第6話:戦わない、戦えない
………………んにゃ。
………あ~、なんか、スニーカー文庫とファンタジア文庫と火曜サスペンス混ぜたみたいな夢見た。ような気がする……。
ぬっ……!ん!なんか………、体が痛い、ような?床にぶっ倒れて寝たみたいな。
………………「ここは?」
「あっ、起きたエイジくん?」
「起きたよ……おはようハナちゃん。」
……ハナちゃん?え、っと
「車?」
「うん!パトカーの中だよ!」
意識がハッキリしてきた。確かにパトカーっぽいし、運転席、助手席に…、えーっと、忘れた。お巡りさんが2人座ってる。
「ごめんね?フォンくんがけーさつに知られちゃダメだ!って言うから、エイジくんには眠ってもらって、その間にお巡りさんにも無かったことにしてもらったの!」
「なッ…………!!!」
ダメだろコレ!倫理観どうなってんだ!!
「あのなぁハナちゃ――!」
「だから、エイジくんも協力してね?あんまり気にしないで?」
「おう。」
まぁ確かにこのまま未解決事件として逃げようとするよりは失踪って形にした方がムツミちゃんは希望が持てるかもしれないしな。
「ハナさん、ちょっとよろしいでしょうか。安東マイさんの状況の事なんですが。」
助手席の刑事さんが話しかけてくる。
「ハナ難しいことわかんないからエイジくんにお願い。」
良いけども。
「ハナさんの言う通りこちらで内密に処理させていただくことになるのですが、一応詳細を共有しておこうと思います。少々不審な点がありましたので。
検死はできませんのでザックリではありますが、まず死亡推定時刻です。こちら死斑の状態や開いていた目の角膜から、おそらく今日の夕方頃になります。なんとか体温や消化器官を調べられればさらに絞り込めますが。」
「いや、無理でしょ。続けてもらえる?」
「それで死因なんですが……、後頭部への撲殺、一撃ですね。大型のハンマーのような形状だと思われます。」
それはそうだろう。しかしあのハンマーヘッダーはどこに行ったのだろうか。
「ただ、こちらは死亡する威力ではないのですが……、電撃傷があります。気絶は間違いない程度です。おそらく昼過ぎ……でしょうか。」
「へ?それって、つまり昼に電撃食らって、気絶して、夕方に殴られたって………事?」
「おそらくそうでしょう。うつ伏せで倒れている後頭部ということを考えると、気絶したまま殴られた可能性も。」
そんなえげつない事件ある?
「じゃあ、あのハンマヘじゃない、なにかが居たのか……?」
まだ終わってないかもって事か。
「一応、大まかではありますが家の中の捜索はしましたが、人も荒らされた形跡はありませんでした。」
ぬーん……?
「死体は今どこに?」
「トランクです。」
……………そう。不思議なことに特に何も思えなかった。
「あぁそうだった。結局今はどこに向かってんだ?」
誰に聞いても同じなのは知ってるがなんとなく運転手に聞く。
「お2人の家に送らせていただいております。これから我々は先ほどの通報を誤報ということにして、死体は当てがありますので処理してから通常の業務に戻ります。」
そう。そんなのもあるんだね。
「ありがとう2人とも!よろしくね!」
ぬーん……。
「ハナちゃん、この2人は良いとして、あんまり人間にはこの魔法は使わない方がいいね。大人がハナちゃんの言う事にこんな感じで従ってると、かなり怪しく見えるから。」
「はーい!エイジくんはいっつも頼りになるからね!アドバイザーだね!」
やっぱりハナちゃんだけにすると不安な部分があるな。オレがサポートしなきゃ。
「さぁ着きましたよ。」
「ありがとうございました。では、後の処理はお願いします。」
「ありがとねー!またなんかあったら会おうね!」
マンションの前でパトカーから降ろしてもらう。いや助かるな、この2人が居なかったらどうしたものかと……。
…………あのトランクに。
「さ、帰ろ!色々お話もあるし!」
「あ、うん、そうだな。もう暗いし……な。」
思い出して携帯を見る。ムツミちゃんからの連絡とかは一切なかった。けど、それについて言及する気は全く起きなかった。
「ただいまー!!」
「すみませーん。エイジですー。」
帰る前にハナちゃんの家に寄る。元々送るつもりだったのにたぶん、送らなかったパターンより遅くなってしまった。
「おかえりー!遅かったから心配したよー。まったくいつもなんだからさ。」
案の定結実さんが待ってましたと玄関に来る。
「ユミさん、申し訳ない!ハナちゃんを連れ回してしまってこんな時間に。」
「まぁいーよ。こうやって帰って来てくれたんならね。どんな遊びしてたのか知らないけど絶対帰ってくるようにハナには徹底させてるし。それにハナがまたドタバタしたんだろうしね!」
わしゃわしゃとハナちゃんの頭を撫でるユミさん。完全に両極端の方向でハナちゃんを信用している。これが親か。
「いや、昼間テレビで不審者情報見てたんで1人で出歩くのは危ないかと思ってオレの……用事に付き合わせたんです。すみません。」
「もーいーってば!アンタもユウカちゃんと一緒だね!遅くなったら毎回謝るとこ、兄妹だわ。それにエイジくんにこそ謝んなきゃね。」
ユミさんがこっちに向き直る。
「エイジくんがしっかりしてるからユウカちゃんもしっかりしてるんだし、この子だって甘えられるんだし、ね。」
初めて言われた。いつもちゃらんぽらんだって言われ続けてたけど。ちょっと感動。
「ありがとうございます。ではこれで。」
「バイバイ!でもご飯食べたらまたお話あるからね!こっち来てね!」
「………ばいばい。」
たぶんオレが本当にしっかりしてるんならこんな事態には陥ってはいないだろう。隠しようもない罪悪感の形をした自己嫌悪が胸にある。そしてそれは絶対に誰にも言えない事は分かるんだけど、だからってどうしようもないことも分かっている。
「ただいまー……。」
家に帰るとちょうど晩ご飯を食べるところだった。
「おかえりー。アンタ今帰って来たって事は結局ムツミちゃんの勉強は無かったの?」
おかんが色々炒めたヤツを食卓に並べながら聞く。
「うん。誰も居なくってさぁ。お給金とかどうなるんだろね。」
自分でも驚くほどすんなり喋る。どっちにしろ行方不明は警察のお墨付きになってるんだからウソ吐き通す以外にないんだけど。
「ふーん……。安東さんも、娘さんも居なかったんだろ?心配だな。ユウカぁ、明日分かったら教えてくれ。」
おとんも気になるみたいだ。
「うん。明日、会えるといいけど。」
そうして、微妙な空気のまま皆でなんか色々炒めたヤツとなんか色々煮た汁を食べた。なんか色々な味がした。
そして、ご飯も風呂も済ませた7時ごろ。
呼ばれているので、着替え……いや寝間着でいいやもう。疲れたし。どうせそこそこ慣れ親しんだ隣の家やし。
部屋を出ると、丁度ユウカと出くわす。
「ユウカ、もしかして外出るとこ?」
ラフではあるが部屋着じゃない。今日の事があったばかりだ。夜に1人で出すのは。
「イヤまぁ、ハナのところ行くだけだよ?」
え?オレは今から秘密の魔法少女の話があるんだけど。
「マジ?オレも夜の女児の家に大事な話があって行くとこなんだけど。」
「なんでわざわざそんな言い方するの!?キモいからね!」
参ったな。ユウカが居る中でそんな……いや。もしかしてそういう事か?
「ぬーん……?ユウカ、ちょっといい?」
ちょっと部屋に戻って栄養ドリンクのキャップのパキッとなるところを取ってまた出る。
「………フラワー・エンゲージ♡」
「イヤァァァァァ!?」
……………マジか。クソッ、今まで気付かなかった。ハナちゃんはもういいとして、ユウカがあんな危ない目に遭うなんて絶対にダメだ。
「お兄ちゃんにバレたぁ~……。バカにされるぅ~……。」
誰がするか。誰かのために頑張るのは認めるが、ただ心配なだけだ!バカにされるような事で命を危険に晒してるって考えてるならマジでキレるぞ!!
「…………とにかくハナちゃんのとこに事情聞きに行くから、お前も行くぞ。」
「……っうん。」
努めて冷静に言う、まずは状況の確認だ。その上で他の人間でもいいような事だったら絶対に辞めさせる。
ユウカは真剣な空気になったのを察しておっかなびっくり付いてくる。
「お邪魔しま~す。すみませんさっきの今なのに。」「ごめん下さい。」
ハナちゃんとユミさんに迎えられる。正味申し訳なさがすごい。さっきユウカに言われた時は流したが実際キモいもの。俺だけ成人大学生だぜ?
「いいのいいの。監督やってくれんだから。何だったら中学上がったら勉強も見てもらおうかな?」
……助かるな。その、今。アレだし。バイトが。
「あぁそれは是非。ハナちゃんの勉強気になってたんですよ。ゲームやらせすぎちゃったかもって。」
「っていうかエイジくんって彼女とか居ないの?」
おかんより若いとは言え母ってのはどうもこっちに持ってくるな。
「残念ながら居ませんよ。大学って言っても友達とダラダラしてるだけみたいなモンでして。」
「アッハハ!じゃあおばさんとかどう?旦那も出張だし!エイジくんならウェルカムってえモンよ!この子はダメだけどね♡」
ヤダ。明らかにナメられてるのが分かるのは良いけども。マジメに捉えるにしても友達のお母さんとかいう身分に一切惹かれない。
「社交辞令はよして下さいよも~。最愛の旦那さんの脳が破壊されますよ。それにハナちゃんは手に負えないです。いやマジで。」
マジだ。
「ママ~?エイジくん貰っていい~?お話あるから~。」
「……あら~。ハナが貰うって言うならしょうがないかな。あんまり遅くならないようにね。」
………タイミングと言葉選びが悪いだけなんだけど。そんな目で見ないでください。
ハナちゃんの部屋は……、確か3週間ぶりくらいかな。ゲームキューブにHDMIコンバーターを設置しに来たきりだ。紙マリやら星ライドやらを貸した。…………我ながら趣味がいい。
そのモニターには今もゲームキューブが繋がれていた。どうやらピクピク植民地をやってるみたいだ。やるね、彼女。
この部屋ピンクをテーマカラーにしてるけど男の子みたいでウケるんだよな。じゃなくて、
「……え~、さて、説明してもらいます。マジメにね。2人とも魔法少女って事なんだな?」
「……うん。」「はい!」
「どっちから始まった?同時か?」
「……私からです。」「……エイジくん怒ってる?」
「場合によっては怒る。2人とも、もっと自分を大事にすべきだからだ。だから、どんな事情があるか教えてくれ。」
「じゃあボクが――。」
「マスコットは黙ってろ。本人から聞く。」
こう言っちゃなんだが信用ならない。天使を騙る喋るヘビなんか信用できる要素があるか。
「私は先輩から引き継いだんだけどね……この町に昔から魔法少女が居て、”バケモノ”っていう人のストレスから産まれる敵から町を守る役目があるの。才能のある子しかなれないんだって話で……。」
「それ、居なきゃどうなるの?」
「え……?居なかったことはないみたいで分かんない。」
「今日の”バケモノ”だってハナちゃんが偶然来なきゃそのままだったろ。居ないことだってあったんじゃないか?」
ユウカがビックリしてるな。違うのか?
「え?いつもは”バケモノ”が出たらトロンくん達が教えてくれるんだけど……。出たの?」
…………そんな様子はなかったが。
「あぁそれはね。なんか出た時にエイジくんが近くに居たからね、それとどっちにしろ現場に向かうところだったから、それで言わないことにしたんだって!」
………そうか?そうか。
「……ぬーん。とにかく今までは”バケモノ”は全部処理できてて、居ないときょ……」
待て、ユウカには言わない方がいいんじゃないか?ムツミちゃんには隠すって決めたんだ。伝わってしまう。
「……居ないと誰か被害に遭うんだな。分かった。」
だとすると、別の人間に任せるとしても”バケモノ”の被害に遭う可能性があるって事になる。だったら、いっそ対抗手段のある魔法少女の方が安全か……?
「まぁ……、分かった。それで大ケガとかしたことは?」
「……何度か。」「何回かあるけど、でもすぐ治せるんだよ?」
やっぱりあるのか!クソッ、もし治るとしても痛ぇだろうが!
「ならダメだ!お前らが傷付くなら反対だ、たとえ他の誰かが同じ事をするにしてもだ!」
さっきだって軽いノリだったかもしれないけどユミさんに監督任されたんだ。許すわけには――――。
「もう!エイジくんも協力してって言ったじゃん!!」
「まぁ、そうだな……。」
偉い事してるのは認めざるを得ないしな。しょうがない。
「ただし!絶対に危ない事はするなよ!」
「うん。」「はーい!」
この子らは使命でやらなきゃならないとは言え子供なんだ。オレがサポートしていかないとな……。
そうしてオレは魔法少女の説明を受けている。
他の町にも会った事は無いが居ること。
サポートする生き物の力で魔法が使えること。
普段は一般人には見えないよな結界を張っていること。
変身すると身体能力が跳ね上がること。
それぞれ「警棒の生成魔法」と「誰でも操れる魔法」が使えること。
ケガした時は酷いものは一晩かけて魔法で癒すことと、その時痛覚は切るので安心して欲しいとか。
それと、
「これって、いつまで続けることになるんだ?」
ユウカは13歳でハナちゃんは11歳だ。少女って言うくらいだから期間はあるだろう。出来れば早く終わってもらいたいが。
「えっ……と、15歳になったら力がなくなるんだって。だからそれまでに後継者を見つけて、育てなきゃいけないんだって教わった。」
ユウカは2年くらい前から、もう引退した先輩から引き継いでやっているらしい。だったらユウカもハナちゃんもまだまだ長いのか。心配だな。
「あと、その先輩がね、”バケモノ”以外の敵も居るんだって言ってた。その……見たこともないし本当なのか分かんないとこもあるんだけど……。」
フラグやんけ。その情報出しちゃったら今後もう警戒せざるを得ないやんけ。うわぁあ……。これはもう聞くべきだなぁ……。これ以上新しい情報出さないでくれ………。
「それ、なんて名前だ?」
「たしか……、”ウィッチ”だとか。」
ハイ、おはようございます。門沢エイジです。
いやぁ昨日は大変でしたね。なんだか色々な情報が頭にムリヤリ詰め込まれたような状況でして、頭が重いのなんの。あぁ……。キッツい。
どうしよう。魔法少女の2人のサポートとやらはするのはいいとして。
とにかく、ムツミちゃんの動向が気になる。昨日帰ってるはずの時間にドアが開かなかったんだ。おそらく家に帰れてない何かがあったんだろうが、もうマイさんは失踪扱いだ。昨日は自分の周りのことで頭いっぱいだったが、正直一番状況的には最悪なのは間違いない。
死体の隠ぺいとか言う最悪に関わったオレが気にするのも最悪だが、ムツミちゃんの状態は把握しておきたい。今オレにできるサポートはここじゃないだろうか。
……………なんか最悪の気分だわ。
「あら、今日は早いね。大学?」
「……まぁね。ユウカ、一緒に行こ。ハナちゃんも一緒でしょ?」
ユウカはもう朝ごはんを食べていた。オレも中学生の頃ってこんな時間に毎日起きてたってマジ?今じゃ考えられん。
「一緒だけど……。何かあったの?やっぱり昨日のこと?」
「あぁうん、気になることがあってね。」
ちなみにユウカには昨日オレと一緒の時に”バケモノ”に襲われたってだけ伝えてある。そのせいで家庭教師が出来なかったとも。
ツナ缶を開けてめんつゆをかけたヤツだけでご飯を食べる。なんかこんなもんでいいや。
あ~……なんか胃が痛ぇ。キッツ。
「あっおはようエイジくん!」
「おはようございま~す……。」「おはようハナ。」
エレベーターに乗るところでハナちゃんが来る。とんでもねぇ待ってたんだ。
「エイジくんがこの時間に起きてるなんて初めてだね!」
言うやんか。
「まぁね…。大学ってのは日上山と同じようなモンだから朝に行くヤツなんて居ないからね。じゃ、行こっか。」
あくびを一発かます。まだ頭が重い。2人とも何の話か分かってないみたいだがどうでもいい。どうせオレの言うことに突っ込んでもなんにもならない事は分かってるだろうし。
「それでね!その時ユウカちゃんが怖くて動けなかったハナを助けてくれてね!」
「ハナったらその後すぐ変身して、しかも全部解決しちゃうんだもの。魔法もそうだけどいつだって型破りなんだから。」
「でもね!ハナだってあの時―――。」
歩きながら初めてハナが変身した日の話を聞く。なんとも破天荒なエピソードだ。まさにアニメの第1話を聞いたようだ。
「なるほど、ハナちゃんはちゃんとオレの教え通りにユウカをからかえてるみたいで、良かったな!」
「それよ!おに…兄さんがハナに何でも吹き込むから、ハナ、こんなんなっちゃったじゃない!」
それに関してはオレもここまでになるとは……、「ヘヘッ……。」なんで照れてるの?ジョーみたいだし。
「でも……良かったなユウカ。それまで1人で大変だったろ?」
ユウカの魔法であれば全部肉弾戦で片づけなければならなかっただろう。1人だと失敗も許されないだろうし今までよくやって来たものだ。
「うん、正直怖かった事もいっぱいあったわ……。でも今はハナがいるもの。頼りになるし。……正しい事してるって信じられる。」
―――そうか。ユウカも思うところがあってやってるんだな。
「まぁ、なんかあったらこれからはオレにも相談してくれよ。」
ユウカとハナちゃんの頭をポンポンしてから撫でる。ハナちゃんはくすぐったそうだが、ユウカはうつむいて難しい顔をしてる。今聞いた話だとかなりシリアスな役目みたいだけど2人ともまだ子供なんだ。やっぱりオレが手伝った方がいいかもな。
その後も何の取り留めもない会話を別れるまで続けて、オレは大学に行くために駅に向かった。
が、別に大学の話なんてクソほどの価値も無かったな。と思った。
強いて言うならヒデトラ君が昨日急にバイトが入ったらしく非常に疲れ果ててたのがおもしろかったです。ヘヘッ、ざまみろ。
さて、現状に比べればトリアージで言うと無傷レベルである大学からはさっさと帰り、戻って来ました菫青町。
とりあえず……、そうだね、一旦帰ってユウカと話しておこうかな。ムツミちゃんが学校に来たかが気になる。
という訳でまずコンビニで軽食と抹茶を……。
「――オイッ…!だから外で話しかけんなって言ったろ…!」
何だあの学ラン。電話キメてんのか?にしてはどっかで聞いたような中二の頃に捨てたゴミみてぇな妄想のような……、
「いいじゃない別に。こんなキーホルダーが喋ってるなんて本気にする人なんていないんだし。」
……ぬーん?
「じゃあオレが頭おかしい腹話術師になるだろうが…!いいからメシ買って早く帰るぞ…!ムツミさんが心配だ。」
…………!
「ちょいキミ待ってもらっていい?今――。」
「あぁ違ぇんだ!コレはその、アメリカのゴッドタレントに出ようと!」
「待て待て!腹話術は関係ない!凄いけども!それより今、ムツミさんって言ったよね!?」
学ランを見るに同じ中学のハズだ。もしかして今のムツミちゃんの事を知ってるかも!
「すみません。見ず知らずのあなたに奢ってもらっちゃって……。」
「いーのいーの。ビックリさせちゃったし。それにムツミちゃん探してたところだからね。」
「ありがとうございます……。改めて、大兎ハジメッス。その、菫青中の2年生、です。」
「ああ緊張しないで。オレは門沢エイジ。ムツミちゃんの家庭教師やってたんだけど、昨日家に誰も居なかったから心配なってね。」
仕方ないことだがハジメくんに警戒されちゃってるな。怪しいのは分かるけども。
「ああ…。ムツミさんはその、昨日から事情があってウチに泊まってます。案内しますね……。」
ぅえっ?なんで?
「昨日、その、家に帰ったらお母さんが倒れてたみたいで、それで、人を……俺を呼びに行った間に誰か病院に連れて行ったみたいで。」
うわっ、まずいな。やっぱりオレの前に来てたのか。で、人を呼んでる間にオレとハナちゃんが来たって事になるのか……な?
ん………?ってことは、ハンマーヘダーも見たのか?
「で、誰も居ない家に居るのは怖いって……今ウチに。」
見てんのかな。更にまずいかもしれん。
……………………よし、知らないフリしよう。
「なるほどね、そうだったのか。……それにしてもハジメくんはめっちゃ信用されてるみたいだけどムツミちゃん、なんか部活とかやってたっけ?先輩でしょ?」
ハジメくんが目を逸らす。さっきからやたら緊張してんな。結構図太そうかと思ったけど。腹話術とかするし。
「あ、えっと、その……俺、ヒップホップダンスをですね。やってるんッスけど……ムツミさん、その、めっちゃ才能あるって思ったんで、誘って、で、あっ部活とかじゃないんッスけど。ペアなってもらったんッス。」
………………。
「あ、やっぱり変な話ッスよね。信じてもらえないかもですけど……。」
………………………………。
「あの、エイジさん……?」
「最高じゃん!!オレそういう話大好きだよ!!応援してる!!へー!ヒップホップね!いいじゃんいいじゃん!あとで見せてね!!約束ね!」
そーか!あのちょいヒネてたムツミちゃんがダンスねぇ!頑張っ………。
無理では……?
あぁ、なんか気にしてなかったけどマイさんは死んでるんじゃん。なんだこの感情?自分が気持ち悪いな……。
………知らねぇフリしなきゃ。
「頑張ってな!応援してるから!」
「………ムツミさんが言ってた通りッスね。エイジさんは絶対喜んで賛成するって。」
おっと、まぁ最近勉強もただやってるだけって感じだったからな。やりたいことが見つかったなら…良かった。
「ここです。ちょっと待ってて下さい。」
ハジメくんちに着く。ちょっとだけ遠めの一軒家だった。ハジメくんが家に入っていく。
…………まだ、頭が重いな。痛いまである。今日は日課の最弱オセロは辞めとこう……。
「あの……、エイジさん?」
いつも聞いた声だが、弱ったような印象がある。ムツミちゃんだ。
「はいエイジさんです。お疲れ、ムツミちゃん。」
ムツミちゃんは昨日は眠れてないのか目に隈ができていた。それはそうだろう。オレが言ってはいけない事だが、心配になる。
「昨日、家に行ったんだけど誰も居なかったみたいでね、心配してたところにハジメくんが腹話術でムツミちゃんの話してたから案内してもらったんだ。」
今オレなんて言ったの?
「えぇ……?それでここまで来ます?」
言うじゃん。
「それはそうだよ。オレだって一応仕事だったんだからね。それに連絡取れなかったんだから。どうしたの?」
「あ。すみません。携帯、落としちゃったみたいで。家かな……。」
家?………そう言えばムツミちゃんはどこからマイさんが倒れてるのを見たんだ?
最初に来た時はドアは開かなかったし中には入ってないハズ。リビングの窓か?じゃあやっぱり……。
「ムツミちゃん、マイさんが倒れてるのを見た時……、なんか他に見なかった?」
「いえ、ちょっと気が動転してて……。何かありましたか?」
この様子、たぶん見てないのかな……?あんなの視界に入って気付かないハズないわな。
でも、じゃあなんで救急とか周囲の家じゃなく、ハジメくんを頼ったんだ?
「……あ、そういえば携帯と言えばさ、マイさんに電話とかってした?」
死体を見た時から引っ掛かっていた事を聞く。もし電話キメてたら1個気になってた事が解決するかもしれない。
「え?………ハイ。帰ってきてドアが開かなくてそれで。あ、でも、その時はたしかに鳴ってたんですけど次にすぐ掛けたときは繋がんなかったんですよね……。」
え?それって……。
「ぬーん、とりあえず、病院とかから連絡入ってるかもしれないし。携帯取りに行かへんか?」
「何ですかそれ?……行きます。ハジメ先輩、あの、ありがとうございました。」
「ありがとうね。ハジメくん良い男だね。ダンスの事、応援してるからね!」
そんな顔赤くしなくてもいいのに。偉い事なんだから。
「というワケで、ムツミちゃんが仲間になった!」
「…………はぁ。」
反応がまるで違う。………そりゃそうね。
ムツミちゃんの家に行く途中。クソ空気が重かった。ムツミちゃんはマイさんが倒れた上にその後を何も分からない不安でいっぱいだし、オレはその真相を隠してるし。口は軽いが心は重い。頭も重い。ムツミちゃんは首のヤケドをしきりにガリガリ搔いてるし。怖いって。
そろそろ着くしサッサと逃げるかもう。限界だ。
「ムツミちゃん、携帯どこに落としたか分かるけ?」
「………ベランダかな。それかその下。」
「って事は、外から見たんだ?」
「玄関が開かないって言ったじゃないですか。だから回り込んだんですけど。もうワケ分かんない。」
ふん……。まったく分からん。だったらハンマーを見てなきゃおかしいが……。
まずマイさんは昼過ぎの時点で何かに電撃を喰らって気絶。
その後夕方オレが一回目、尋ねる。ドアは開かない。
ムツミちゃんが帰って来て、ドアは開かない。そこでマイさんが殺される。マイさんが倒れてるのを見て、何故かハジメくんの家に行く。
そして今度はオレとハナちゃんが来る………。この時ドアは、一瞬開かなかったがすぐ開いた。
絶対におかしい。ドアの挙動と、ムツミちゃんの行動。何か情報が間違っているのかもしれない。それにそもそもマイさんに電気ショックした何かも分かってない。
ウソだろ……。ここに来て魔法少女と”バケモノ”の戦いだけじゃない謎があんのかよ。クソか。
オレは魔法少女の協力するって約束しちゃったし、電気ショックの何かだけでも暴かないといけない。気がする。
「……そうなんだ。ちなみにこの家さ、玄関以外の、窓とかさ、カギって掛かってる?」
「え?うん、お母さん戸締まり気にするし、たぶん閉めてたと思うんだけど。」
ぅえぇ……密室ってコト……?電気ショックの何かって何ィ……??
「ちょっと………具合悪くなって来たし……、帰ろかな。お母さんの事なんか分かったら教えてね。」
帰って整理して考え直そう。クソが、今オレは何を考えてるのかも分からん。
「良いけど……。あっ家庭教師減らしてもらおうと思ってるから、覚えてて――。」
あぁ、ダンスの事ね。それも応援したいけど。
「待って!………家に誰か居るんだけど……。」
玄関のドアを開けたムツミちゃんが中に入らずにバックステップしてる。まだなんか居んの……?
駆け寄ると玄関には男物の革靴が確かにあった。ただ、見覚えがあるような。
「ムツミちゃん、後ろにいてね。すみません!どなたですか!」
玄関の奥に向けて声を張る。
昨日のクソハンマーヘッド男との遭遇を思い出す。まさかまたここで戦闘とか……無いよな?
………ガチャ。
ゆっくりダイニングと玄関の間のドアが開く。誰だ?
「―――エイジさんですか?私です。三倉です……。」
………三倉?誰だっけ。
ゆっくり向こうからスーツの男が現れる。あっ、刑事さ……ん?バケツ持ってる?
「今掃除を………。何で私は掃除を……?」
様子がおかしい。目の焦点が定まっていない。なんか混乱してるみたいだ。
「エイジさん、あの人……知り合い?」
やっべ……!後ろにムツミちゃんが居て前にはたぶん後片付けしてる三倉さん……!もうどうすりゃ……!
「ムツミちゃん、あの人は三倉さんって言って……!!」
「ムツミ……?この家の娘さん……?」
「そうでーす!三倉さんはどうしたんで……!?」
「僕は………何を……??ハ、ハンザイ………!!」
三倉さんがうずくまる。何かブツブツ言って……る。黒い、水??
「エイジさんが下がって!!”バケモノ”だ!」
グッ!とクソ乱暴に肩を引かれて昨日と同じ場所に尻餅をつく。バキメキャッ…!尻のポケット、携帯から致命的な音もする。
もうやだ。
「メテオ・エンゲージ!!」
ムツミちゃんもか……?なんかセリフとか、ふいんきが違うけど。
ムツミちゃんは取り出した指輪を左手の中指にはめる。ハナちゃんはピンクがかった光だったが、ムツミちゃんは水色だ。比較的目に良い。が眩しいモンは眩しい。
……あ~、結構デザイン違うのね。というか共通部分みたいなのはなさそう。
「天気は曇り、誰にも掴めぬ自由な戦士。クラウド・ウィッチ…。」
…………。
「なんか、ダサい……?」
あ、やべ。睨まないで。…………今、ウィッチ?って言った?
「まぁ、いいですけど。」
いじけちゃった。
「ソーサリー:ウォーターダウン」
そう呟いたムツミちゃんの姿が、空気に溶けていく。だんだん周囲の風景に滲んでいって。見えなくなった。
え?逃げた?
というワケで今ここには尻で携帯をブッ壊した一般的な大学生と、三倉さん……じゃなくて。え?…………黒ずんだピッチングマシーンが、あった……?
え、コレ……は……何?
ピッチングマシーンは動かない。
え、なんかもう帰っていい……?正直色々もう泣きそうなんだけど。ていうか四捨五入すると泣いてるわコレ。滲んできてるもん。ムツミちゃんが消えたのもオレの涙の屈折で目に映ってないだけかな?なんつって……。
ただ、こっから帰るには、ドアの開いた玄関に陣取ってるピッチングマシーンの正面を通らなきゃならん。ソレがまずいのはもうビンビンに感じてる。
「アタシってこんなのばっかだな……。」「ひゃんッ!」
耳元でムツミちゃんの声がする!?
「アタシですエイジさん。混乱してるでしょうが落ち着いて。……ていうかひゃんって。」
いいだろ別に。そこにツッコむ権利は少なくともお前とハナちゃんにはない。オレを巻き込みやがって。
「とりあえずアレって、どう見てもピッチングマシーンですよね。」
「まぁ、そうだな。原材料が人って事以外は普通の。」
「……意外と余裕?」
テメぶッ……。いやおちんつけ。それどころじゃない。
「じゃあちょっとアレの目の前になんか投げてみてくれませんか?アタシはこう、今みたいに姿を消せる魔術があるんですけど。アレが視覚で攻撃するのか確認したいです。」
なるほど分からん……。ちょっと今持ち合わせは……携帯ですかねぇ?
「ごめん……。コレしか。」
「ありがとうございます。まあ大丈夫だったら向こう側に落ちるだけですんで。」
「え」
無いって意味なんだけどね。どうせ壊れてるからいいけど。
オレの携帯が手の上から消えて、フォッとかすかに音がして空中に現れる。そして門から玄関の間の道を跨いだ向こう側に。
パキャァァンッ!!
落ちなかった。うわぁ……。
バッティングセンターのピッチングマシーンの最大とかじゃ効かない、たぶん170㎞くらいかな?そのくらいの真っ黒剛速球が、正確に携帯を粉微塵にした。ドン引きなんだけど……。
「良かった。目?で判断してるならアタシなら勝てます。」
良かっただ?……良かったね。もう知るか。
オレが半ばフリーズしていると、近くに足音がする。そこにムツミちゃんが居るって事か……?その足音は玄関に近づいていき、ピッチングマシーンを……越えて奥に行った。は?せめて何しようとしてるか説明してってくんね?キレそう。
もっと奥に行ったらしいムツミちゃんはあろうことかダイニングの方まで行ってしまった。帰んな。
すぐムツミちゃんは戻ってきたみたいで、今度はピッチングマシーンの後ろで止まった……のか?
ズムッ……。
「終わりましたよ。」
「え………?なにしたの?」
恐る恐る玄関に顔をのぞかせると、
「刺しました。」
昏倒している三倉さんと、包丁を握りしめるムツミちゃんがいた。
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