第7話:言わない、言えない

 「で、この人は誰なんですか?」

倒れた三倉さんをリビングに運び込んで2人で話す。オレはダイニングのイスに座り、ムツミちゃんはベランダのカギを開けて携帯を探しに行く。

正直どうするかまだ決めてない。もうパニックパニックパニパ……。落ち着こう。

「あ~っと……、ごめん。その前に確認しなきゃならない。ムツミちゃんってその、何なの?」

質問を質問で返すのはクソなのでホントはやりたくないのだが、誤魔化すためなら有用である。ただし、地獄行き。

「…………ウィッチ。って言うんだけど、こういうストレスの溜まった人間からたまに出る”カイブツ”を退治する役目を。」

「”カイブツ”?”バケモノ”じゃなくて?」

時間稼ぎと確認を兼ねて質問を重ねる。言葉としては同じような意味だがたぶん大事なことだ。とにかくオレも状況の把握をしなきゃならない。オレだっていっぱいいっぱいだわ。考えろ考えろ……。

「アタシは”カイブツ”としか聞いてないです。えー、その……、ハジメ先輩から。」

おっと、また重要人物が増えちゃった……。あー、混乱する。以前として頭もクソ重い。

「ぬーん……。なるほどね……。あっ、携帯あった?」

たぶん、たぶんだが、ハジメくんは魔法少女のハナちゃんでいうユウカに当たるだろう。先代ってヤツだと思う。

「あっ、ありました。」

「だったら、ハジメくん呼べない?情報の共有がしたい。」

「いいですけど、早く説明して下さいよね。」

うう……。待って……。まず、マイさんの事は隠すとして。まだ何故か包丁持ってるし、怖いよあの子。問題は三倉さんだ。なんとかして今の状況を把握してもらう必要があるよな。

「……”カイブツ”になった人ってどれくらいで起きるの?」

時間稼ぎ苦しー!

「知らないですよ……。大体アタシがウィッチになったのって、おととい……おととい?なんですから。密度すご。それに人に見られるワケにはいかないので起きるまでいたことないんですって。」

「ぬーん……。」

すぐ起きてくんねぇかな?

「三倉さーん?起きてください。み・く・ら・さーん。」

ソファに行き三倉さんの顔を覗き込む。

そもそもこの人は何で”カイブツ”になったんだろ?ハナちゃんの洗脳効いてると思ってたんだけど。もしかして浅かったり……?いや、でもこのハナちゃんの能力の詳細が分かんない内に推測しても無駄だな。知らねぇわ。あーうんち。

「三倉さー……。」「ん……。」あ、起きる。

ムツミちゃんのそっと様子を伺うとベランダの向こう側に居た。どうやら携帯は下に落ちてたらしい。

「三倉さん…!聞いてたら黙ってうなづいて貰っていいですか。あ~良い子ですね~、おはようございます。え~今からムツミちゃんに何で三倉さんがここに居るか、マイさんはどうしてるかをオレからふ~んわり説明するので、寝たフリして聞いて乗っかってくれません?くれますよね?なぁ?」

めちゃめちゃ早口でかわいそうな三倉さんに吹き込む。聞いてるっぽいし後はオレ様の舌がものを言うターンだな。舌はものを言わない。オレが言う。テンパッていますよ~。

「エイジさん?何してんすか?」

ヒェッ!

「ウヌッ!寝ているこやつで遊んでいたのだッ。」

「何でガッシュ?いいから、お願いしますって。」

ムツミちゃんは携帯を操作しながら完全に聞く体勢に入っている。たぶんハジメくんに連絡を入れてるっぽい。

よ~っし!頑張っちゃうぞぉ……。虚実織り交ぜて適当に言っとけば。何とかなるやろ。知らんけど。助けて。

「うん……。じゃあこの人だけどね、実は刑事さんなんだ。たぶん昨日の、その処理で来てたみたい。」

ムツミちゃんの顔色を伺いながら話す。それはもう目をかっ開いていた。眼球、落とさないでほしい。

「その……、落ち着いて聞いて。実は昨日ね、マイさんがえー、ここで誰かに襲われてて。オレが見つけたんだけど。」

「へ?」

どうにでもなれ。

「やっぱり隠すなんて無理だし、ダメだったな。申し訳ない。」

「いや……、へ?」

「それで、この三倉さんは捜査のために来てたんだ。」

「あ?」

「なんかめちゃめちゃ強い電流流されてその頭を、……叩かれたって。」

「なぁ。」

「ホントにごめん。あとどの病院かもわかんないし面会謝絶とかだって。」

「なぁて。」

「ホンットごめんな?」

「おい。」

「なに?」

「殺すぞ。」

死んでんだわ。

しょうがねぇだろ。病院とか会うとか無理に決まってんだろ。最悪あとでハナちゃんにうやむやにしてもらうしか。……頭ぶっ壊れそうだ。

「意味わかんないんだけど?え?あの倒れてたのって……。え?いやでも……。”カイブツ”が……。そう!”カイブツ”が居たんですよ!!アレは見てないんですか!?」

あ、やっぱりハンマーヘッドマン見たんだ。よし。

「……いや、見てないけど?それ、なんで戦わなかったの?」

「え…………。いや、ハジメ先輩がまず自分を呼べって……。」

「でも確かマイさんが倒れてるの見たんだよね?急がなきゃなんなかったと思うんだけど。少なくともオレが居る間には戻ってこなかったよね。」

特技、論点ずらし。

「説明したかったけど連絡も取れなかったし。まぁそれは携帯なかったからだけど。オレだって意味分かってないんだから勘弁してね。」

秘技、畳み掛け。

「それは、そうですけど……。でも、あれ?なんで戻らなかったんだっけ……?確か、ガルさん……。」

煙に巻けただろぃ?

「え?なん……?あっ!三倉さん!起きたんですか!?今け?」

ゆっくり三倉さんが起き上がる。頼むぞ。

「……すみません。何やら寝てた……?みたいで。」

いいぞ!迫真!カイブツ!洗脳済み!

「あぁいえ。お疲れ様です。刑事さん……なんですよね?大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。大丈夫ですし刑事です。安東ムツミさん……ですよね。」

ん?コイツなんかバグってないか?

「探していたんです。お母さまが、その、襲われまして。」

「あの。大丈夫です。そこら辺は今エイジさんに聞きました。それで、お母さんは……?」

「それが……、未だ予断を許さない状況でして。捜査情報などもお教えすることができません……。大変申し訳ないのですが。」

いいぞいいぞ!大人の説得力を見せてやれ!

「…………どうも納得行きませんが。それでも病院くらいは教えてくれますよね?」

でも結局マイさんが居ないのを誤魔化し続けるなんてどうすれば……。

「…………分かりました。ご案内いたします。少し向こうの駐車場にパトカーがありますので。」

は?どうする気だ?

「…………あとはこちらで引き受けますので安心してください。」

は?ガチ恋距離じゃん。どうするのか知らないけどこの感じだと洗脳もバッチリキマッてるみたいだし、任せてもいいかもな。たぶんもう1人の刑事さんと口裏合わせて、適当な病室とかで一芝居打つんかな?

「急……ですね。分かりました。お願いします。ちょっと準備してから行きます。色々聞きたい事もあるし。」

今度はムツミちゃんが耳打ちに来る。ひらめきクイズ番組かな?

「じゃあ行ってくるんですけど、ウィッチの話は絶対言わないでくださいね?」

ムリです。ぜってぇ言うもんね。ウィッチって魔法少女の敵扱いされてるんだぞ。そのクセ学校じゃあ友達だってんだからヤんなっちまうぜ。

聞く限りただ役割が違うだけみたいだから大丈夫っしょ。協力してできりゃ良いんだけど。

…………なんで敵視されてんだ?

「ちょい待ち。さっきハジメくん呼んだんだよな?」

「あっ。そうでした。悪いけど帰って――。」

「いや、そのまま来てもらって良い?それにちょっと調べたいこともあるからここに居させて貰っても?」

「………まぁ、良いのかな?良いですけど……。良いのか?」

そらそうなるか。でも押し通しちゃうもんね。

「ありがとう。そりゃもう色々あって大変だろうけど、応援してるからね。……マジで。」

これからの事を考えると……、コレしか言えん。もうホントムリ。



 ムツミちゃんと三倉さんを見送ってから玄関で情報の整理をする。今考えなきゃいけないのは大まかに言って2つ。マイさんの殺人事件の事と魔法少女・ウィッチって何なのか?って事かな。やってられるか。

後者の問題はもう今考えたってどうかなるとも思えないんだが整理だけでもしないと、頭がもう。

まず、ユウカとハナちゃんの魔法少女サイド。こっちは世界に溜まったストレスが形を成した”バケモノ”を退治している。なおウィッチは敵だと思ってるらしい。は?

そんで、ハジメくんとムツミちゃんのウィッチサイド。こっちは個人に溜まったストレスが爆発した”カイブツ”を退治している。

……まるで意味が分からない。ていうか全く情報が足りんわ。状況だけ覚えておこう。

それよりも切羽詰まってるのはマイさん殺人事件だな。

いや、実際に死因になったのはハンマー男なんだろうけど。問題が3つある。

閉まっていた玄関の謎、電気ショックの事、そんでムツミちゃんだ。最後のはもう考えたくもないが、なんとか三倉さんに押し付けられたし、最悪ハナちゃんの能力に頼るのも視野だ。

あと、玄関のはまだなんも分からん。これから他の戸締まりを確認せねばならんな。

ぬーん、改めて考えるとさ、なんも分からんね。超常のものが絡みすぎててどうにも頭が働かない。し、痛い。

じゃあオレ、戸締まり確認するから……。



 全部閉まってやがる………。

密室殺人って、コトぉ………?もう、もう……。

ピンポーン♪

アッ、来たァ……。

ガチャ。

「どうもォ……。さっきぶりですゥ……。」

「…………さっきとキャラ違いません?」

「しょうがないじゃあん……。だってさぁ―――。」



 というワケで、ウィッチの事を知った事と、この事件の概要をハンマーマンの事とマイさんがホントは死んでる事は伏せて伝えた。もう日が落ちる寸前くらいなので申し訳ないが構っていられない。誰かこの苦しみの道連れにしなくては。

「―――って事でぇ、いっぱいいっぱいなんですゥ……!」

ヒデトラ辺りにこの状況を見られたら「中学生に泣きつくな」って割とマジで怒られそうだな。うっさいわ。

「…………そんな事が。」

ハジメくんは俯いて何とか飲み込んでいるようだった。

「……ムツミさん、昨日話したとき、とても楽しそうだったんですよ。お母さんともめてたみたいで、やっとそれが解決して、これからって時だったんです。」

ここでハジメくんは顔を上げてまっすぐこちらを見据える。これが2年間誰かのために戦って来た男なんだな。強い目だった。

「俺も手伝います。」

まだ隠し事してるワイ、涙目だった。



 ともかく、まず玄関の調査をする。もしこの玄関も含めて密室だとするなら今のところあのハンマー男に全部押しつけて解決とするしかない。

「ハジメくんもなんか気付いたことあったら言ってね。」

まず全体を見る。が、正直何の変哲もない玄関だ。

真っ黒で覗き穴があるだけのドアノブが付いた何でもない片開きドア。上枠も下枠、沓摺くつずりって言うんだけど。とにかく異常は見当たらない。

半畳の土間には2足ずつ母娘の靴があり、外から見て右側には靴箱がある。あと傘立て。

そして10㎝くらいの高さの上がりがまち、玄関マットには今マイさんの分のスリッパがある。

…………まるで意味が分からんぞ。

ハナちゃんと一緒に入った時と大した違いはなし。この状態であの、唐突にカギじゃない何らかのロックを掛ける方法があるのか?っていうか何でこんな仕掛けが必要だったんだ?

「―――って感じかな。見たところなんにもないんだけど――。」

「……すみません。俺も分からないッスね……。」

質問を察してハジメくんが言ってくる。ちょっとまるでオレが分かってないみたいなのやめてくださいよォ~。

「ね~。何でそんな仕掛けがあったんだと思う~?」

特に面白い物は入ってなかった靴箱を確認しながら問いかける。どうも自分だけだと思考が堂々巡りになるな。とりあえずだが聞いてみる。

「そうですね……。ムツミさんのお母さん、マイさん?を襲った犯人が分からないみたいなので俺からは難しいですが、密室なんてものは、そもそもの密室にする理由ってのからは逸れないと思います。」

この子、やりおる。ムツミちゃんもそうだけど中学生ってナメらんないね。オレが中学生の時なんて鉛筆喰ってたわ。

「えーっと、じゃあ、①誰も現場に入れないため。②自分は入れなかったと主張するため。③……別の原因に偽装するため。とかかな。③は関係ないかもだけど。事故とかじゃあり得ん状況だから。」

コレが大学生のパワーじゃ。思い知ったか。……ウィキ見といて良かった。

「そんなところでしょうね。強いて言うならエイジさんが入る時に急に開いたんッスよね?だったら①は、そのタイミングまで誰も現場に入れないため。って言えると思います。」

「は!?気付いてたし!賢いねキミ♡」

あ、ドン引きされちった。まったく……こんな大人にも慣れていかなきゃダメだぞ。


ハジメくんには魔法少女の話ができないのでもろちん”バケモノ”の事も言ってない。肝要なところを一緒に詰められないので難しいが、参考にはなった。かも。

まず除外できるのは②だ。そもそも他人の家に入る時点で頭イッてるんだからわざわざ他人が密室を作る意味なんて無いように思う。カギで閉じてた訳じゃないみたいだし。

あと③もおかしい。電撃攻撃なんてする輩が事故とかに偽装するワケもないし”バケモノ”が居たのだって偶然に決まってる。魔法少女以外知りえない事やねんから。

ていう事は現状①、オレがドアを開けるまで誰も入れないため。になるんだけど、そうなると、何で1回目じゃダメだったのかってなる。コレがネックすぎる。ネックってなに?首?あ~なんも分からん。

1回目と2回目の違いはハナちゃんが居たって事なんだけど、コレが理由ってのはしっくりこない。ただの幼女ぞ?違うんだけど。

いや、もう1個可能性が……、ていうか思い込んでた事があるな。

1回目と2回目の間にムツミちゃんが帰ってたとする事もできるな。そこは確認してなかった。ムツミちゃんが死体を見たのを見たぞ!してからオレが戻ってきて……。っていうのもあるのか。

……となると、どっちにしろ問題が出てくる。出てきすぎなんだよなぁ……。

オレが開けるように調整したとなるとその様子を見てた可能性が高い。高いよな?じゃあ、”バケモノ”も見てんだよな?それもヤバい。全部ヤバいじゃん。

なんでオレがさぁ。こんなさぁ。ひどい目にさぁ!


「―――さぁん!」「エイジさん!」

「ハイッ!エイジさんです!」

おわっは!トリップしてた!マインスイーパーやってる時くらい。

「しっかりしてくださいよもう。一応他人の家なんだし。」

「いやぁごめんね。何しろ考える事盛りだくさんでね。しまいにゃキレるぞ。」

「情緒が。それよりいいッスか?電撃の事なんですけど……。」

それもあったわ。そう、確かにそれも意味不明に決まってる。なに?電撃って?

「まずそんな気絶するような電気ショックってどのくらいなんスか?かなり強くないと気絶なんてないと思うんッスが。」

そう、それもそうだ。

「確かに……。電気ショックでの死ぬか死なないかの調整なんて神業とまで言えるなんだけどね。体質とかあるし。えー、たしか……、人体で言えば電流流す時間の影響がでかいから難しくて覚えてないけど、護身用スタンガンで5㎃超えちゃダメとかあったような……。スタンガンとか家庭用のコンセントに繋ぐ家電じゃ基本的に気絶まで届かないんだよな。」

部屋の中でそんな超ビリビリを与える手段なんて、専用のゴツイ武器みたいなのを持ち込むくらいしか。………ん?

「どうしたんご?」

「……いえ、なんかさっきの玄関の情報といい、今の電流といい、よくスラスラ出てくるなって思いまして……。」

あっ、バカだと思ってたか?

「大した事じゃないよ、おとんが建築士でね。本をちらっと読んだだけだよ。セコカンとか電気技師みたいな資格も取ってないしね、社会的に見りゃ何者でもないんだよ。」

「いや、でもそういうのカッコイイッスよ。」

「でも今時は、カッコイイだけじゃダメだったんだな。ハジメくんも、目に見える結果はあった方がいいよ。資格とかその最たるものだしね。つってもハジメくんはウィッチだってね。それはもう、物凄く偉い事なんだから応援してるよ。」

実際マジである。何なんだこの町は。オレより偉いガキのなんと多い事。褒めるぞガキども。だからそんな目で見るなよなっ。

「そ、そんな事よりも、ウィッチの事も聞かせてよねっ!」

「照れてます?」

「べ、別に少しでも情報が欲しいワケじゃないんだからねっ!」

「ツンデレのスパイ?」

「じゃ、リビング調べて帰ろっか。遅くなっちったし送るよ。」

ハジメくんがフッと笑う。何だよ、お前もカッコイイじゃあねぇか……。



 で、この家にはどんだけのストレスがさァ!!もー!!

リビングに戻るといつの間にかおそらく”バケモノ”が、居た。なんかおおよそ一軒家のリビングに似つかわしくない、ゴーレムと形容すべきヤツが居た。身長は人間程度の……、オレの知識で一番近いのはカードゲームの岩窟魔人、だろうか。ハイ、そうですね。正直慣れてきました。

リビングのドアを開けたオレは手でハジメくんを制して異常を知らせる。

「―――ッ」

どう見てもバレてるが、幸い動きは鈍重そのもの。

「ハジメくん!岩みてぇなのが1体!たぶん”カイブツ”じゃないけど大丈夫!?」

「ハイ!アレもやった事はあります!!下がって!」

アレ?そうなんだ。

「言われるまでも!出来れば外出るよ!!」

これ以上この家でめちゃめちゃすればムツミちゃんがめちゃめちゃになっちゃう。

2人で普通にバックステッポして外に出る。意外と普通に靴も履けた。遅い。

「オレは手伝えないと思うけど頑張って!」

まったくもう……この庭、もう3戦目だぞ。花壇なんかオレもう2回突っ込んでるし。

「ハイ!フゥー……!!ッシ……!!」

おもむろにハジメくんがポケットから片耳に引っ掛けるタイプのワイヤレスイヤホンを素早く付けてカチッと電源を入れる。え、なにそれは?とは思ったがマジメに集中している顔だったので口は挟めなかった。更に、そのイヤホンのバッテリー部分、ちょうどイヤリングみたいに見えたパーツを取り外す。

夜の静寂の中に何らかの音楽が薄っすら聴こえる。オレは知らないけど、ラテン系?アフリカとかの雰囲気がする。


「…………メテオ・エンゲージ!」

右手の小指に指輪をはめる。レリーフは雷かな。……待て、そう言えばハジメくんももしかしてそっち方向の変身?なの?

紫のように見える光が、今までとは違う、稲光のようにカッと輝く。

ちょっと浮いたハジメくんの全身が光に包まれて、パッ!パッ!と雷光を纏い1パーツ、1パーツずつ衣装が装備されていく。

紫と黒がベースのパンクロックを想起させるようなゴスロリのドレスをその身に。

その漢は吠える。

「天気は雷!天地貫く怒涛の戦士ィ!サンダー・ウィッチ!!」


これは。

「カワイイ。」

素晴らしい。元々同年代にしても低めの身長と目付きは悪いがその童顔、まったくの忖度無しで、間違いなくカワイイ。秀逸にして絶妙。これぞバランスの作り出す芸術。

「フゥー……!」

オレの呟きも耳に入ってないようだった。素晴らしいまでの集中。まるで武道家みたいなゴスロリ。

そしてその目の先、玄関からズシン…!ズシン…!とゴーレムが狭そうにしながら出てくる。と、同時にスタタン、スタタン、と軽快なステップが相反するように鳴り響く。それはキラキラと月の光を照り返す、鋼鉄のローファー。


「ソーサリー:ビートダウン」


淡々とハジメくんが言い放つ。その平坦な口調とは裏腹にステップのリズムは加速していく。ゴーレムが一歩ずつ近づいてくる。ハジメくんはまだその場でリズムだけを刻み続ける。ズンッ、ズンッ、トトンッ、トトンッ。ズンッ、ズンッ、タタッ、タタッ。

やがて、いや違う、すぐに、一挙手一投足の間合いへと至る。あと半歩。

そして、ゴーレムがそこから右足を浮かせて、左足の位置を追い越したその瞬間――!!

ゴスッ!と重い音がした。そして、それよりも先に一瞬ハジメくんが消えたように見えた。また現れて、また消える。高速でうつ伏せになったり側面で回ったり軸回転したり跳ねたり回り込んだりする。それを、鈍い音と共に繰り返す。

その舞い踊るような武、カポエイラは蹴るたびにその速度を上げ、打撃音を高く響かせ。やがてそれは火打石のように、あるいは稲光のようにフラッシュを焚き始める。

いつの間にかパパパパンと破裂音までに高まった音とフラッシュの中のゴーレムは削り取られてガリガリにやせ細ってしまっていた。破砕されたその身は庭の砂と混ざり、この夜ではもう区別がつかない。

ちょっと庭に目を離した隙に、いつの間にか音は止み、光も無い。そして、キレイに円柱となっているおそらくゴーレムだったソレに、月を仰ぐように立っている。全部合わせて彫刻のような芸術となっている男の子。

ハジメくんが最後に跳ね、クルクルクルと回り踵を垂直にその石柱に突き立てる。

キレイに等分されて、後には何も残らなかった。


終わってみると、蹴り始めてからわずか14秒。ゴーレムは3歩のみ、その足跡を刻む事ができたのだった。



 「え?あまりにもカッコよすぎない?」

何というか息も切らさずに立っているその様は、オレと作風からして違う。同じ世界線か?

「ケガとか無いッスか?一応破片とか飛ばない様にできたと思いますけど。」

……惚れるわこりゃ。

「大丈夫わよ……。」

「良かった。誰かを守りながらとか2回目だったんで冷や冷やしました。」

指輪を外して、イヤホンも取って2つを組み合わせる。すると、パァッとまた輝いて、そこには普通のちょっと生意気そうに見える男の子が居た。

なるほど。さっきのを見てから改めて見ると、美少年だった。やるね、カレ。

「さっき、なんか言ってたハジメくんの魔法は?それっぽいの使ったようには見えなかったけど。」

まぁでもハナちゃんはビンタ1発だったし、ムツミちゃんは包丁1刺しだったから、それっぽいも何もちゃんとした戦闘は初めて見たんだけどね。

「魔法じゃないわよ。魔術よ魔術。ハジメ達はウィッチなんだからね。」

…………こっちにもこのマスコットは居んのか。

「コラ急に出るなって。……すみません。こっちはセラ。俺の使い魔です。そんで、えー、俺の魔術はビートダウン…って言いまして、蹴るたびにその速度と先端の重量を増加させる事ができます。あと、これは俺固有じゃないんですけど、基礎的な身体能力の向上があって。だから、それ以外の部分、カポエイラとかは俺の技術……ッスね。」

途中から自慢言っているように思えてきたらしく恥ずかしいそうに赤くなっている。コイツゥ~!良い子やなァ~!

「めちゃくちゃカッコイイと……、いやオレも男の子だ。敢えて言うなら、カッケー。マジで。」

手を差し出すと、意図に気づいたハジメくんに、キャッ!握手してもらっちゃった!嬉しー!

「しかし……、久しぶりに見ましたね。あのタイプ。」

あぁそうだ。今までの流れからしててっきり”バケモノ”の事はまるで知らないもんだと思ってたけど、倒したこともあるんだったな。

「アレって”カイブツ”とは違うの?」

すっとぼける。元々適当言う人間だった自覚はもろちんあるが、この2日でなんぼほどウソ吐いてきた事か。適当とウソは使う脳の位置がまるで違うんだぞ。知らんけど。

「かつての先輩から聞いたことがあるんですけど、アレはたしか……、敵に作られた”カイブツ”に類する存在……だったかと。」

んにゃぴ……。それってさぁ、聞かなきゃダメかなぁ?

「その、敵って…………?」


「魔法少女だって言ってました。」

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