜め後ろに転がされたからじゃない。
ドアの奥から出てきた黒ずんだハンマーヘッド人間を実際に見たからだ。
「おぐふぅっ……!!ぬぐっ…。……ッハナぢゃん!!逃げて!!」
頭がくらくらするし顔がめちゃめちゃ熱い。口には血の味もあるし鼻血は確定してる。けどそれどころじゃない!
フラフラするけどなんとか立つ。足元の草に黒い赤色の斑点があるのが見えた。出てるどころかぼったぼただ。
顔を上げると低い体勢で正面を見据えるハナちゃんの背中と、対峙するシュモクザメだっけ?ハンマーヘッドシャークの形した頭と細身の身体の男。身長180cmくらいに見える。ソレがまっすぐキレイな姿勢で立っていた。見間違いじゃなかったのかよ。
その怪人ド変態は動かない。動かないまま4秒くらい経った。怖いんだけど。
「ハナちゃん大丈夫?逃げられる?」
ハナちゃんはこっちを見ないまま答える。
「大丈夫。大丈夫だからエイジくんが逃げて。」
バカ言うな。そんなの許すか。まだド変ハマヘ男が動かないのを確認すると、ハナちゃんの肩を掴……あっ、コイツ目が両端に付いてやがる。真横しか見えてねぇんだ!ツッコミてぇ!!カメラの片目にピント合わす機能使ったら逆の目ぼやける距離やぞ!
「いいから逃げるぞ。変態に勝てる訳ないだろ。」
すると、肩を掴んだ手があろうことか振り払われる。マジかコイツ!絶対逃げてお説教だかんな!もう決まりだかんな!
いっそもう担いで逃げちまうか。この状態で逃げ切れるかな。まっすぐ下がればたぶん…………。
「大丈夫だから。見てて。」
このガキャなんの根拠が…。そう言ったハナちゃんは左手でなんかを取り出して、背筋を伸ばす。その表情は見えない。が、背中には確かな自信があった。
「フラワー・エンゲージ!!」
ハナちゃんが取り出した指輪を…何してん?うおっ。まぶしっ。
…………は?????
なんか光ってるが??浮いたが???は??ハイパードレスアップタイムか???カワイイんだが????あっ、天使の輪っかだ。メルヘンチックやね。
「天下無敵の魔法少女!プリモ・フラワー、よろしくね!!」
……パチパチパチパチ。
決めゼリフダッサ……。え?なにこれって……そういうコト?いわゆるニチアサってヤツ??激マブじゃん…。
んあっ?そういや中学の時の
ドハヘドは周りが光ったりしたことにビビっている。え?なにお前おどおどしてんの?そんでなんで正面見て……、あぁ目ぇ横なんだっけ。お前は首を回す事を覚えろ。深視力0か。
「エイジくん!見ててね!」
カワイッ!ビックリした、ソシャゲのSSR演出かと思った。オレが同い年だったら人生捧げてたぞ。
じゃなくて!
「こっち向くな集中しろ!」
「えへへ、大丈夫!」
カワイッ。オレをたぶらかすなこの妖精め。しかしなんて自信だ。ひょっとしてハナちゃん、この変ハマッ男みたいなヤツの退治にかなり慣れてるのか?だからって目離すのは――
「アンタッテコワァァァア!!」
「ほら来てるって!」
って今なんて言った?喋るのコイツ?……何なの?ヒト?イヤ違うわ速いって!
見たことない速さのサイドステップで突っ込んでくる。とにかくキモい。ハナちゃんの教育に悪い。
「行っくよ!マジカル☆コントロール!!」
ハナちゃんが無造作に、軽々に変態の前に立ちはだかる。もう見てられない気持ちだが最早オレが手を出せるタイミングは過ぎてしまった。正直怖くて迷う。もしかしたらこんな化け物もホントに問題ないって、小さな女の子に頼ってしまう。
すぐに距離が詰まり。
ハナちゃんにその側頭部ヘッドバットが。
降ってくる。
パァン!
え?
…………ビンタした?
なんだソレ。それでいいワケなくない?現に
一方ハナちゃんは右手を振りぬいたまま。え?終わり??表情は見えないけど明らかにハナちゃんからは緊張感が抜けていた。
えーっと、魔法少女だったよな?魔法は?そのドレスとか、輪っかは……、ビンタのために?
サイドお辞儀の姿勢のまま動かないドヘドをそのままにしてハナちゃんが振り返る。その顔は、怖いくらいの笑顔だった。
「気をつけ。」
こっちを見たままハナちゃんが言う。俺に言った?いやまさか。とか思うよりも早くハンマーヘッド男が頭を上げこちらに向き直り、直立不動の姿勢になる。
「鼻、だいじょぶ?血出てるよ?」
…………あ、そうだった。
戦いとも呼べないような一瞬の戦闘が終わって、恐怖と危機感は無くなって。代わりに、言いようもないざわざわした胸騒ぎだけが残る。
たぶん、朝のアニメみたいな話じゃないんだろうな。
玄関を3人で上がる。玄関に変わった様子は無かった。
「じゃあ、オレは上がって様子見てくるから。ハナちゃんはここで待ってて。その…、ソレと。」
「うん、待ってるね。」
とりあえず玄関に格納したソレ男を指して言う。コレはハナちゃんの指示に完全に従うので玄関の靴箱にはっつけておくことにした。
どうやらハナちゃんは「誰でも思い通りにする魔法」が使えるそうで、それでああいった”バケモノ”と戦っているらしい。
………バカか!?
変な正義感みたいなの要らんねん!!おおかたワケわからんマスコットかなんかにまるめ込まれたんだろ!いいんだよ他人の命とかさぁ!警察とかに任せときゃええねん!
あんな女の子1人に任せなきゃいけないなんて……!!
そんでハナちゃんもハナちゃんで何なの!!バカが考えたみたいな魔法使っちゃってさ!そういうのってもっと……!!
…………一旦、一旦落ち着こう。ハナちゃんに自分の身を大切にしなさい系お説教をするのは後にしなくちゃいけない。今はとにかくこの家の様子を確かめないといけない。玄関から下僕が出てきたんだ。誰も居なきゃいいんだけどもし……。
「マイさ~ん?ムツミちゃ~ん?エイジです~、上がってますよ~。」
ダイニングキッチンとリビングの方に向かう。まぁこんな呼んでも居ないし暗いもん。居ねぇんやろな。
キッチンに入る。流しに皿が積んであるのが見える、それ以外はスッキリしたいつもの感じだ。あのハンマーマンは特に何も荒らしてないみたいだ。
そこから目を滑らせて、何も乗ってないダイニングテーブル、リビングに置かれたテレビ、突っ伏したマイさん、ソファを見る。
「ああッ!?」
やっっば!!マジで居た!クソッ!
「マイさん!オイ!!大丈夫ですか!?」
呼んでもピクリとも動かない。慌てて駆け寄る。状況から見ると最悪だが確認しなきゃいけない。あのハンマーヘッド男がまた怖くなってくる。
「マイさ――!!」
「エイジくん!!どうしたの!?」
どたどたとハナちゃんが来る。ダメだ!
「来るなッ!!」
手で制止する。絶対に見せる訳にはいかない。たとえ戦う魔法少女だとしても。
「死んでる………。」
死体なんて女の子が見るものじゃない。
マイさんはドロドロの血溜まりの中に顔をそれはもう埋めていた。どうみても死んでいる事に違いはない。グシャグシャの携帯の下で、というか一体化するように頭蓋骨が、潰れてた。
あと一瞬確認しただけだが口からは血が、折れた歯と共に流れ出しており顔面は上から押し付けられたように潰れている。
「ぬ……ん、はぁ……。」
吐くまではいかなかったが間近でかなりキツイものを見てしまった。クソが。オレは模範的な大学生だぞ。
とにかく警察にでも任せておくべきことだ。犯人も……。コイツだろうし。
壁に沿って立っているクソを見る。正直おぞましい。
コイツの処理はハナちゃんに任せざるを得ないが、死体はファンタジーに済ませられる事態じゃない。
「じゃあ、警察に通報するから。ハナちゃんはソイツをどうにかして。で、居なかったことに……、いや、なおさら1人で帰すのはダメだ。待っててもらえる?」
携帯を取り出す。そうだ、ムツミちゃんは―――?
「ダメだよ!”バケモノ”のせいならハナ達が解決しなきゃ!けーさつじゃ迷宮入りになっちゃうじゃん!」
「いいんだよ!犯人は確かにソイツだけどな?残った人間に必要なのは安心なんだ。たとえ犯人が捕まらないとしても、警察が動いてなかったら納得もできねぇんだよ。」
ムツミちゃんには悪いがこんな状況は隠しておかないといけない。お母さんがファンタジーのせいで死んだなんて言われたらおかしくなる可能性すら考えられる。
ハナちゃんは、まだ何か言いたそうだったが飲み込んだみたいだ。
「………分かった、あの子は片しておくね。」
それだけ言うと”バケモノ”男に何か耳打ちして、”バケモノ”男が玄関から出ていく。普通に。
「え、おい!ソイツ出して大丈夫なの!?えっ。」
パッと飛ぶように近づいてきたハナちゃんがオレの手を握る。
「魔法少女の事、誰にも言わないでね。」
「別に言わないけど……?」
言ったらオレが頭おかしいロリコンだと思われるし。
「じゃなくて!」
突然パァッと光ったかと思うと指輪を外したハナちゃんが元の恰好に戻る。それと、ヘビみたいなおそらくマスコットであろう不思議生物も浮いていた。
「大丈夫ですよエイジさん。彼はもうハナの支配下ですし、それに一般人には見えません。」
なに馴れ馴れしく話しかけてんだこのニコロデオン薬局のマスコットが。
「申し遅れましたがボクはサンダルフォン、ハナのサポートをしてます。よろしくね。」
「黙ってろ。ハナちゃん、一般人には見えないってどういうこと?」
クソが。これ以上そっち側の世界観出すな。後でハナも返してもらうからな。
「え……。”バケモノ”も魔法少女も普通の人間には見えないようになってるって……。理由はよく分かんない。」
あ?じゃあなんでオレは。
「近すぎたんですよ。結界の内側に入っちゃっただけで、」
「あぁそう。」
この天使モドキが喋るだけで妙にイライラする。まぁ状況が状況だししょうがねえか。
「とにかく通報するからな、テメェも隠れとけ。」
ハナちゃんとサンダルフォンがごにょごにょしているが、改めて110番に通報する。時間かけすぎた。
「あ、ハイ。…事件です。知り合いが家の中でその、死んでて……ハイ。場所は、」
オレの携帯もさっきの戦闘モドキで画面がバッキバキに割れていた。
玄関先で2人で待ってると、10分もしないうちにパトカーが来る。2人降りてきた。
「ハナちゃんはここに居てね、こっちです。ここの家の人が死んでるのを見つけまして……。」
「三倉です。」「遠野です。案内をお願いします。」
玄関を開けて靴を―――。
「ごめんねエイジくん!おやすみ!!」
は????
な――――
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